〇国立文楽劇場 開場35周年記念・令和2年初春文楽公演 第1部(1月11日、11:00~)
朝は四天王寺に参拝し、大阪人の気分を身にまといながら劇場へ。1階ロビーには、まだお正月気分のお供え餅とにらみ鯛。しかしお供え餅の海老は明らかにつくりものだった。例年そうだったかしら?
開場時間になって2階ロビーに入ると「錣太夫受付」という簡素な看板を立てて、黒紋付姿の津駒太夫あらため錣太夫さんご本人が長机に座っていらしたのでびっくりした。旧知の方らしいお客さんとお話されている横を通り抜けて、私は自分の席を確認に行った。ロビーに戻ってくると、長机の脇に待ち列ができていて、みなさん今日のプログラム冊子にサインをしてもらっている。え?ええ?
机の横に立っていらした女性(奥様だと伺った)に「誰でもいただけるんですか?」とお訊ねしたら「ええ、どうぞ」とのこと。慌てて私も並んで、サインをいただいた。列はあっという前に長くなった。モノを買うわけでもなく、ご祝儀を出すわけでもないのに、無償でサインをしてくださるのである。ありがとうございます。錣太夫さん、第1部の公演が終わったあともロビーに出て、サインを続けていらした。毎日なのかなあ。お疲れさまでございました。
今年の凧には「子」の一文字。国立文楽劇場のご近所である、高津宮(こうづぐう 高津神社)の小谷真功宮司の揮毫。
・『七福神宝の入舩(しちふくじんたからのいりふね)』
宝船の船上で、七福神がそれぞれ得意の芸を披露する。寿老人は三味線で琴の音を聞かせると称し、人形は三味線をつまびき、床では本物の琴を演奏。逆に弁天が琵琶を持ち出すと、床の三味線は(絃を短く押さえて?)琵琶に似せた音色を出す。胡弓あり、三味線の曲弾き(頭上に掲げて指でつまびく)あり。恵比寿が鯛を釣る場面では、途中でビールを飲んだり、いろいろ趣向があって楽しい。新春公演にふさわしい演目。
・竹本津駒太夫改め六代目竹本錣太夫襲名披露狂言『傾城反魂香(けいせいはんごんこう)・土佐将監閑居の段』
実は初見。辛気臭そうな話だと思って避けていたのだが、テンポがよくて面白かった。口を希大夫と竹澤団吾。希太夫さんもよく声が出るようになったなあ。床がくるりとまわると、奥をつとめる錣太夫と竹澤宗助が登場。さらに呂太夫さんが並んで、襲名披露の口上を述べる。修業時代のエピソードをまじえた楽しい口上だった。しかし70歳で次のステージを目指すって、芸道は厳しいものだなあ。
物語の主人公、浮世又平は岩佐又兵衛。土佐将監は土佐光信。息子の修理之介光澄は架空の存在なのだろうか? このほか、セリフの中に顔輝とか狩野四郎二郎元信の名前も出てくる。後半でざんばら髪で飛び込んでくる狩野雅樂之介は元信の弟。絵画好きとしては、この狂言、全体がどういうストーリーなのか知りたいと思った。
・『曲輪文章(くるわぶんしょう)・吉田屋の段』
これも初見のような気がする。正月の準備に忙しい大阪新町の揚屋吉田屋にみすぼらしい身なりの男が訪ねてくる。伊左衛門は豪商の跡取り息子でありながら、遊女夕霧に入れあげ、借金を重ねて親から勘当を受けた身。夕霧は伊左衛門に会えたことを心から喜ぶが、すねた態度の伊左衛門。完全にダメ男なんだが、これを母のように広い心で受け入れる美女、という設定を喜ぶ客が多かったんだなあ。最後はあっけなくハッピーエンド。まあ新春狂言だと思えば許せる。
床はぜいたく。咲太夫さん(伊左衛門)と織太夫さん(夕霧)が並んだ図だけで感無量。人形は伊左衛門を玉男、夕霧は和生で純情可憐さがにじみ出ていた。
公演終了後、スマホの地図をたよりに高津宮に立ち寄って、ご朱印をいただいた。窓口の女性の方に「文楽を見てきたところなんですけど、今年の子の字を書かれたのは…」と申し上げたら、「いま奥でご朱印を書いている、うちの宮司です!」と嬉しそうにおっしゃっていた。