陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

U2 -" Walk On" とサマセット・モームの「九月姫」第二回

2011-03-20 23:15:47 | 翻訳
U2 - Walk On


Walk on
 やっぱり愛ってのは簡単なことじゃない
 君が持っていけるただひとつの荷物だけど……
 愛は簡単なことじゃない……
 それでも持っていけるただひとつの荷物なんだ
 あとには残していけないただひとつのもの……


もしぼくたちを引き離す暗闇があったとしても
日の光のもとでは、それがどんなに遠く思えたとしても
振り向いた瞬間に
君のガラスの心にはひびが入ってしまうかもしれないけれど
だめだよ、強くならなくちゃ

歩き続けるんだ
君は手に入れなくちゃ、やつらに盗めやしないものを
歩いていくんだ
今夜はここで安らかに過ごしたとしても

君はいま荷造りをしている
だれも行ったことのないところへ行くための
ことばでは決して言い表せないところへ行くための

君は飛んでいくことだってできた
扉の開いた鳥籠で歌っている鳥のように
自由を求めてまっすぐに飛んでいくことだって

歩き続けるんだ
君が手に入れたものは、やつらに否定なんかできない
売ることもできないし、買うこともできないのだから
歩き続けるんだ
今夜はここで安らかに過ごしたとしても

それが痛みをともなうことはわかってるさ
心が張り裂けそうなことも
時間をかけるほかないよ

歩いて行けよ
歩き続けるんだ

ホーム……
持ったことがない人間にはわからない

ホーム……
どこにあるかなんて言えないけれど、
自分がそこへ向かっているんだっていうことはわかる

ホーム……
心が痛むところ

それが痛みをともなうことはわかってるさ
心が張り裂けそうなことも
時間をかけるほかないよ
歩き続けるんだ

置いていけばいい
あとに置いていかなくちゃ
君が築くどんなものも
君がつくり出すどんなものも
君が壊すどんなものも
君が試すどんなものも
君が感じるどんなものも
そんなものはどれもあとに残していける
君が判断したことも
(愛はぼくの心の中にあるたったひとつの感情だ)

君が気がつくどんなものも
君が計画するどんなものも
君が飾り立てるどんなものも
君が見てきたどんなものも
君が作るどんなものも

君が毀すどんなものも
君が憎むどんなものも


(以上私訳 以前訳したものに、少し手を入れています。サイトの方もそのうち手を入れる予定。
原詞はこちらのものを使いました。 http://www.macphisto.net/u2lyrics/Walk_On.html



阪神大震災が終わって一ヶ月ほどして、西宮に住む友だちを訪ねたことがあります。梅田を出て川を渡ると、いきなり景色が変わって、わたしは自分の目の前に広がる光景をどう考えたらわからなくなって、言葉を失いました。

そのときの違和感というのは、つまり、日常自分が置かれている世界が、よそでも同じだろうとばくぜんと予想していたことから来たのだろうと思うのです。ニュースで見たりして、頭ではわかっていたはずなんです。でも、反面、自分を取り巻く状況が、他人も同じだろう、よそも同じだろうと思いこんでもいた。ふだんはそれを「思いこみ」と思うこともなく生活していて、何の齟齬も起こらなかったのですが、それがまったくの「錯覚」であることを、そのときにはっきりと思い知らされたのです。

自分がふだんいるところと、埋めがたい断層があるところを目の当たりにしたとき、わたしたちはおそらく自分が目にしているものが信じられず、立ちすくむしかないのでしょう。

TVで見ているだけでは、どれほど「未曾有の災害」と言われたとしても、ほんとうのところは何もわかりません。けれども、自分を取り巻く環境と、大きな断層のある環境に取り囲まれている人びとがいる。もしかしたら自分がそこにいたかもしれないのに。
自分がここにいて、ほかの人がそこにいる理由なんてどこにもないというのに。

自分が取り囲まれているたどこまでも続くわけではない、という当たり前のことを知ったあと、どうするか、です。その断層をなかったことにして、見て見ないふりをするのか、そんな場所があったことなど、頭の中から閉め出してしまうのか。それとも、情報を得、知識を得、距離を埋める努力をしていくのか。おそらく「理解」というのは、その努力を指すのかもしれません。

「未曾有の災害」という言葉が新聞に踊ります。これから先どうなっていくのか、おそらく誰にもわからない。それでも、それ以前と同じようにはいかないことだけは確かでしょう。ひとり不安に怯えるのではなく、共に歩いていくことこそが、未来を切り開いていくことなのだろうと思います。



――歩みだけが重要である。歩みこそ、持続するものであって、目的地ではないからである。


――だが、おまえの振舞いを変えてはならぬ。思うに、おまえはひとたび選んだのである。おまえが受けとるものをおまえから盗み去ることはできようとも、いったい誰が、おまえが与えるものをおまえから盗み去る力を持っているか?

(引用はともにサン=テグジュペリ『城砦』I 山崎庸一郎・粟津則雄訳 みすず書房)



新たに踏み出そうとしているすべての人にこの曲を捧げます。





* * *

「九月姫」 第二回



その2.


 九月姫はベッドに横になって、少しお腹が空いたまま、まだ泣き続けていました。そこに、一羽の小鳥が部屋に飛びこんできたのです。お姫様はしゃぶっていた親指を出して、すわりなおしました。すると小鳥は美しい歌を歌い始めたのです。宮廷の中にある湖や、しずかな水面に映る自分の姿に目を奪われているヤナギの木々、水面に映る枝のあいだをすべるように行き来するキンギョのこと……。小鳥の歌が終わると、お姫様の涙はすっかり乾いて、晩ご飯を食べなかったことも忘れてしまいました。

「とてもステキな歌ね」九月姫は言いました。

 小鳥はお辞儀をしました。もともと芸術家というのは礼儀正しいもので、とりわけ認められるのがとても好きなのです。

「オウムの代わりにわたしを飼ってみてはいかが?」と小鳥は言いました。「たしかにぼくはそんなに見かけはよくありませんが、声はずっといいですよ」

 九月姫はうれしくてうれしくて、手をたたきました。すると小鳥はベッドの端っこに飛び乗って、お姫様のために子守歌を歌ってあげました。

 つぎの朝、九月姫が目を覚ましたとき、小鳥はまだ同じ場所に留まっていました。そうしてお姫さまがぱっちりと目を開くと、おはよう、と言いました。

侍女たちがお姫さまの朝食を運んでくると、お姫さまは米をつまんで小鳥に食べさせてやりました。それから小鳥はお姫さまのお皿をお風呂にして、そこで水浴びをしました。それからお皿の水を飲み干しました。侍女たちは自分が浴びた水を飲むなんて、なんて不作法なんでしょう、と言いましたけれども、九月姫は、そういうところが芸術家気質なんだわ、と言ってやりました。そうして朝食がすむと、小鳥はまた美しい声で歌い出したので、侍女たちはみんなすっかりびっくりしてしまいました。だって、誰もそんな美しい歌は、これまで聞いたことがなかったからです。九月姫は、とても誇らしく、そうして幸せでした。

「ねえ、これから八人のお姉さんたちにあなたを見せてもいいかしら」と九月姫は言いました。それから右の人差し指を伸ばすと、小鳥はそこに飛び乗りました。それからお姫さまは侍女を従えて、宮殿の中を歩いて姉さま方のところへ、一月から順々に歩いていきいました。なにしろ九月姫は礼儀を重んじる人でしたからね。そうして八月姫のところまでまわっていきました。お姫さまひとりひとりに、小鳥はちがう歌を歌ってあげました。ところがオウムときたら、「王様に栄えあれ」と「かわいいオウムちゃん」としか言えませんでした。

おしまいに、九月姫は王様とお后様に小鳥を見せに行きました。ふたりとも驚き、また、たいそう喜びました。
「あなたを晩ご飯ぬきで寝かしたのがよかったのね。わたしにはわかっていましたけれどね」とお后様は言いました。

「この鳥はオウムよりよほど歌がうまいな」と王様は言いました。
「『王様に栄えあれ』だなんて、みんながのべつまくなしに言ってるんですから、きっとあなたもすっかりあきあきしていらっしゃると思ってましたよ」とお后様は言いました。「だのに、どうしてあの子たちはオウムにまでそんなことを言わせたがったのかしら」

「いや、その心持ちは感心なものだよ」と王様は言いました。「その言葉にしても、何度言ってもらってかまいはしない。だが、わたしがうんざりしているのは、あのオウムたちが言う別のせりふだよ。『かわいいオウムちゃん』だなどと!」

「だって七つのちがう言葉で言うんです」お姫さまたちは言いました。

「それはそうだろうさ」と王様は言いました。「だがな、それをやられると、わたしは大臣たちのことを思いだすのさ。連中もまったく同じことを、七つの別の言い方で言うんだ。おまけにそれにはどういう言い方で言ったにしても、ちっとも意味がない」


 お姫さまたちは、前にもお話したように、事情によって恨みを募らせていましたので、この出来事のことですっかり腹を立ててしまいました。そうしてオウムたちもまたむっつりした顔つきになりました。

けれども九月姫は宮殿の部屋という部屋を、ヒバリのように歌いながら、駆け回っていました。小鳥はお姫さまのまわりを飛び回りながら、ナイチンゲールのように歌っています。小鳥はほんとうにナイチンゲールだったのです。

 このようにして、それから幾日かが過ぎたある日のこと、八人のお姫さまたちは頭を寄せ合っていました。それから九月姫のところへ行き、姫を取り囲むようにして、シャムのお姫さまらしく、きちんと足を折り畳んですわりました。

「かわいそうな九月姫」と八人は言いました。「あなたのきれいなオウムが死んでしまって、ほんとにかわいそうだったわねえ。わたしたちみたいにペットがいないだなんて、すごくつまらないでしょうね。だからわたしたち、みんなでお小遣いを出し合って、あなたのために緑と黄色のかわいいオウムを買ってあげることにしたのよ」




(この項つづく)