「水晶の卵」その7.
この非常に奇妙な話のあらましは、このくらいにしておこう。こうしたこと一切を、ミスター・ウェイスの巧妙な作り話として退けるのでなければ、ふたつのうちのどちらか一方を信じなければならない。まず、ミスター・ケイヴの水晶は、ふたつの世界に同時に存在している、という推測である。ただこれは、一方の世界ではあちこち持ち運ぶようなことがあっても、他方の世界では同じ状態で変わらない、ということになって、これはまったく不合理な話である。となるともうひとつの推理だが、ミスター・ケイヴの水晶は、別の世界にあるそっくりのもうひとつの水晶と、何か特殊な感応関係にあって、こちらの水晶内部に見えるものは、相応の条件のもとでは、別の世界にあるこれと対応する水晶の観察者にも見えているのではないか、というもの。当然、逆もまた同様であろう。目下のところ、実際、ふたつの水晶がそこまで「感応」し合うのか、わたしたちに理解するすべはないが、そういうことがまったく不可能ではないと考えても良いのではあるまいか。ふたつの水晶の「感応」という推論を立てたのはミスター・ウェイスだったが、わたしには、少なくともそれはきわめてもっともらしいことのように思われる。
さて、この別の世界はどこにあるのだろうか。この点においても、ミスター・ウェイスは活溌な頭脳を働かせ、光明を投げかけたのである。日没後、空はすみやかに暗くなり――実際、夕暮れどきはことのほか短かった――、星が瞬きはじめる。星は、わたしたちが見ているものと同一であることは、はっきりしていて、星座の配列も同じだった。ミスター・ケイヴは大熊座、プレアデス星団、アルデバラン、シリウスを認めた。ということは、この別の世界は同じ太陽系のどこかで、わたしたちの地球から、せいぜい数億キロのところにあるにちがいない。この手がかりをさらに追求したミスター・ウェイスは、深夜の空が、地球での真冬の空よりもさらに青いこと、そうしてまた太陽はいくぶん小さいことを突きとめた。しかも、小さな月は、ふたつもあった! 「地球の月のようだが、それよりも小さく、しかも著しい相違が見られ」、一方は他方より目に見えて速く動いている。こうした月は、天空高くまで昇ることなく、現れたかと思うとほどなく消えていく。すなわち、ふたつの月は惑星にあまりに接近しているために、自転のたびに蝕を起こしていたのである。これらすべてを完全に満たすのは、ミスター・ケイヴにはわからなかったが、火星の状況以外にはあり得ないのである。
確かに、この水晶をのぞきこむミスター・ケイヴが、実際に、火星と火星の居住民を見ている、ということは、きわめてありうることのように思われる。それが事実であるならば、はるか彼方の情景のなかで、空に明るく輝く星は、ほかならぬわが地球ということになるのである。
しばらくは火星人たちも――彼らが火星人であるならば、ではあるが――ミスター・ケイヴが観測していることを知らないようだった。一度や二度、のぞきにやってきて、すぐにほかのマストに移ったのだが、それは映像が満足すべきものではなかったためらしかった。そのあいだは、ミスター・ケイヴもこの翼を持った人々の行動を、彼らの注意を引かないままに観察できて、その報告も、やむを得ず曖昧で断片的ではあったが、それでも十分に教えられる点は多かった。考えてもみてほしい、厄介な準備の手順を踏んで、相当に目に負担をかけて、セント・マーティン教会の尖塔のてっぺんからロンドンをのぞく、それも一度にせいぜい四分かそこらで、火星人が観察する人間はどんな印象を与えていたか。
ミスター・ケイヴには突きとめることができなかったのだが、翼のある火星人と、舗装道やテラスをぴょんぴょんと跳ねている火星人は同じ種族で、後者も翼を任意に取りつけることができるのかもしれない。よたよたと二足歩行する、いささかサルを思わせる、白くて部分的に透き通った生き物を見かけることもあった。地衣におおわれた木々のなかで何か食べていたが、一度、群れのうちの何匹かが逃げ出したこともあった。例のぴょんぴょん跳ねる頭の丸い火星人が一匹現れたのである。火星人は触手で一匹つかまえたのだが、そのとき映像が急に消え、ミスター・ケイヴは暗闇でいても立ってもいられない思いをしたのだった。巨大な物体が現れたこともあり、ミスター・ケイヴは最初それを巨大な昆虫であると考えたのだが、運河脇の舗装道を、ものすごい速さで進んでいくのだった。近づくにつれて、それじゃ金属の光沢を持つきわめて複雑な構造の機械であることがわかった。もういちどよく見てみようと思っているうちに、視界を過ぎてしまった。
やがてミスター・ウェイスは火星人の注意を引くことを思い立ち、つぎにあの奇妙な目玉が水晶に近づいてきたときに、ミスター・ケイヴは大声をあげて飛びのき、すぐに光を当てて、信号を送るような動作を始めた。だがミスター・ケイヴがふたたび水晶を調べると、火星人の姿は消えていた。
こうして十一月の初めには、観察はここまで進み、ミスター・ケイヴは水晶に対する家族の疑念も薄らいできたように感じたので、水晶を携えて行ったり来たりするようになった。昼夜を問わず、機会があるごとに慰めを得ようとしたのである。こうして水晶は、ミスター・ケイヴの人生でただひとつ、かけがえのないものと思えるまでに急速に成長していったのだった。
十二月になると、ミスター・ウェイスの仕事は試験が近づいてきたために忙しくなり、いまやっていることは残念ながら、一週間ほど中断せざるを得なくなった。そうして十日か十一日ほど――正確には覚えていないが――ミスター・ケイヴに会わないまま過ぎた。やがてミスター・ウェイスはどうしても調査を再開したくてたまらなくなり、季節ごとの仕事も収まってきたので、セヴン・ダイヤルズ街に出向いたのだった。角まで来ると、小鳥屋の窓はよろい戸がおりているのが見え、さらに靴屋も同様だった。ミスター・ケイヴの店は閉まっていた。
ミスター・ウェイスがノックすると、喪服に身を包んだ義理の息子がドアを開けた。息子はすぐにミセス・ケイヴを呼ぶ。ミスター・ウェイスは観察しないではいられなかったのだが、夫人は安っぽいくせにごてごてと派手な模様の喪服を着こんでいた。ミスター・ウェイスはさほど驚くこともなく、夫は亡くなって、埋葬もすませたというミセス・ケイヴの言葉を聞いたのだった。涙を流し、多少、声も沈んでいる。いましがたハイゲート共同墓地から戻ってきたところなんです、と言った。自分の行く末と、どれだけ立派な葬儀をあげたかで、夫人の頭はいっぱいらしかったが、それでもミスター・ウェイスは、なんとかケイヴが亡くなったことの詳細を聞き出すことができた。早朝、店で遺体となって発見されたのだ。ミスター・ウェイスのところを訪れたつぎの日で、石のように冷たくなった両手で水晶を握りしめていたという。うちのひとはほほえんでるみたいでした、鉱物の標本の裏張りにするヴェルヴェットの布が足下の床に落ちてましてね、とミセス・ケイヴは話した。おそらく見つける五、六時間前に死んだんでしょうね。
これはウェイスにとって大変な衝撃だった。老人の体調が悪化していることは明らかな徴候があったのにそれを無視したのだ、と、激しく自分を責める気持ちも起こってきた。だがなによりも気になったのは水晶のことだった。きわめて慎重にその話題にふれようとした。というのも、ミセス・ケイヴの性格はよくわきまえていたからだった。売ってしまった、という返事を聞いて、呆然とした。
遺体が二階に運ばれるとすぐ、ミセス・ケイヴは衝動的に、水晶に五ポンド出そうと申し出た変わり者の牧師に、見つかった旨、手紙を書こうとした。だがどれだけ必死になって探しても、娘も手伝ってくれたのだが、住所を書いた紙は、見つからず、とうとうあきらめないわけにはいかなくなったのだった。一家には、昔ながらのセヴン・ダイヤルズ街の住人が求める、形式に則った葬式と埋葬のための費用がなかったので、グレート・ポーランド街に住む親しい同業者に泣きついた。同業者は親切に、店の在庫の一部を見積もった上しかるべき値で引き取ってくれたのである。見積もりも同業者がおこなったのだが、そのなかにあの水晶の卵も含まれていたのだった。
ミスター・ウェイスは、その場にふさわしいお悔やみの言葉を、いくぶんおざなりに口にしたあと、グレート・ポーランド街に急いだ。だがそこでわかったのは、水晶の卵はすでに、灰色の服を着た、長身で色の黒い男が買ってしまったということだった。この奇妙な、少なくともわたしにとってはきわめて示唆に富む話の重要な部分は、ここでいきなり断ち切られることになる。グレート・ポーランド街の古物商は、灰色の服を着た、長身で色の黒い男がだれか知らなかったばかりか、どのような外見をしているか詳しく説明できるほど、注意深く見るようなこともなかった。店を出て、どちらの方向へ行ったのかさえ見ていなかったのである。しばらくのあいだミスター・ウェイスは店に残って、見こみのない質問で店主をわずらわせながら、憤懣やるかたない気持ちをまき散らした。だが、ついに自分の手から何もかもが滑りおち、夜の幻のように消えてしまったことを認めないわけにはいかなくなって、自分の部屋に戻ったのだった。そうして、自分が記録したメモが、乱雑な机の上にのったまま、手でふれることも、見ることもできるのを見て、いささか奇異の念に打たれたのである。
ミスター・ウェイスのいらだちと落胆は、当然ながら、深いものだった。グレート・ポーランド街をもう一度訪ねてみることもした(そうして同じように何の収穫もなかった)し、骨董品の収集家が好んで手に取りそうな雑誌に広告を打つこともやってみた。《デイリー・クロニクル》や《ネイチャー》という新聞や雑誌に手紙を書いてもみたのだが、どちらもでっちあげではないかと、活字になる前に、再考を求められた。このような奇妙な話を、残念ながら物証の裏づけもないまま発表すると、彼の科学者としての評判を損なうことになるかもしれません、という助言まで受けたのである。さらに、本業のほうから求められる声も、差し迫っていた。そこで一ヶ月ほどすると、古物商のいくつかに定期的に問い合わせるほかは、しぶしぶ、水晶の卵の探索を断念せざるをえなくなったのだった。そうして、その日からいまに至るまで、水晶の卵は見つかっていないのだ。だが、ときおり、ミスター・ウェイスはわたしにこんなことを言い、わたしもその通りなのだろうと思っている。ぼくはね、求める気持ちに身を焼かれるような気がするんです。差し迫った仕事を投げ出して、探しに出かけてしまうんですよ。
水晶がまだどこかにあるか、何から何までことごとく、永久に失われてしまったか、いずれにせよ、いまのところはどちらとも考えられる。現在のもちぬしが蒐集家なら、ミスター・ウェイスの問い合わせが古物商を通じて届くことも期待できる。ミスター・ケイヴの店に現れた牧師と「東洋人」も見つかった――ジェイムズ・パーカー師と、ジャワ国のボッソ=クニ王子だったのである。わたしはくわしいことを聞かなければならなかった。王子が水晶をほしいと思ったのは、単純に好奇心からだった――それに、贅沢ということもあった。どうしてもほしくてたまらなくなったのは、ケイヴの売り惜しみする態度が奇妙だったから、ということだった。同様に、二度目の場合でも、たまたま買ったというだけ、蒐集家とは縁もゆかりもない可能性だってありうるし、水晶の卵がもしかしたらいまこの瞬間にもわたしからほんの数キロ先にあって、応接間を飾ったり、文鎮として使われていたりするのかもしれない――その特筆すべき機能など知られないままに。事実、そんな可能性もあると考えたこともあって、わたしはこの体験を、一般の物語の読者の目にふれるように、こうしたかたちで明らかにしたのである。
この出来事についてのわたし自身の見解は、ミスター・ウェイスのそれとほとんど同じである。わたしは火星のマストのてっぺんにある水晶と、ミスター・ケイヴの水晶の卵は、物理的な、だが現在では未だ説明できないような方法で、感応しあっているのだと考える。さらに、地球上の水晶は、――おそらくははるか昔に――火星からこちらに送りこまれたものにちがいない。火星人たちが、わたしたちの出来事を身近で観察する、という目的で。おそらくはほかのマストのてっぺんにある水晶に感応する水晶の卵もまた、地球上にあるのだろう。一時的な幻覚では、この出来事をとうてい説明できないのである。
(※近日中に推敲ののちサイトにアップします。お楽しみに)
この非常に奇妙な話のあらましは、このくらいにしておこう。こうしたこと一切を、ミスター・ウェイスの巧妙な作り話として退けるのでなければ、ふたつのうちのどちらか一方を信じなければならない。まず、ミスター・ケイヴの水晶は、ふたつの世界に同時に存在している、という推測である。ただこれは、一方の世界ではあちこち持ち運ぶようなことがあっても、他方の世界では同じ状態で変わらない、ということになって、これはまったく不合理な話である。となるともうひとつの推理だが、ミスター・ケイヴの水晶は、別の世界にあるそっくりのもうひとつの水晶と、何か特殊な感応関係にあって、こちらの水晶内部に見えるものは、相応の条件のもとでは、別の世界にあるこれと対応する水晶の観察者にも見えているのではないか、というもの。当然、逆もまた同様であろう。目下のところ、実際、ふたつの水晶がそこまで「感応」し合うのか、わたしたちに理解するすべはないが、そういうことがまったく不可能ではないと考えても良いのではあるまいか。ふたつの水晶の「感応」という推論を立てたのはミスター・ウェイスだったが、わたしには、少なくともそれはきわめてもっともらしいことのように思われる。
さて、この別の世界はどこにあるのだろうか。この点においても、ミスター・ウェイスは活溌な頭脳を働かせ、光明を投げかけたのである。日没後、空はすみやかに暗くなり――実際、夕暮れどきはことのほか短かった――、星が瞬きはじめる。星は、わたしたちが見ているものと同一であることは、はっきりしていて、星座の配列も同じだった。ミスター・ケイヴは大熊座、プレアデス星団、アルデバラン、シリウスを認めた。ということは、この別の世界は同じ太陽系のどこかで、わたしたちの地球から、せいぜい数億キロのところにあるにちがいない。この手がかりをさらに追求したミスター・ウェイスは、深夜の空が、地球での真冬の空よりもさらに青いこと、そうしてまた太陽はいくぶん小さいことを突きとめた。しかも、小さな月は、ふたつもあった! 「地球の月のようだが、それよりも小さく、しかも著しい相違が見られ」、一方は他方より目に見えて速く動いている。こうした月は、天空高くまで昇ることなく、現れたかと思うとほどなく消えていく。すなわち、ふたつの月は惑星にあまりに接近しているために、自転のたびに蝕を起こしていたのである。これらすべてを完全に満たすのは、ミスター・ケイヴにはわからなかったが、火星の状況以外にはあり得ないのである。
確かに、この水晶をのぞきこむミスター・ケイヴが、実際に、火星と火星の居住民を見ている、ということは、きわめてありうることのように思われる。それが事実であるならば、はるか彼方の情景のなかで、空に明るく輝く星は、ほかならぬわが地球ということになるのである。
しばらくは火星人たちも――彼らが火星人であるならば、ではあるが――ミスター・ケイヴが観測していることを知らないようだった。一度や二度、のぞきにやってきて、すぐにほかのマストに移ったのだが、それは映像が満足すべきものではなかったためらしかった。そのあいだは、ミスター・ケイヴもこの翼を持った人々の行動を、彼らの注意を引かないままに観察できて、その報告も、やむを得ず曖昧で断片的ではあったが、それでも十分に教えられる点は多かった。考えてもみてほしい、厄介な準備の手順を踏んで、相当に目に負担をかけて、セント・マーティン教会の尖塔のてっぺんからロンドンをのぞく、それも一度にせいぜい四分かそこらで、火星人が観察する人間はどんな印象を与えていたか。
ミスター・ケイヴには突きとめることができなかったのだが、翼のある火星人と、舗装道やテラスをぴょんぴょんと跳ねている火星人は同じ種族で、後者も翼を任意に取りつけることができるのかもしれない。よたよたと二足歩行する、いささかサルを思わせる、白くて部分的に透き通った生き物を見かけることもあった。地衣におおわれた木々のなかで何か食べていたが、一度、群れのうちの何匹かが逃げ出したこともあった。例のぴょんぴょん跳ねる頭の丸い火星人が一匹現れたのである。火星人は触手で一匹つかまえたのだが、そのとき映像が急に消え、ミスター・ケイヴは暗闇でいても立ってもいられない思いをしたのだった。巨大な物体が現れたこともあり、ミスター・ケイヴは最初それを巨大な昆虫であると考えたのだが、運河脇の舗装道を、ものすごい速さで進んでいくのだった。近づくにつれて、それじゃ金属の光沢を持つきわめて複雑な構造の機械であることがわかった。もういちどよく見てみようと思っているうちに、視界を過ぎてしまった。
やがてミスター・ウェイスは火星人の注意を引くことを思い立ち、つぎにあの奇妙な目玉が水晶に近づいてきたときに、ミスター・ケイヴは大声をあげて飛びのき、すぐに光を当てて、信号を送るような動作を始めた。だがミスター・ケイヴがふたたび水晶を調べると、火星人の姿は消えていた。
こうして十一月の初めには、観察はここまで進み、ミスター・ケイヴは水晶に対する家族の疑念も薄らいできたように感じたので、水晶を携えて行ったり来たりするようになった。昼夜を問わず、機会があるごとに慰めを得ようとしたのである。こうして水晶は、ミスター・ケイヴの人生でただひとつ、かけがえのないものと思えるまでに急速に成長していったのだった。
十二月になると、ミスター・ウェイスの仕事は試験が近づいてきたために忙しくなり、いまやっていることは残念ながら、一週間ほど中断せざるを得なくなった。そうして十日か十一日ほど――正確には覚えていないが――ミスター・ケイヴに会わないまま過ぎた。やがてミスター・ウェイスはどうしても調査を再開したくてたまらなくなり、季節ごとの仕事も収まってきたので、セヴン・ダイヤルズ街に出向いたのだった。角まで来ると、小鳥屋の窓はよろい戸がおりているのが見え、さらに靴屋も同様だった。ミスター・ケイヴの店は閉まっていた。
ミスター・ウェイスがノックすると、喪服に身を包んだ義理の息子がドアを開けた。息子はすぐにミセス・ケイヴを呼ぶ。ミスター・ウェイスは観察しないではいられなかったのだが、夫人は安っぽいくせにごてごてと派手な模様の喪服を着こんでいた。ミスター・ウェイスはさほど驚くこともなく、夫は亡くなって、埋葬もすませたというミセス・ケイヴの言葉を聞いたのだった。涙を流し、多少、声も沈んでいる。いましがたハイゲート共同墓地から戻ってきたところなんです、と言った。自分の行く末と、どれだけ立派な葬儀をあげたかで、夫人の頭はいっぱいらしかったが、それでもミスター・ウェイスは、なんとかケイヴが亡くなったことの詳細を聞き出すことができた。早朝、店で遺体となって発見されたのだ。ミスター・ウェイスのところを訪れたつぎの日で、石のように冷たくなった両手で水晶を握りしめていたという。うちのひとはほほえんでるみたいでした、鉱物の標本の裏張りにするヴェルヴェットの布が足下の床に落ちてましてね、とミセス・ケイヴは話した。おそらく見つける五、六時間前に死んだんでしょうね。
これはウェイスにとって大変な衝撃だった。老人の体調が悪化していることは明らかな徴候があったのにそれを無視したのだ、と、激しく自分を責める気持ちも起こってきた。だがなによりも気になったのは水晶のことだった。きわめて慎重にその話題にふれようとした。というのも、ミセス・ケイヴの性格はよくわきまえていたからだった。売ってしまった、という返事を聞いて、呆然とした。
遺体が二階に運ばれるとすぐ、ミセス・ケイヴは衝動的に、水晶に五ポンド出そうと申し出た変わり者の牧師に、見つかった旨、手紙を書こうとした。だがどれだけ必死になって探しても、娘も手伝ってくれたのだが、住所を書いた紙は、見つからず、とうとうあきらめないわけにはいかなくなったのだった。一家には、昔ながらのセヴン・ダイヤルズ街の住人が求める、形式に則った葬式と埋葬のための費用がなかったので、グレート・ポーランド街に住む親しい同業者に泣きついた。同業者は親切に、店の在庫の一部を見積もった上しかるべき値で引き取ってくれたのである。見積もりも同業者がおこなったのだが、そのなかにあの水晶の卵も含まれていたのだった。
ミスター・ウェイスは、その場にふさわしいお悔やみの言葉を、いくぶんおざなりに口にしたあと、グレート・ポーランド街に急いだ。だがそこでわかったのは、水晶の卵はすでに、灰色の服を着た、長身で色の黒い男が買ってしまったということだった。この奇妙な、少なくともわたしにとってはきわめて示唆に富む話の重要な部分は、ここでいきなり断ち切られることになる。グレート・ポーランド街の古物商は、灰色の服を着た、長身で色の黒い男がだれか知らなかったばかりか、どのような外見をしているか詳しく説明できるほど、注意深く見るようなこともなかった。店を出て、どちらの方向へ行ったのかさえ見ていなかったのである。しばらくのあいだミスター・ウェイスは店に残って、見こみのない質問で店主をわずらわせながら、憤懣やるかたない気持ちをまき散らした。だが、ついに自分の手から何もかもが滑りおち、夜の幻のように消えてしまったことを認めないわけにはいかなくなって、自分の部屋に戻ったのだった。そうして、自分が記録したメモが、乱雑な机の上にのったまま、手でふれることも、見ることもできるのを見て、いささか奇異の念に打たれたのである。
ミスター・ウェイスのいらだちと落胆は、当然ながら、深いものだった。グレート・ポーランド街をもう一度訪ねてみることもした(そうして同じように何の収穫もなかった)し、骨董品の収集家が好んで手に取りそうな雑誌に広告を打つこともやってみた。《デイリー・クロニクル》や《ネイチャー》という新聞や雑誌に手紙を書いてもみたのだが、どちらもでっちあげではないかと、活字になる前に、再考を求められた。このような奇妙な話を、残念ながら物証の裏づけもないまま発表すると、彼の科学者としての評判を損なうことになるかもしれません、という助言まで受けたのである。さらに、本業のほうから求められる声も、差し迫っていた。そこで一ヶ月ほどすると、古物商のいくつかに定期的に問い合わせるほかは、しぶしぶ、水晶の卵の探索を断念せざるをえなくなったのだった。そうして、その日からいまに至るまで、水晶の卵は見つかっていないのだ。だが、ときおり、ミスター・ウェイスはわたしにこんなことを言い、わたしもその通りなのだろうと思っている。ぼくはね、求める気持ちに身を焼かれるような気がするんです。差し迫った仕事を投げ出して、探しに出かけてしまうんですよ。
水晶がまだどこかにあるか、何から何までことごとく、永久に失われてしまったか、いずれにせよ、いまのところはどちらとも考えられる。現在のもちぬしが蒐集家なら、ミスター・ウェイスの問い合わせが古物商を通じて届くことも期待できる。ミスター・ケイヴの店に現れた牧師と「東洋人」も見つかった――ジェイムズ・パーカー師と、ジャワ国のボッソ=クニ王子だったのである。わたしはくわしいことを聞かなければならなかった。王子が水晶をほしいと思ったのは、単純に好奇心からだった――それに、贅沢ということもあった。どうしてもほしくてたまらなくなったのは、ケイヴの売り惜しみする態度が奇妙だったから、ということだった。同様に、二度目の場合でも、たまたま買ったというだけ、蒐集家とは縁もゆかりもない可能性だってありうるし、水晶の卵がもしかしたらいまこの瞬間にもわたしからほんの数キロ先にあって、応接間を飾ったり、文鎮として使われていたりするのかもしれない――その特筆すべき機能など知られないままに。事実、そんな可能性もあると考えたこともあって、わたしはこの体験を、一般の物語の読者の目にふれるように、こうしたかたちで明らかにしたのである。
この出来事についてのわたし自身の見解は、ミスター・ウェイスのそれとほとんど同じである。わたしは火星のマストのてっぺんにある水晶と、ミスター・ケイヴの水晶の卵は、物理的な、だが現在では未だ説明できないような方法で、感応しあっているのだと考える。さらに、地球上の水晶は、――おそらくははるか昔に――火星からこちらに送りこまれたものにちがいない。火星人たちが、わたしたちの出来事を身近で観察する、という目的で。おそらくはほかのマストのてっぺんにある水晶に感応する水晶の卵もまた、地球上にあるのだろう。一時的な幻覚では、この出来事をとうてい説明できないのである。
The End
(※近日中に推敲ののちサイトにアップします。お楽しみに)