見もの・読みもの日記

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盛世の寿ぎ/文楽・寿式三番叟、心中天網島

2013-05-24 00:43:44 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 5月文楽公演 第2部『寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)』『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』(2013年5月22日)

 東京出張が急に決まった。所用は15時に終わる見込み。こそっとチェックした国立劇場のサイトでは、チケット「完売」になっていたけれど、ダメもとで電話をしてみたら「第2部(16時)1枚だけあります」と言われた。おおお、人生、どんな逆境でも諦めてはいけないのだな。しかも、どこでもいいと思っていた座席は、最前列で床を見上げる、なかなかの好位置。

 『寿式三番叟』の幕が開き、住大夫さんの姿を見たときは、こっちがものすごく緊張してしまった。昨年7月、脳梗塞で倒れ、壮絶なリハビリで舞台に帰ってきたというニュースを読んでいたので。語り出す前に、口を曲げたり、視線を床本に落としたりする小さな動作に固唾をのむ。しかし、曲が始まってしまえば、なんということはなかった。この曲は、大夫さん6名+三味線6名がずらりと床に勢ぞろいする。文字久大夫、相子大夫、芳穂大夫らの面々が、完全復調とはいえない88歳の住大夫翁を、しっかり支えているようにも感じた。人形遣いは、三番叟のイケメンのほう(かしら=検非違使)と三枚目のほう(かしら=又平)を遣っている二人が、それぞれキャラに合っていて可笑しかった。そして、詞章もめでたい。これだけの美声とにぎやかな音曲で「治まる御代こそめでたけれ」と唱え上げてくれると、本当に心配事が消えて、この世が平らかに治まるような気になってくる。

 『心中天網島』は何度も見ているつもりだったが、自分のブログに検索をかけたら記事がなかった。そうか~見たのはずっと昔だったか。紀の国屋小春を桐竹勘十郎、紙屋治兵衛を吉田玉女。勘十郎さんの小春は色っぽい。座席が上手の端だったので、治兵衛が小春を連れ出すところ、引戸の隙間から小春の手だけがそろそろと差し出されたとき、生々しさにどきりとした。文楽って、ああいう細かい所作に手抜きがないのがすごい。思わず、その白い手に顔をうずめる治兵衛とか。玉女さんは、未熟でだらしない治兵衛には、ちょっと合わない感じだが、最期の姿には神々しい悲劇性が感じられた。玉女と勘十郎のコンビは、これからたくさんの名演を生み出していくんだろうなあ(玉男と蓑助みたいに)としみじみする。おさん役の文雀さんは、達者なお姿を拝見して、これも嬉しかった。

 今公演では、通常分割される「天満紙屋内の段」と「大和屋の段」を、豊竹咲大夫さんが通しで語っている(天満屋紙屋内より大和屋の段)。この形式は、咲大夫の父・八世竹本綱大夫が1962年に上演して以来、51年ぶりの復活。68歳で約1時間の長尺を語り通すという。

 こうしてみると、文楽は、いろいろな外圧にもかかわらず、元気である。ベテランはさらなる高みに向けて挑戦を続けているし、若手・中堅はちゃんと育っているし、心強く思ってしまった。
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