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”しんさん”のよもやま話

僕のビジネス感や社会現象に対する意見とかを趣味のヨットやゴルフ等の話を織り交ぜながらよもやま話的に発信します。

しんさんのよもやま話・・・ビジネス編(34)

2006年03月20日 20時56分06秒 | ビジネス
3月20日(月)
また少し冷たい風の吹く日が続いてますが、三寒四温の最後ぐらいなのでしょうか?
さて今日は過去僕の理想としてきた営業のフォーメーションの話をしたいと思います。最近は単純に商品を売ると言ったビジネスはあまりありませんよね。お客様のニーズを解決するにはいろいろな専門知識を組合わせて最適な解を導き出して商談を進めていくことが必要となってきました。しかも技術やサービスは目まぐるしくなる様なテンポで変わっていきます。そこで一人の営業マンがスーパーマンのように立ち回るのは困難になってきています。そこでお客様の窓口となる営業マンには3種類のサポートが必要になってきます。実は今日お話したかったのは、この3種類のサポートの重要性です。とかく最前線の営業マンの行動ばかりに目が行きがちですが、本当に強い営業はこのサポートがきちっとできているかどうかにかかっていると言っても過言ではありません。
ではそのサポートとは何でしょうか?まず第一にマネージメントサポートです。これがなかなか難しいのですが、営業マンを引き立てて、ちゃんと主役になるよう演出しなければなりません。ところが数字管理しかできなかったり、自分が主役を演じてしまったりするケースが多いのです。いい時はどんどん営業マンを前に出させ、悪い時は自分を盾にして危機を打開する胎が必要です。
第二は技術サポートです。この一番難しいところはお客様や営業マンに合わせてサポートできるかどうかです。とかく技術者は自分の技術にうぬぼれて自分のペースを強要しがちです。実はこれが最悪となるケースを自分は何回かみてきました。俺があれだけサポートしてやったのにまだ受注がとれないのか?とかそんな簡単なこと自分で調べて答えろとか、たいした技術でもないのに周囲に自分より詳しい人間がいないと尊大になってしまうケースです。技術者は研究者と違って人の役に立つことで存在意義があることを肝に命じておくべきでしょう。
第三はサービス・経理サポートです。この領域の専門家はどこの企業にもいることはいるのですが、ほとんど前線には出てこようとはしません。ここの専門家たちの共通の欠点は確かによく知っているのですが、どうしてそうしたかを知らない点だと思います。知識はいっぱい知っているのに、その源となる考え方を深く追求していないために、説得力に欠けてしまうことがお客様等の不満をくすぶらせてしまう結果になるのです。そう言う意味であまり専門家と言うジャンルが確立してない部分かもしれません。
以上この3つのサポートを少しでも機能的にできれば必ずや強い営業部隊ができあがる下地ができたことになります。そして最後にこれらのサポートを受ける営業マンの資質ですが、感謝の心を忘れないと言うことでしょう。お客様の窓口役をしている以上、うまく行った時は必ず脚光をあびます。その時自分を支えてくれたいろいろな人への感謝の気持ちを持ち続けられる人でないと誰もサポートなんかしなくなってしまいますよ。そうじゃなくても成果主義とか言ってそれぞれがバラバラでも自分の成果があがればいいと言う傾向が強い企業が多いですから。もっとも最近この成果主義の欠点に気づいた企業も出てきましたが。
今日示した4つの領域はそれぞれが独自に頑張ったところで結果には結びつかない典型的な領域です。成果主義を導入して部分最適をはかったところで、必ずしも全体最適にはならないと言うことです。
自分も過去に営業と言う組織でこの4つのフォーメーション形成に努力してきたけれど、いつも道半ばといった感じで満足できる結果は得られませんでしたが、結構いい線までいった時もありました。ただこれからの時代はこのような取り組みを実現できたところが市場を制していくような気がします。それではごきげんよう。

しんさんのよもやま話・・・ビジネス編(33)

2006年03月19日 21時06分38秒 | ビジネス

3月19日(日)風強し
骨折で中断していたブログですが、今日から再開します。でもまだ痛みが抜けないので毎日書けるかどうかはわかりません。マイペースでできる限り書いて行きたいと思います。
今日の話は”守りの営業”と”攻めの営業”の話です。この話をする前に少し中国の古典の話をしましょう。皆さんは”貞観政要”と言う本を御存知でしょうか?西暦600年頃中国では隋王朝を滅ぼし唐王朝が起こりました。隋の煬帝は腹心の部下の言うことばかりを鵜呑みにし、民意を省みない悪政を行っていたため、唐の高祖及び息子の太宗によって滅ぼされた訳です。そして唐の2代目皇帝の太宗による政治は”貞観の治”と呼ばれ、後世の手本となる善政を行いました。この頃の政治のあり方を太宗と部下達の問答の形で書かれた本が”貞観政要”なのです。
ところでこの貞観政要の有名な話に”創業と守成いずれ難きや”と言う太宗の質問に二人の部下が答えていく場面があります。片や唐を起こすのに苦労した房玄齢は創業が難しいと言い、片や魏微は、もう唐と言う王朝が始まったのだから守成が難しいと言うのです。太宗は結局これからは守成だと言い民が安心して暮らせるよう守りを中心とした政治を展開し、貞観の治と呼ばれる善政を行ったと言う話です。後に徳川家康は貞観政要を座右の銘としたと言われています。

この話を現代の企業にあてはめれば、事業を起こす時は”攻めの営業”一本槍でどんどん市場を開拓して行くことが重要であるが、市場に顧客を持つようになったら”守りの営業”を重点的にせよと言うことになります。従ってお客様満足を得られるよう企業はCSに力を入れて行く訳です。ここまではすごくあたり前な話だと思います。僕もその通りだと思います。ただここから少し違った展開を話ます。守成を大事にするあまり、創業を忘れてしまったらどうなるでしょうか?

今の企業は、どこもかしこも守成中心主義のような気がします。それはそれぞれの企業がバブル絶頂期を味わってきたからしかたないことですが、もう少しよく考えてみる必要があります。
まず、唐の時代や江戸時代と現代ではまったく異なる状況が存在します。一つはグローバル経済の時代だと言うことです。二つ目は情報社会だと言う事です。要するに今の事業を守ると言う戦略は若干の時間かせぎにしかならない時代だと言うことです。自分の事業を”守る営業”をしていても、世界中のイノベーションの波は瞬時に訪れ、国と言う障壁は何の役にも立たない時代です。従って、従来顧客を大事にする”守りの営業”は必要条件ではあるが、そればかりでは徐々にシェアを減らしたり、或いは徐々に売上げを落としていくだけです。今は”守りの営業”を展開する一方で”攻めの営業”をトップ主導で進める時代なのです。一人の人間が守りも攻めもできる時代ではありません。今のスポーツは、サッカーにしてもフットボールにしてもオフェンスとデフェンスがあるように企業にも”守りの営業部隊”と”攻めの営業部隊”を持つ時代だと思います。どちらも重要ですが、とかく目先の守りに主眼がおかれ、将来を見据えた”攻め”には弱い企業が多いように思います。それは攻めには明確な結果がでるからです。守りにはすぐに結果がでないため、表向きの数字の若干の減少ぐらいしか見えないのでごまかせるのです。でもこれが先々決定的なダメージを与える元を作っているのですが、残念ながら人間には先を見通す能力がありませんから栄枯盛衰となるのでしょう。 
みなさんの会社はどうですか?一度攻めの営業のツールと守りの営業のツールを考えて見て下さい。改めて整理してみるとずいぶんと違いが見えて来ると思います。時には自分達の武器(営業ツール)を見直してみるとチグハグなもの・欠けているものが見えてくるはずです。
答えはそれぞれが自分の仕事にあてはめてみることです。一般論はあまり意味のないことですから。
今日はこの辺で終わりにします。


しんさんのよもやま話・・・生き方編(5)

2006年03月10日 21時15分20秒 | ビジネス

3月10日(金)
昨晩は久しぶりに友人達と飲み午前様となってしまいましたので、急遽取り止めました。今日は東京出張だったのでもうバテ気味ですが2日連続中止とは行かないのでとりあえず書くことにします。前回書いたように生き方編は際限なく書ける事は書けるのですが今一のようなのでこのシリーズはちとりあえずここでやめて、次の時はもう少し形を変えてお送りしたいと思います。
でこのシリーズ最終回となる今日の話はやはり”老子”で〆ることとします。

”大巧は拙なるが若く、大弁は訥なるが若し”

ほんとうに巧みなものは、かえって稚拙にみえるものであり、ほんとうに雄弁と言うのはかえって訥弁にみえるものである。と言う意味でしょう。老子独特の逆説的な表現ですが結構本質的です。我々凡人はみかけによって物事を判断しがちですが、ほんとうの達人はそうは見えない人が多いですものね。営業マンもおしゃべりがじょうずな人より木訥な人の方がいい結果をよく出します。ただこのタイプの人は社内では多分あまり評価されないことが多いのも事実です。マネージャーが実践的な人の場合はよく見えますが、実践的でない人の場合は言葉に惑わされてしまうことが多いからです。
今日はここまでとします。明日の朝は早起きして市場に日曜日のための買出しに行くのでおやすみなさい。


しんさんのよもやま話・・・生き方編(4)

2006年03月08日 21時42分44秒 | ビジネス

3月8日(水)
だいぶ暖かい日が続くようになってきましたが、世の中では花粉症が話題になるようになってきました。僕はまだ花粉症ではありませんが、ずいぶん多くの人が悩まされています。一種の現代病なのでしょう。田舎が静岡の山奥だったので、子供の頃は杉鉄砲をよく作り、玉をとりに山に行って花粉を頭からかぶってしまったりしたものですが、当時は花粉症なんて言葉もなかったし、気にもならないことでした。今だったら気持ちだけで花粉症になってしまうのかもしれません。
さて今日は安岡正篤先生が座右の銘とされていた”六然”の話をします。元々は中国の崔銑と言う人が残した言葉のようです。自分はそうでありたいと思いながら未だ煩悩の世界をさまよっていますが。講釈はまずおいて、本題を書きます。

自処超然   (自分自身の処しかたは物事にとらわれる事がないように)
処人あい然  (人と接する時は相手を楽しませ、心地よくさせるように)
有事斬然   (何かことあるときは、ぐずぐずせずにきびきびとやるように)
無事澄然   (何もことがない時は、水のように澄んだ気持ちでいるように)
得意たん然  (得意な時ほど、静かで安らかな気持ちでいるように)
失意泰然   (失意の時にも、泰然自若としているように)

ひらがなのところはほんとは漢字ですがフォントないのでかけません。ここら辺が坂村さんが言っていたTORONチップで解消できるはずだったんですが、アメリカの陰謀くさいところです。西洋のコンピュータでは表現できない漢字がいっぱいあって人間の情緒というものを後世に残すためにももっと豊かな表現ができるようにすべきかもしれません。西洋の表現は古代中国の表現より全然お粗末なのに。もっとも今の中国は中華思想なる覇権主義的文化だけ受け継ぎ、漢字を半ば捨てているのでもっとダメだと思いますが。
意味は横に併記しておきましたのでよくわかったと思いますが、人間なかなかこうはいかないものですね。自分もそう言ってみたものの道なかばです。多分死ぬ時まで目指す志は続くでしょうけど達することはできないかもしれません。人間のほんとうの姿は、あるべき理想の生き方を目指して煩悩に悩みながら、みにくく日々精進している姿なのかもしれません。言うは安く行うは堅しなのです。ただもし生き方に上等下等があるとすれば醜くてもひたすら精進しているかどうかの違いがやがて結果として出てくるものではないでしょうか。
なんか最後は自己弁護になってしまいましたが、いつも気に留めているかどうかはビジネスの成功・不成功より大事なことだと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございます。今日はこれで終わります。


しんさんのよもやま話・・・生き方編(3)

2006年03月07日 23時32分24秒 | ビジネス
3月7日(火)
今日は暖かい一日でしたね。まじで春になってきました。
さて今日も古典にみる生き方編ですが、あまりおもしろくないようでアクセス数が極端に減ってきました。とりあえず今週は続けますがまた来週はビジネスに関する毒舌でもしてみますか。
今日は上杉鷹山の言葉から

”なせばなる なさねばならぬなにごとも ならぬは人のなさぬなりけり”

もう解説もいらない有名な一節ですね。この主旨の言葉は西洋では”求めよさらば開かれん”とか孔子の”たとえば山を為るが如し。未だ一きを成さざるも、止むは吾が止むなり。”も同じことだと思います。
いろいろ目標を立ててもできないのは結局自分がやる気がないからだと言ったかなり厳しい言葉です。何か物事を達成しようとするといろいろな障害にぶつかりますが、そこですぐあきらめてしまうかそれでも続けるかの違いで結果もまったく異なると言うことです。ただ現代のようなスピードが要求される時代においては同じ続けるにしても手段を切り替えながら続けることが大事かもしれません。
今日はいつもに比べすごく短くなりました。今の自分は3ヶ月ブログを続けると言う自分に課した目標達成に向けて書いているだけかもしれません。だからビュー数も少ないのでしょう。もうちょっとがまんして下さい。今4月以降ホームページも立ち上げてブログと連携したサイトを準備中なので、もっと面白くなると思いますので。今日はこの辺で。

しんさんのよもやま話・・・生き方編(2)

2006年03月06日 23時39分30秒 | ビジネス
3月6日(月)
今日は一日雨でしたけど暖かだったですね。もう春の雨になってきたようです。そう言えば今日は啓蟄ですよね。冬ごもりの虫が這い出てくると言う意味です。今では旧暦で言うところの24気を言える人はほとんどいないでしょうけど、あと20年ぐらいたつと、このような情緒あふれる言葉は消えてなくなっているかもしれません。
ところで昨日老子だったので今日は孔子の論語から一節を紹介します。老子も孔子も好きな一節がいくつかあるのでまた戻るかもしれませんが、とりあえず論語の衛霊公編からです。この編は衛の霊公が孔子に陣立てについて質問したことが最初に出てくるのでこう言うタイトルになったそうです。

”子曰く、衆これを悪むも必ず察し、衆これを好むも必ず察す。”

先生がこうおっしゃった。「大勢の人間が憎んで嫌う人物でも、本当にそうかどうか必ず自分で確かめてみる。また逆に大勢の人間がみんな好きだと言う人物に対しても、同じように調べてみる。」(男の論語 童門冬二著より抜粋)
と言う意味です。
人間の歴史上の悲劇はみんなこれ、確かめることをせずにみんなの話をうのみにして行った結果になっていることは周知の事実です。ただ歴史を見ていると必ずと言っていいほど直言居士の結末は讒言や罠にはまって消えていく運命にあるようです。その点家康はこう言う間違いの一番少なかった武将のような気がします。大衆世論の見方と言うのはすべて刹那的にならざるを得ないことを知っておくべきなのでしょう。”雉も鳴かずば撃たれまい”とはよく言ったものですが、自分は男の生き方として嫌われても自分の生き方を通す人間が好きです。残念なのはそれを陥れたり、讒言するやからも必ずいると言うことです。だから自分の目で確認せよと孔子は言ったのでしょう。
これは現代においても世の中が平和であればあるほどこの種の輩は出現するものです。そして最後は平和を破壊していくのでしょう。企業も繁栄して来るとゴマすり茶坊主が権力を持つようになってきます。だから寿命は一般的に30年と言われるのかもしれません。僕は今評論の立場で物を言ってますが、もし自分が讒言とかを聞く立場だったらどうなるかよくわかりません。耳によい言葉は誰だっていいに決まってますから。それが人間の特徴ですから。
そんな寂しい話にならないためにも”確かめる”と言うことは大事なことです。
それでは今日はこの辺で!

しんさんのよもやま話・・・生き方編(1)

2006年03月05日 23時19分36秒 | ビジネス
3月5日(日)
昨日は越前海岸で蟹を食べ、日本海を見ながらの露天風呂にはいり、崖に自生している水仙を見ながら海岸どおりをウォーキングし、言うことない一日でした。たまにはこんな贅沢もいいですよね。名古屋から高速の路線バスが出ていて、結構格安でしかも客がほとんどいないため貸切バスと同じで最高でした。一つ難点は途中で買物とか休憩とか自由にできないことですが、あまり苦にはなりませんでした。とにかくお薦めです。今年はもうシーズン終了なので来年みなさんもどうぞ。

さて今週からは何の話をしようか今迷いながら書いています。そして決めました。ちょっと骨っぽいですが人間の生き方についていろいろ本をよく読んでいるのでそんな中から自分の気に入っている話を書いてみたいと思います。
最初は老子です。僕は老子が好きで何冊かいままで読んできました。多分みなさんも”無用の用”とか”上善は水の如し”などよく耳にする言葉だと思います。老子は無為自然の思想などと言われますが、大自然のいとなみは神が創った訳ではなくおのずとそうなっているのだと言った思想です。その根源を道(タオ)と言っています。まぁそんなむずかしい話は後回しにして今日は老子の言葉の中から一つ紹介しましょう。

「信言は美ならず。美言は信ならず。善なる者は弁ならず。弁ずる者は善ならず。知る者は博からず。博き者は知らず。聖人は積まず。ことごとく以って人の為にして、己いよいよ多し。天の道は利して害せず。聖人の道は為して争わず。」

簡単に言うと信実のある言葉には飾りがない。飾り気の多い言葉には誠がない。立派な人間は多弁ではない。多弁な人間はほんものない。明知の人は物知りじゃない。物知りは明知に欠ける。タオを会得した聖人は貯めこまない。ことごとく人の為に分かち与え、自分はますます豊かになる。天の道はすべてのものを利して、損なうことはない。タオを会得した聖人の生き方は、人の為に尽くして、人と争うことはしない。 (講談社現代新書「タオ=道の思想」林田慎之助より

なんとなく意味がわかればいいと思います。これから、いろいろな生き方の参考になる話を引用していきます。今日の引用は比較的分かりやすいと思います。いい言葉ですが自分ができているかと聞かれれば”いまだ達せず”と言うしかないのですが。
今日はこの辺で。

しんさんのよもやま話・・・ビジネス編(32)

2006年03月03日 20時31分29秒 | ビジネス
3月3日(金)
今日はひなまつりですね。我が家もひからびた姫といかずの姫がいてちょっとうまいものを食べました。今日はコレステロール解禁デーになりました。明日も朝早くから越前海岸にカニを食べに行ってきます。という訳で今日は早く切り上げ明日はお休みにします。
このシリーズは2週間にわたって書いてきましたがとりあえず今日で一区切りとします。で今回の話は非効率が一番効率的と言うはなしです。
営業マンもシステム導入が決まり、機器の操作説明の段になると、とたんに強気になって説明会と称してお客様を集めていただき一度にすませてしまおうとするものです。そのほうが効率がよいからとなるからです。確かにそれだけを考えれば効率的です。しかしほんとうに効率的なのでしょうか?少し面倒でも次の営業のチャンスを考えれば、それぞれの部門毎に説明させていただくような戦術を考えるべきではないでしょうか。なぜならお客様は恐縮して感謝されるし、自分にとってはそれぞれの部門にコンタクトをとれる最大のチャンスなのですから。こんな効率のよい営業のチャンスを目先の効率のために棒に振っていることの多いこと。自分の経験でもこんな時こそ面倒を買って出てやっていると別の部門から新しい商談が結構簡単に飛び込んでくるものです。

今日の教訓

”お客様が非効率だと思っていてくれるものほど、非効率でも親切丁寧にせよ。非効率が営業では効率的になることが多いのです。”

と言う話です。一見非効率なことほど実は長期的視点で捉えると一番効率的なことは世の中にはいっぱいあります。あまりデジタルにものをみるだけでなくアナログ的な見方もこんな時代だからこそ必要だと僕は思います。それではこの辺で

しんさんのよもやま話・・・ビジネス編(31)

2006年03月02日 22時31分00秒 | ビジネス

3月2日(木)
今日はちょっと寒かったですね。まぁ春が来るには三寒四温といいますから、これでいいのでしょう。さて今回は”必然性”と”必要性”の話をしたいと思います。

この話はある行政の首長さんを訪問した時の話です。この首長さんは中央省庁の役人をやめて、地元の首長候補に立候補して当選したばかりの若手の方で、新しい行政が期待されていました。そこで僕達もご挨拶をかね訪問した次第です。ただ行くだけならつまらないから、これからの行政に要求されるインフラとなるシステムの提案を兼ねて訪問することにしたのです。一般的な話のあとで”今日は僕らなりに考えたこれからの行政情報基盤の提案を用意してきましたのでお聞きいただければ幸いです。”と用意した提案書を説明させていただきました。ところどころ質問を交えて一生懸命聞いていただけました。ただ聞き終わってからが他の方達とはちょっと違っていました。「君らの言うことはよく分かるよ。その通りかもしれない。だけどね、今の話は全部”必要性”を言っているだけで”必然性”がないんだよな。行政と言う所はもっと”必然性”がなければだめなんだよね。」もっと必然性のある答えを持ってきてくれないか?と言うことでその場は終わったのですが、帰社後悩んでしまいました。必然性をだそうとすればするほど僕達はなにも行政の仕事の流れや課題や具体的なニーズがわかっていないために必要性は書けても、必然性を持った提案にはならないのです。結局一度再提出はしたものの必然性を出すことはできませんでした。
ただこの時から提案書を書く時はお客様の状況をできるだけ詳しく聞いて必然性のある提案書を出すよう言ってました。よく我々はニーズをよく聞いてなどと言いますが、本質的なニーズと言うものは解決策がより必然性を備えたものになっているはずです。我々が聞いてくるニーズはほとんどが表面的なものが多いのです。単に定性的にとらえたニーズでは必要性は解けても必然とはならないことを知っておくべきでしょう。そして必要性を訴えただけの提案書でも受注になる場合ははたいていお客様が必然性をつけて社内稟議等をしてくれていると思うべきでしょう。

今日の教訓

”提案書は必要性を訴えるのではなく必然性を加味した提案書にするよう心がけよ。”

となります。ここまで読んでいただき大変ありがとうございます。多分必要性と必然性の違いが分かりにくかったと思います。それが普通だと思います。でも何回もやっているとよくわかるようになります。ポイントは目的と効果が明確になっているかどうかでしょう。
それではまた


しんさんのよもやま話・・・ビジネス編(30)

2006年03月01日 23時31分52秒 | ビジネス
3月1日(水)
今日は一日冷たい雨でした。でも暦の上ではもう春です。僕も3月の週末は今迄の暇がうそのように既に予定がいっぱい入っています。平日はどうでもいいけど週末は晴れてほしいものです。

ところで今日の話ですが、だんだんネタがなくなってきて苦労し始めました。でも昔を思い出しながらなんとか頑張ってみます。今日は営業マンは受付嬢や守衛さんを味方につけろと言う話にします。10年ぐらい前の話ですが、以前話に出たU氏は熱心な営業マンですがそんなに技術があるわけでもなく、話もうまいわけでもないのですが、お客様の受付嬢や守衛さんとすぐ親しくなってしまうと言う得意技がありました。私と同行訪問した時にも守衛さんと今日は社長はいる?と気軽に声をかけてました。あぁさっき戻ってみえたから今はいるはずだよ。あそう。ちょっと寄っても大丈夫そうですか?今日は○○に行ってきて機嫌よさそうだったよ。あとは何もないはずだから喜ぶよ。と言った会話をして訪問目的の部長の所に寄って仕事をすませると、今日は社長さんおられるみたいですね。ちょっと挨拶していっていいですか?うちの○○もきているので。といいながら挨拶に寄って、少し話をして帰りました。何も利害がからまない時に一度面識があると肝心な商談の時、前回に会った時の話を切り出しながら”今回○○の商談をさせていただいておりますがよろしくお願いします”と結構スムーズにお客様側の意思決定ラインをおさえておくことができます。自分も彼のおかげで面識できていたので、あとはキーマンに納得いくプレゼンであまり相見積りとかせずにうまく受注に結びついた経験があります。要するにお客様の受付嬢や守衛さんも味方にしておくとお客様側の状況もよくわかり、対応も適切にできると言うことです。

今日の教訓

”お客様の受付嬢や守衛さんとも親しくできるよう心がけることにより、トップやキーマンの予定とか競合会社の訪問状況とか聞きだすことも可能となります。”

そんなにうまく行くことばかりではありませんが、訪問時に仕事以外のコミュニケーションをとっておくとこちらが言わなくても情報は入ってくるものです。心がけひとつでいざと言う時に役に立つことはこれ以外にもいっぱいあります。成功する確率を高めたいなら、そう言う情報源を作っておく心がけを忘れないことです。それじゃぁこの辺で。