陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

トルーマン・カポーティ「クリスマスの思い出」その4.

2009-12-03 23:10:28 | 翻訳
その4.

 ぼくたちがフルーツケーキをつくるときの材料の中で、ウィスキーが一番高く、手に入れるのが大変だ。なにしろ州法で販売が禁じられているのだから。とはいえ、ミスター・ハハ・ジョーンズのところに行けば一本買えることは、みんなが知っている。だからつぎの日、どうってことのない買い物を先にすませ、ぼくたちはミスター・ハハが商売をしている「罪深き」(と世間では評判の)魚フライとダンスができることが売り物の、川沿いのカフェに向かった。そこには以前もそこに出かけたことがあるが、もちろん同じものを買いに行ったのだ。でも、それまでは、ぼくたちが買ったのはミスター・ハハの奥さんの方で、ヨードチンキみたいな肌の色をしたインディアンの女の人で、髪の毛はオキシドールで漂白して金属みたいな色、なんだかひどく疲れているような感じの人だった。

本当をいうと、ぼくたちはその人のご主人の方を見たことはないあったのだが、その人もインディアンだという話だ。身体がずいぶん大きくて、両頬にカミソリの傷跡があるという。みんながハハと呼んでいるのは、その人がやたらと暗い人で、声を上げて笑うということがないからなのだ。

カフェに近づくにつれ(そこは大きな丸太小屋で、内も外もけばけばしい裸電球がいくつも紐でつないであった。岸辺の土のやわらかいところ、川沿いに生えた木陰にすっぽりと覆われて建っていた。木々の枝からは灰色の霧のように苔が垂れ下がっている)、ぼくたちの足取りは重くなっていく。クィーニーでさえ、ご機嫌に跳ね回るのもやめて、ぼくたちにぴったり寄り添って進んでいる。

ハハのカフェでは何人もの人が殺されていた。切り刻まれた人もいる。頭を割られた人もいた。来月もある事件をめぐって裁判が開かれることになっているのだ。あたりまえの話だが、そんな事件が起こるのは夜中、彩色された電球が、あたりを狂ったまだら模様に染め、蓄音機がむせび泣く時間だ。昼間はハハのカフェもみすぼらしく、うち捨てられたようだ。ぼくはドアをノックする。クィーニーが吠え、ぼくの友だちが声をかけた。「ハハの奥さん、いらっしゃいます? どなたかおいでじゃありませんか?」

 足音だ。ドアが開く。ぼくたちの心臓はひっくり返りそうになる。ミスター・ハハ・ジョーンズその人ではないか! 実際、巨人のようだ。確かに傷跡もある。笑ってない。いや、ぼくたちを悪魔のようにつり上がった目でぎろりとにらみつけ、ぼくらに問いかける。「ハハに何の用だ」

 一瞬、ぼくたちは言葉を失う。じきにぼくの友だちの方が、なんとか声をだせるようになって、どうひいき目に見てもささやきとしか言えない声でいう。「もしよろしかったら、ミスター・ハハ、おたくのすばらしいウィスキーを1リットルほど、分けていただけないでしょうか」

 彼の目がいっそうつり上がる。信じられるかい? ハハがにっこりした! 声まであげて笑っている。「どっちが飲むんだね、奥さん」

「フルーツケーキを作るためなんです。ミスター・ハハ、料理です」

 これには彼もがっかりしたようだ。眉をひそめている。「ちゃんとしたウィスキーをそんな無駄遣いさせるわけにはいかないな」そうはいっても彼は暗いカフェに戻り、すぐにラベルのついていない、ヒナギクのように黄色い液体が入った瓶を持って戻ってくる。日の光にかざして、キラキラと光るのを見せびらかす。「二ドルだ」

 ぼくたちは五セント玉や十セント硬貨、一セント玉で払う。すると急に、彼は手の中の硬貨を、ひとにぎりのサイコロでも振るように、じゃらじゃらいわせ始め、優しい顔になる。「こうしよう」と彼はそのお金をぼくたちのビーズの財布のなかに流し込んで、こうもちかける。「かわりにフルーツケーキを一本、寄越してくれ」

「まあ」ぼくの友だちは帰りがけに感想をいう。「いい人だってことだね。あの人のケーキには、干しぶどうを一カップ、余分に入れてあげることにしよう」

 黒いかまどは石炭とたきぎがくべられて、火の入ったカボチャ提灯のように輝いている。卵を入れた泡立て器をぐるぐるとかきまわし、スプーンはバターと砂糖の入ったボウルの中で円を描く。ヴァニラの甘い香りが空気を満たし、ショウガがそれにスパイスを効かせる。うっとりするような、鼻がうずくようなにおいが台所にあふれ、家の中に広がり、煙突から吐き出される煙と一緒に、世界中へ運ばれていく。四日後、ぼくらの仕事は終わる。三十一本のフルーツケーキ、ウィスキーをふりかけられて、窓の台や棚の上でひなたぼっこをする。

(この項つづく)