お寺のオバサンのひとりごと

心のマッサージにお寺へ行こう!

縁起が悪い?

2008年07月19日 | 仏教
 谷川理宣先生著「いま、ここの≪いのち≫に立つ」百華苑 の中に

 執われの世界ー言葉・知識に対する執われー

という章があり、宇野正一さんの詩を紹介されています。

    おちつばき

   おちつばきの絵を
   さしあげたら
   えんぎがわるいと
   いわっしゃったそうな
   自然のままにころげおち
   そっと座ったうしろ姿が
   好きなのに


 谷川先生は、こう書かれています

 執われのない眼で椿の花のいのちの姿を感得している念仏詩人と、自分の貧しい言葉の知識に執われ、落ちた椿の花から死を連想して「縁起が悪い」としか受け取れない、自力分別の人との対比が見事に詠われています
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5 コメント

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椿三十郎 (ふくろう)
2008-07-20 01:27:12
映画のことですが。
日記のように、昔の武士も自分分別で椿は縁起の悪い花と考えていたそうです。
それで、武家の庭には椿を植えないとも言われています。
だから、私は映画の考証が変だと思っていました。

日記の趣旨とは反しますが。
ちょいと思い出したので。
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首が・・・ (法専寺)
2008-07-20 10:01:24
ふくろうさん、

椿の花がポトリと落ちる姿は、首がころりと落ちる姿を連想させたので、特に武士には、「縁起の悪い花」だったのでしょうね。
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花嫁になる君に (一級能書士)
2008-07-20 15:36:47
『椿』の一言で、吉田拓郎さんの曲で『花嫁になる君に』という曲を思い出しました。『指が触れるとポツンと落ちてしまった。椿の花みたいに、おそらくかんねんしたんだね・・。』と歌われます。
これを思い出しながら、ネット検索したら、拓郎さんの曲がYouTubeにバンバン出てきました。かれこれ2時間は聴いてしまいました。
で、『おやじの唄』に行き当たりました。涙が止まりませんでした。
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これも縁起に関係あり? (ひろべえ)
2008-07-20 19:34:36
数ある御文章の中で私が好きなのは 白骨の章 です。 好きと言うより 日頃から心に留めておくべき重要な言葉が多く出てまいりますので 意義の深い章だと思っています。
なのに なのに 大切なこの章を読まれるのは葬式の時だけです。 これは葬式用のとっておきだから普段読んではいけないという決りでもあるのでしょうか?
それとも《縁起》をかついでいるのでしょうか?
 《後生の一大事を心にかけて・・・》
とは 生きているうちから 死後の事を考えて行動せよ ということなのでしょうか?
私はそのように解釈しているのですが・・・
  
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Unknown (法専寺)
2008-07-21 09:53:33
一級能書士さん、

「椿」から吉田拓郎さんへ。2時間楽しまれたんですね。音楽、歌は、本当に心に響きますよね。
「椿」~それは、よいご縁でありました。




ひろべえさん、

「白骨の章」は、本当に心にしみます。
仰るように、葬儀の時に拝読することが多いですね。
別に「葬儀用」という決まりはありませんが、葬儀に一番相応しい御文章だから、そうなるのでしょう。
別に「縁起をかついで」いるわけではありません。

ウチの住職は七七日のお参りの折、赤本(真宗勤行集)に掲載されているご文章を順繰りに拝読しているので、私も真似てそうしています。
だから、葬儀以外で白骨の章を拝読することもあります。

「後生の一大事・・・」の味わいは次のブログに掲載させていただきますね。
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