言葉や文化の壁を乗り越えて海外で活躍する日本人はその実力もさることながら挑戦する気概を持っているという意味で賞賛に値するし、心から応援したくなる。
芸術の分野ではどうしても伝統と歴史の重みから欧州が中心となるが、その欧州を拠点として才能がひしめくクラシック音楽の世界で現在大活躍している日本人の若手指揮者がいる。大野和士(おおのかずし)さん46歳である。
東京藝術大学を卒業して25歳で渡欧され、独語、英語、仏語、イタリア語をマスターして現在ベルギーの王立モネ劇場の音楽監督である。1月25日NHK総合テレビで放映された「仕事の流儀」は、そういう大野さんに焦点を当てて特集したものだった。
現在、オペラを中心に年間70にも上る公演をこなし、日常生活も全て音楽漬けという大野さんの音楽にかける情熱が素人目にも番組を通じてひしひしと伝わってくるものだった。以下、大野さんの肉声を再現してみた。
・言葉も文化も違う相手を説得するのは並大抵のことではない。全てに相手を圧倒しなければついてこない。
・指揮するうえで一番大切なことは作品と会話をしているかどうか、これにウソがあったら何の意味も無い、私にとって止めたほうがいい。
・作曲者の考えていることに出来るだけ近づいているという確信があれば、そのイメージに楽団員が乗ってきて一つの次元を越えることが出来る。
・指揮者は自分では音を出せない。したがって常に楽団員の力を引き出すことを考えている。楽団員一人ひとりを解放してあげると大きな山になったときに一番いい音が出る。
・したがって、指揮の理想は登るべき山を示してあとは放っておくことであって、指揮者の存在は、無いかのごとくあるのが理想の姿。
趣旨は以上のとおりだが、指揮法も音楽理論も学んでいなくても十分分りやすい話だった。
番組では、ほかにも過去にパリでの公演でオーケストラのストライキを急遽3台のピアノ演奏で乗り切ったこと、昨年(2006年)9月の「トリスタンとイゾルデ」の公演練習最終日では、気管支炎で倒れたソプラノ役の代役を指揮者自身が務めたことなどが紹介されていた。
リスクの全てを指揮者の自分が背負うという気構え、回避する実行力などリーダーの資質にも十分富んでいると感じた。
まだ46歳の若さであり、前途が実に楽しみだ。欧州ではオペラの指揮が出来ないと指揮者として認められないそうだが、大野さんのレパートリーはオペラが主体ということも実力がある証拠だし大きな利点だ。
このままいくと将来、世界でもトップクラスの大指揮者が誕生する予感が大いにする。いずれはオペラ魔笛のタクトをとられるだろうから是非聴いてみたい。
王立モネ劇場 大野和士さん