見もの・読みもの日記

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軍夫の絵日記/旅順と南京(一ノ瀬俊也)

2007-12-01 23:01:08 | 読んだもの(書籍)
○一ノ瀬俊也『旅順と南京:日中五十年戦争の起源』(文春新書) 文藝春秋社 2007.11

 日中五十年戦争? 本書は、明治27年(1894)に勃発した日清戦争から太平洋戦争敗戦までを一連の事態として捉えるため、このような表現を用いる。本書が扱う資料は日清戦争の従軍記録であるが、著者はそこに、日本人が中国観・戦争観を形成した起点を読み取ろうと意図している。

 資料は2点。『明治二十七八年戦役日記』は、「軍夫」として従軍した丸木力蔵の日記で、多数の色付き挿絵を伴っている。『征清従軍日記』は、関根房次郎上等兵。歩兵第二連隊(千葉県佐倉に兵営を置いた→今の国立歴史博物館の所在地)に属した。両名は日清戦争第一師団に属し「関根は丸木が後方から運んでくる飯を食って戦争をしていた」のである。

 著者は、2001年に、ある古書店の目録を通じて(内容も分からないまま)丸木の絵日記を入手し、「これは当たりだ、と思った」という。研究者と資料の出会いって、いつも共感があって、わくわくする。

 本書が執筆されるまでの経緯を読んで、私には思い出すことがあった。昨年夏、歴博が行った企画展『佐倉連隊にみる戦争の時代』である。歴博が近現代史を取り上げることは(たぶん)非常に珍しいので、気にはなったものの、”佐倉”の地方史っぽいしなあ、と思って、行かず仕舞いにしてしまった。いま、公式サイトを改めて覗いてみると、著者の一ノ瀬俊也さんの講演会も組まれている。

 本書に生彩を与えているのは、なんといっても丸木のスケッチである。いやーこれって日本文化の伝統ではないかしら。西欧や中国に同様の例がどれだけあるのか、よく知らないが、江戸時代のさまざまな写本を見ていると、有職故実の説明にしろ、身辺雑記にしろ、実におびただしい「挿絵」が描かれている。もちろんプロの画家と組んで出版されたものもあるけれど、無名人の絵日記とか絵随筆(?)に随分面白いものがある。明治以降もそうだ。写本を少人数で回覧して読む、という伝統が長く残ったせいだろうか。丸木は、この絵日記を、誰かに読ませる意図で(出版というかたちではないだろう)清書しているようだ。

 丸木の「軍夫」というポジションも注目である。彼らは、高給こそ約束されていたが、十分な軍備も防寒装備もなく、生命の危険にさらされながら、辛い物資輸送に当たった。当然、多くの戦死者(病死・凍死も)が出たが、その数が正式に集計・公表されたことはないという。しかしまた、丸木の絵日記には、異国そして従軍という非日常体験を、どこか面白がっているような、のんびりした雰囲気も窺われる。まだ冷酷非情な近代戦の到来前夜であるということか。

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