陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「物置部屋」

2008-09-19 22:10:47 | 翻訳
今日からサキの第三弾 "The Lumber Room" を訳していきます。
原文は
http://haytom.us/showarticle.php?id=78
で読むことができます。

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「物置部屋」

(前編)

 子供たちは特別な好意によりジャグバラの砂浜に連れていってもらうことになった。ニコラスだけは仲間はずれだ。みせしめのためである。というのも、その日の朝、ニコラスは滋養豊かなパンがゆを、このなかにカエルが入っている、などと、どう考えても突拍子もない理由で、食べたくないと言い張ったせいなのである。知恵もあれば品行も正しい大人たちが、パンがゆにカエルが入ってるなんてこと、あるはずがないじゃないか、バカをお言いじゃないよ、と言って聞かせても、ニコラスはしつこくでたらめを言い続け、カエルの色だの、ぶちがどうしただのと、いやに話が細かくなっていく。驚くなかれ、パンがゆの入ったニコラスのボウルには、ほんとうにカエルがいたのだ。ぼくが入れたんだもの、知る資格がぼくにあるのはあたりまえじゃないか、とニコラスは思っていた。庭でカエルをつかまえて、それを滋養豊富なパンがゆに入れるなんて、なんといけない子でしょう、と長々とお説教をくらった。とはいえ、ニコラスの胸の内では、一連の事態で何よりもはっきりしたのは、知恵もあれば品行も正しい大人たちが、絶対にまちがいない、と言っておきながら、結局はすっかりまちがっていたことが明らかになった、という点だった。

「伯母さんはパンがゆのボウルにカエルなんているはずがない、って言ったじゃないか。だけど、そこにほんとにいたんだからね」ニコラスはくりかえしたが、その執拗なことといったら、有利な地点では一歩も引かない老練な策士さながらである。

 そうした事情で、いとこの男の子と女の子、ニコラスのちっともおもしろくない弟は、その日の午後、ジャグバラに連れて行ってもらうことになり、ニコラスだけが家で留守番しなければならない羽目になったのだった。いとこたちの伯母さんが――この人は、実際には伯母でもなんでもないのだが、想像をたくましくして、ニコラスの伯母さんでもあるかのように振る舞っていた――急にジャグバラへの遠出を思いついたのは、ニコラスに楽しいことを見せつけて、自分が朝食の席で悪いことをしたことを後悔させようとしたからである。これが伯母さんのいつもの手口で、子供が悪いことをするとかならず、何かおもしろいことを急いででっちあげ、悪いことをした子をきっぱりと閉め出すのである。子供たちみんなが等しく悪いような場合は、いきなり隣町にサーカスがやってきた、などと告げるのである。そのサーカスときたら、もう世界で一番おもしろくて、数え切れないほど象もいるんだよ、悪いことさえしなかったら、今日、連れて行ってあげようかと思ったのにねえ、と。

 遠出の時間になれば、ニコラスの目から涙の数滴でも流れ落ちるだろうと思われていた。ところが実際には泣き出したのは、いとこの女の子で、馬車に乗りこもうとして、段で膝小僧をすりむいたせいだった。

「すっごい泣き声だったね」ニコラスは楽しそうにそう言ったが、出ていった方は遠出にはつきものの、興奮したり上機嫌になったりするようすもなかった。

「すぐ泣きやみますよ」と自称伯母さんは言った。「こんなにすばらしいお天気の日に、きれいな砂浜を駆け回ることができるんだからね。あの子たち、どれほど楽しい思いをするだろうねえ」

「ボビーはそんなでもないかもね。駆け回ったりもできないと思うよ」とニコラスがクスクス笑いながら言った。「ブーツが痛いんだってさ。きつすぎて」

「あの子、なんで痛いって言わなかったのかしら」いささかぶっきらぼうな口調で伯母さんは言った。

「二回も言ったよ、だけど、伯母さんが聞いてなかったんじゃないか。伯母さんってときどきぼくらが大切なことを言っても聞いてないことがあるよね」

「スグリの植え込みに入っちゃいけませんよ」伯母さんは話題を変えた。

「何で?」ニコラスが聞いた。

「だってあんたは罰を受けてるとこなんだからね」伯母さんは尊大ぶってそう言った。

(この項つづく)