陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「メスのオオカミ」(中編)

2009-02-05 22:54:06 | 翻訳
(承前)

「こうしたことを冗談半分に口にするのはいかがなものかと思いますが」とレオナルドが言った。

「冗談半分じゃございませんことよ、わたし、真剣ですの。ただ、今日は困るわね。ブリッジができる人が8人しかいないんですもの。そうなったらひとつのテーブルが成り立たなくなってしまうわ。明日になったらもっと大勢が集まるでしょう。だから、明日の晩、ディナーが終わってから……」

「こういった秘められたパワーに対するわれわれの知識は、未だ不十分と言わざるを得ませんから、遊び半分ではなく、謙虚な態度こそが望ましいと思われます」レオナルドの口調はたいそう厳粛なものだったために、その話題はそこまでになった。

 クローヴィス・サングレールは、シベリアの魔術の可能性が話題になっているあいだは、めずらしく沈黙を守っていたが、昼食後、パブハム卿を誰にも邪魔されないビリヤード室に連れ込んでから、聞きたかったことを尋ねた。

「集めていらっしゃる野生動物のなかに、メスのオオカミはいませんか。どちらかというと、気性の穏やかなメスのオオカミがいいのですが」

 パブハム卿は考えてから「ルイーザだな」と言った。「シンリンオオカミのなかなかいいやつです。二年前に北極ギツネと交換したのですよ。うちの動物たちはみんな、さほどの時間もなしに手なづけることができるんです。わたしといるとね。ルイーザは天使のように穏やかといえるでしょう、メスのオオカミとしてはね。だが、どうしてそんなことを?」

「そいつを明晩、貸してくださいませんか」と、クローヴィスは飾りボタンかテニスラケットでも借りるように、無造作な調子で尋ねた。

「明日の晩ですか?」

「そうです。オオカミは夜行性の獣だから、夜遅くても平気ですよね」と、万事了解済み、といった調子で言った。「お宅の召使いか誰かに暗くなってから連れてこさせてくださいませんか。手伝いますから、ルイーザを温室に入れてやってください。メアリー・ハンプトンがこっそり出ていったのと入れ替わりにね」

 パブハム卿はしばらくのあいだ、無理もないことだが、とまどった表情でクローヴィスを穴のあくほど見つめていたが、やがて破顔一笑した。

「なるほど。それがあなたの手なんですな。ちょっとしたシベリア魔術をあなたの方がやろうというわけか。ミセス・ハンプトンも陰謀に加担する気十分、というところですか」

「メアリーは最後までつきあってくれる約束です。もし、ルイーザの性質をあなたが保証してくださるんならね」

「ルイーザのことならわたしが請け合いましょう」パブハム卿は言った。

 翌日、屋敷のパーティにはさらに大勢の人びとが集まり、ビリシッターの自己宣伝にこれ努めたいという本能もまた、観衆が増えたことに刺激されてうずきだした。その晩のディナーの席上で、彼は見えざるパワーや、真価のまだ問われていない力について長口舌をふるい、居間へ場所を移してコーヒーが配られても、その熱弁はとぎれることなく続いた。やがて一同がトランプをする部屋に移ることになった。

 ビリシッターの伯母さんがもり立ててくれたこともあって、みんな彼の話を礼儀正しく耳を傾けてくれたが、センセーションが大好きな伯母さんは、ただ話を聞かせるだけより、もっとドラマティックな何かを待ちわびた。

「レオナルド、あなたの力をもっとみなさんにわかっていただけるように、何かやってみせてくれないかしら?」と伯母がせがんだ。「何か、別のものに変えてみせてちょうだい。この人はね、それができるんですよ、そうしたいときにはね」

「あら、じゃ、やってみせてくださいな」メイヴィス・ペリングトンが熱心に言い、その言葉にこだまするように、その場にいた全員が繰りかえした。なかには容易に説得されない連中もいたのだが、彼らもまた、素人の手品であっても、楽しめるのなら大歓迎だと思っているのだった。

 レオナルドは、どうやら何かはっきりと目で見てわかるようなことを期待されているぞ、と思った。

「ここにおいでのみなさまのなかで、三ペンス銅貨か何か、特に価値のない、小さなものを持っていらっしゃいませんか?」

「まさかコインを消したりするような、原始的なことをやってみせるつもりじゃありませんよね」クローヴィスが軽蔑しきったような声を出した。

「わたしをオオカミに変えてほしいってお願いしたのに、それを聞いてくださらないんですもの、意地悪な方ね」メアリー・ハンプトンはそう言いながら、飼っているインコにえさをやるために、部屋を横切って温室に歩いていった。

(この項つづく)