見もの・読みもの日記

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光と影の版画/吉田博展(東京都美術館)

2021-02-18 21:53:02 | 行ったもの(美術館・見仏)

東京都美術館 特別展『没後70年 吉田博展』(2021年1月26日~3月28日)

 このひとの作品、どこかで会ったことはないかしら?と思って、自分のブログを検索してみたが、一度も出てこなかった。ただ、江戸東京博物館の収蔵品検索をかけると『東京拾二題』という連作版画シリーズが出てくるので、どこかで見ているのではないかと思う。本展にも出品されている「神楽坂通 雨後の夜」は、水たまりのできた雨後の道に、明るい灯火がゆらゆら歪んで映る夜の景色を描いたもので、 ごく最近、見た記憶がある。昨年の企画展『大東京の華』ではないかと思うのだが、確認できない。

 その程度の認識で出かけた展覧会だが、面白かった。吉田博(1876-1950)は福岡県久留米市に生まれ、上京して洋画を学ぶ。黒田清輝の白馬会に対抗し、渡米して絵画修業を続け、仲間と太平洋画会を設立、風景画の巧手として活躍する。大正9年(1920)には木版画も試みる。大正12(1923)年、関東大震災で被災し、画友たちの作品を渡米。しかし油絵はほとんど売れず、好評だったのは木版画だった。そこで帰国した吉田は、彫師と摺師を雇い、自ら版元となって版画作品を刊行する。このエピソードがすごくよかった。志で版画を選んだのではなくて、好評ならやってみようという柔軟性がとても好き。

 グランドキャニオンやナイアガラ瀑布を描いた「米国シリーズ」、マッターホルンやユングフラウ、さらにヴェニス運河やエジプトのスフィンクスを描いた「欧州シリーズ」は、目を見張る面白さ。明治初期の油絵で描かれた日本の風景とか、石版画に書かれた中国・アジアの風景と同様、常識を裏切る、不思議な魅力である。

 その後も吉田は、日本アルプスや瀬戸内など、日本の自然を版画作品にしていく。人の姿のない、山や海そのものを主題にした作品が多い。十数回も摺りを重ねて、微妙な諧調を表現しているが、版画ならではの色と形の単純化(純粋化)によって、夾雑物のない、清潔で静謐な風景が切り取られている。特に、日の出や日の入りの時刻の、明るいばら色やオレンジと、暗いブルーの同居する画面の美しさ。同じ版木で摺り色を変え、一日の風景の変化を表現した『帆船』は、印象派絵画のようでもあり、また、セル画を使ったアニメーションのようでもあると思った。

 そのほか、東京の風景に取材し、提灯屋の職人や八百屋の店先も描いた『東京拾二題』、二月堂(これは欲しい!)や嵐山、弘前城など日本の名所風景、タージマハールやベナレスなどインドの風景、さらに従軍画家として赴いた中国の風景など、多様な題材に取り組み、いずれも完成度の高い作品にしている。その彫りと摺りの技術に驚く一方で、近景の物を大きく描いて、遠景との差を際立たせる構図などが、江戸の遺伝子を受け継いでるなあと感じた。

 にもかかわらず(?)日本ではこれまであまり有名ではなく、むしろ欧米で評価されてきたようである。ダイアナ妃のお気に入りのアーティストだったことは、本展で初めて知った。浮世絵や錦絵の系譜とは異なる近代版画の系譜、これから少し注目していきたい。

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