オーディオ・マニアにとって、誰しもが「あのときに聴いた音は素晴らしかった!」という経験の一つや二つは持っているはず。もし無いとすれば、それはマニアではない、いや、資格がないと言ったほうがいいかもしれない。
「資格なんて、そんなものはいらねえ」という人がいるかもしれないが。(笑)
自分の場合でいえば、もう30年ほど前になるかなあ。
あの頃は小さな地方都市とはいえオーディオ専門店がそこそこあった時代である。たしか仕事を終えてバスの待ち時間の調整だったと思うが、何気なしに、とあるオーディオ店に入ったときのこと。チェンバロが実にいい音色で鳴り響いていた。
そのお店の一番の売りは以前から置いてあったヴァイタボックス(イギリス)の「191コーナーホーン」だった。
これまで、ときどき他人が試聴していたのを「そば聴き」していたのだが、たしかに音の品位の高さや佇まいは図抜けていたが、所詮は薄給のサラリーマンにとって手の届くような代物ではないし、諦めも半分手伝って、どうしても手に入れたいというほどの思いではなかった。
しかし、その日に聴いた印象はまったく桁外れで、チェンバロの音がまさに光り輝かんばかりにきらきらと音響空間を舞っていた。このスピーカーの周波数帯域はたしか上限が1万6千ヘルツだったと記憶していたので、けっして高域方向に欲張ってはいないのに「こんな得(え)も言われぬ響きがどうして出るのか」と心底から驚いたことだった。
(記憶とは時間の経過とともに次第に美化されるものなのだろうか。今でもその時の音を思い出すと胸が震えるのである!)
とにかく従来の(この店で)聴き慣れた音とはまったく違っていたので、当然のごとく駆動するアンプを代えているはずだと推察した。
いったい何を使っているんだろうと、興味津々で接続先を調べてみると当時、評判だったパイオニアのExclusiveM5(モノ×2台)だった。クラスA方式で、このA方式とは生半可な知識で恐縮だが、出力素子はトランジスターでありながら真空管の音を出すという触れ込みだったと記憶している。
とにかくアンプが変わるだけで、こんなに音は良くなるのか、そして「M5」は凄いアンプだとこの時に頭にしっかりとインプットした。
同時に当時、オーディオ御三家と言われていた「パイオニア、トリオ、サンスイ」の中でパイオニアの実力に大いに括目した。とりわけ高級品の分野ではまさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」とでもいうべき存在感を誇っていた。
余談になるが現在のパイオニアはカラオケ装置、カーナビで辛うじて生き抜いているが、トリオ、サンスイの凋落と比較するとなかなかの生命力を保っている。たぶん、オーディオからのソフトランディングがうまくいったのだろう。
さて、爾来、30年このかた、このM5が頭の片隅にずっと存在していて、オークションなどでもちょくちょく見かけるたびに「隙あらば」と意気込むのだが、価格が折り合わず、それに真空管アンプも幾つも持っているので「まあ、急ぐこともあるまい」とつい買いそびれてきた。
そして、8月17日(金)にまたもや発見。M5ではないが、それに次ぐ存在だったM4がオークションに登場。すぐに「ウォッチリスト」に登録して追跡することにした。
解説を読んでみると、1974年当時で定価35万円、出力30Wで中古品ながら程度は極上。もちろんクラスAタイプでステレオ方式なので1台のみ。
毎日、少なくとも1度は「ウォッチリスト」を眺めつつ、とうとう落札当日の24日(金)になってしまって、17時現在で入札件数36件、価格は3万3千円。まるっきり手が出ない価格ではないが、こういう素性がいい機器は落札寸前になって叩き合いになることが多い。
興味深いことに「出品者への質問」で「修理履歴はありますでしょうか」に対して「分かりません」と出品者からの回答がなされていた。
この出品者は個人ではなく、中古専門のリサイクルセンターなので、おそらく個別の商品の念入りなケアまでに手が回らないのだろうが、こんなに昔の製品をオークションに出すからには少なくとも元の持ち主から修理履歴を確認しておくことは常識である。
(修理履歴が)有っても無くても入札参加者にとっては選択のしようがないが、その事実だけははっきりし伝えておくべきだと思う。とはいえ、それはこちらの勝手な言い分で、そういう確認をしていないからこそオークションで「1円スタート」なのだろうが。
とにかく、これまでの経験から言わせてもらえれば、こういう30年以上も前の製品は修理履歴があった方が断然いい。なぜなら修理の都度、不具合となった部品を交換しながら全体的なメンテをしている可能性が高いから。
はてさて、入札しようか、しまいか、ここは思案のしどころだが、難点が四つほどある。
一つは消費電力が320Wもあること。ちょっとこの省エネの時代に逆行しているのが気がかり。二点目はAクラスにつきものの(アンプ内蔵の)空冷ファンの音がどれくらいなのか気になること。三点目は故障したときにまだ修理してくれるかどうか。そして最後に「夢=ロマン」が「現実」に堕ちてしまうことへの恐れ。実はこれが一番大きい!
ウォッチリストの登録に伴い恒例の落札時刻20分前に届いた当方へのメール時点での価格は「45,500円」入札件数は51。
そして最終的な落札価格は65,000円、入札件数は70だった。たった20分の間に19件も入札が殺到している!
はたして、「M4」は誰の手に?