語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【読書余滴】野口悠紀雄の、日本経済再生の方向づけ ~外資・外国人労働力・TPP・法人税減税~

2011年01月23日 | ●野口悠紀雄
(1)米国1990年代の経済再生
 1980年代末、米国経済再生の提言書『メイド・イン・アメリカ』は、シリコンバレーに勃興しつつあったベンチャーキャピタルに否定的な評価を下した。ベンチャーキャピタルが既存の産業体制を破壊するから、という理由だ。
 ベンチャーキャピタルが創業資金を提供するので、モトローラなど有力企業の優秀なエンジニアが退職し、創業してしまう。その結果、既存企業の技術開発力が低下する。他方、日本のエレクトロニクスメーカーは終身雇用制をとっているから、優秀なエンジニアは企業に残って技術開発に取り組む。その結果、米国企業は日本企業に負けてしまう。・・・・という論理だ。
 同書の筋書き、既存産業の維持改善による経済復活は実現しなかった。
 その代わりに新しい企業が誕生し、それがITという新しい産業をつくった。資金面では、ベンチャーキャピタルが支援した。人材や基礎研究面では、『メイド・イン・アメリカ』を編集したMITではなく、「西海岸の田舎大学」スタンフォード大学だった。

(2)日本2011年の経済
 現在日本で考えられている日本再生は、同書と同じ発想に立っている。
 しかし、システムの機能不全がある限度を超すと、「改善」では復活できない。旧システムの核心部分を破壊しないと、再生できない。 
 日本の経済システムは、明らかに機能不全に陥っている。秩序を維持しつつ改善するのは不可能な段階に達している。だから、核心部分をいったん破壊しなければならない。古いものが残っていると、新しいものが誕生しにくいからだ。

(3)外資の導入
 資本と人材を海外から導入することによって、旧システムの核心を破壊するのだ。海外のものは異質だから、破壊者になりうる。
 これは、外国に支配されることではない。それらに場を与えることなのだ。
 成長の果実は、場の提供者にも落ちる。地代、税、保険料などの直接的収入が生じる。雇用、販売力増加、設備投資などの面で波及効果が期待できる。
 にもかかわらず、経営者はもとより従業員や株主も、ひたすら外資を拒否している。拒否の理由は、異質なものを排除したい、という感情的なものだ。
 こうしたクセノフォビア(外国人恐怖症)的国民感情を変える必要がある。そのために、マスコミの責任は大きい。
 外資にとってメリットが高いうちに受け入れなければ、手遅れになる。 

(4)外国人労働力の導入
 高齢化進行、労働年齢世代減少の今後の日本において、外国労働力の活用は不可欠だ。
 幾つかの企業が、工場単純労働者や現地採用以外に、外国人に門戸を開きはじめた。この数年、幹部候補生として中国人など外国人採用枠を拡大し始めた。パナソニックは、採用に当たって日本人より外国人に大きなウェイトをかける方針に転換した。従業員の多様化が目的である。
 この傾向が進めば、日本企業の閉鎖性に穴が開き、内向きの企業文化も変わるかもしれない。ひいては、日本経済の活性化につながるだろう。
 ただし、過大な期待はできない。外国人に門戸を開き始めた企業は、全体からみて一部にすぎないし、新卒の若い人だけのことなので従業員の一部が変わるだけだ。日本企業が有能な外国人を独占できるわけでもない。採用しても定着せず、条件のよい別の企業に転職する可能性も高い。

(5)現状を保護しない
 旧勢力を破壊するために必要なのは、彼らを保護しないことだ。雇用調整金、エコポイントなどは現状維持のための政策であることが明白だが、一見そうは見えなくとも実は現状維持のためであるものも多い。
 TPP(環太平洋経済連携協定)は、その代表である。貿易自由化のためだと一般には理解されているが、実態は経済ブロック化計画である。TPPによって利益を受けるのは、従来型の輸出産業だ。新しい産業が生まれるわけではない。
 法人税減税もそうだ。既存企業の負担を軽減するだけだ。新しく誕生する企業は通常すぐには利益が出ないから、法人税減税のメリットはない。もし法人税減税を行うなら、かつての中国のように外資に対してだけ行うべきだ。
 企業の公的負担を軽減したいなら、社会保障制度を改革して、事業主負担を軽減するべきだ。事業主負担は、法人税と異なって利益のない企業にもかかるから、誕生直後の企業には重荷だ。
 官僚の天下り確保の方策には反対するべきだ。経済官庁が外資に抵抗するかなり大きな理由がここにある。また、地方公共団体によるリサーチパーク構想なども、天下り先確保のためであることが多い。

(6)ジャーナリズムの役割
 政治が現状維持に傾くバイアスを持つのは、やむをえない。現在支配的な産業や企業は政治に強い圧力を加えられる。半面、いまだ存在しない産業は政治的発言力をもたない。
 このバイアスを打破するのは、世論でしかありえない。ここでもジャーナリズムの果たすべき役割が大きい。

【参考】野口悠紀雄「旧秩序の破壊者が新しい世界を作る ~ニッポンの選択第48回~」(「週刊東洋経済」2011年1月22日号)
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