呑む気オヤジ/蔵王山麓蓬莱庵便り

蔵王山麓暮らしのオヤジの日記。合唱も映画もドライブも温泉も、たまには俳句も・・・😄

代々木村

2006-04-19 | 徒然なるままに
引き続き地名に因んで…。
角筈という地名に触れたが、今度の事務所の所在地は前にも話したように「渋谷区代々木」。だから昔風に言えば角筈の向かい側、代々木村となる。会社のもう少し先に、文化服装学院のとてつもなく立派なビル(校舎とはとても言えない…)がある。ここも代々木だ。昔はこんなに立派なビルじゃなかったんだけどな。
学生時代に、文化服装学院の裏手をもっと参宮橋方面にいったところに住んでいた。それこそ代々木三丁目という地名だったが、「西参道」というほうがピンとくる場所だ。明治神宮に三つある参道のうちのひとつで、北門まで10分、そして新宿で呑んでも歩いて帰れるとても便利な場所だった。もっともアパートは木造2階建て、4帖半一間で風呂なし、共同トイレ、西向きで夏は地獄のように暑い。西参道に面しているということは、首都高速に面しているということ、車の騒音も慣れるまで大変だった。もう30年近く前のそのころで、どう見ても築20年は経っていたと思う。
この前そばまで行ってみたら、その「朱雀荘」(名前は由緒ありそうでしょう)が、なんとまだそのまま残っている!もう絶対、築50年は経っていると思うな。いやぁ~、懐かしすぎる…。楽しい想い出も、辛い想い出も、嬉しいことも哀しいことも、この4帖半には詰まっていたなぁ。よくも悪くも父さんの青春の1ページに間違いないし、親からの独立の第一歩、大人への入り口だった。
その「朱雀荘」まで歩けば20分ぐらいのところに、30年経って勤務するなんて…。人生の巡り合わせに想いを馳せる、オジサンの今日この頃であります。
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内藤新宿・角筈村

2006-04-19 | 徒然なるままに
会社の事務所を移転した。中野坂上から新宿駅南口という「ご近所引越し」だ。新宿と言っても、甲州街道の南側なので、正確には渋谷区代々木。でもここを「代々木」と言う人は、誰もいないよな。
毎週研修時にいろいろな情報をペーパーにまとめて発信している。これを気取って「かわらばん」と名付けた。これまでは「中野坂上かわらばん」だったけれど、来週からどうしようかな・・・。そうだ、『新宿・角筈かわらばん』にしよう!
「角筈」というのは新宿近辺の古い地名だ。古いといっても昭和46年(1070年)に住居表示が変更になったそうだから、そんな昔じゃない。それまでは新宿駅の西側には角筈、淀橋、十二社、成子などの地名があったが、全部西新宿になってしまった。昔の地名は交差点や公共施設、歩道橋、バス停の名前などに残っている。それぞれに意味のある地名だったのに、画一的に「西新宿」じゃつまらないなぁ。「角筈」というのは、角製の筈、筈とは弓の弦を引っ掛ける先の部分や、矢に弦を番える部分を言うらしい。その昔はこの辺は原っぱで殿様の狩場が近かったらしい。そんなわけで「角筈」になったのかな。
こういう風に地名などの謂れを考えたり想像したりすると、とても興味深い。「西新宿」じゃぁ、何の想像力も沸かないな。東京で昔の地名が残っているのは神田や日本橋辺りぐらいだろうか。ホントに詰まらない、「粋」が消えてしまった世の中だなぁ。

追伸)「新宿」という地名は、甲州街道と青梅街道の分かれ目(追分)に新しい宿場を作ったことが発祥らしい。江戸の中心地から甲州街道などに向かうとき、一休みまたは出発前に一泊する宿場だったようだ。今の新宿駅東口のあたりがまさに追分、街道の分かれ道だ。歌舞伎町なんかもそのころの名残なんだろうなぁ。
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