陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「ショック作戦」(後編)

2009-02-09 22:59:02 | 翻訳
(後編)

これまでにわめいてきたのとは段違いの騒々しさで階段をかけあがると、息子の部屋のドアを気でもちがったように叩いた。

「あんたって子はまったくひどい子。ダグマーに何をしたの」

「今度はダグマーか」バーティはきつい調子で切り返した。「つぎはジェラルディンがどうとかって言うんだろうな」

「こんなことになるなんて。あれほど骨を折っておまえを夜に出歩かせないように育ててきたのに」ミセス・ヘザントは泣き出した。「どんなに隠そうとしたってムダだよ。クロティルダの手紙に何もかも書いてあるんだから」

「その女が誰かも書いてあるのかい」バーティはたずねた。「そいつの話はさんざん聞かされたから、その女の私生活がちょっとばかり知りたくなてきたよ。真剣な話、母さんがこんな調子で続けるんだったら、ぼくは医者を呼んで来なきゃ。これまでだって何もしてないのに説教をされたこともずいぶんあるけど、ハーレムをでっちあげてそいつを話のなかに引っ張ってくるなんてことは、これまでにはなかったからな」

「この手紙がでっちあげだとでもいうの」ミセス・ヘザントは金切り声を上げた。「宝石はどうなの。おまけにダグマーだの、自殺説だのと」

 こうした疑問の数々に対する回答が、寝室のドアから出てくることはなかったが、その晩、最後に郵便受けに投げ込まれた三通目のバーティ宛ての手紙の内容が、ミセス・ヘザントの蒙を開いた。息子の方はすでに思いあたっていたのだが。
 親愛なるバーティ

 ぼくが「クロティルダ」を名乗った例のいたずらの手紙だが、君が気を揉んだりしていなければいいのだが。この前、君のところの召使いか誰かが君の手紙を開けてるって言ってただろう? だからぼくはそいつに何か読んでわくわくするような話を書いてやったのさ。そのショックはきっといい結果をもたらすにちがいないと思ってね。
君の友 クローヴィス・サングレイル

 ミセス・ヘザントはクローヴィスを少しばかり知ってはいたが、どちらかというと怖れる気持ちがあった。このいたずらの行間を読むことはむずかしいことではない。だから今度ばかりはたかぶる気持ちを抑えて、もういちどバーティのドアの前に立った。

「ミスター・サングレイルから手紙が来たわよ。全部ばかげたいたずらだったんですって。あの手紙は全部、その方が書いたんだそうよ。あら、どこへ行くの?」

 ドアを開けたバーティは、帽子をかぶって上着を着ていた。

「医者を呼びに行って来る。母さんを看てもらうんだ。もちろんいたずらにはちがいないけど、殺人だの自殺だの宝石だの、そんなたわごとを本気にする人間なんて、まともだったらいるはずがないもの。この一時間か二時間、家がひっくりかえるくらい騒いだのはだれだっけ」

「だってあの手紙、どう考えればいいっていうの」ミセス・ヘザントは情けない声を出した。

「どう考えればいいかなんて簡単なことじゃないか」とバーティは言った、「人の私信をのぞいて大騒ぎしたがるなんて、自分が悪いんじゃないの。ともかくぼくは医者を呼んでくるよ」

 これぞバーティにとって願ってもない好機であり、バーティもそれはよくわかっていた。母親は、この話が広まりでもしたら、自分がどれほど馬鹿に見えるか気がついた。そこで喜んで口止め料を払うことにしたのだ。

「わたしはもう絶対にあなたの手紙なんて開けたりしませんよ」と約束した。

 かくしてクローヴィスはバーティ・ヘザントというこの上なく献身的な奴隷を手に入れたのだった。



The End