陰陽師的日常

読みながら歩き、歩きながら読む

サキ「セルノグラツの狼」(中編)

2008-09-16 22:07:47 | 翻訳
(中編)


「非礼にもほどがる」と吐き捨てた男爵は、憤懣やるかたない、という顔つきで目をぎょろりと剥きだした。「この家の食卓であんな話を始めるなんて、たいした女のつもりらしい。我々がそこらへんの馬の骨か何かのように言うんだからな。嘘八百もいいところだ、ただのシュミット、それだけだ。どうせ小作人からでもセルノグラツ家の話を聞きこんできて、来歴や言い伝えをひけらかしているのだろう」

「自分のことをたいそうな人間だと思わせたいんですわ」男爵夫人は言った。「そろそろ仕事も辞めなくてはならないでしょうしね、だから同情でも引くつもりだったのでしょうよ。わたしの祖父が、なんてねえ」

 男爵夫人にも世間並みに祖父がふたりいたが、ついぞ自慢などしたことがない。

「もしかしたらこの館で配膳係りか何かやっていたのかもしれないな」男爵はクックッと嗤いながら言った。「ひょっとすると、そのぐらいはほんとうかもしれん」

 ハンブルクの商人は何も言わなかった。思い出を大切にしていると言った老婦人の目に涙が浮かんでいるのを見たのである――もしかしたら、単に想像力豊かなおれがそう思っただけかもしれないのだが。

「暇を出すつもりです、新年のお祝いが終わったらね」と男爵夫人が言った。「それまではあの人に仕切ってもらわないと、わたしも困りますからね」

 だが、それでもやはり男爵夫人はアマリー抜きでやっていかなくてはならなくなったのだった。クリスマス後に襲った寒気のために高齢の家庭教師は病に伏し、部屋から出られなくなってしまったのだった。

「ほんと憎らしいったらないんですのよ」暮れも押し迫ったある晩、男爵夫人は客人と一緒に暖炉を囲んでいる席でその話を始めた。「あの人がうちへ来てからというもの、これまでずっと病気で寝込むようなこともなく来たんです。自分の部屋を出て仕事もできないほどの病気というのはね。それがどうでしょう、お客様が大勢お見えになって、いろいろやってほしいときになって、寝込むんですからね。それは確かに気の毒なことは気の毒なんです。すっかりやつれて、縮んでしまったみたい。そうはいってもほんとうに困ることには変わりはありませんものね」

「それはたいそうお困りのことね」銀行家の妻が、わかりますよ、といわんばかりにあいづちを打つ。「きっとこの厳しい寒さのせいでしょうね、確かに年寄りにはこたえますから。今年は例年よりもなおのこと寒いですからね」

「十二月にここまで霜が降りたのも、ここ数年ではなかったことですな」男爵も言った。

「まあ確かに年も年ですからね」男爵夫人が言う。「もっと前に暇を出しておけばよかったと思っているのですよ、それだったらこんなことになる前にいなくなっていたでしょうから。あら、ワッピー、どうしたの?」

 小さな毛むくじゃらの小型犬が、急にクッションから飛び降りると、ぶるぶると身を震わせながらソファの下へもぐりこんだ。そのとき館の中庭で犬が一斉に怒りの吠え声をあげ始め、遠くの方からも犬がやかましく吠え立てる声が聞こえてきたのである。

「あいつらは何を騒いでいるのだろう」男爵が言った。

(この項つづく)