いつか海外暮らし!

旅行が好きで若い頃は国内旅行、今は海外旅行、いつか海外で暮らしたい。

バリ島旅行 2月16日 ウブドへ&滞在

2013年04月10日 | バリ島旅行 2013/02/06~
ケチャダンス

6時30分、起床。

今日は、9時発プラマ社のシャトルバスでウブドに向かう。

8時30分にフロントで2泊分Rs400,000(\4,000)を支払い、チェックアウトした。
10分ほどでプラマ社に着いた。
ウブド行きシャトルバスは、今日は無いと言う。
今日はクタからの客が1人もいないからだそうだ。
私は昨日確認に来ただろうと、ぶつぶつ!!!!
他社のバスが10時発にあるので電話してくれた。

ビーチ沿いにチケット売場があり、ウブドRs50,000となっていてプラマ社と同じなのを知っていた。それでも歩いて10分かかるプラマ社までわざわざ来てこれである。
5年前ならクタからロンボク島ギリに安く行くにはプラマ社シャトルバスしかなく、それ以外なら車をチャーターするより方法は無かった。
だが今は、高速ボート運営会社がバスも運行させているし、パダンバイから他社バスも出ている。客が増えたのは新規参入会社のお蔭である。運賃もリーズナブルになっている。プラマ社の影響が相対に低下している様だ。

10時まで1時間以上あるのでパダンバイの居住地区を歩いて見た、こんな所にもダイブショップがあるんだ。
小学校があった。朝ビーチ沿いの道を小学生が小さなバケツにビーチの砂を入れ各々に持ってなん往復も運んでいた。何に使うのかと学校を覗いたが分からなかった。
30分ほどで散策も終わり、小説を読んでバスを待った。

10時過ぎにワンボックスカー(ハイエース?)が来た、西欧人5人が乗っていた。
1時間ほどでウブドに着いた、助手席に座っていたスタッフ(地元民?)が降りた。
ここはウブドのどの辺りか?? 雰囲気の良いところだ。
西欧人おばちゃん1人が降りると言った。
他の西欧人が心当たりのホテルがあるのかと尋ねたところ、無いが大丈夫だと言って降りた。
おばちゃんは車の後ろをドンドンと叩いた、運ちゃんが気付いて荷物を降ろしに行った。
ワンボックスカーは発車した、この車はどこへ向かっているのだろう。通常、客の行くホテルまで送ってくてる。
モンキー・フォレストの前を通った、私はドンドンとボディと叩いた。前の女性が驚いた。
運ちゃんが気付き、私はここで止まれ!と言った。
驚いた女性にソーリーと言って下車した。

インターネットのホテル予約サイトで見付けた候補2ホテルの1つでPande Permai Bunglowsが、この近くにあるはずだ。
すぐに見付かった。
ファン&ホットシャワー、朝食付きでRs300,000との事。
予約サイトでは、\2,700であったので、Rs250,000と私は言って部屋を見せて貰った。
プールサイドの2階の部屋であった。
天井ファンは金属製のアンティークなファンで、部屋は古いがきれいにしていた。
部屋を見終わって、私はツー・ハンドレット(Rs200,000)と言ってフロントに戻った。
あの部屋で泊まる事にした、スタッフが領収書を書く時要求通り宿泊費Rs200,000になり、ただしTax10%はお願いしますとの事で2泊分Rs440,000(\4,400)を支払った。
  

12時前になっていた。カメラだけを持って出かけた。
モンキー・フォレスト通り(ジャラン・モンキー・フォレスト)を北上した。
タクシーの勧誘が多い、通りを歩いているとA4紙ほどの大きさにTAXIと書いたのをかざす。無言で手に持って掲げる者、声を掛けてかざす物、いろいろいた。

先ほどホテル代を払ってインドネシア・ルピアが無くなった、昼食代もない。
店前に各国の通貨別にレートを書いたボードが置かれている、両替レートをリサーチしながら歩く。
インターネット・カフェに寄りルピアの為替レートを検索すると、1万円がRs1035,000であった。
それを参考に両替屋を探した。ウブド王宮&ウブド市場に近付くほどレートが良かった。
土産物屋の円レートが良かったので入った。店の人にマネー・エクスチェンジ、ジャパニーズ・イエンと言って1万円札を見せると電卓に1030(Rs1030,000)と打たれた。
店前のボードと同じだ、両替した。

南北に走るモンキー・フォレスト通りが、東西に走るラヤ・ウブド通りに突き当る。この2つの通りがウブド中心地である。
この通りが突き当るところにウブド王宮があり行ってみた、見る物がない、ほとんど中へ入れないのだ。中国人が記念写真を取っているだけだ。
ラヤ・ウブド通りは中国人で溢れんばかりだ。
プリ・ルキサン美術館に行こうとラヤ・ウブド通りを西に行った。
途中、レストランに入った。ここも中国人に占拠されていたが、他に見当たらなかったし13時になって腹ペコだったので入った。
隅の方に西欧人カップルがいたのでその隣のテーブルについた。
ミックス・ミーゴレンとグラスビールを頼んだ。
 

ウブド王宮から300mほどでプリ・ルキサン美術館が突然現れた。
地図ではラヤ・ウブド通りから北に入ったところにあるが、ラヤ・ウブド通り沿いに美術館の割れ門があったのだ。
 

割れ門をくぐると広い駐車場があり、その奥にチケットカウンターがあった。
チケット代Rs40,000(\400)を支払うとチケットと日本語のパンフレットを渡してくれた。いつも感心するが日本人だとよく分かるものだ。
蓮池のある庭の回りにギャラリーI、II、IIIと建物が3つある。
戦前の1930年からの絵画や木彫り作品が年代別に展示していた。
初期の絵画は細かいところまで繊細に描かれ、作家の年齢が18歳のときの作品が多く見られ驚いた。
 

モンキー・フォレスト通りに戻る途中、小さな門前にテーブルがあり、バリ・ダンスのパンフレットを置いていた。
パンフレットを見せられ、ここでレゴン・ダンスがあると言っている。
ここ? 入り辛い雰囲気で入ってもいいか聞いて入ってみた。
左手にレストランがあり、正面がウブド・ウォーター・パレスであった。
レストランの名前はカフェ・ロータスで蓮池に沿ってテーブルが並んでいる。
 ウブド・ウォーター・パレス
  

入口のテーブルに戻り、何種類かのパンフレットを選って貰おうとするとチケット、チケットと言われた。
チケット?? 意味が分からない? 
パンフレットのコーナーを見ると、もぎ取り用のミシン目があり、TICKETとあった。
パンフレットとばかり思っていたらチケットも兼ねていたのだ!!!!
KECAK FIRE & TRANCE DANCE(ケチャ&トランス・ダンス)を選らんで、料金Rs75,000(\750)を支払った。
7,30pm開演で料金もリーズナブルであり驚いた。

場所を確認しておこうとラヤ・ウブド通りを王宮を通り越して向った。
中国人が多い。ウブド市場向いのアイスクリーム屋が中国人で占拠されていた。
あれでは他国の観光客は近付けない。
ラヤ・ウブド通りから北に向かう道があり、そこでも地元民がチケットを売っていた、おばあちゃんも通りに出て売っている。
場所はこの先かと確認して戻った。
モンキー・フォレスト通りは、中国人も歩いているがラヤ・ウブド通りほどではない。中国人はアイスクリームが好きなのか、食べながら歩いている。

夕方までホテルでゆっくりした。
プール脇の全部屋は西欧人シニアが泊まっている。
ベッドで横になっていると隣の部屋前のテーブルでの話し声や椅子の移動音が丸聞こえだ。
しかし、部屋に入ったのだろう、静かだ??? 

ケチャ・ダンスの開演の前に夕食を済ませようと出かけたが、出る時間を誤って食事が取れず、中途半端な40分前にタマン・カジャ村のダレム寺院に着いた。
地元民が正装して受付にいた。
公演は何時間あるのか尋ねると1時間50分との事。日本語のパンフレットをくれた。
まだ時間があるので近くでビールを飲んでくると言うと、入口のばあさんを示した、桶に飲み物を冷やしていたのだ。
ビール小Rs20,000を買って、入口の階段に座って飲んでいると入場しろと言われた。
入場が始まり、私と西欧人シニア夫婦が座っていると、片づけが終わったのか?おばちゃん連中が現れて良い席はここよ!と言って入口から出て言った。
私達はすぐに座席を移った。その席からの全景である。
 

開演時間が近付くと観客も増えてきた。
ビール大瓶を持って入ってくる西欧人もいる。私もビール小をもう1本買った。
日本人をちらほら見かけた。
昼間の中国人が大挙して来たら・・・!と思っていたが、来なくて良かった。
  

舞台に火がともされ開演を待つ。
  

大勢の男性が現れ円陣を組み、体を前後左右に揺り動かし合唱を始めた。
 

いろいろ登場人物も変わり、2時間弱の公演は短く感じた。
  

  

9時30分ごろに終わってタマン・カジャ村のダレム寺院を出た。
食事をしていないので腹が減った。しかし、レストランは終わっていた。
モンキー・フォレスト通りの宿泊しているホテル付近は店も閉まって暗くなっていた。
ホテル横のバーが開いていたので、ミーゴレンとビール大を取った。オープンしていて助かった。

23時、就寝。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿