陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ 「毛皮」前編

2008-01-06 23:15:15 | 翻訳
今日と明日でサキの短編 "Fur" の翻訳をお送りします。
原文はhttp://haytom.us/showarticle.php?id=79で読むことができます・

「毛皮」("Fur")
by Saki (H. H. Munro)


(前編)


「悩みでもありそうな顔ね」エリナーが言った。

「そうなの」スザンナは認めた。「別に悩み事っていうほどのことでもないんだけど、ちょっと気にかかってることがあって。あのね、来週、わたしの誕生日でしょ……」

「いいなあ」エリナーが割って入った。「わたしの誕生日なんて三月の終わりよ」

「ともかく、バートラム・ナイトっていうおじいさんがアルゼンチンからイギリスに来てるのね。母の遠縁にあたるらしいんだけど、とんでもないお金持ちだもんだから、わたしたちもずっと関係が切れないようにしてるのよ。何年会わずにいても、便りがなくても、ひょっこり顔を見せでもしたら、いつだって、バートラム伯父様、ってわけ。かといって、たいしていい思いをさせてもらったわけじゃないんだけど、きのう、わたしの誕生日のことが急に話題になってね、プレゼントに何がほしいか教えてくれ、って」

「なるほどね。何が気にかかってるのかわかってきたわ」エリナーは言った。

「たいていのときって、いざとなると」とスザンナが言った。「何がほしかったんだかわからなくなってくると思わない? なんだか世の中にほしいものなんて何にもなかったような気がしてくるものよね。それがそのときは、たまたま、前からすごくほしかったドレスデン磁器のお人形があったのね、ケンジントンのあるお店で見つけたんだけど、36シリングぐらいしたから、わたしには手が出なかった。だからその人形のこと、ほとんど言いそうになった。バートラム伯父さんにも店の住所を教えようと喉まで出かかったぐらいよ。そのとき急に、36シリングなんて伯父さんみたいな大金持ちにしてみたら、ばかばかしいほどのはした金じゃない? って頭に浮かんだの。36ポンドだって、あなたやわたしがスミレの花束を買うぐらいの感じでポンと出せるはずだもの(※1ポンドは20シリング)。欲張るつもりはないのよ、もちろんね、だけど機会を無駄にはしたくないの」

「問題は」とエリナーは言った。「その人がプレゼントっていうものをどんなふうに考えてるかってことだと思う。人によってはどれだけお金持ちでもそうしたことになると不思議なくらい、けちけちするものだから。だんだんお金が貯まっていくにつれて、贅沢になって生活レベルも上がっていくのに、贈り物をおくる感覚だけはそのままで、前とちっとも変わっていかないような人。そういう人の考える理想的なプレゼントっていうのは、店の中でも見てくれがいい割には高くないもの。だからどんないい店でも、カウンターやウィンドウに、せいぜいが4シリングぐらいの値打ちしかないのに、まるで7シリング6ペンスぐらいの値打ちがありそうなものがいっぱい並んでるのよ。おまけに値札には10シリングって書いてあって、“この時期最適のご贈答品”なんて張り紙までついてるの」

「そうよね」スザンナが言った。「だからプレゼントに何がほしいかはっきり意思表示しないのは危険なのよ。もしわたしが伯父さんに『この冬はスイスのダーヴォスに行く予定なんです。だから旅行関係のものだったら何でもうれしいですわ』なんてことを言ったとするでしょ、そしたらゴールドの留め金がついた化粧ポーチを贈ってくれるかもしれないけど、その代わりにベデカー出版の『スイス旅行ガイド』とか『楽勝スキーガイド』みたいな本をくれるかもしれない」

「それよりこう言いそう。『ダンスに行く機会も多かろう。扇子が役に立つにちがいない』って」

「そうよねえ、だけど扇子ならもう山のように持ってるわ。だから危険だし、気がもめるのよ。いま、もしなにかひとつだけ、って言うなら、ほんとうにものすごくほしいのは毛皮ね。ひとつも持ってないんだもの。ダーヴォスにはロシア人がたくさんいる、って聞いたの。みんなすごくきれいなセーブル(黒貂)か何かを身につけてるんでしょうねえ。毛皮を身にまとってる人に囲まれて、自分だけ持ってなかったら、モーゼの十戒のほとんどを破ってしまいたくなっちゃうでしょうね」

「あなたがほしいのが毛皮なら、あなたがじかに選ぶところに立ち会わなきゃ。その親戚のおじさんだったら、シルバー・フォックスとありきたりのリスの見分けがつくかどうかわからないわよ」

「ゴリアス・アンド・マストドンにうっとりするようなシルバー・フォックスがあるのよ」とスザンナは溜息混じりに言った。「バートラム伯父さんをあの建物の中に引っ張り込んで、毛皮売り場に連れて行くことができたらなあ……」

「その人、どこかその近くに住んでるんじゃない?」エリナーが言った。「その人の習慣とかわからない? 毎日、決まった時間に散歩とかしない?」

「たいがい三時くらいにクラブに歩いて出向くの、晴れてたらね。そのルートにちょうどゴリアス・アンド・マストドンがあるわ」

「じゃ、明日、わたしたちが偶然に街角で会えばいいじゃない」エリナーが言った。「一緒に散歩すればいい。運さえ良ければ、店に引っ張り込めるわよ。ヘアネットか何かを買わなきゃいけない、とかなんとか言って。うまく中へ入れたら、わたしが言ってあげる。『あなたのお誕生日プレゼントには何がいいか教えて』って。もう、何もかもがあなたの手の中に入ったようなものよ――お金持ちの親戚、毛皮売り場、お誕生日プレゼント」

「すごい名案」スザンナが言った。「あなたほんとに頭がいいわね。じゃ、明日、三時二十分前ぐらいに来てよ。遅れないで。時間通りに待ち伏せしなくちゃ」

(このふたりの計画はうまくいくのか。続きは明日)

サキ 「マルメロの木」

2008-01-03 22:25:42 | 翻訳
今日はサキの短編 "The Quince Tree" の全文訳をお送りします。あの「開いた窓」のヴェラが少し大きくなって登場します。
原文は
http://haytom.us/showarticle.php?id=67で読むことができます。

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マルメロの木("The Quince Tree")

by サキ



「わたし、さっきベッツィ・マレンおばあさんのお宅にうかがってきたところなんです」ヴェラは叔母のベバリー・クランブルに報告した。「あの人、家賃のことで困ってらしたわ。四ヶ月分近く溜まってるうえに、それをどうやって払ったらいいかもわからないんですって」

「ベッツィ・マレンなら、昔からずっと家賃に四苦八苦してたのよ、人が助けてくれたおかげで、なんとかやってこれたようなものなの」叔母は答えた。「わたしはもうこれ以上助けてやるつもりなんてありません。ほんとうならもっと手狭で安い家に引っ越してるところよ。この村の反対側にだって、いまの家賃、っていうのか、払うことになってる家賃って言った方がいいわね、ともかくその半額の家だって何軒もあるのよ。わたしは一年も前から、引っ越した方がいいわよ、ってずっと言ってきたんです」

「でもね、あそこの庭ほどすてきな庭はほかにはないと思いません?」とヴェラは言い返した。「それに庭の隅にはとってもステキなマルメロの木があるんですよ。教区中探したってあそこまで立派な木は一本もないと思うわ。なのにベッツィさんったらマルメロのジャムを作ろうともしない。あんなに立派な木があるのに、ジャムを作らないなんて、きっと強い意志をお持ちの方なんだわ。きっとベッツィさん、あの庭から離れることなんて不可能なんでしょうね」

「十六歳の娘なら」ミセス・ベバリー・クランブルはにべもない調子で言った。「ちょっとしたくないぐらいのことを不可能だなんて言ってもいいわ。だけどね、引っ越せないはずがないし、そうした方がベッツィ・マレンのためにもなるんです。だいいち、いくら大きな家に住んでたって、ろくすっぽ家具さえ持ってないじゃありませんか」

「貴重っていうなら」しばらくしてヴェラが言った。「ベッツィさんのお宅には、あたり数十キロ界隈のどこの家にあるよりも貴重なものがあるんです」

「ばかばかしい」叔母は言った。「骨董品の磁器ならもうずいぶん前に手放してるわ」

「何もベッツィさんがお持ちのものについて言ってるんじゃありません」ヴェラは声を曇らせた。「だけど、もちろん叔母様はわたしが知ってることはご存じじゃないんだから、こんなこと言っちゃいけないんだわ」

「教えてちょうだい、いますぐ」叔母の声は大きくなった。それまで退屈してうとうとしていたテリヤが、ネズミを捕まえられるのではないかという期待に目を輝かすように、彼女の五感は一気に覚醒したかのようだ。

「ほんと、このことは言っちゃいけないと思うんです」ヴェラは言った。「だけど、わたし、ときどきしちゃいけないことをやっちゃうのよね……」

「わたしだってしちゃいけないようなことをしなさい、なんて言うような人間ではありませんけどね」ミセス・ベバリー・クランブルはいかにも重々しい調子になった。

「わたし、そんなきちんとした人の前に出るといつも、気分がぐらついちゃうんです」ヴェラは認めた。「だから、言っちゃいけないってことはわかってるんだけど、お話しします」

ミセス・ベバリー・クランブルは、むりもないことではあるが、破裂しそうなかんしゃく玉をなんとか腹の底へ押しとどめて、じりじりした調子でたずねた。

「ベッツィ・マレンの家に何があるからってあなたはそんなに大騒ぎしてるの?」

「わたしが大騒ぎしてる、っていう言い方は正しくありません」ヴェラは言った。「このことを誰かに言うのは初めてなんです。でも、おもしろいですわね、新聞で憶測が乱れ飛んだり、警察や探偵が国内や外国を探し回っているっていうのに、あの一見、平和そうな家に秘密が隠されてるなんて」

「まさかあなたが言ってるのは、ルーヴル美術館の絵、ほら、モナとかなんとかいう笑っている女の絵、二年前に行方不明になったあの絵のことを言ってるんじゃないでしょうね?」だんだん興奮してきた叔母の声は悲鳴に近くなっていた。

「あら、そのことじゃないんです。でも、値打ちにかけては勝るともおとらないぐらいのものなんです、おまけにミステリアスな――どちらかというと、スキャンダラスって言った方がいいかもしれません」

「もしかして、ダブリン……?」(※1907年7月、アイルランドのダブリン城で、王冠用の宝石が盗まれたことを指している)

ヴェラはうなずいた。

「それがまるごと」

「それがベッツィの家に? まさか!」

「もちろんベッツィさんはあれがそんなものだなんて全然ご存じじゃないんです」ヴェラは言った。「知ってるのは、何か値打ちのあるもので、そのことについては秘密にしておかなきゃならない、ってことだけ。それが本当は何で、どこから来たのかわたしが知ったのも、ひょんなことからだったんです。あのね、あれを手に入れた人たちが、どこか安全なところに保管できないか、もう万策尽き果てたときに、そのうちのひとりがこの村を車で通りかかって、あのこぢんまりしてひっそり建っている家を見つけたんです。この家こそまさにうってつけだ、って。そうしてミセス・ランパーがベッツィさんに話をつけて、こっそり家に持ち込んだんです」

「ミセス・ランパーが?」

「そうです。あの人、このあたりの家をしょっちゅう行ったりきたりしてるでしょう?」

「それは知ってるけど、あの人は石けんやフランネルや教化用の印刷物を困っているお宅に配って歩いてるんでしょう」ミセス・ベバリー・クランブルは言った。「そういうものと盗んだものをさばくのとではわけがちがうわ。あの人だって、その出どころぐらいは知ってるでしょうに。新聞を読めばだれだって、どれほどお気楽な人だって、盗まれたものだって気がつくはずだもの。きっと、それは一目でわかるものでしょうし。ミセス・ランパーって人は、これまでずっと良心的だっていう評判の高い人ですもの」

「もちろんあの人はほかの人たちのカモフラージュなんです」ヴェラは言った。「この事件の特徴は、立派できちんとした人がそれはそれは大勢、ほかの誰かの盾になるために、かかわっていることなんです。叔母様だってこれに関わり合っている人たちの名前をお聞きになったら、たぶん、ものすごくびっくりなさると思うわ。なのにだれひとりとして、もともとの容疑者が誰なのか知らないみたいなんです。わたしもこうやって叔母様をあの家の秘密を話して、ごたごたに巻き込んでしまったんだわ」

「間違いなく、わたしは巻き込まれてなんかいません」ミセス・ベバリー・クランブルは憤然として言った。「わたしは誰もかばうつもりなんてありませんからね。このことはすぐに警察に通報します。盗人は盗人ですよ、誰が関わり合いになっていようとね。立派な人だって、盗まれたものを受け取ったり、始末したりすれば、その人はもう立派じゃなくなってるんです。それだけのことよ。わたしはすぐに電話しなきゃ……」

「あら、叔母様」ヴェラはとがめるような声を出した。「気の毒なキャノンさんの心臓は破裂してしまうでしょうね。もしキャスバートがこのスキャンダルに巻き込まれてるってわかったら。そうじゃなくて?」

「キャスバートがかかわってるの? わたしたちがみんなどれだけキャスバートのことを大切に考えてるかわかっていて、そんなことを言ってるの?」

「もちろんわたしだって、叔母様があの人のことをそれはそれは大切に考えてることも、ベアトリスと婚約してることも知ってます。あのふたりはそれはそれはお似合いですもの。叔母様の義理の息子としても、これ以上はないくらいの人でしょうね。でもね、キャスバートのアイデアなんですよ、あれをあの家に隠そうと思いついたのは。それに運んだのもキャスバートの車だったんです。もっともキャスバートがそんなことをやったのは、友だちのペギンスン、ご存じでしょう、あのクウェーカー教徒の、いつも海軍の軍縮を訴えてる人を助けるためだったんです。わたし、なんでこんなことに関わり合いになったのかは忘れちゃったけど。この件には立派な人がたくさんかかわっている、って言ったでしょう。わたしが、ベッツィがあの家から引っ越すのは不可能だって言ったのは、そういう意味だったんです。かなり場所をとるものなんです。だからほかの家財道具と一緒に運んだらずいぶん人目を引くでしょう。もちろんもし病気になりでもしたら、やっぱり大変なことになるでしょうね。以前うかがったんですけど、ベッツィさんのお母さまは九十歳を越えるまで生きてらしたんですって。ですから、きちんとお世話してさしあげて、心配するようなことも取り除いてあげたら、おそらく十年以上はお元気でいらっしゃるはず。そのころまでには、いくらなんでもあの厄介なものも片がつく手はずも整うでしょうし」

「キャスバートにはいずれ話すことにするわ――結婚式が終わったら」ミセス・ベバリー・クランブルはそう言った。



「結婚式は来年までないし」ヴェラは親友にこの話をしたあとでこういった。「それまでベッツィは家賃は払わなくていいし、スープは週に二回は飲ませてもらえる。おまけにちょっと指が痛いとでも言ったなら、叔母の医者が駆けつけることになったの」

「だけどその事件のこと、あなたどうして知ったの?」友だちは感心したように聞いた。

「そこが秘密」ヴェラが言った。

「もちろん秘密っていうのはわかってるわ。だからみんながびっくりしてるんじゃない。なによりもわたしがよくわからないのは、どうしてあなたが……」

「ああ、宝石のこと? それはわたしが考えた部分」ヴェラは言った。「わたしが秘密っていったのはベッツィおばあさんの溜まった家賃がどこから出たかってことよ。ベッツィもあのステキなマルメロの木と別れるのはいやだろうなって思ったから」


The End


明日・明後日はお休みです。
では6日にまたお会いしましょう。

Happy Birthday to everyone!

2008-01-02 22:37:03 | weblog
Happy Birthday to everyone!

指折り待った記憶はないけれど、子供のころ、元日はやはり特別な日でした。
夜が明けただけで新しい年になるというのも不思議だったけれど、それでもあたりの空気の隅々までに、「元日」の空気は満ちていたように思います。
まず何よりも、普段よりずっと静かで、車の交通量も少なく、高い青空に、ぽつりぽつりと凧が上っていました。少しずつちがう近所の門松や注連縄を見比べながら歩いていくと、商店街は軒並みシャッターを下ろしていつもより薄暗く、スピーカーからは「春の海」が低く流れ、その琴の音を聞くと、改めてお正月だなあ、と思ったものです。

祖父母の家へ行くと、毎年「今年は数えで~歳になった」と言われていました。戦前まではずっと、満年齢ではなく、数え年で数えていたことを知ったのは、おそらくそういう機会だったのでしょう。

誕生日には関係なく、お正月が来るとみんながひとつ年を取る。
ほかのときに数え年など関係ありませんでしたから、そのころは、数えで七つ、数えで十歳(とお)と言われても、あまりぴんと来なかったものです。

けれども、数え年で歳をかぞえることになじんだ世代の人にとっては、お正月は日本中全員の誕生日でもあるわけで、お正月の意味も、格段に増すように思います。

 もういくつ寝ると お正月

家族全員がその日を境にひとつ歳を取る。みんなの誕生日を互いに祝い合う。その日なら、確かに指折り数えて待ちたくなるような気もします。
一年を無事、過ごすことができた。そうして、新年を迎えて、またひとつ歳を重ねる。この一年も、つつがなく過ごすことができますように。
そうやって感謝をし、祈念をしたのでしょう。

そんな「歳の取り方」の経験もないわたしは、「数え年」の風習なんて、単なる知識でしかないのだけれど、それでもここでは昔風にお祝いしてみたいと思います。

このブログをのぞきに来てくださったみなさま。
お誕生日、おめでとうございます。
Happy Birthday to Everyone!
われわれは人生のもろもろの時期にまったく新参ものとしてたどりつく。いや、われわれはいくつ年をとっても、しばしばそこでは未経験者である。
(ラ・ロシュフコー『格言集』関根秀雄訳 白水社)
新しい日は誰にとっても知らない日。やっていることは昨日と同じでも、これからやっていくという意味では何だって新しいことです。そう考えるとなんだかわくわくしてくるじゃありませんか。

今年もいろんなことを読んだり考えたりしながらやっていきたいと思います。
検索の「2008年占い」でいらっしゃった方、ここはふだん占いには関係ない(笑)ブログでありまして、もしどんなところか興味がおありでしたら、ghostbuster's book web.をのぞいてみると感じがわかるかもしれません。何かおもしろいものがひとつでもあるといいのですが。

本を読みながら、ぼちぼちと考えていきたいと思っています。
また一緒にお話しましょう。

この一年が、みなさまにとって、実り多い一年でありますように。

2008年 1月 2日