見もの・読みもの日記

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京都レポート(3):手にふれて楽しむ楽茶碗

2006-07-05 22:28:52 | 行ったもの(美術館・見仏)
○楽美術館 『手にふれる楽茶碗観賞会』

http://www.raku-yaki.or.jp/index-j.html

 「楽焼き」と言えば、最近まで「素人の趣味のための手軽な焼き物」のことだと思っていた。これとは別に、「聚楽第の土を使って焼いたことに始まる京都の焼きもの」の意味があるというのは、2005年秋、出光美術館の『京の雅び・都のひとびと-琳派と京焼-』を見に行って、初めて知った。

 このとき、京都に楽美術館という施設があることも知って、一度訪ねてみたいと思っていた。実は今年4月、『大絵巻展』を見たあと、この美術館を目指したのだが(バス路線が混んでいて)入館時間を過ぎてしまい、中に入れなかったのだ。

 今回は、ほかに特別展がたくさんあったので、楽美術館へは行けたら行こう、くらいに思っていた。ところが、泉屋博古館で見つけたチラシによれば、毎月第1土曜・日曜は、楽茶碗を手に取れる特別鑑賞会が開かれているという。これは行ってみるしかない、と思って、午後イチで楽美術館に向かった。

 着いてみると、幸い、13:00からの鑑賞会に、まだ席の余裕があるというので、入れていただくことにした。鑑賞会は別棟のお茶室で行われる。私以外は、女性が2名と男性が3名。中年の女性2名は、お茶室慣れした雰囲気があって、ちょっと気後れする。

 やがて、女性の学芸員さんが現れ、お茶席らしく、掛軸や釜・水指・茶杓などの説明から始まる。それから、茶碗2点と香合2点をまわしてくれた。今月はいずれも七代目・長入(1714-1770)の作品だという。はじめの黒茶碗を手に持ったときは、見ための重厚さに引きかえ、意外な軽さにびっくりした。でも、考えてみれば、茶碗としては適当な重さである。これ以上重かったら、実際の役に立たないだろう。それから、器の肌がぬる暖かい。なるほど、これが磁器と陶器の違うところか、と思った。展示ケースの照明の下で見るのと、薄暗い茶室で見るのとでは、色の印象もずいぶん違う。

 1時間ほどの鑑賞会が終わってロビーに戻ると、次の14:00の回を待っている人たちがいた。こちらは10人を超えるくらいで、若者が多かった。満席で断わられることもあるというから、私は運がよかったのかも知れない。

 最後にロビーで、楽家を紹介するビデオを見た。楽家では、90年ほど前に採集した土をじっと寝かせてあるのだという。これを十分に練って器にする。楽焼は、土を練るところから、成型、釉薬の塗りつけまで、全てひとりで行う。轆轤(ろくろ)を使わず、厚さを耳(叩いたときの音)で確認するというのも面白い。黒茶碗は1つずつ小さな窯で焼き、赤茶碗は数個を一緒に焼く。手伝うのは出入りの職人さんたちで、昔ながらの方法で火を炊く。

 楽家は、初代・長次郎から十五代・現当主まで一子相伝で伝えられてきたが、具体的に「どんな茶碗をつくるか」は、それぞれの個性と創意に任されているという。静かな住宅街は、450年におよぶ「創意」と「束縛」を伝えているのだ。京都の町の底知れなさを、しみじみ感じてしまった。
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