水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「こう・72」

2009-11-10 23:03:26 | Weblog



功の項(こうのこう)

公(工)に力をつくす、という意味だ。
だが、公は固定概念がある。
ほとんどが、人間社会。
そして、現状の国家社会。

戦時中などで、都合よく使われる。
公の為に、力を尽くそう・・・
国の為になる人になろう・・・
社会に貢献しよう・・・

一見、良さそう。
でもなぁ・・・
煽るのは、誰かに都合がいいからだ。
こんな事が声高に言われる時代は怖いぞ。
公は、もっともっと広く深く大きいのだ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・71」

2009-11-09 23:08:39 | Weblog



恋の項(こうのこう)

故郷を恋う。
生きとし、生けるモノを恋ふ。
宇宙に浮かぶ青い星を恋う。
地球か、何もかも、皆懐かしい・・・

特定の人の為ではない。
遥か彼方のイスカンダルまで。
困難は承知。
青い星を恋う行為だ。

特定の異性に恋する。
当事者以外は関係ない。
冷静に観れば、滑稽が多い。
だが、もっと大きく恋うと・・・
かなり、素敵だぜ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・70」

2009-11-08 21:10:45 | Weblog



恋の項(こうのこう)

人を恋う。
特定の異性ではなく、人を恋う。
その行為は、とても優しい。
人の為に何かを行う。
その時、自分はいない。

言葉に出して言うと胡散臭い。
「人の為に一生懸命努力します」
そう言う政治家はゴマンといる。
でも、自分の利に成らない人の為にはしない。
自分を消して、何かを為す政治家はいないのだ。

口に出す人達は信用できない。
そんな事は、黙って、そっとするものだ。
「○○の為に」は、ほとんど信用できない。
大抵は、自分の為の誤魔化しだ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・69」

2009-11-07 23:07:11 | Weblog



恋の項(こうのこう)

恋という行為(ダジャレじゃない)。
恋を感情レベルで止めると役に立たない。
恋うという行いで、自他の役に立つ。
男女間においては、迷惑になる場合もある。

幸も感情レベルでは自己満足。
幸福感であっても、幸ではない。
幸は行いが伴うのだ。
当然、行いは見返り無しのモノだ。

恋も見返り期待では、先が無い。
見返りを意識するなら、恋うとはいわない。
一般的な恋(こい)は、恋モドキなのだ。
恋う、とは優しさの別面みたいなものだ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・68」

2009-11-06 10:20:58 | Weblog



恋の項(こうのこう)

男女間の恋(こう)は特殊だ。
対象が雌雄間以外の恋が解り易いかも。
例えば、自分の仕事を恋う。
すると、仕事は進化する。
進化した仕事は他の幸に貢献する。

例えば、自然を恋う。
恋う対象には優しくなる。
いろいろ研究する。
自然が活性するのに貢献してしまう。
それは、地球に暮らす生物の幸となる。

恋う、という感情と行為。
男女間以外なら、かなりマトモだ。
男女間以外なら、幸に近い。
何より、自分は幸だろう。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・67」

2009-11-05 22:48:54 | Weblog



恋の項(こうのこう)

子孫繁栄。
そして、生命力活性。
恋の存在理由と効果は大きい。
個と種を存続させるアイテムだ。

幸は生命力活性の効果がある。
しかも、底からの深さもある。
恋は個の生命力活性の効果のみ。
幸は(個から発生しても)全体に拡散する。

それぞれ別次元だが、扉はある。
行き来できる扉はある。
ここが、この世の仕組みのオチャメなところだ。
個と全体の接点部分は、面白い仕組みなのだ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・66」

2009-11-04 23:04:24 | Weblog



恋の項(こうのこう)

恋うの時、幸と接触する。
だが、恋がそのまま幸にはならない。
恋は個人的のみの動きだ。
他が同調するわけじゃない。

江の項で書いた。
幸は他の幸と解け合う。
恋は他の幸と単純に解け合わない。
解け合う要素も少しある・・・

恋の時、心は優しくなる。
対象相手だけでなく、優しくなる。
一概ではないが、優しくなる傾向がある。
優しさは、幸への通路だ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・65」

2009-11-03 18:49:27 | Weblog



恋の項(こうのこう)

名詞の恋は「こい」と読む。
動詞の恋は「こう・こふ」と読む。
意味は、心が惹かれる動きだ。
幸にも、心が惹かれる動きがある。

代表的は男女の間だが、それだけじゃないぞ。
い、いや、男同士をいってるのじゃないぞ・・・
対象は様々なのだ。
動物、物質、芸術、運動、格闘、仕事・・・
恋は、あらゆるモノに秘しているのだ。

恋の状態。
冷静に他から見ると、変に似ている。
マトモじゃない
恋は狂いにも似ている。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・64」

2009-11-02 21:07:07 | Weblog



江の項(こうのこう)

幸は水。
そして、幸は江となる。
この二つは同じだ。
勘違いすると、溺れる。

自の幸と他の幸。
同じだ。
対立すると、幸は苦に変わる。
常に、江になる性質を忘れず。

ゆったり、広く、長く。
自分の分は、小さくて充分。
集まれば、凄い大きさになるのだ。
幸は、欲張らなくて充分なのだ。

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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「こう・63」

2009-11-01 20:42:00 | Weblog



江の項(こうのこう)

必要な水は僅かな量でいい。
大量に集めても活用できまい。
下手に囲えば、溺れ死ぬ。
成り上がりが自滅する例は多いぜ。

空気に溶ける水。
いつでも水に包まれている。
つ、つい、忘れてしまうんだよなぁ・・・
生まれてから、死ぬまで包まれているのに・・・

私は不幸だ。
幸せが欲しい。
あれば、もっと欲しい。
更に、欲しい。
どれだけ多くても邪魔にはなるまい。
そう、勘違いしてしまうんだよなぁ・・・
欠陥品の、人間だもの・・・

         
(過去のプログは本館 「氣の空間・氣功療法院」です。)
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