事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「模倣犯(上・下)」 宮部みゆき著 

2007-11-19 | ミステリ

  ふう。読み終えるのに三週間以上かかった。こんなに時間がかかったのは高村薫「照柿」、ジェイムス・エルロイ「ホワイト・ジャズ」以来。3,551枚、上下巻合計1,400ページを超える大作だから物理的にしかたない、ともいえるが、それだけでもない。なかには本屋をハシゴして一日で立ち読みで完読した練達の女性もいるらしい。わたしにはちょっとそれは無理だ。

Mohohan_2 相性の問題だろうか。いや、この小説はわざわざ速読できない仕組みになっているように思える。
 ミステリだからストーリーの紹介はしないが、これだけはいえる。“被害者がやたらに多い”お話だと。犯人が直接に手を下した、いわゆるガイ者だけでなく、その家族、捜査員たちの心が、どれだけ二つ(実をいえば一つ)の悪意によって被害をこうむっていくか、を宮部らしい繊細なタッチで描いている。もっとすすめていえば、犯人の心すら蝕まれて……という具合。

 探偵役が意外な人物なのだが、宮部はプロの職業人である彼に、こう語らせている。
「人殺しが悪いのは、被害者を殺すだけじゃなくて、私やあんたや日高さんや三宅さんたちみたいな、残ったまわりの人間をも、こうやってじわじわ殺してゆくからだ。そうして腹立たしいことに、それをやるのは人殺し本人じゃない。残された者が、自分で自分を殺すんだ。こんな理不尽な話はない。私はもう嫌だ。それが嫌になったんだ。私はどれだけ自分自身に責められて、じわじわ殺されかけても、じっとこらえていられるほど強い人間じゃねえからな。弱虫だから、もうこんな非道いことには辛抱ができねえんだよ」
……探偵が事件に関与する動機として、史上もっとも説得力がある。

 そして、この小説が速読できないのは、これら被害者たちを、その背負っているもの、事件にふれた経験が何を与えたかに至るまで、それはもう徹底的に書き込んであるからである。ここまでやるか、と思うくらい。読者がこれにつきあうということは……そう、まるで登場人物全ての人生に伴走を強いられているかのようだ。評価が分かれるのはこの部分だろう。ミステリとして考えれば、夾雑物だらけで先に進めやしない、と切って捨てるか、哀切なラスト(意識していないうちに涙がボタッと流れてきてたまげた)に感動してベストに推すか、である。

 結果的には昨年のベストワンを総取りしたため、後者が勝ったということなんだろう。しかし「火車」に似て“(真の意味での)最初の殺人の背景を全く語らずに幕をひく”というアクロバットを成功させている点で、やはりこれはたいしたミステリでもある、と感服。小説家である宮部自身も含めて、マスコミはなぜ犯罪を語るか、に痛烈な批評を加えていることも重要。確かに、長さに見合った内容を誇っている作品だ。長いだけに、実はアラもちょっと目立つけれど。

 それにしてもベストセラー。上下巻計で3,800円は痛かったが、その価値は確かにあった。酒田の図書館では25人待ちまで行ったから、こりゃ買うしかなかったんだけど。

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