見もの・読みもの日記

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中国の物語る人/透明な人参(莫言)

2013-05-28 23:58:10 | 読んだもの(書籍)
○莫言、藤井省三訳『透明な人参:莫言珠玉集』 朝日新聞社 2013.2

 2012年にノーベル文学賞を受賞した中国人作家の中短編集。ニュースを見て、ああ、映画『紅いコーリャン(紅高粱)』の原作者だな、と思ったが、それ以上のことは何も知らなかった。本書を書店で見かけたとき、オビの「中国で高校国語の教科書に選定された『透明な人参』ほか5作」という文句が目に入った。中国の国語の教科書って、どんな作品を載せているのだろう、と興味が湧いて、読んでみることにした。

 冒頭には「物語る人」と題した、ノーベル文学賞受賞講演が採録されている。1955年、山東省高密の貧しい農村に生まれた自身の生い立ちを語ったもので、正直、私は本書に収録されているどの作品よりも感動した。いくつかのエピソードによって、鮮やかに浮かび上がる著者の母の姿が、なんとも魅力的だ。年に二、三回しかないご馳走の餃子を物乞いの老人に分けてやり、客に一銭高く白菜を売りつけた息子を恥じた母。都会には、こすからい中国人もたくさんいるだろうけど、農民の道徳ってこういうものだよな。悪いことをすれば、必ずその報いがあることを信じているのだ。字が読めず、字の読める人を尊敬していた母。少年時代の著者は、聞いてきた講談を復誦して母親を楽しませることを覚え、母の好みにしたがって、脚色を加えるようになる。こんな…童話的な小説家の誕生が、今世紀にまだあるんだ、ということに驚く。

 しかし、小説「透明な人参」は象徴的で難しかった。村はずれの遊水ダム拡張のため、駆り出された人々。若い石工、火事場の親方と弟子、炊事場の少女。ぼろをまとい、誰とも口をきかない、痩せっぽちの少年「黒ん子」。「魔術的リアリズムの作家」とはよく言ったものだ。これを中国の高校の授業はどんなふうに扱うのだろう? 「透明な人参とは何を意味しているのでしょう」とか問われたら、私はお手上げである。

 婚約者のもとに帰るはずだった人民解放軍中尉の王四(ワンスー)につきまとう謎の女「花束を抱く女」、黒髪のお下げ自慢の妻の束縛に悩む男を描く「お下げ髪」は、男性が潜在的に感じている女性への恐怖がじわじわと身に迫ってくるが、どこかユーモアも感じられて、おもしろかった。湖畔の裸婦像に恋心を抱く兵士と、盲目の義母の面倒を見ながら夫の帰郷を待つ妻。ロマンチシズムとリアリズムが交錯する「金髪の赤ちゃん」。ほかに、寓話的な短編「良医」「鉄の子」。
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