見もの・読みもの日記

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祖国への呪詛/ふらんす物語(永井荷風)

2006-11-28 00:21:50 | 読んだもの(書籍)
○永井荷風『ふらんす物語』(岩波文庫) 岩波書店 2002.11改版

 アメリカ行きが決まったときから、まず『あめりか物語』を読んでおくとともに、帰路は、この本を読みながら帰ろう、と決めていた。しかし、結局、飛行機の中ではあまり読めなくて、日本の日常生活に戻ってから読んだ分量のほうが多い。

 本書は、4年間のアメリカ生活を経て、憧れのフランスに渡り、英国→紅海→インド洋→シンガポール経由で帰国した荷風が、明治41年(1908)の『あめりか物語』に継いで、明治42年(1909)に発表したものである。文学史的には有名な作品だが、今回、初めて読んで驚いたことがいくつかある。

 ひとつは、やはり、荷風=フランスびいきの先入観に反して、「あめりか」の刻印の深さ。本書は、「ニューヨークを出て丁度一週間目」「フランスのアーブル港に着した」ところから始まる。にもかかわらず、主人公の思いは、アメリカで体験した濃密な恋の記憶に、たびたび引きずり戻される(『放蕩』『脚本 異郷の恋』)。

 それから、帰国が近づくにつれて激しさを増す、祖国「日本」への嫌悪と侮蔑。ただし、単純な嫌悪が、巻尾を飾る短編『悪寒』において、批判精神に「反転」していく様子は、小森陽一さんが近著『レイシズム』で論じたとおりである。

 本書『ふらんす物語』は、発売当時、発禁処分を受けた。高校時代の文学史では、「耽美派」荷風の作風が「風俗を乱すもの」だったから、と教わったように思う。確かに、『放蕩』や『春の夜がたり』に描き出された異郷の売春婦との交情は繊細なディティールに及び、彼女たちのほてった肌やお白粉の甘い香りを、すぐそこに感じさせる。

 しかし、当局がこの作品を嫌った最大の理由は、あまりにも率直に表明された、祖国への嫌悪にあると思う。近代国家「日本」の理想は、国民ひとりひとりの理想でなければならない。祖国を思わない国民など、あってはならない存在なのだ。にもかかわらず、本書の主人公は、「どうしても日本に帰りたくない、巴里に留まりたい」と駄々っ子のようにふさぎこみ、「自分は日本の国家が、芸術を虐待し、恋愛を罪悪視することを見聞しても、最早や要なき憤怒を感じまい」、なぜなら「世界にはフランスという国がある」と開き直る。実に毒に満ちた呪詛である。

 昨今、「国を愛する心」の涵養に熱心な政治家なら、本書をどう見るだろうか。やっぱり気に入らないだろうな。そのうち、子供に読ませてはいけない悪書に指定されるかしら。百年経っても荷風の毒は消えないのだから大したものだと思う。

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