手練れの作家の近作短篇集。これまでは宝暦(1751~1764)や寛政(1789~1801)年間が舞台であることが多かった。それは
「時代小説、というと、人情ものでない限り、戦国、あるいは幕末を扱うことが多くなるのではないでしょうか。けれど、私はそのどちらにも関心が持てません。下克上とか尊王攘夷といった大きなキーワードで、人間が動く時代にはどうにも惹かれないのです。」(文春のサイトより)
ということだった。しかしこの書では少し時代が下って、武家の世が終焉に近づいている時代がメインになっている。そしてその予感に対して、登場人物たちはそれぞれ違った対応を見せる。
わたしが好きなのは「日和山(ひよりやま)」というタイトルの作品だ。酒田にもこの名の山はあり(わたしたちはひおりやまと呼んでいる)、船の航行のために天候(日和)を見るためその名はある。
父親のある行動のために家がとり潰しとなり、武家に嫌気がさして伊豆や下田のばくち打ち(誰でも清水次郎長と黒駒の勝蔵を思い浮かべる。違うんだけどね)の用心棒となった若者。心の中では殺し合いなどしたくない。しかし出入りの場に駆り出されるが、その場所、日和山からは、歴史の裂け目とでも言える光景が見え、若者は刀を……
あるいは「台」。将来に希望を見いだせない旗本の次男坊。そこへ新しい下女があらわれ、どうやら兄が好いているらしい。俄然ものにする気になるが、その下女が孕んだのは祖父の子だった(笑)。彼はラストでこうつぶやく。
「俺は江戸者だ。意気地と張りだ」
下女の名前が清(きよ)であることからもわかるように、これは夏目漱石の「坊っちゃん」をベースにしたお話。彼女が明治の世に坊っちゃんの家で奉公し
「お墓の中で坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと言った。だから清の墓は小日向の養源寺にある」
と連なるとすれば素敵だ。
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