遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  今野 敏  徳間文庫

2015-01-13 00:44:39 | レビュー
 上掲の表紙は文庫本の新装本として2014年6月に再刊されたものである。この時に「歌舞伎町特別診療所」という副題がつけられた。この副題が付けられただけで、イメージが少し絞られ、それだけ現代感覚がそこに加わってくる。このあたり、おもしろいと思う。 本書末尾に付けられた「今野敏 著作リスト」によれば、2007年8月に文庫本化された時のタイトルは『闇の争覇』だった。このタイトルではやはりちょっと漠然としていてイメージが湧きにくい。それでは、オリジナルはどうか? 本作品は1996年3月に『大虎(ターフー)の拳』(トクマ・ノベルズ)として出版された。当時は格闘技を即座に連想させるタイトルづけが時代風潮にマッチしていたのだろうか・・・・・。
 1990年代に著者は一つのジャンルとして『拳鬼伝』『弧拳伝』のシリーズ、『覇拳○○鬼』(○部分に文字が入る)シリーズや『惣角流浪』を次々と出版している。これらもまた、今風に改題されて文庫版が出版されている。

 本作品の改題を見つめ、その関連付けを考えると作品のイメージが膨らむのではないか? 新宿・歌舞伎町が活動舞台となっていて、闇ということから暴力・ヤクザの世界が関わり、そなると縄張り闘争的な状況での勝ち負けがテーマとなる。そこには大虎とニックネームを付けられた人物の「拳」(格闘技)が深く関わっていく。「ターフー」と読ませていたのだから、中国系の人物が関わっている。特別診療所とあるからには、そこでの治療行為が何らか重要な要因となっているに違いない・・・・と。
 まあ、これは本作品のタイトル解題プロセスを事前に知っていてわかることと言えるのだが。といいながら、新装版のタイトルだけでもその半ばまでは類推できそうである。
 このことを考えると、小説のタイトルのネーミングの重要性を一層感じるようになる。時代性がやはり背景となるが、まず引きつけ、そこかえ想像力を高めるトリガーとなるようなタイトルがいいようである。

 さて、イントロが長くなった。
 本書は作品内に年号、西暦年の設定が記されていないので、1990年代半ばの作品だとは感じさせない。時代背景にとらわれることなく、闇の世界に絡む舞台での格闘技ものエンタテインメントとしてひととき楽しめる軽い読み物に仕上がっている。
 勿論、その根底にあるテーマは、実際に闇の地下経済という側面で、ブラック・ビジネスとして取引されている重大な社会的問題の存在を指摘している。その一局面を軽く読み流すことは絶対にできない。その局面は、人権にも絡む社会問題として取り上げられたドキュメント作品をお読みいただくと、掘り下げて考察できるだろう。
 まあ本作品はエンターテインメントの側面にウエイトを置いていこう。

 作品の構図はこんな具合である。
 舞台は歌舞伎町の裏の世界・縄張り覇権争いである。歌舞伎町の裏世界は日本の暴力団よりも外国系組織が勢力を拡大しているという。ここには流氓(リユーマン)つまり中国系暴力団と台湾マフィアとして、台湾出身者中心の新興マフィアである天道盟(ティエンダオモン)が登場する。台湾マフィアといっても、竹聯幇(ジュリェンバン)や四海幇(スーハイバン)は大陸出身者中心の組織だそうである。そこにイラン人の一派が勢力を広げてきている。 
 その歌舞伎町に近い、新大久保のホテル街の一角、職安通りのそばにある『梨田診療所』が関わってしまう。医師が夜9時過ぎに担ぎ込まれた外国人の治療をしたことから、このストーリーに巻き込まれていくのだ。

 主な登場人物を列挙してみよう。
大虎(ターフー)と呼ばれる男
 冒頭のシーンは歌舞伎町の一角で30歳になる台湾人のママが経営する店にイラン人3人が押し入る。強盗・強姦行為に及ぶ。そこに身長190cm以上の黒い革のジャンパーを着た男として登場する。肩幅が広く、大胸筋が発達していて、腰回りも大きい。イラン人たちがナイフを振り回し立ち向かうのに素手、拳だけで対応する。この大虎が歌舞伎町の闇世界に様々な関わり方を始める。広東訛りの北京語を喋る。

松崎部長刑事と飯田刑事
 新宿署刑事捜査課一係。強行犯担当。機動捜査隊の巡査部長は松崎に皮肉をぶつける。歌舞伎町のビルや土地の7割は華僑を含む中国系のものだって・・・と。松崎は、歌舞伎町は日本、首都東京の新宿にあるのだと反応する。外国人同士の抗争にはなかなか捜査の動きもはかばかしくない。人数のかけ方もままならない。ところが、そこに梨田診療所の医師が絡んでくると、俄然捜査展開状況が動き始める。
 彼ら刑事には素手で闘った巨大な男というやっかいな新顔が現れたということからの始まりである。

五条大輔
 『承武塾』というフルコンタクト空手の道場指導員。3年前、27歳の折の大会での試合を最後に引退し、後進の指導を担当している。武道ジャーナリズムでは大会優勝などで華々しく取り上げられ、雑誌にも写真が出て一般に知られた時期がある。
 五条は、亀井基男と久本健児という選手を大会を前に指導している。
 彼は、3年前。承武塾主催の「拳蹴技世界一オープントーナメント」の大会で、それまで日本では知られていず、この大会で勝ち進んできた香港の選手・王朱盟と決勝戦で戦い敗退した。それを契機に現役引退。五条には戦いに対する鬱屈した思いが残っている。
 あるとき、五条は立ち寄ったゲームセンターで格闘技ゲームに興じる小学生の犬飼翔一と知り合いになる。そして・・・・事件に関わっていく結果となる。それは彼にとって運命的な関わりとなるのだ。
 『承武塾』は三軒茶屋の交差点から下北沢に向かい10分ほど歩いたビルの1階にある。館長は篠木真吾、53歳。若い頃彼はフルコンタクト空手の世界で名をなした人物。彼はある時点で五条指導員を破門すると言い渡す。
 なぜ五条が一旦破門される境遇になるのか。そこにストーリー展開のおもしろさがある。
 
犬飼和正
 「梨田診療所」の医師。犬飼翔一の父親。妻を亡くしている。優秀な外科医。彼は派閥争いに巻き込まれ、大学病院をやめなくてはならなくなった。そして、この診療所に辿り着いたのだ。
 夜の9時過ぎ、ナタのような大きなナイフでいきなりざっくりと切られたという男一人が担ぎ込まれてくる。三人の男たち。一人が大陸訛のある日本語を喋った。犬飼は手際よく縫合手術を済ませる。
 三人は中国系。大怪我をした男。冷たい眼で犬飼を見据える大男。大男は中国語を喋り、もう一人の貧相な中国系の男が大陸訛の日本語で通訳する。大男は犬飼の縫合手術を見ていた結果として、犬飼に質問したのだ。「今の仕事に満足しているか?」「腕はいいようだ」「度胸も悪くない」と。
 後日、捜査活動をする松崎部長刑事が、瀬戸部長刑事から「仲間を殺されたイラン人グループが、中国人マフィアに報復したそうだ」ということを聞き、犬飼医師の許に聞き込みにやってくる。ここから、犬飼は事件に関わらざるを得なくなっていく。

 この作品のエンタテインメトとして面白いのは当然のことながら著者の格闘技の描写である。ストーリー展開のプロセスで格闘技が様々な次元の違う局面の描き込まれ、組み込まれていくことにある。それも含めて興味深い点を列挙してみる。
*大男の巧妙な出没とその意図が歌舞伎町の闇の世界を大きく変えようとする動きの一環であること。その謎解き的なおもしろさ。
*松崎・飯田という刑事の目を通してみた歌舞伎町の裏面の絵解きと、捜査活動の展開の変転具合。
*五条が翔一少年と知り合ったことで、彼の人生が変わっていくという切り込み方の興味深さ。五条が格闘技ゲームのチャンピオンだという翔一を対等に扱い、彼から学び始めるという展開が面白い。それが運命的な展開をもたらすのだ。
*犬飼が歌舞伎町の裏の世界の抗争に巻き込まれていくプロセスが、消極的姿勢から決然とした対決姿勢に反転していく経緯が一つの読み応えとなる点。
*梨田診療所の看護婦・青沼千穂が犬飼和正・翔一父子と関わる姿・関係の微妙さ並びに翔一が父・和正と千穂を客観的に眺めている姿の興味深さとおもしろさ。翔一と千穂の会話でおもしろい箇所もあって楽しい。

最後に、翔一と五条の間でこんな会話風景が書き込まれている。
 「僕は、五条さんのような生き方はできそうにない」
 「そうか・・・・・」
 「そう。父さんのように生きるつもりだ」
 「なるほどな・・・・」

この末尾の会話に至るストーリー展開をお楽しみいただきたい。

 ご一読ありがとうございます。


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。


本書を読み、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

歌舞伎町  :ウィキペディア
「新宿歌舞伎町 マフィアの棲む街」  赤松浩司氏  :「早稲田大学」
歌舞伎町ルネサンス(1)  :「DISCOVERY KABUKICY 歌舞伎町発見」
 「民のちからでつくられたまち」から始まります。その1からその6までのシリーズ
実録! 歌舞伎町 NEWS

歌舞伎町某所を張り込んでくれ...裏社会から頼まれた探偵アルバイトの中身
  2014年4月16日   :「東京 BREAKING NEWS」
緊迫の歌舞伎町 突如勃発したヤクザの黒人狩り  2012年9月29日
  :「貴方の知らない日本」
石原慎太郎退陣で、歌舞伎町は大喜び 2011年3月8日 :「アメーバニュース」
新宿歌舞伎町が消滅?警察の浄化作戦スタート=東京五輪開催決定で―華字メディア
  2013年9月24日  :「Recordchina 日本最大の中国情報サイト」
五輪“浄化作戦”で消える 新宿・歌舞伎町「夜のおもてなし」 2013年10月4日
  :「日刊ゲンダイ」
2020年までに新宿歌舞伎町は“浄化”されるのか? 2013:10:21
    :「日刊 SPA!」
2020年オリンピックで東洋一の歓楽街歌舞伎町はこうなる!
 2014年6月7日 日刊大衆  :「livedoor's NEWS」

フルコンタクト空手  :ウィキペディア
全日本フルコンタクト空手連盟 ホームページ
【JFKO】第1回全日本フルコンタクト空手道選手権大会 軽量級 1回戦 Aブロック
  :YouTube
【JFKO】第1回全日本フルコンタクト空手道選手権大会 男子中量級 2回戦 Dブロック 
  :YouTube
【JFKO】第1回全日本フルコンタクト空手道選手権大会 男子重量級 決勝 山本和也 対 島本雄二   :YouTube

臓器移植法  :「日本臓器移植ネットワーク」
宇和島臓器売買事件  :ウィキペディア
臓器売買 -インドの事例-  粟屋 剛 氏
「借金抱えた奴らの腎臓は600万円」ブローカーが語る臓器売買の闇
   2013年9月4日   :「東京 BREAKING NEWS」


  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版


=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版

2015-01-13 00:26:44 | レビュー
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。

こんな作品を興味・関心の趣くままに読み継いできています。
このリストをご利用いただき、お読みいただけるとうれしいです。

更新3版のリストの上に、2014年12月までの読後印象記掲載分を追加しました。
出版年次の新旧は前後しています。
『熱波』  角川書店
『虎の尾 渋谷署強行犯係』  徳間書店
『曙光の街』  文藝春秋
『連写 TOKAGE3-特殊遊撃捜査隊』  朝日新聞社
『フェイク 疑惑』 講談社文庫
『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社
『羲闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『内調特命班 邀撃捜査』 徳間文庫
『アクティブメジャーズ』 文藝春秋
『晩夏 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『欠落』 講談社
『化合』 講談社
『逆風の街 横浜みなとみらい署暴力犯係』 徳間書店
『終極 潜入捜査』 実業之日本社
『最後の封印』 徳間文庫
『禁断 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『陽炎 東京湾臨海暑安積班』  角川春樹事務所
『初陣 隠蔽捜査3.5』   新潮社
『ST警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』 講談社NOVELS
『凍土の密約』   文芸春秋
『奏者水滸伝 北の最終決戦』  講談社文庫
『警視庁FC Film Commission』  毎日新聞社
『聖拳伝説1 覇王降臨』   朝日文庫
『聖拳伝説2 叛徒襲来』『聖拳伝説3 荒神激突』  朝日文庫
『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『秘拳水滸伝』(4部作)   角川春樹事務所
『隠蔽捜査4 転迷』    新潮社
『デッドエンド ボディーガード工藤兵悟』 角川春樹事務所
『確証』   双葉社
『臨界』   実業之日本社文庫