第二回目は前作とは少し変わった雰囲気の話です。
原文はTHE HOUNDS OF FATEで読むことができます。
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THE HOUNDS OF FATE (「運命の猟犬」)
by Saki (H. H. Munro)
THE HOUNDS OF FATE (「運命の猟犬」)
by Saki (H. H. Munro)
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しだいに色あせていく薄曇りの秋の午後の日差しの中を、マーティン・ストーナーは重い足取りで歩いていた。ぬかるんだ小道を抜け、深いわだちの刻まれた馬車道をたどってはいるが、自分でもどこへ向かっているのか定かではない。なぜか前方に海が待ち受けているような気がして、足は自然とそちらを目指していた。どうして疲れ果て、棒のような足を引きずって、海へ行かなければならないのか、自分でもわからない。追いつめられたシカが崖の突端へと逃げていく、それと同じ本能にかられているとしかいいようがなかった。
彼もまた、運命という名の猟犬に追いつめられようとしていた。空腹で、疲れ切り、前途に何の明かりも差さない絶望の深い闇に閉ざされて、頭も麻痺したままだ。いったいどんな衝動が自分を無意識のうちに前へ進ませているのか、考えるだけのエネルギーをかき集める気力はなかった。
ストーナーは、さまざまなことに手は出すものの、ことごとく失敗に終わるという種類の人間だった。そもそも生来怠け者で、あとさきのことを考えないたちである。ささやかな成功のチャンスが訪れても、それをものにすることもできず、そのあげく行き詰まって、もはや何かをやってみようにも、その余裕はなくなっていた。自暴自棄になっているせいで、たくわえられているはずの気力を奮い起こすこともできない。見方を変えれば、金銭的な破綻を前に、精神が麻痺してしまっているとも言えた。
着の身着のまま、ポケットには半ペニーしかなく、頼りにできる友だちも知り合いもない。寝場所のあてもなければ、明日の食べ物のあてもなく、マーティン・ストーナーは濡れそぼった生け垣のあいだを抜け、雨だれの落ちる木の下をとぼとぼと歩いていた。脳裡には何も浮かばず、半ば無意識のうちに、この先には海があるのだ、というばくぜんとした思いだけがあった。ときおり、みじめなほどの空腹感が身をさいなむ。
やがて、大きく開いた門の前に出た。その先には、放ったらかしにされた庭が広がっている。その奥にはひとけのない田舎家があった。寒々として、誰も寄せつけまいとしているかのようだ。だが、ぽつぽつとまた雨が降り出して、ストーナーは少しのあいだだけでも雨宿りさせてもらえまいか、と考えた。残っている小銭をかき集めれば、ミルクの一杯でも飲ませてもらえるかもしれない。疲れ切った足でのろのろと庭に入り、石敷きの小道を通って裏口へ回った。すると、ノックもしないうちにドアが開き、腰の曲がったしなびたような老人が、入り口の脇に立っていた。まるで彼を出迎えているかのようだった。
「雨宿りさせてもらえ……」とストーナーが言いかけたところ、すぐさま老人がさえぎった。
「おかえりなさいませ、トムぼっちゃま。ぼっちゃまがじきに戻っていらっしゃるのはちゃんとわかっておりましたよ」
ストーナーはよろめくように敷居をまたぎ、立ったまま、わけもわからず相手の顔をじっと見つめた。
「さあさ、おかけになって。そのあいだにお食事のしたくをいたしますで」老人は震える声に熱をこめてそう言った。ストーナーの足は疲れのあまりにいうことを聞かず、すすめられた肘掛け椅子に、崩れるように沈みこんだ。ほどなく冷肉とチーズ、それにパンが目の前のテーブルに用意された。
「四年たっても、ぼっちゃまはちっともお変わりじゃございませんな」老人の話は続いているが、ストーナーの耳にはその声が、まるで夢の中で聞いてでもいるような、不思議なほど遠くから聞こえてくるような気がした。「じき、ぼっちゃまもお気づきにおなりでしょうが、こっちはずいぶんと変わりましたよ。ぼっちゃまがここをお出になったときにいた者は、もう誰も残ってはおりません。手前と大伯母様だけでございますよ。ぼっちゃまがお帰りになったことを、大伯母様にお知らせしてきます。お会いになってはいただけないでしょうが、ぼっちゃまがこの家にいらっしゃることをおとがめにはなりますまい。大伯母様はずっと言っておられました。ぼっちゃまが帰っていらっしったら、この家にはいさせてやる、けれど、会ったり話したりするのは、金輪際ごめんだわ、と」
(この項つづく)