見もの・読みもの日記

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遊牧民の多元世界/草原の制覇(古松崇志)

2020-05-11 21:32:53 | 読んだもの(書籍)

〇古松崇志『草原の制覇:大モンゴルまで』(シリーズ中国の歴史 3)(岩波新書) 岩波書店 2020.3

 「シリーズ中国の歴史」第3巻は、ちょっと読者を選ぶかな~と思ったが面白かった。本書は、ユーラシア大陸中央部の乾燥地帯(草原や砂漠)に暮らす遊牧民と彼らの立てた遊牧王朝(遊牧国家)、その中国とのかかわりを見ていく。漢と匈奴、匈奴なき後の鮮卑の勃興(以上は第1巻)を簡単におさらいし、本書は、遊牧民の動向が中国史の展開に決定的な影響を及ぼすようになって以降、5世紀の北魏から隋・唐に至る「拓跋国家」、チュルク系王朝・集団(突厥、ウイグル)、10世紀のチュルク(トルコ)系沙陀集団を中核とする五代諸王朝(建国当初の北宋を含む)、10世紀の契丹、西夏(タングト)、12世紀の金(女真)を経て、13世紀のモンゴル帝国に至るまでを扱う。

 私が中国史に興味を持ったのは学生の頃だが、遊牧国家への関心はずっと遅く、偶発的な要因に依る。契丹、金、西夏については『射雕英雄伝』など金庸作品の影響が大きいし、昨年はドラマ『長安十二時辰』に触発されて唐と突厥に関する本を読み漁った。諸星大二郎『西遊妖猿伝・西域篇』の影響もあるなあ。マニ教絵画に興味をもってソグド人のことを調べたりもした。

 本書は、私の無秩序な知識を整頓し、豊かにするのにとても役立った。まず、中国史を読むとうじゃうじゃと出てくる、遊牧民族の奇妙な名前が「拓跋系」「チュルク系」「沙陀集団」などに整理できたこと。ちなみに沙陀集団は、西突厥(チュルク系)を中核とし、ソグド系突厥・吐谷渾・契苾・ウイグル・突厥・タタル、さらに漢人も含んでいたとのこと。安易に「民族」と同一視できないのだなと思った。

 遊牧国家の制度については、初めて知ることが多かった。7-8世紀に隆盛したチベット(吐蕃)は7世紀前半にチベット文字を定め、文書行政制度を高度に発達させ、各地を駅伝で結び、飛鳥使と呼ばれる早馬で迅速に文書を伝達することができた。素朴な宗教国家ではないんだ。契丹、西夏、金、モンゴルは、いずれも「文字と文書行政」を他国の先例から学び取ることによって、安定した支配体制を確立する。

 隋唐が鮮卑拓跋部の流れに属することは認識していたが、突厥碑文によれば古代チュルク語で唐を「タブガチ(拓跋の訛り)」と呼んでいたというのには驚いた。それから北宋も沙陀集団の王朝のひとつだというのも言われてみれば納得。中国の歴史は、漢人王朝と遊牧民王朝の交替だというけれど、そもそも漢人王朝とは何か?ということを、あらためて考えさせられた。

 また、非常に面白かったのは、1004年12月に宋と契丹の間で結ばれた澶淵の盟(せんえんのめい)に関する考察である。実質上は契丹が上位にあり、宋にとって屈辱的な盟約というイメージが強かったが、本書は、盟約の内容に軍事衝突を回避し、恒久平和を維持するための緻密で詳細な規定が盛り込まれていることを重視する。盟約の結果、両国皇帝は互いに対等な皇帝として認め合い、天下を二人で分け合って統治しているという共通認識を持つようになった。そして、両国は誓約を遵守し、国境を侵犯せず、緊密な連絡を取り合い、百年を超える安定した平和共存体制を確立した。

 このあとユーラシア東方では、12世紀に至るまで王朝間で盛んに盟約が結ばれて「盟約の時代」とも言うべき多国体制が成立する。ううむ、中国といえば中華思想、天下の中心は唯一人の中華皇帝という思想と全く相容れないのが面白い。北宋皇帝にとって北方の異民族は、自らのアイデンティティを脅かす悩みの種だと思っていたが、意外と「天下を分け合う」状態に適応していたのかもしれない、と思えてきた(現代の中国脅威論を思い浮かべながら)。

 この時代の遊牧王朝では、金(女真)についてもう少し知りたい。モンゴルや契丹に比べると、今ひとつ実態が把握できていない。モンゴル(大元ウルス)については、南宋の統合後も華北はキタイ、江南はマンジと呼ばれ、別の地域として認識されていたというのが興味深かった。税制も異なっていたという。モンゴル帝国は個人の才能を重視したので、ヨーロッパ人を含め、あらゆる地域からやってきた人々が、能力に応じて取り立てられた。宗教には基本的に寛容だったので、さまざまな新しい宗教勢力が起こった。ここで全真教の王重陽、丘処機の名前が出てくると金庸作品を思い出してにやりとしてしまう。儒学は冷遇されたように思っていたけど、曲阜の孔子廟は大いに復興し、儒学教育が全国に広がったそうだ。

 近年、大いに深化している中央ユーラシア研究、スタンダードだった中国史の風景を変えてしまうのではないかと思う。面白い。

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