遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『あの男の正体(ハラワタ)』  牛島 信   日経BP社

2015-01-17 18:03:32 | レビュー
 「あとがき」の冒頭で、著者はこんな事を記す。或る老大家が「世の中は所詮男と女だよ」と言ったのに対し、そう思いつつも著者自身は「やはり世の中は個人と組織でできている」「性より会社が大事だ」と考えていると。「この小説を書き始めたときもそうだった」と記す。
 この作品は「内外海行株式会社」という一部上場の一流商社、年商2,000億円、利益40億円、従業員2,000人という会社の社長の地位を得ていた数人の男たちを中心に、個人と組織の関係を描いている。そこに、一人の女性が主に関わっていく。大学卒業後この内外海行に入社し、秘書の職務に携わり、結果的に長年社長秘書を勤めてきた古堂房恵である。この小説、社長という立場からみた個人と組織を描きながらも、コインに両面があるように、社長という立場にいた男と女の関わりを描いているという印象が強い。

 冒頭は取締役会の場面から始まる。一貫して「あの男」と称された社長が現役のまま死亡したために、唐突に社長に就任することになった横淵三男が2回目の議長役をつとめ開催しているシーンである。ここでこの新社長は刺身のつまのような存在にすぎない。それはこの会社の社外取締役に就任している大木弁護士が、急逝した前社長「あの男」を回想するきっかけとなるシーンだから。
 作品の中で、大木はあの男と私という関係で登場する。あの男と私は高校時代の同級生なのだ。あの男は大学卒業後、商社マンとなり、大木は弁護士となる。二人のつながりは法律相談という接点を通じ、生涯の友という関係が続く。あの男は公私ともに大木に弁護士としてのアドバイスを得るということになる。大木はクライアントの意向を尊重し、誠実で有能な弁護士として、徹底した守秘義務を守りながら、関わりを持っていく。
 大木はあの男を介して、その前の社長・南川丈太郎とも関わりができる。ただし、大木は内外海行の顧問弁護士という立場ではない。あの男の友という関わりから、個人的に弁護士としての役割を果たしてやる。その結果、大木は内外海行という会社の有り様に深く関わっていき、内情を知ることになる。南川の命を受け、あの男が社長にならざるを得なくなった時にも適切なアドバイスを行い、そして、社外取締役の必要性を問われたときにも即座にその立場を引き受けるという形で、この会社に関わっていく。つまり、このストーリーの語り部として、またその結末を告げる弁護士として、まさに適役なのだ。

 この作品は、一部上場会社であるが実質的なオーナーである南川丈太郎というカリスマ的な存在の社長が会社をどう捉えていたか。会社という組織と個人の関係をどう考えたか。南川の公私を含めた行動がストーリーの前段となっている。そして、その南川をオヤジと呼び、オヤジがやれと言ったことをやるだけ、俺はオヤジに殉死するという思いを述べるあの男が、社長を継承してからの公私を含めた行動が後段となる。
 オヤジが社長をやれと言うからやらざるをえないと、あの男が社長になって何を始めたか。あの男が何を考え、何をやろうとたのか。それがこの作品一つのテーマである。
 南川丈太郎とあの男の会社観・組織観並びに社長という立場での行動が描き出される。そこに社長秘書・古堂房恵が関わっている。
 大木はこの二人の社長から個人的な秘密を含めた法律相談を受ける弁護士という立場に立つ故に、このストーリーの黒子的語り手となっている。大木の回想を交えながら内外海行という会社を舞台とした個人と組織の関係、社長という立場の人間の考え・行動を軸にしながら、様々な人々の関わりや経緯が描き出されていく。

 あの男は、ブランドの終戦処理場と見なされていた営業第三部の部長となる。これでサラリーマン人生も終わりかと周りからみられる中でブランドを次々に復活させるという離れ業を演じる。そして南川からフェニックスとの異名を得る。南川はあの男に賭ける行動に出た。そしてあの男は南川の秘蔵っ子とみられるようになる。
 だが、南川が小関直人を社長の後継者として引退し、興津に引きこもる。その時、社長秘書だった古堂房恵を個人秘書として同道させる。この時、あの男は南川の引退に併せて辞職する。だが、小関社長の行っていた架空取引のスキャンダルが露見することで、3年後に南川は再度社長に復帰し、あの男も復職するという展開となる。その南川は社長に復帰後、実質的にはあの男に一切任せる行動に出る。
 南川は社長秘書の古堂に、あの男をこう評して語る。
「あの男は、自分で自分を騙すことができるっていうことだよ。嘘を言っているときでも、自分では本当のことを言っているつもりだ。だから、あの男には、誠実に喋っているふりなどする必要がない。あいつが嘘を言っているとき、あいつ自身は、真実を本気で語りかけているつもりなのだ。本心から、だ。
 天知る、地知る、我知る、汝知る、だ。なあ、房恵。人間、他人を騙すことはできる。しかし、自分を騙すなんてことは、なかなかできないものだ。そうじゃないか。」(p149-150)

 再び、南川があの男に社長を引き継がせて、興津に引きこもっていく。だが、この時古堂房恵をそのまま社長秘書として、あの男に引き継がせるのである。この本のカバーに描かれた景色、それはこの作品に描かれた南川が住む興津の家のイメージのようである。

 あの男は社長として、内外海行という会社組織の変革を断行していく。それは取り扱いブランドの分社化であり、会社の連邦経営化をめざすかの如き変革である。若者が意欲に燃える会社、会社の活性化をめざすのだ。あの男は言う。
「今回のことの一連のなりゆきの一切が、横で見ている独立した元部長さんたちにどう映るか、その結果、なにがそいつらの一つひとつの心のなかで燃え出すか。」 p319

 社長となったあの男の何が変わり、何が変わらないか。そこが読ませどころでもある。社長秘書古堂房恵の存在が一つのキーになっている。それがこの小説のおもしろいところである。

 この作品を読み、興味深くおもしろいと思う事項がいくつかあった。
1) あの著名な経済学者ケインズの私生活の側面がエピソードとして話材にでてくること。学生時代にケインズの理論を多少かじったが、ケインズの私的側面を知らなかったので、興味深かった。
2) 南川が語る中に出てくる西園寺公望の人物論。
3) あの男と古堂房恵の会話に出てくるいくつかの森鴎外に関わるエピソードや引用句。 ここには著者の嗜好、蘊蓄が語らせている局面がありそうだ。鴎外の著作を読み込んでいる人でないと知らない章句がさらりと飛び出してくるからおもしろい。第3章の見出し「赤く黒く塗られた顔」とう言葉自体が鴎外が述べた文の語句からきているようだ。(p180)
4) 三島由紀夫が45歳で腹を切って死ぬ直前に言った言葉というのも引用されていて、これもまた興味深い。この言葉は後掲する。
5) 最後におもしろいと感じたのは、第4章「番外プロジェクト」でのあの男が常務取締役会で「捨身飼虎」を引き合いに出し語るプロセスでの発言である。
 居並ぶ取締役を前に、捨身飼虎のことを語りだし、こう言う。
 「君ら、そんなことも知らないのか、まったく。ふだんは、『おれは、東証一部上場の会社の取締役様だ』って、えらそうな顔をして世間を歩いているくせになあ」
 そして、その意味を説明したあとで、あの男はたたみかけるように言う。
 「そういうことだ。君らは奈良の正倉院に行ったことはないのかね?」と。
 これは、著者のブラック・ユーモアだろうか? あの男自身がえらそうに言うことの中に正確でないことも織り込まれているということか。上掲の南川の人物評にあるように。 なぜなら、著者が知らないはずがないだろうから・・・・・。馬鹿にしたようなあの男の口調から出て来た「正倉院」に、取締役のだれもが、異論を述べないという有り様のおもしろさをここに描き込んだのか。著者の思い違いか・・・・・。
 「捨身飼虎」と聞けば、「捨身飼虎図」を連想し、それは国宝「玉虫厨子」に結びつく。この厨子を拝見できるのは、法隆寺である。正倉院ではない。「正倉院」は校倉造りの建物、御物の保管倉庫であり、奈良の正倉院に行こうと、建物の外観を遠望できるだけである。たとえ「捨身飼虎」に関連する御物があったとしても、見られる訳がないのだから。
 
最後に、印象深い章句をいくつかご紹介しておこう。どういう文脈で出てくるか、本書をお読みいただき、味わってみてほしい。

*男は男に恋いをするのさ。それがビジネスの秘訣だ。
 誰もが、いや、仕事に意欲をもって真面目に自分の人生に取り組んでいる男ほど、男に言い寄られたい。「できる男だね」って、熱い目つきでささやいて欲しいのさ。
 だから、女の一人も口説くことのできない男には、仕事ができない。  p123-124
*本当は頼りになるものなどなにもない世界に自分がいる。  p155
*愛は時を忘れさせ、時は愛を忘れさせる   南プロヴアンスのことわざ p165
*他人のなかに自分がほの見えると、その他人が好きだって思い始める。  p184
*「私はこの25年間に多くの友を得、多くの友を失った。原因はすべて私のわがままに拠る」 三島由紀夫 p185
*他人事ならうまく処理できる。それが自分のこととなると、もういけない。そんなものなんだ、人間てのは。  p317
*人は人との関係で生きる。もし生きている瞬間があるとすれば、そこにある。そこしかない。こうした時間が流れて、僕はいずれ消える。  p324
*人は、おのれの居るべき場所に居ると信じきれるのが最大の幸福だ。  p327


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本書からの関心の波紋でネット検索した事項を一覧にしておきたい。

イザベラ・デステ :ウィキペディア
南青山第一マンションズ  :「plus-home」
マナー・ハウス  :ウィキペディア
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イサム・ノグチ  :ウィキペディア
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Philip Kaufman が蘇らせた マーサ ゲルホーン :「FESTIVAL DE CANNES」
リーフル・ダージリンハウス  ホームページ
松川  ホームページ  
tenerita Mansion ホームページ

玉虫厨子  :ウィキペディア
「捨身飼虎」の変容 山折哲雄
法隆寺  ホームページ
法隆寺  :ウィキペディア
正倉院について  :「宮内庁」


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