2002年10月、全国で次々と犯行声明付きのバラバラ遺体が発見された。被害者は平凡な家庭を営む会社員沢野良介。事件当夜、良介はエリート公務員である兄・崇と大阪で会っていたはずだったが―。絶望的な事件を描いて読む者に“幸福”と“哀しみ”の意味を問う衝撃作。
熱にうなされるようにして一気呵成に読む。というより、一気呵成でないとはじき返されそうだった。自分の言葉(明晰きわまりないのだが)に自分で信頼がおけず、不安をかかえる主人公。
この公務員(国会図書館勤務)が実に魅力的で、だからこそ“あのラスト”はもうちょっとどうにかならなかったかと思う。弟の妻との関係など、明晰な人間であるがゆえのスタンスのとり方で、なるほどなぁと唸るぐらいだったのに。
ネットを介してしかコミュニケートできない夫婦、殺人の連鎖をネットで企図する“悪魔”、自分の人生に誇りをもてなくなった老齢の働き蜂、「息子を殺された」ことで次第に壊れていく母親、そして「息子が殺人犯となった」ことで壊れていく母親……平野はこれ以上ないくらい微細に、そして説得力あふれる筆致で(自在に視点を変えながら)登場人物たちを描く。
特に鋭いのは、新聞・ネット・ワイドショーなどの“語り手”そのものに平野が変貌するかのような文体。優秀な文学者は、常にするどい政治意識をもつのか、あるいは冷徹な歴史観を持つが故に現代をまるごと描写できるのか。
読者に、自分が殺人者であるかもしれないと想像させるレベル。傑作。
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