alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

魔の2歳児?

2010年09月05日 | 子育て


 最近は蓮太郎とも随分と仲がいいわーと
思っているのもつかの間で 一週間くらい前からか
イヤイヤの量が半端じゃなくて
これって ついに よく耳にする
「魔の二歳児」ってやつがきた?と
ちょっと恐ろしくなってきた。

 ネットで少し調べてみたら
今の蓮太郎はまさにそこに突入したらしく
ちょっとイヤ!という程度ではなく
おもらしをしたパンツをとりかえるために
大泣きをして断固としてかえさせない。
我が家は虐待の通報が来そうなほどに
蓮太郎の意固地のために大泣き状態が続いてます。


 (ちなみに子供のいない人に知ってほしいので
書きますが 子供は泣きます。
すっごく泣きます。いろんな理由で泣きます。
ただお菓子ほしくて30分泣ける子もいます。
隣できいてたら「虐待?」と思うかもしれませんが
母親達はそんな通報におびえながらも
自分の信念か子供のわがままに折れるのか で
けっこうよく戦っています。「とにかく通報!!」
という世の中は間違っていると私は思います。
もっと母親達にあたたかいまなざしを向けて、
子育ての大変さを理解した上で、一緒に育ててほしいのです)


 ところでそんな大変な状態に突入し、
イヤイヤばかりの蓮太郎にはかなりイラっとくるけれど
最近は大声でどなるのはもう無駄だからやめよう
どうかそこは自分をコントロールしてみよう、と
彼が一息つくのを待てるようにがんばってみて
なんとかかんとか生きている。
そしてケロッと笑顔になると

 は? あれ 何だったの、、、?

 ということばかり。

 そしてその笑顔が以前よりもっとかわいく
「一番大変なときが一番かわいい」という言葉の
意味が なんとなくわかる気がする。


 1日のうちで「こんのやろー いい加減にしろ!!」と
思う時もいっぱいあるけど「なんでこんなに可愛いのアンタ!」
と思う時も山ほどあって なんだか不思議で仕方ない。
最近は蓮太郎は私に反撃されるのを かなり喜んでいる
ようなので 私も怪獣にたちむかっていき
二人はしょっちゅう戦ってたり
サッカーをしたり 探検をしたり
街に行ってカフェにいったり
電車に乗るのを楽しんでみたり
一緒に乾杯したり アンパンマンを歌ったりして
なんだかんだで仲がいい。





 イヤイヤ!!!って言うことに
意味もあるのかなーと思ってたけど
ここまでイヤイヤされてしまうと
「もーお母さんがイヤ!!」と言ってても
仕方なくって(でもそういうとちょっと笑う)
かなり途方にくれるけど ちゃんとかまってあげてると
意外と電車やバスの中ではいい子にしてくれて
かまってあげる 彼の時間を 一緒に
大事にしてあげること それってやっぱり
大事なんだなと思わされる。


 我が子は最近ネガティブな表情の使い分けが
うまくなり しかめっ面をしてみたり
眉間にしわをよせてみたり 赤ちゃんのように
泣いてみたりとか 嫌な顔をした直後に
嘘のように笑ってみたり その変化がとても
激しいけれど ほっぺにはえくぼができて
よくもまあ そんなに笑っていられるよなあというくらい
ケラケラと楽しそうに笑ってる。
息子は毎日人生をエンジョイしています。

 私もそんな彼のおかげで だいぶ遊べるようになり
子供心を取り戻し 笑えるようになってきた。
人生は しかめっ面して他人を気にして生きているより
笑って笑って生きてる方が よっぽどか楽しいようで
彼はそれを教えてくれて 彼の笑顔は
たくさんの人の表情を すぐに笑顔に変えてしまう。
それって本当に 神様からのギフトだなあ
こんな笑顔をいつまでも このえくぼ をいつまでも
失わないで これからも人を幸せにする
そんな蓮太郎でいてほしい。

ワインに触れる

2010年09月04日 | フランスの食文化


 「飯田さん フランスにいるからには
美味しいもの食べてるんですよね?」と
昔 留学していたときに たまに
パリにきた年上の日本人にきかれたりしていたけれど
そう言われてみる度に はて、美味しいもの、、、?
と思ってた。うーん クロワッサンに
パンオショコラ?あとカフェクレームか。

 だけど私は学生だったから
いわゆるまともなフランス料理だなんて 
食べる機会もほとんどなくて だから
何のことだかわからなかった。

 しかも私はお酒が得意じゃなかったし
ましてやワインはあまり美味しいとも
思えてなくて 何か集まりがあるときも
選び方すらわからないから
とりあえず安くていいや と
あまり美味しいのを飲んでこなくて
「フランスにいるのに美味しいワインを
飲まないなんて!」とたまに嘲笑的な目で見られてた。


 でもさー ワインって美味しいかなあ
と 思っていた訳なんだけど


 なんでなんだか 6月にフランスに行った際には
急にワインに興味をもって せっかくだから
少しは勉強してみよう と そんな気持ちになっていた。


 おそらく私にそんなモチベーションを抱かせる
かなりのきっかけになったのは 
私が一緒に仕事をちょっとさせてもらってる
Paris-bisrtot.comというサイトをつくっている人が
私がパリにもう少し残ると決めた時
「それならせっかくだからコンフェランスドゥラプレス
というのに行ってみる?フランスの食物を知るのには
いい機会だよ ワインとかチーズとかソーセージ
なんかについての話をする集まりでね きっと
ミキには何のことやらわからないだろうけど
機会としてはいいかもしれない」と誘ってくれたからだろう。



 はっきりいって その電話では
コンフェランスドゥラプレスというのが
何を意味しているのか全くわからなかったけど
うーんいろんな製品が見れたりするのかな?
小さな見本市みたいなものか?と想像をして
「行きます!」と言ってみた。


 じゃあ木曜4時にマドレーヌでね と言われたものの
直前に彼から電話がかかり「申し訳ないけど
急用ができてどうしても行かれないから
悪いけどミキ一人で行ってみてくれる?」と言われてしまう。
えええ!!!と思ったものの もう私は
会場のほぼ隣まで行っていたから ここは
勇気を出してみるか!と重い扉をあけてみた。


 それが悪夢のはじまりだった。


 「あの、、コンフェランスドゥラプレスに来たんですけど、、」
と受付で話をすると「はあ?あなたが?」という顔をされ
説明をして2階にのぼると またしても「はあ?」という
顔をされながら席につく。え?なんか ここ
教室みたい そうあの悪夢のパリ政治学院の
小さな小さなあの教室で みんながフランス語をしゃべってる、、、


 そして会がはじまって お偉いさんが
「どこどこのワインのなんたらという仕組みが
変わることになりました くわしくは明日発表が、、、」と
話をしてる?は?AOC?アペラシオンって何のこと?
グランクリュって?大きな、、、生?
(ポワソンクリュは「刺身」でジャンボンクリュは「生ハム」)
まったくもって意味がわからない。ヒエラルキー?何の?
これほどまでに言葉が全くわからないのは
シアンスポーの授業以来で 本当にあのころの
授業のように 急に私の心臓はドキドキしはじめ
息は苦しくなってきて かなり危なくなってきた。


 なんなんだろう 私けっこうフランス語
やってきたと できるようになってきたと
思ってたのに それは錯覚だったのか、、
何もかもがわからないから もう病的に眠くなり
早く終われ!!としか思えない
あきらかに専門的なフランス人ジャーナリストの集まりの中で
わけのわからぬ日本人がただ一人。
わからなくっても仕方ないでしょう
きっとあなた方はそう思うとは思えども
どう振る舞えばいいのかすらもわからずに
ただただこの場を去りたいと願う。


 ええい もう やっぱり行こう!


 そう思った2、3分後 会は終わるきざしを見せて
ほっとしながらさよならを言って席を立つ。



 これほどまでに 屈辱的に何もかもわからないのは
一体どうしてなのだろう どうしたらいいかわからないけど
とりあえずこの足でオペラにいって ブックオフで
ワインの本でも見てみよう。 なんだかそういう気になって
そうして私はよせばいいのに フランス語のワインの
本を買ってみて それから会った友人たちに
ワインのことを教えてもらって そうしてそれが始まった。

神の雫(1) (モーニングKC (1422))
オキモト・シュウ
講談社

(フランスで教えてもらったワイン漫画
これでいろんなことを知りました)



 この日は本当に何一つ 私は知らなかったけど
それから3ヶ月が経った今 少しはワインのことを知り
沢山の人に助けてもらって へーワインって
こんなに美味しく飲めるんだ!とか
こうやってラベル読むんだとか、 へーこれはこんな味なのかと
だんだんと 楽しめるようになってきた。
みなさん本当にありがとう。

 そしてフランスにおいて ワインがある生活を
するというのと ワインのない生活をするというのは
雲泥の差があるなあということに
今になってようやく気づいた。
だっておいしいワインはとても美味しい。
それに美味しい料理があったなら
それは本当に幸せで 忘れられない瞬間になる
クロワッサンだけ食べてちゃだめだね
フランスには「生きる喜び」というような類いの
言葉が沢山あるのだけれど 公園で一人
サンドイッチをかじっているのと 誰かと一緒に
美味しいワインとご飯を食べるのじゃ
「生きる喜び」が全然違う。





 そしてそんなワインをもうちょっと知るために
今日は京都で開催中のフランス映画祭
(つい最近その存在を知ったのだけどかなり面白そう)
上映されてた'Mondovino'を観てきました。

モンドヴィーノ [DVD]
クリエーター情報なし
東北新社


たくさんの人のおかげで少しは知識もあったので
すごく得るところが大きくて
とってもフランス的な映画で
その表現の仕方とか その皮肉っぷりと
ユーモアだとか そのアンチグローバリゼーションや
生産者の人の頑固さだとか でももはや
ものすごくインターナショナルで
でてくる人たちの何人も が
さっきまでフランス語でしゃべってたかと思うと
イタリア語でしゃべっていたり 英語になったりと
バイリンガルに生きていて さすがだなあ!と
思わされる。とってもグローバルな視野の映画で
日本人にはあっちいったりこっちいったりで
大変な感じがするだろうけど 日本の外に出てみると
他の世界は もうこんな感じになってるんだな
アメリカいったり イギリス行ったり イタリアの土地を
買ってみたり 世界はめちゃくちゃグローバルな
つながりの中で動いてて それを動かす人たちがいる
それに抵抗する人たちもいる
でもどっちにも言い分があり 納得できる
その両面をそなえているのが まさにフランス なのかなあ。


 カフェだけでなく 子育て 家族 ワインに
アンチグローバリゼーションに 哲学 文学
絵画に社会変革に? やっぱり私にとって
フランスのことを知ることは とっても意味があるようで
少しずつ 学んでいったら ここでも還元できるかな?
沢山の問題を抱える中で 彼らは彼らで動いてく。
何が正解なのかだなんて 誰もわからないけれど
それでも彼らは声をだし デモやなんかをやってみる。
そこから変わることがあるから もっといい
暮らしがあるのかもしれないのだから
そんな姿勢が私は好きだ。

よろこび

2010年09月02日 | 私の人生


 昨日から今日にかけては 
今後の人生設計についてかなり考えていたけれど
さっきある人と電話してから
私はとっても嬉しくて
夢みたいな 本当にアホみたいな
狂気みたいな私の想いに
実現の可能性が少しずつ出現しはじめ
いくらそれが困難で も
可能であるならやってみたいと
そんな気持ちで熱くなる。


 夢ってみても 傷つくだけで
はじめから諦めてた方がいいのかな
と だいぶ思っていたけれど
それでもこんな喜びが待っているのなら
たとえそれが一瞬で この先に何も
なかったとしても この喜びがあった
ただそれだけで もう死んでもいいわと
思ってしまう。


 最近の私は少しずつ強くなり
少しずつ恥じらいやためらいを捨て
勇気を持てるようになってきて
本来の自分の力を発揮しようとしはじめている。
なんでそんな風になれるかって

 一度死んだからだろう。


 先日児童館に行った際に
前々から気になっていた『ワンピース』を
ちょっと読み あーこの気持ち!!
よくわかる!!とうれしくなった。

ONE PIECE 1 (ジャンプ・コミックス)
尾田 栄一郎
集英社


 一度人生を諦めて 一度死んだように生きていたなら
もうどっちにしたって同じだから
人は賭けることができるのだろう。
だってそっちに戻ったって死んでいるのなら
それなら勇気を出してみたほうが絶対にいい
素晴らしい未来というのがたとえ幻想でしかなくっても
そこに至るまでの道のりに 素晴らしいと
心底思える瞬間が一瞬でもあるのなら
そのために死んでしまってもいいんじゃないか
そんな風に思えたりする。もちろん息子はいるけれど。


 人に夢を見させたことのある人は
決して諦めちゃいけないんだ と
ある時わかったことがある。
だってその人が「実はそんなの嘘でした」って
言ってしまったら その人の後に続いた人はどうなるのだろう?
私だって最近は『ユダヤ人大富豪の教え』で
けっこう変わり始めているのに その著者が
「実はそんなの無理なんです」と言ってしまったら
おいおい それを信じて進んだ人は
どうすりゃいいんだと思ってしまう。
まあそれなりの理性は必要なのかもしれないけれど
私は今は 理性より も 内なる声に
自分の気持ちに従いたい。


 何かはもう 確実に動き始めてしまってて
後戻り は もうきかないところにきはじめている
私たち は 人生を 変え始めてて
それは突然 予感もなしにやってきたけど
きっとそういう道なのだろう。


 2年間 2年間 子育てばかりしてきて何も
できなかったと思ってたけど どうしてなのだか
私のフランス語は かなり上達したらしく
あれ?意外と本が読めたり 
あれ?意外とスムーズに話ができたり
スランプだ!!と思ってたけど
この上達度は例年にくらべてすごいかも。
私の中で エネルギーが増殖してて
何かがどこかに向かってる。
もう私 は 死んではいない。
死んだ分だけ 生きている。
人間って けっこう力があるんだな
見方によっては 人生も素晴らしくなるんだな と
あんなに苦しかったのに 私はなんだか
ちょっと別人になったみたいで

 おそらくこれを 
転んでもただでは起きないとか
七転び八起きというのだろう
そう イイダミキという人は
踏まれても踏まれてもはいあがる
そんな力があるんだそうな
だとしたら 今回は
かなり苦しくすごした分だけ
エネルギーもあるのだろうか


 この溢れ出る力を借りて
ここぞとばかりにフランス語 が
上達したら 私の世界も変わるのだろう

 とにかくちゃんとやることやって
自分で仕事をつくっていけたら
未来は出現してくれるかな
夢をみる イメージしてみるだけでなく
実現にむけ これからは動きはじめてみよう

フランスに行くなら

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