京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

マサホの生い立ち、青春時代 そして夏の終わりの日々   8月25日ー29日

2014年08月31日 | 日記
●8月29日(金)

     <左京最北の地、久多に>

 今日は、左京の山間部、久多に!
 途中、大原は梅の宮神社前のバス停のところの川に先の大雨で倒れた樹木のことで現場を見る。このまま放置しておくとたいへんです。早速、区役所と連絡を取って対処を要請しよう。

 そして、大原からおよそ40分ほどかな。途中トンネルから滋賀県に入り、花折トンネルを越えて、大津市梅ノ木から針畑川の渓谷沿いに狭隘な断崖絶壁の道を進むと、右は朽木は生杉に行く道との分かれ。そこからが久多。久多のオートキャンプ場。ウルグアイ・ランド合意による関連対策として設立されました。竣工式にも行ったよ!

 山の向こうは福井県です。畑は鹿と猿が食べに来るので、金網を囲んで畑をされている風景は、つらいね。ポスターを貼ったり、知人宅に挨拶に行くと築160年の立派な家で お茶を御馳走になる。
昼ごはんは、3年前に開店した「いろは」で地鶏のうどんとおにぎりと。卵焼きもついて850円!美味かった!

     <モニタリングポストのこと> 

そして今は廃校になった久多小学校のグランドの片隅に原発事故等に備えるため、京都府が設置したモニタリングポスト(放射能測定装置)。久多の山の向こうに高浜原発があります。
京都市のUPZ(緊急時防護措置を準備すべき地域)は、左京区広河原と久多なのです。この9月20日には、京都市原子力防災訓練が実施されます。 広報によると、訓練に参加する住民が避難マニュアルに定めた電話連絡網を用いて避難する旨の情報を伝達し,互いに助け合いながら,訓練会場(避難時集合場所)へ移動し,汚染検査(スクリーニング)や健康調査を受けるまでの流れを実地に体験する。また,訓練後,同会場において,原子力防災等に関する知識を習得するための講習会を開催されます。

      <大見新村プロジェクト>

 そして367号線を引き返して、大原小出石から国道477号とは名前だけの坂道を上ると百井の集落。そしてさらに奥の大見に。
 残土投棄の大見公園計画に反対して論陣を張ったのは、もう27年前。大見の藤井一家とはもう30年以上の付き合いかな。今では藤井康裕君が、大見新村プロジェクトを立ち上げて、左京区役所のまちづくり支援交付金受けて、若者たちが集い始めている。NHKの取材チームも来ていました。
 来週水曜日午後6時過ぎの「京いちにち」で放映されますよ!みなさん、がんばってね!ここまでポスターを貼りに来る議員はいないだろうよ!道中、先の大雨で道がかなり荒れているなあ。

 山岳ドライブから帰ったのは午後4時過ぎ。錦林小学校に明日の夜市のために机を借りに行く。なんとか準備も進んだ、後は、明日の天気と安全に進行できることを願うのみ。

●8月28日(木)

 朝、聖護院の眼鏡店、吉川文一君のご母堂の葬儀。彼は、中学時代からの同級生で、近年は消防団で地域に貢献してきた。家族葬でしめやかに営まれる。読経されたご住職は、知人でした。

 午後は、ポスター貼りなどで地域をウロウロ。

 夕方は、白河総合支援学校の前校長先生、森脇勤先生の御尊父様で総合支援教育に長年尽くされてきた森脇功先生の通夜。経糸の会、ヒューマンふれあいコンサートの実行委員会などで何回かお会いしたことがあり、ご焼香に。心よりご冥福をお祈りいたします。

 その後、屯風にて吉田東通の夜市の実行委員会。明後日の開催に向けて最後の打ち合わせ。晴れたらええなあ!

●8月27日(水)

 久しぶりに晴れ間が見えた朝、熊野神社前で2週間ぶりかな、街頭行動。テーマは防災。ぼちぼちがんばります。音が大きすぎますと注意を受けて、ともあれ自粛。
 それから、「吉田東通の夜市」のビラまき。
 夕方は、わが後援会の事務局会議。島内研府会議員も同席してもらって、今後の市政懇談会の日程などを考える。

     <鈴木マサホ、生い立ち、そして青春時代>

 ところで以下の文章は、ぼくが主宰している地域ウエッブサイト「左京ライフ」にコムペイジの牧野君が作ってくれたインタビュー形式の項目に喋り口調で書いた原稿。参考までにわが青春時代、ご笑覧ください。ちょっと長い文章だけれど貼りつけておきましょう。
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Q 幼少時代の話をきかせてください。どんな子供だったのですか?
子供の時に熱中して事はありますか?小・中・高校と、どんな生徒でした?

A ぼくの小さな頃からまず中学生時代から話しましょう。
ぼくの生まれたのは、1949年昭和24年、戦争が終わってちょっと落ち着いてきた時代かな。ベビーブーム、団塊の世代。今の事務所があるところが、ぼくの生まれ育ったところ。社家がたくさんあった。ぼくは鈴木家14代目。我が家も大きな敷地で、土蔵もあったし「おくどさん(かまど)もあった。親父は、京大の職員。兄弟は男の3人。ぼくは長男。おばあちゃん子やった。
 幼稚園は、今は「国際学生の家」になっているところにあったキリスト教の「錦林幼稚園」。小学校は第四錦林小学校。今では 2クラスしかないけれど、なんと一クラス50人はいたと思うけど7クラスだよ。「芋の子を洗う」というけど、グランドなんかもうごちゃごちゃ。
吉田山が遊び場で、当時はいまほど樹が生えていなくてソリ遊びや基地を作って遊んだし、三角ベースというソフトボールで遊んだり。
 相撲は若乃花と栃錦の時代。プロ野球は、長嶋選手がデビューしたのはぼくが3年生の頃か?少年マガジンが発売されたのもその頃か。マンガも読み始めたし、ちょうどその頃、皇太子のご成婚ということでテレビが普及し始めた。それまでは近所の家にテレビを見に行ったよ。電話は呼び出し!まあまあ勉強はできた方かな。
 6年生の時の担任のゴジラというあだ名の山内光夫先生はみんなが大好きやった。大文字山などよく連れて行ってもらったなあ。野球盤でも遊んだのを覚えてるよ。暖房は石炭ストーブだったよ。
 給食はなんでも食べたけど脱脂粉乳は鼻をつまんで飲んでた。また鯨がよく出てたね。

 中学は家から走って1分。近衛中学校。なんと一学年17クラス。プレハブ教室。夏は暑い暑い。地歴部とかに入ってたかな?1963年、アメリカから初めてテレビ中継があるということでテレビを見ていたらケネディー大統領の暗殺事件。もう驚いた。まあまあ勉強したと思うけど、英語は嫌いやった。生徒会の役もしてたかな。じいさんが亡くなってから、おばあちゃんと一緒に暮らしたこともあった。あんまり中学の時の鮮明な記憶はないなあ。

Q で高校時代はどうでしたか

A 1964年、東京オリンピックの年、新幹線が開通した時か、鴨沂高校に入学する。この頃は地域制というので、公立高校は鴨沂に決まっていた。まあまあの成績だったら入れたし。
 鴨沂は自由の学風が伝統的にあって、制服はないし楽しかった。クラブは山岳部。北山に北山荘という三高時代からの山小屋があって、新入生歓迎コンパで酒を飲まされたよ!あれから飲みづづけてるね。生徒自治会活動も熱心にしたよ。3年の時の「仰げば尊し」という、山車をみんなで作って紫野グランドまで行進する3年のときの大イベント!もう最高やね!ガールフレンドもいたし、御所でよくデートもした。ほろ苦い思い出はたくさんあるよ。
 そうそう、ジュリー、沢田研二は同級生や。クラスは違ったけれど空手部やったか、また漢文のクラスかなにかで一緒になった。確か彼は修学旅行のあと退学して音楽の道に行った。

 それで、社会のこと。ちょうどベトナム戦争が激しくなってくるとき、アメリカの北爆もあり、南ベトナムの弾圧もひどかった。そのころかな、ベトナムに平和を!集会にも初めて行った。
 鴨沂高校の3年間は充実してたなあ。

 でも、受験勉強もほとんどしてないし、大学は受かるわけがなし。もちろん一浪(ひとなみ)。近畿予備校に通い、途中からは部屋にこもって猛勉強した。イントレピッド号から4人の脱走米兵が現れて、スエーデンに亡命したというニュースは印象に残ってるよ。

Q 一浪して大学に入ったのですね。「ベ平連」運動に参加されていたとか?

A、そして大学時代のこと。話せば長くなるよ。何せ大学を卒業するのに9年かかっているしね。
 4つほど受けた大学で同志社の文学部文化学科文化史西洋史専攻にかろうじて合格した。入学式ではヘルメットを被った学生が演説してたよ。まさにベトナム反戦、学園闘争の始まりの頃。
 山岳部に入ったが、トレーニングがきつくて、またロッククライミングの練習でよく落ちかけて、こらアカン。夏前に辞めた。入学して、2か月か、6・15、ヒッチハイクで同級生と東京に行って、作家の小田実さんがリーダーのベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)のデモに参加。銀座をデモしたよ。昂奮したね。それからはベ平連運動に邁進!
 8月には「反戦と変革のための国際会議」が国際会館であった。事務局として聖護院おおぎや旅館に住み込みや。
 京大、同志社、立命などバリケードストなどあり、百万遍で火炎瓶が投げられたり騒然とし始めた。

 デモばかりしていたなあ。そして反戦脱走米兵に出会う。我が家の近くに下宿をさせてぼくが世話役みたいなもの。銭湯にいったり飲みに行ったりもした。そのポールことダニエル・デニスは1969年、近衛広場で逮捕されて、3日間に渡って川端署前で抗議行動。彼は米軍に引き渡されて、軍法会議にかけられたんやろね。その後の彼の消息は知らないが、その後も数人の反戦米兵を行動を共にしたこともあったよ。
 20歳の時。わが人生の原点。
 またその夏、もちろん復帰前の沖縄にワークキャンプで行った。B52の爆撃機が飛び立つ嘉手納基地やコザの街は衝撃的だった。「思想の科学」という雑誌に「20歳・夏・沖縄紀行」と題して、原稿用紙に百枚ほど書いた。あの頃は、物書きになりたい夢を見てた。

 そして70年、大阪万博の年。キューバにサトウキビ刈りに行った。休学して3か月、50人ほどのメンバーで共同生活。世界からキューバ革命の応援に青年たちが集った。カストロ首相の演説は凄かった。

 帰国して、旅費を返すために大丸の配達のアルバイトもしたよ。
 
 71年かな、海兵隊基地がある岩国にも反戦活動で行くようになり、凧を揚げて戦闘機を止めようなどともした。
そして72年には反戦喫茶「ほびっと」開店。亡くなったけれど当時のマスター、中川六平君が書いた「戦争を止めた喫茶店ほびっと」(講談社刊)には、ぼくの名前が実名で出てくるよ。

 その「ほびっと」で出会ったのがカミサン。74年で結婚。

 学生結婚。一年間、上賀茂で住み込みで「楽」という喫茶店でやとわれマスター。そして75年から烏丸今出川の「駱駝館という喫茶店でもマスターをした。喫茶店の仕事をしながら大学に通うという生活。
 そしてようやく77年、9年目にして卒業。卒業論文は「プエルトリコ史」。カリブ海に浮かぶ島の話。アメリカの植民地だった。卒論を書き上げたころに長男が生まれた。で、新聞学科の大学院を受験したが、不合格。思えば、もし受かってたら人生変わってたかな?

Q、へえ?27歳で卒業ですか?波瀾万丈でしたね。それから選挙に出馬ですか?

A 卒業して、喫茶店の仕事も面白くなくなって、京都イングリッシュセンターという英会話学校でちょっと仕事をした。その時は。、京都の留学生にインタビューしたりアンケートをしたり、シンポジウムを開催したり、京都の国際化を考えるようになったよ。

 そして、他府県で、ベ平連の仲間が議員になり始めていたので、京都でぼくも出ようやないかと決意。
 
 生まれ育ったまちで平和を訴えよう、市政を市民の手にと、30歳の時、1979年春に市議選初挑戦!髭を生やしたままで、いやあ楽しい選挙でした。肩書は「市民運動家」。かっこええでしょ。
「ネコもネズミも怒ってる」という選挙ドキュメントの冊子もできた。ラジオの特別番組が流れたり、新聞にもたくさん書いてもらった。
落選後「月刊地域闘争」という雑誌の編集をしたりもして、4年後に、また挑戦。ちょっと内輪もめもありまた落選。それから4年近く中央市場で働き、また大丸の配達もしながら、社会党の推薦も得て、3度目の挑戦で初当選!
1987年昭和62年のこと。38歳でした。
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●8月26日(火)

 昼前から地元吉田界隈をポスター貼りなどでウロウロ。4時前、議員団室にてとある建築物の建て替えについて担当者と協議。

 夕方は、東九条の故郷の家に。韓国は崇實大学から名誉政治学博士号を授与された野中広務先生の祝賀会に京都市会日韓親善議員連盟の役員として出席。89歳になられた野中さんは、お元気です。戦前の反省を踏まえて日韓の親善と平和を今後も希求すると、熱い想いを語られました。党派を超えて政治家の大先輩とツーショットも。

 それから吉田神社参集殿で開催されていた吉田山の里山を再生する会の実行委員会。ロータリーの人や地元の各種団体の人、また京大の深町先生らも来られて熱い想いを語り、今後の日程など協議。

●8月25日(月)

 昨日の地蔵盆で雨に濡れて、なんとなく体がだるい。疲れがたまった月曜日。9時半には議員団室に行って、わが議員団の市会改革推進委員会のメンバーと簡単な打ち合わせ。

     <市会改革推進委員会 議会報告会開催を決定>

 そして10時より市会改革推進委員会。
 まずは、先日の宝塚、北九州市への視察を踏まえて、懸案の議会報告会について。この報告会の開催については、公明党とともに民主・都みらい議員団として、開催の方向でぼくはなんども粘り強く意見を述べてきて、開催に前向きな寺田委員長の仕切りのもとで、消極的だった自民も合意が得られ、会派の意見を述べる時間も必要だと主張する共産も賛成して、テーマは議会改革についてと、また各会派の意見を表明する機会を設けることという内容で、なんとか試行的に実施することで、まとまった!よかった!
議会報告会は10月28日(火)午後6時30分から京都駅前のメルパルク京都で開催することも確認。みなさん来てくださいね!
そのほか、市会事務局が作成した資料を基に、議会広報のありかたや、議会の機能強化、投票率の向上対策などについても協議。また浜松市と相模原市の議会基本条例が制定されたので、その説明も。

 午後は、なんとなく気怠くて、家に帰ってうたた寝。たまには休息を取らないとね。夕方から事務所に戻って雑務。

べ平連を語る、そして地蔵盆   8月20日ー24日

2014年08月25日 | 日記
●8月24日(日)

 朝からもうたいへん!まずは、我が家の前で下大路町東部の地蔵盆。事務所からイスを運んで飾り付け。ご住職の読経が始まる前に事務所に。

      <朝粥の会「鈴木マサホが疾風怒涛の青春時代、ベトナム反戦運動「ベ平連」そしてキューバを語る」

 9時からわが事務所で朝粥の会。緊急企画で、ぼくが喋ることに。
 ご近所の人やメールを見て来ていただいた人など15人ほどの参加者を前に「鈴木マサホが疾風怒涛の青春時代、ベトナム反戦運動 「ベ平連」、そしてキューバを語る」と題して1時間のわが青春のダイジェスト版。

 以下はそのレジメ
「 1965年 鴨沂高校2年、ベトナム戦争が激化、北爆。サイゴンで仏教徒の焼身自殺。ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)始まる。作家小田実代表、京都ベ平連 代表飯沼二郎  
67年 鴨沂高校卒業―浪人生活、イントレピッド号から4人の脱走米兵。  
68年同志社入学、山岳部に入部したが退部。ベ平連の定例デモに参加。6・15東京へ、銀座を初めてのデモ。8月 「反戦と変革のための国際会議」国際会館。事務局は聖護院おおぎや旅館。住み込む。ベトナム通信の発行
 京大、同志社、立命などバリケードスト 
脱走米兵援助 (JATEC)
69年5月 ポールことダニエル・デニス逮捕。川端署で抗議行動
   夏 沖縄に。
70年 キューバにサトウキビ刈り。大丸で配達
71年 岩国で反戦凧揚げ、
72年 岩国に反戦喫茶「ほびっと」開店。「ほびっと友の会通信」
74年 結婚、ベトナム戦争終結、「京都ベ平連」解散!
75年 喫茶「駱駝館」
79年 市議選初挑戦!30歳、87年3回目で初当選  
81年―96年 「核と戦争はごめんだ!定例デモ」
2012年  ベトナム訪問 フエ市で歴史都市会議
◎ピース☆スタイル
10月21日(火)~12月14日(日)
立命館大学国際平和ミュージアムにてベ平連の資料などが展示。 
<キューバ>
 1959年キューバ革命 カストロ政権
 62年 キューバ危機
 67年 チェ・ゲバラ 死去
<ゲバラ>
1928年アルゼンチン生まれ
映画1969年 『ゲバラ!』(主演:オマー・シャリフ)
2004年 『モーターサイクル・ダイアリーズ』
2008年 『チェ 28歳の革命 / 39歳 別れの手紙』

 午後になって無情の雨。我が家の前のテントをたたみ、お地蔵さんをもとに戻してから我が家のガレージにブルーシートを張って、ビンゴゲーム。子供たちは雨にもメゲズに大はしゃぎ。ご近所の方に喜んでもらえてよかった。当方はもうびしょびしょ。世話人で打ち上げも。

 夜は、熊野神社の向かいのビルのエル・ラティーノに。わが町内在住でFB友達の末松よしみつさんと広島からの「しーなとシュウ」さんの「真夏の夜の音人の夢」のライブ。ラムを飲みながら、ひととき。末松さんは還暦なので赤系のシャツとズボン。元気でっせ!

 ライブを最後まで聞きたかったが、吉田東通の夜市の実行委員会のことを忘れてた!2部の「しーなとシュウ」さんの2曲ほど聞いて、「屯風」に!ビラも出来上がってました。されど一日、2週続きの地蔵盆と雨に濡れたこともあってもう疲れたなあ。

●8月23日(土)

 10時頃からポスター貼り。松ヶ崎では知人の家の前がこの前の大雨で土砂が流れてたいへんだった話。また吉田では、旅行から帰ってきたら半地下の駐車場と部屋が浸水していてびっくり、との話を伺う。16日の1時間80ミリの大雨はいろんなところで被害があったのですね。

 昼飯は、今日はラーメンだけ!530円! 吉田は荒神橋東の「十番」。ぼくの小学校時代からあった店。同級生の原田ツーちゃんの親父が創業。今は彼の兄貴が店主。なつかしい味です。ポスターも貼りました。

      <民主党オープンカレッジ>

 午後は、民主党京都オープンカレッジの一回目。山本ひろふみ議員に呼び出されて、枯れ木も山の賑わい、で参加。慶応大の名誉教授、小林節さんの「日本国憲法について考えるー集団的自衛権解禁論議の本質」と題して、歯に衣着せぬ、ズバズバとアベちゃんのやり方を批判。海江田さんと同級生でぼくと同い年かな。おもろいおっさんやった。ひろふみ君、ご苦労様でした!

 夕方は、我が家の前で吉田下大路町東部の地蔵盆。テントを立てたものの雨がパラツキ雲行きも怪しくてお地蔵さんをブルーシートで囲って、飾りつけは明日の朝にすることに。懇親会も延期。隣の西部町内会では片づけも終わり子供たちは花火大会。ビールで直会中のおっさん連中と缶ビールで一献。お疲れさんでしたね!

●8月22日(金)

      <花背、広河原へ>

 今日はポスター貼りを兼ねて、この前の大雨の被害状況を見に花背峠を越えて広河原まで。峠の手前、昨年の台風18号で路肩が崩れていたところは完全復旧。請願が審議されているトンネルの実現の立て看板。別所では知人を訪問。イノシシが荒らした畑では、住民の人と有害鳥獣対策の話。
 「山村都市交流の森」に入る橋のところが通行止め。急ピッチで復旧工事中。午後3時には通行止めも解除。関係者のみなさんご苦労様です。京都バスが走るのは週明けになりそうですが、23日の広河原での松上げには車で行けますよ!
 広河原に入ると小さな谷から流れ出た土砂が堆積しているところや去年の台風で路肩が崩壊したところが、またこの雨で崩壊。左京土木事務所の職員も現地に入って対策をしています。
 元堰源小学校近くのバイパス道路ができたので今は廃道になっているところの惨状。土石流は恐ろしい! ところどころで住民のみなさんとお話をしながらポスターも貼りましたよ!
前原議員のファンが多い地域です。そして左京最北の喫茶店「庄兵衛」で一服。久多まで行きたかったが、雨模様になりかけてまたの機会にします。ごっご6時前、無事に事務所に戻る。

 夜、事務所にて左京ライフに掲載すべく、インタビュー形式の質問への原稿を書き始める。

●8月21日(木)

 久しぶりに浄土寺の吉田デンタルクリニックへ。歯石を取ってもらい、出来上がったポスターは貼らしてもらう。感謝です。

       <小学生の卓球チャンピオン。市長表敬訪問>

 その後、市役所へ。京都市会でスポーツを所管する「くらし環境委員会」委員長として公務で市長応接室に参上。
午前中は、全農杯 平成26年度全日本卓球選手権大会バンビの部男子シングルスにおいて,優勝を果たした竹田小学校1年生、松島輝空選手が京都市役所を表敬訪問。御両親も卓球選手。その栄誉を称え,「京都市スポーツ大賞」が授与された。ハニカミながら挨拶。毎日の練習もスゴイ。東京の次のオリンピック選手です。

 昼ごはんは、東山二条イオン東側のタコ焼きとお好み焼きの「親指小指」。いつもの焼きそば定食。看板娘の中尾雅美ちゃんはジャズシンガーですよ!

 午後は、ポスターを貼りがてら地元をウロウロ。東山仁王門を西に行ったところの衣料品の店「ファミールしばた」さんを訪ねると「閉店セール」のポスター。創業70年とか。仁王門通もさみしくなります。全品2割引き!靴と綿パンなど購入。今がお買い得です!ぜひ行ってください!

 そして、銀閣寺交差点を西に行ったところで、火災現場に出くわしました。内装工事をしているときに出火したとか。
 
       <女子野球選手、市長表敬訪問>

 午後5時には再び市役所の市長応接室に、宮崎でこの9月に開催される第6回IBAF女子野球ワールドカップ大会に日本代表チームに選出された女子プロ野球チーム「フローラ」所属中村茜選手,三浦伊織選手,矢野みなみ選手が市長表敬訪問。国際野球連盟(IBAF)主催大会で,2004年以来2年に一度開催されている女子野球世界一を決める大会。日本代表は現在大会3連覇中。水島新司のマンガに登場した女性ピッチャー、水原勇気のことを喋ったが、選手たちは知りませんねえ、とつれない返事。そら世代が違うわな。
 なお10月10日わかさスタジアムで開催される女子プロ野球リーグ ヴィクトリアシリーズ西地区最終節「フローラ」対「ディオーネ」戦に市民100組200名が無料招待されます。ぜひ応援に行って下さいね。申込み期間は9月30日まで。問い合わせは文化市民局市民スポーツ振興室 電話 075-366-0168。

●8月20日(水)

      <広島で土砂災害、多くの犠牲者>

 朝のテレビニュースでは、広島で土砂災害により多くの犠牲者が出た模様。そのすさまじい光景に言葉がない。被災された方々にお見舞いを申し上げ、犠牲になり亡くなった方々のご冥福を心よりお祈りいたします。
 左京は山間部も多く京都府の土砂災害警戒区域に指定されているところも多く、市街地でも比叡山や大文字、東山など山麓と接したところに宅地造成された危険個所もあり、色々と心配だ。

 午前中、吉田神社へ。社務所の建て替えについて相談ごと。
 耐震制度の見直しなど建築基準法が改正されているので、色々な課題をクリアしないといけないのかな。

      <川端署で道路使用許可を申請> 

 午後、川端署に。わが宣伝カーの道路使用許可証の手続きに。手数料1400円なので証紙を買い、免許証と車検証、そして看板を載せた車の写真と車高や看板の大きさを記入した書類を添付。いちおう手続きを踏んで許可をもらっておかないといけないのですよ。

 事務所の来客とは、民主党の行方など四方山話。
 そしてこの間、なんやかんやで慌ただしくできなかった名簿の整理。議員の命は名簿!ところがどっこい、エクセルの操作ミスが以前にあったのか、えらいチョンボを発見。頭を抱える。

近畿ブロック研修会とくらし環境委員会  8月17日ー19日

2014年08月21日 | 日記
▲第48回「朝粥の会」緊急企画 
  「鈴木マサホが疾風怒涛の青春時代、
      ベトナム反戦運動 「ベ平連」、そしてキューバを語る」

  8月24日(日)午前9時―10時30分
  カルチャーガーデン「吉田之森」
  (鈴木マサホ事務所一階・東山近衛東入るファミリーマート北50m 761-5537)
  参加費  300円(朝粥代)
 準備の都合上8月25日までにメール、電話でご連絡ください。

 戦後69年。そしてベトナム戦争が終わって40年。
 鈴木マサホは青春時代、「ベ平連」(「ベトナムに平和を!市民連合」)で、
 仲間とともに反戦平和運動に邁進していました。
 毎月の定例デモに参加したり、
 わが地元吉田でポールという反戦脱走米兵と生活
 岩国の反戦喫茶「ほびっと」の応援、
 チェ・ゲバラに憧れてサトウキビを刈りにキューバに行ったり。
 疾風怒濤の青春時代。鈴木マサホが原点を振り返ります。
 ベトナム戦争を知らない若い世代のみなさんもぜひお気軽にお越しくださいね。




●8月19日(火)

     <くらし環境委員会>

 毎月第2週の火曜日は「くらし環境委員会」。委員長として進行役。
 まずは、 文化市民局から「市立浴場指定管理者公募要件の変更」について報告。浴場財団が解散するので、受け継ぐ指定管理者が、現在の勤めている職員の処遇を巡っての議論。
 また「京都をつなぐ無形文化遺産」、「京の地蔵盆ー地域と世代をつなぐまちの伝統行事」を選定するための市民意見の募集」について報告。京の食文化、京・花街の文化に続く第3号。アンケート調査によれば、市内の8割の町内会が地蔵盆を開催していると推定。委員長としては異例だが、わが中大路町と下大路町では5町内で行われていて100%です、とコメントしておく。なお意見募集は8月29日から9月28日まで受け付けています。大いに声を寄せてください。
 一般質問はベネッセの情報流出のこと、京北への災害ボランティア派遣ことなど3人が質疑。
 
 昼から、環境政策局。環境政策局では「2014年イクレイ東アジア地域理事会関連事業「京都国際環境シンポジウム」の開催」について報告。イクレイとは、持続可能性を目指す自治体協議会。この11月5日に国際会館で国際環境シンポジウムが開催される。楽しみですな。
 一般質問は、ごみ収集車の事故のことなど4人。3時に終わりました。
 質疑の後、正副委員長会議をして今後の運営について協議して散会。次回の委員会は9月9日です。


 議員団室への来客はとある人を通じて、京都市へ寄付された祇園近くの町家の活用について、同志社の総合政策科学研究科の社会人のゼミ生がその活用について、外国人観光客をおもてなしする場所として、色々とプランを練られていて、お話を伺う。資金調達など課題はあるけれど、東京資本による料理店などできるよりずっとおもしろいと思うよ。がんばってプレゼンやってくださいね。

 この間、他都市調査や大文字や地蔵盆でウロウロしていたし、暑さもぶり返してちょっとバテ気味。早々に帰宅。

●8月18日(月)

 福知山では大雨で広範囲にわたって浸水。被害を被られた皆さん方にお見舞い申し上げます。

 朝、三条大橋で民主党2区総支部の前原総支部長、隠塚、島内議員、前市会議員藤川剛、岸本アキラ山科府会候補と1時間半の街頭演説。朝日がまぶしい。濁流渦巻いていた鴨川も落ち着きました。

 午後は、大津は琵琶湖ホテルで民主党近畿ブロック自治体議員ファーラムの研修会。不肖、ぼくが代表世話人。挨拶をして、嘉田由紀子前知事が「これからの地方自治のあり方ー知事8年の経験から」と題して、若かりし頃、学者から政治家へ転身された理由、8年間の成果、そして「チームしが」として三日月大造前衆議院議員の勝利まで、ちょっとした裏話を交えて熱い講演。
 そしてかつてせっけん運動から環境生協を立ち上げられ、今は菜の花プロジェクトや福島支援に頑張っておられる藤井洵子さんの講演、さらに民主党エネルギー総合調査会の直島正行議員の民主党のエネルギー政策についての3本の講演。そして交流会には、時の人、三日月大造知事が登場!盛り上がりましたよ!散会後、京都からの参加者と兵庫県は川西市選出の越田県議らも交えて2次会。例の号泣議員が以前川西市役所に勤めていたこともあり、裏話なども。京津線にて帰宅。京都市役所と浜大津間は、20分ほど。近いなあ。


●8月17日(日)

      <地蔵盆>

 今日は、僕が生まれ育ち事務所のある吉田中大路町西部の地蔵盆。5年ほど前からわが事務所一階を地蔵盆に使ってもらっています。
 近衛広場は稲田さん宅にある地蔵さん(実は石のお地蔵さんはないのです)を事務所に運ぶ作業から。今年は雨が降りそうなのでテントはなし。ご近所の今年の当番の人たちが、わが事務所一階のカルチャーガーデン吉田の森に提灯などの飾り付け。
 9時半には、庵主さんに来ていただきお経をあげていただいて子供たちの成長を願い家内安全をご近所のみなさんと祈願。その後、輪投げやビンゴゲーム、かき氷など子供たちでにぎわいました。雨に降られることもなく冷房の効いた部屋で子どもたちも大喜び。お世話されたみなさん、お疲れ様でした。来週は自宅のある吉田下大路町東部の地蔵盆です。

 この京都特有の夏の終わりの風物詩の地蔵盆。地域の繋がり、絆の基です。現在、京都市では地蔵盆を,市民ぐるみで次の世代に引き継いでいこうという気運の醸成を図るため,“京都をつなぐ無形文化遺産”として選定しようとしている。京都のまちにおいて,「地蔵盆」は,地蔵菩薩信仰といった宗教的な性格を持つと同時に,町内安全や子どもの健全育成を願う行事として行われてきたもので,地域コミュニティの活性化に重要な役割を担ってきて、昨年のアンケートでは、お地蔵さんのある自治会・町内会は71.4%、平成25年度に地蔵盆を行った自治会・町内会は78.8%だったことが分かったそうです。23日24日には各所で開催されますよ!


 午後6時、京都駅近くの葬祭場に。小倉一良さんのお通夜に。彼は北岡ちはる府会議員の後援会の幹事長で未来不動産工房の代表。青年会議所やロータリークラブの仲間の方が大勢、ご焼香に来られて
いました。まだ50代前半。心より哀悼の意を表します。無念ですね。
 

お盆、大雨そして大文字の送り火  8月14日ー16日

2014年08月18日 | 日記


●8月16日(土)

     <京都市内1時間80ミリを超える大雨>

 大文字の送り火の日。
 昨夜来の雨が気になって昼前、ウロウロしていたら12時頃か、猛烈な雨。バケツをひっくり返したような、という形容詞が使われるが、ほんま凄かった!雷も轟いたので丸太町の川端でしばし待機。そしてしばらくして荒神橋のところに行くと濁流が渦巻いている。スッポンかカメが打ち上げられていた。
 そして三条大橋は、先斗町の歌舞練場前ですごい濁流。一時間に80ミリを超える雨量だとか。御所の南、裁判所近くでは道路も浸水したらしい。午後9時現在の京都市の発表によると市内で床上浸水25戸、床下浸水77戸。道路冠水11か所という。みなさんのところは大丈夫でしたか?





     <大文字山に>

 午後2時前になって雨も上がったので、大文字山に。銀閣寺前を2時半ごろ火床に向けて出発。ボーイスカウトのみなさんは警報が出ていて子供たちは登るのを中止。雨に濡れながらおよそ30分。
 火床に着くとガスで煙っている。前原議員、隠塚、北岡そして桜井議員が先着。いつもなら火床に薪を配る作業を手伝うのだが、雨の合間を縫って東山高校の生徒たちやボランティアのみなさんが手際よく作業を終えられていた。去年は火床で送り火を見たが、保存会のみなさんが雨に打たれながら登って行かれるのに敬意を表しながら下山。
 保存会のみなさんの尽力に頭が下がる。ほんまにご苦労様です。スマホが雨に濡れて調子がおかしくなりました!


 夕方、事務所には来客。神職の青年。ぼくも親しい吉田神社の神職の後輩とかで、色々と話が弾む。

 夜、わが事務所で大文字観賞会。午後8時、近くの近衛中学校前で近所の人たちと東の空を見ていると、雨に濡れて火の勢いは例年に比べてありませんでしたが、大の字が輝きました!保存会のみなさん、そして消防団のみなさん、お疲れ様でした。今年亡くなった友人たちを偲びながら、夜空を見上げていたのです。


●8月15日(金)

    <終戦記念日>


今日は終戦記念日。戦後69年目。不戦を誓う日。終戦の年に生まれた人が来年70歳になる。戦争体験者が、少なくなってくる。悲惨な戦争を知らない世代が、特に政治家たちが戦争を肯定するような発言をすることを危惧する。傲慢な安倍政権の行方が心配だ。

 朝、近衛広場で久しぶりの公園体操。お盆で参加者は日頃よりちょっと少ないけれど、リーダーの中川さんら元気です。

 それから毎月15日は、百万遍の手づくり市。もう27年かな。弘法さんや天神さんの市と肩を並べる市になりました。主宰者の臼井さんはぼくの鴨沂の山岳部の先輩。ぶらぶらいると久しぶりに会う友人もいて楽しい時間。

 午後、ポスターを貼る板の上下に貼る広報版のシールが出来たので応援に来てくれている友人が黙々とポスター作り。来週から貼りまくろう!

 夕方、「ホテル平安の森」のスタッフ、山本暢夫さんのお通夜。ホテルサンフラワーの時代から、なんやかんやお世話になっていた。厳つい顔だけれど、心優しい人。昨年見舞いに行ったが、急に旅立ってしまった。式場には、彼の好きだった歌が流されていた。享年50歳かな。心よりご冥福をお祈りいたします。

 テレビのバラエティー番組で女優の高島礼子さんが、先日ぼくも訪ねた稚内港から船でサハリンに向かい、戦後も留まった女性を訪ねる番組は秀逸だった。

●8月14日(木)

 蒸し暑い。朝10時前、我が家から徒歩5分。我が家近くの神楽坂を上がったところにある公安院さんに鈴木家の先祖の明治以前の墓がある。亡くなったばあさん曰く、藤原時代からだとか。ぼくも歳を数えて最近、墓参りするようになったのです。ご先祖さんに感謝。

 そして徒歩2分。神楽坂に面しているわが町内にある吉田神葬墓地に。明治、大正時代に共有墓地として設立されたと聞く。今はぼくも役員をしている大元講社が管理している。亡き増次郎じいさんやつねばあさんの鈴木家の墓石など5つの墓石を洗い榊を供えて線香をおく。近くには日和さんのお墓もあり煙草を供える。京都の街を一望、東には大文字が見える。ぼくもいづれここに納骨されるのです。

      <藤本敏夫さん 13回忌>

 午後は、南座前のロシア料理店「キエフ」に。亡き加藤幸四郎さんの23回忌と加藤登紀子さんのご主人、藤本敏夫さんの13回忌。ぼくは学生時代からキエフによく行っていた。加藤家のみなさんとゆかりのある人たちが集まる。
 同志社の鶴見俊輔ゼミの卒業生ら先輩らが思い出話。リラ亭やキューバにいった時のことや「土と水の会」のコンサートのことなど藤本敏夫さんとの縁を思い出す。登紀子さんも元気です。娘の八重さんも鴨川王国で頑張っているとのこと。いい集まりでした。ちょっと酔っぱらって家でうたた寝。
 久しぶりに娘らと晩飯して、もう早寝。

市会改革推進委員会の他都市調査     8月11日ー13日

2014年08月17日 | 日記
●8月13日(水)

 昼前、無事に京都着。この一カ月、民主党政令指定都市研修会で札幌と小樽に。それから自治体議員局の会議で東京一泊。京都自治体議員ネットワークの研修会で京北と美山に。それからくらし環境委員会の他都市調査で札幌と稚内へ、とアチコチ行ってバテ気味。この市会改革推進委員会の他都市調査で打ち止めだ!

 午後、コムペイジの牧野君来所。地域コミュニティサイト「左京ライフ」の打ち合わせ。

<初期被ばくをいかに防護できるか。山田國廣さんと>

 夕方、京都精華大学の山田國廣さんと懇談。山田さんとは、30年余前、ぼくが「月刊地域闘争」の編集をしていた頃からの知り合い。水問題を研究、市民活動も色々とされてきて「ゴルフ場亡国論」などの著書もある。先日は、落ち葉プロジェクトのことで話をしたところ。

 今日は、別の話題。原発事故のとき、初期内部被ばく徹底検証から「避難計画」を見直す!初期被ばくをいかに防護できるか、という論文を手に、3・11東日本大震災後、福島原発の事故後、福島に入り、テレビに流されてこともある、ボランティアで除染活動などに従事。その後も何度も福島や飯館村を訪問。放射能の植物への影響などの調査を継続中。それらの現地での調査などを踏まえて、避難計画をどう作るべきか、「逃げる前、途中、後に放射能が降ってくる!自助、共助、公助による待機、防護の方法」と提案。
 京都市の防災計画についても論議。何しろ30キロ圏内に左京区の広河原は入っているので他人事ではないのだ。およそ2時間近く、色々と意見を伺う。秋には、当時官房副長官だった福山参議院議員とのシンポジウムの開催を計画したい!

 夜は、なんとなくお盆気分。ゆっくりする。

●8月12日(火)

     <北九州市議会の取り組み>

 朝、駅のホテルから北九州市議会のバスにて立派な議会棟に。
 9時30分より北九州市議会で議会改革の取り組み、特に議会報告会や議会改革協議会の取り組みについて担当の議員からそれぞれ報告を受けて意見交換。
 議員自らビラを配って報告会の案内をしているとか。課題はあるものの試行的であれ、京都でも議会報告会を10月に開催する方向で検討中。議員定数の在り方でも意見交換。会議室の後ろには小倉城が見えます。
北九州市議会では、23年11月より議会報告会を、決算議会と予算議会終了後、年に2回、3会場で行われ、これまで15会場で開催されてきた。当初は200名を超える参加者があったが、最近では参加者も減り、見直しも行われているようだ。個人や会派の意見は述べないというルールもあるとか。

 また議会改革協議会では、議員定数、行政区再編の是非等、議員報酬、政務活動費、選挙公報、常任委員会のあり方について協議を行い、現在61名の議員定数については、常任委員会の数や、委員会構成に必要な委員の数などについて議論が行われている。なかなか積極果敢に議員提案の条例制定等、活発な取り組みを進めているね。
 意見交換の後は本会議場を見学し、民主党の議員が属しているハートフル北九州議員団の部屋を訪問。庭も綺麗で広々としてええなあ!

      <加藤裕史を偲ぶ>

 昼過ぎ、小倉駅で委員会のメンバーと別れて、新幹線で広島へ。そこから2両編成のディゼルカーの芸備線の乗り換えて1時間半、安芸高田市は、向原駅で下車。奥さんが迎えに来ていただきこの5月に亡くなった加藤裕史宅を弔問に。
 彼は、ぼくが社会党推薦で初当選したときの参謀。自治労清掃支部を立ち上げて書記長として活躍。その後、産業観光局職員として東山花灯路の開催に尽力。退職後、故郷に帰り陶芸などしながら悠々自適の暮らしをしていたと聞く。
 初盆ということでご近所の人も来られていて、しばし彼の故郷での生活ぶりなどを伺う。ぼくは、一昨年夏に広島駅で一献交わしたのが最後の別れだった。その後、闘病の甲斐なくこの5月に旅立った。享年67歳。心よりご冥福をお祈りいたします。

 そして芸備線で広島に戻る。ウロウロして、ちょっと遅くなったので、広島駅前のビジネスホテルで宿泊。

●8月11日(月)

     <市会改革推進委員会他都市調査で宝塚市議会へ>

 今日から市会改革推進委員会の他都市調査。 今日は朝の8時半に京都駅に集合。新快速で尼崎から宝塚線で兵庫県は宝塚市へ。20年ぶりかな。委員16人、市会事務局3名の大部隊。
 
 宝塚市議会は平成23年4月から議会基本条例を制定して、議会報告会や意見交換会の開催、政策研究会の設置、議員間の自由討議の実施執行機関に対する反問権の付与、本会議のネット中継などが実施されている。議会報告会や政策研究会及び市民との意見交換会の取り組みについて議員から話を伺い質疑。資料作りなど準備もたいへんそうだが、学ぶべき点も大いにあり有意義でした。議場も見学。対面式の質問台もあり、京都市役所が再整備された時には、議場をどうするか、これからが課題ですね。
 今年宝塚市は、宝塚歌劇100周年記念、宝塚市制60周年、手塚治虫記念館20周年のトリプル周年事業で盛り上げているところ。なつかしい鉄腕アトムとブラックジャックが迎えてくれた手塚治虫記念館も見学。なつかしいね。おしゃれな街のたたずまいでした。
 昼食の後、阪急、地下鉄を乗り継いで新神戸駅から小倉へ。みんなで夕食の後、〆は餃子と皿うどん。また太りそう!

市政懇談会を開催 そして台風接近!8月7日ー10日

2014年08月15日 | 日記
●8月10日(日)

    <台風11号、接近>

 台風接近!大雨警報、暴風警報など発令中。10時ごろ、風雨強まる鴨川は荒神橋や出町柳の状況を見に。まだまだこれからが心配だ。市役所からのメールでは、この時間で市内では倒木13本、停電88戸とのこと、過ぎ去るまで外出など控えましょう!このままであればいいのですが、とフェイスブックに流したら、ところが、昼過ぎになって猛烈な風と雨。こらヤバいなと思いながら事務所にて黙々と雑務。
 およそ3時間ほどかな、ようやく風もおさまったので、また鴨川に。丸太町橋から出町まで。濁流が渦巻いている。下流は、大丈夫かな?鴨が岸辺に避難?昨年の18号の悪夢を思い出すが、台風も日本海に抜けたとかで、ひとまず峠を越えたかな。

 そして、台風一過、夕方、大津の琵琶湖ホールに。大津に住んでいる、かつての共同保育所「門前小僧」で愚息と一緒に育った森ちゃん家族を招待。久しぶりの再会でした!京都バレエシアターの日本とウクライナの若きアーテイスト達ー「海賊」の公演を鑑賞に。これぞ芸術!ウクライナの民族舞踊ゴバックがフィナーレ。素晴らしい舞台でした。主宰者の凛とした高尾美智子さんと藤田副市長も挨拶。ロームシアター京都の時のこけら落しにぜひ上演してくださいね!

 帰途、友人の中学校のM先生を三条まで送り会食。学校現場のこと、子どもたちのことなど、話は尽きず。研修会、がんばってね。

●8月9日(土)

    <民主党府連、選挙対策委員会>

 昨夜の市政懇談会も多くの方にご参加いただき、ほっと一息。ちょっとゆったりした気分。台風11号、接近中。昨夜降っていた雨も上がった。午後、前原事務所の斎藤君と諸般のことで打ち合わせ。
 
 午後は、民主党府連で福山参議院議員が委員長の下、選挙対策委員会。来年の統一自治体選挙に向けての候補者擁立の状況について、各総支部の幹事長から報告。舞鶴など北部の各都市の市議、府議候補の擁立はなかなか難しそう。山井議員が総支部長の6区は、宇治と八幡、木津川の府会候補が確定。各市町村議員の現職や予定候補も名前が挙がってきていているし、京都市内1区は、公募してきた候補者もいて、それぞれの擁立に向けて最後の詰めが行われている様子。同世代で勇退する議員も何人かいるようで、ちょっとさみしくなるね。
 また来春の選挙に向けてのポスター制作についても意見交換。前を向いてがんばろう!

 帰途、鴨川河川敷を散歩がてら家まで30分ほど。鴨川も増水してきているが、まだまだ大丈夫かな。これからが心配。空を見ると台風で雲が低空に垂れ込めて、いつもは東に流れる雲も台風なので西に流れている。これから台風が来るということで万全の対策を!

 ところで、過日とあるところで買ったサマージャンボ宝くじ。10枚買ったら5等が当たった!初めてかな?5等とはいえ、うれしいね!

●8月8日(金)

 台風接近で蒸し暑い朝、松ヶ崎へ朝の街頭演説に行きましたがな。
 街頭に立っていると何年ぶりかで会う友人に会ったり、近くの左京総合庁舎に通勤する自治労の組合員から声をかけてもらったりで元気が出るよ。 今日も元気にがんばろ!

 昼前、民主党府連で過日実施した自治体議員ネットワークの会計処理をしたり、18日に大津市で開催される近畿ブロック研修会の打ち合わせをしたり。

 昼飯は、久しぶりに府立大学前のラーメン店「いいちょ」へ。マスターは鴨沂高校の後輩だとか。開店して15年程かな。
開店当初からちょくちょく行っている。幻の焼き飯も食べて、お腹一杯!ちょっとダイエットしているのに、こら食べ過ぎた!美味かった!

     <鈴木マサホ市政懇談会INアピカルイン> 

 午後は、アピカルイン京都で「鈴木マサホ市政懇談会」のためにパワーポイント仕上げたりの準備。夕方台風接近で雨が本降りになってきた。こらアカン。参加者も30人程かなとレジメを準備。

 ところがどっこい、開会の7時半には準備していた椅子が足らずに急遽並べて、またレジメもコピーするなど慌てました。台風接近で雨の降る中、地元松ヶ崎や山端の人や前原後援会のみなさん、また葉書でお知らせしたのでそれを見て来ていただいた方など60人ほどの予想以上の多くの方にご参加いただきました。大入り満員。感謝です。
 近くに住んでいる経糸の会の杉村伸爾さんの名司会。まずはぼくから島内研府会議員を紹介して、彼の府会議員としても活動報告。
 そしてぼくがスライドを見せながら、例えば本会議場で代表質問をしている写真では、その質問内容を説明、また議会報告会の写真では市会改革の取り組み、くらし環境委員会の写真では、環境政策やスポーツ、区政振興のことなど自在に話す。
 会場からは、琵琶湖疏水の大津からの通船のことや岡崎活性化、また子育て施策のことなどで質問などあり、最後に経験と実績をもとに、左京区と京都のために8期目目指してがんばります!と決意を述べて閉会。
 スタッフのみなさん、雨の中、ご参加いただいたみなさん、ほんまにおおきに!







●8月7日(木)

 北海道も思っていたより暑かったけれど京都の暑さとは比べ物にならない。京都は暑いなあ。視察明けでバテ気味。
 朝の街頭はお休み。事務所にてメールの返事を出したりでファックスで送られてきた資料を見たり、他都市調査の資料を整理したり。
 
       <落ち葉プロジェクト>

 昼前、京大時計台の下のレストランで白河総合支援学校で生徒たちの農業指導をしている胡麻のアグロスの橋本昭さんと精華大学名誉教授の山田國廣さんらと、落ち葉プロジェクトについて相談ごと。
 京都の社寺などから落ち葉を集めて、支援学校の生徒たちとキノコを生育させようという試み。すでに試行的に実施ているが、それを市内に広げたいという。環境と福祉を結ぶ試み。応援したいね。
 橋本さんは、昔、紫明通の辺りで「岩作」だったか、飲み屋の店主でよく行ったし、民主党の事業仕分けの仕分け人でもあった。人生には色々な縁があるねえ。

 夕方、西村兄弟印刷所にお願いしていたポスターが納品。オレンジかブルーかでフェイスブックで投票してもらったが、結論はオ白地をバックに名前がオレンジ色。気に入っています。左京のみなさん、ぜひ貼らしてくださいね。  

       <旧左京区役所駐車場跡地のこと> 

 ところで、左京区役所が吉田から松ヶ崎に移転したが、駐車場に使われていた敷地が有効利用を図るべく売却され一般競争入札を実施されることになった。宅地開発など単に民間業者に売却することなく公共的な団体に活用してもらうように進言をしてきたが、8月6日に、保育所整備を条件として一般競争入札が実施されることが発表された。
 周辺の吉田学区民の色々な意見が出てくるだろうが、ぼくは総論賛成、悩みどころは、直ぐ近くに保育園が三園あること。
 夕方、早速、左京保育園園長会の役員のみなさんと懇談。経過などを説明。それぞれの思いをお持ちなのはよくわかるが、子育てを応援するために、待機児童をなくすという大局的な見地に立って、左京だけのことではなくて、京大や京大病院もあり、周辺行政区の子どもたちの保育を保障するために、理解をすることも必要かな、既存の保育園と共存共栄できて、吉田が子育てのメッカになればいいと、前向きに考えよう。
 もちろん、地域との交流やときには地域住民の会議などにも使える場所になるように、これから保育園を運営するであろう法人と話はしないかんやろね。9月19日が入札の日。さてどこが応募してくるか、見守りたい。

 夜は、明日のアピカルインでの鈴木マサホ市政懇談会第2弾の準備でレジメを書き、パワーポイントで、本会議や地域での活動の写真を貼りつける作業など。相変わらず泥縄式や。

8月です。くらし環境委員会他都市調査    8月1日ー7日

2014年08月09日 | 日記
●8月6日(水)

 ヒロシマから69年。テレビで式典を見ながら黙祷。当時、学徒動員で広島に行っていて被爆した父は、95歳になって今も元気。被爆2世のぼくは、頭髪はだいぶ無くなったが、65歳までよくぞ生きて来られた。核兵器廃絶、反戦の志を改めて決意。
 しばし時間があったので最北の稚内駅や海岸を散歩。

    <稚内の「次世代エネルギーパーク」>

 10時前、稚内市役所に。市議会事務局長に挨拶いただいたのち、環境エネルギー課長から「次世代エネルギーパーク」について概要の説明を受けて質疑。
 日本最北端の地から次世代エネルギーの学習・体験ができる最先端都市として、その魅力を国内外へ情報発信することを目的とし、平成23年に認定されている。メガソーラー発電所、風力発電で市内の電力の8割を賄い、今後は送電網の確立が大きな課題。雪のエネルギーの利用などもしようとしているという。多くの議会も視察に訪れているようで、議会事務局は大忙し。日本の最先端から「環境都市わっかない」を世界に発信というその心意気を期待したい。みなさん、お世話になりました。

 12時前の飛行機で千歳空港に。少し待ち時間があって74人乗りの小さなジェット機で伊丹に無事に帰着。台風の影響で日本列島を雲が覆う。巨大な積乱雲もみるが、地球の神秘さを知る。

 京都についたのは午後5時半。委員長として委員の皆さんらに解散の挨拶。心配していた天候にも恵まれて有意義な調査であったと思う。市会事務局の担当者に感謝です!

    < 「今枝徳ちゃんと乾杯」>

 家に直帰することなく、タワーホテルでの「今枝徳ちゃんと乾杯」に。今年も4夜連続のパーティ。中央市場出身で8期32年の市会議員で大先輩。来年4月の選挙には出馬せず勇退される。お疲れさんでした!
 会場内には組合や中央市場関係者や今枝ファンが多く来場、いつもながら盛り上がっていました。会場内の知人らに挨拶回りして、帰りは同席した組合の役員さんが車で来ていたので、送ってもらう!ラッキーでした。ありがとう。

●8月5日(火)

 朝のニュースでは高知などで水害のニュース。北海道でも列車が運休とか。飛行機は飛ぶのだろうかと心配したが、千歳空港から稚内までは小さなプロペラジェット機。およそ1時間、雲の中の飛行。よく揺れました!

      

 続いて、「稚内メガソーラー発電所」を見学。産業技術総合開発機構(NEDO)が、「大規模電力供給用太陽光発電系統安定化等実証研究」の実証研究施設として稚内に整備、5年後の平成23年から稚内市が無償譲渡を受けて維持管理を行なっている・経済産業省から認定を受けた「稚内次世代エネルギーパーク構想」の中心施設。稚内の新エネルギーのシンボル。議会事務局の中丸君が、見事な解説!役者です!いろいろとお世話になりました。


 そして3番目の視察は、バイオマスエネルギーセンター。稚内ではごみ焼却場、クリーンセンターはないのです。近年になって資源物など分別がされていますが、すべて広大な土地があるので埋め立てられてきました。で、平成24年に生ゴミや下水処理で発生する汚泥を微生物の発酵でバイオマス、メタンガスを回収し活用する施設をPFI方式によって建設。今のところ計画より少ない処理量で今後の課題は大きいようですが、電力も生み、残渣を肥料として市民に配布されているようです。いささか驚いたのは、施設内の会議室には冷房がなくて暑かったこと、そして一般家庭ごみ処理するテントに囲われた埋め立て処分場内ではカラスが飛び交いいささかの悪臭が漂っていたこと。

 そしてバスでノシャップ岬へ。遠く利尻富士が海上に浮かぶ。最北の地で、しばし海の香りと美しい光景に感激。
夕方は、日頃は丁々発止の議論をしている委員同士ワイワイ言いながら郷土料理。それぞれの議員の個性が出て交流も深まったのです。ホテルの屋上には露天風呂もあり、疲れを癒してぐっすり就寝。


●8月4日(月)

    <くらし環境委員会の他都市調査で札幌、稚内へ>
 
 今日から「くらし環境委員会」の他都市調査で札幌、稚内へ。委員長なのでそれなりに緊張。朝6時前起床。眠たいよ!
朝7時、京都駅の八条口に。交通水道消防委員会も札幌へ。伊丹空港から千歳空港へ同じ飛行機で同じホテル。

 札幌は暑いがな!3週間前に民主党の政令指定都市政策協議会の研修会と総会で札幌に来た時も暑かったが、北海道では珍しくじめっとした天気。
 
     <札幌にて>

 午後、市役所に。委員長なので挨拶。まずは「プロスポネットSPPORO」と「さぽスポネット」の取組みについて説明を受ける。 「プロスポネットSAPPORO」は日本ハムファイターズとコンサドーレ札幌とバスケのレバンガのプロチームを応援しようという試み。「サッポロキッズDAY」など多彩な企画。コンサドーレは柿谷選手が来て持ち直したみたいだが、観客動員は苦戦。
京都サンガがイマイチなので盛り上がらんなあ。「さぽスポネット」は体育振興会など地域スポーツクラブの情報を流すサイト。広告料収入で運営しているとか。

 それから現在開催中の「国際芸術祭」についてスタッフから丁寧な説明。ディレクターの坂本龍一さんが病魔に倒れ、雨にたたられてイマイチか。「国際芸術祭」の会場になっている北海道庁赤れんが庁舎では中国からの観光客が一杯。アイヌや開拓農民の風景を描いた掛川源一郎展はよかった。
駅前地下歩行空間・チカホでのイベントも見学。シンポジウムうも行われていたが、通り過ぎていく人が多いかな。現代アートはようわからん、というのがぼくの感想。京都でも来年芸術祭が企画されているが、しっかり取り組まないといかんよ。

 夕食は、くらし環境委員会の委員、同行の環境政策局と文化市民局の部長2人、随行の市会事務局の2人の総勢16人で夕食。女性の委員が多いので、北海道の野菜を使ったイタリアン創作料理。ワインも美味しかった!200万の人口の札幌の夜はネオンサインも輝き賑やか。明日の朝も早いので早々にホテルに。

● 8月3日(日)

     <ふるさと森都市フェスティバル25周年記念イベント>
 
 8時半過ぎ、車で一路左京区は鞍馬から杉木立の峠道を越えて花背へ。峠は23度。涼しい!「ふるさと森都市フェスティバル25周年記念イベント」。振り返れば最初からぼくは参加している。
 門川市長や経済総務委員のメンバーに左京選出の議員が参加。実行委員を代表して百井の藤井さんがご挨拶。花背小中学校の児童生徒の演奏などの催しと、久多、広河原、別所、百井、花背のみなさんが特産品のブースを出して販売。
 そのフェスティバルには、今週月曜日に京北で視察したペレット工場、森の力の久保さんも来られていて、なんとそのペレットを使って可愛いピンクのブタさんがピザ焼き器。そしてピザを焼いていたのが、聖護院の奥井さん。久多の鹿バーガーも美味しかった!北山木工クラフトのメンバーなどと話し込み、また河原で遊ぶ家族を見ながらひとときを過ごす。
 
 そして、いつものようにさらに北へ。左京最北部の喫茶店「庄兵衛」に。なんと近所のご家族がお墓詣りに来られていてびっくり! そしていつものように広河原から能見峠を越えて久多に。北山友禅菊が咲き乱れていましたよ。秘密の花園です! 

 花背、久多から帰ってきたら、夕方、わが事務所の一階、カルチャーガーデン「吉田の森」では、杉山祐一さんの遺作展の打ち上げ。お友達やご親戚の方が集まり賑やかな会でした。

●8月2日(土)

 朝、事務所にいると蝉しぐれが聞こえる。なんやかんやの雑務。
 
 午後、左京東部いきいき市民活動センターへ。高岸町自治会の役員さんと市立浴場の今後の運営のことなど地元の声をお聞きする。

     <京の七夕 オープニング>

 夕方は、二条城に。京都の夏の新しい夏の風物詩。「京の七夕」のオープニング。台風の影響でムチャ蒸し暑い!二条城でオープニング。門川市長と御嬢さんたちの写真撮影に乱入。堀川と鴨川会場の2か所で8月11日まで開催。ぜひ散策にどうぞ!「京の七夕」必見箇所は、丸太町上がるの堀川の水辺での「光の天の川」。長蛇の列、カップルが楽しそうに歩いていますよ!
 しばし散策してから地元は錦林小学校に戻り、岡崎学区の夏まつりに、片付けが始まっている所だったが、関係者のみなさんにご挨拶して、近くのキャラバンでビールを飲んでお終い。

●8月1日(金)

 今日から8月。東京で久しぶりの休暇気分。ちょっと二日酔い。ホテルでゆっくり朝食をとって、新橋をブラブラ。パチンコ店で気晴らしも。久しぶりの勝利。
 1時過ぎの新幹線で帰京。その足で四条河原町での交差点で人権擁護委員として人権啓発のキャンペーン。啓発グッズを配りました。中年女性がとってくれる比率が高いかな。

 議員団室に立ち寄り、文化市民局の担当者と市立浴場のことについて、指定管理者の公募のことで経過や今後のスケジュールなどのついて話を聞く。

 それから7時から木屋町四条上がるの元・立誠小学校に。琴アンサンブルプリマルーチェ主催でわが大先輩の梶宏さんが<69年目の終戦記念日を前に80歳を数える「立誠健児」が経験した「戦争」を語る>集いに。小学生のときの集団疎開でのことを語られました。奥さんの寿美子さんとの掛け合いは絶妙。ますますお元気でご活躍を!

自治体議員ネットワーク研修会と自治体議員局の会議  7月28日ー31日   

2014年08月02日 | 日記
●7月31日(木)

     <大原へ>

 明日からもう8月だあ!朝、大原へ行く途中、花園橋で朝の街宣。葬儀場問題などについて話しました。
大原では、大原学院の児童たちが、高野川源流の水生生物調査。また坂和さんが小水力発電のデモンストレーションも。三千院入り口では昨年の台風18号で土砂崩れしたところの本格的な復旧工事中。通行禁止でしばらく住民のみなさんにご不便をかけますがご容赦を。

     <東京で民主党自治体議員局の会議>  

 午後1時過ぎの新幹線で東京へ。午後4時から東京で民主党の各ブロック代表が集まり、自治体議員局の会議。各ブロック代表が悪戦苦闘ぶりを披露。国会議員がいない県連もありたいへんだ。
 両院議員総会でのやり取りの報告あり。大山鳴動もせず、鼠一匹もなし。海江田代表は続投とのこと。展望も開けないけど、まあ、民主党本部を当てにしないで、われら自治体議員は、地道にがんばるしかないのだ!赤坂の居酒屋で暑気払い。ビールでも飲んで元気出そう!ということ。

 解散後、近くのバーで待機してくれていた鴨沂高校19期生の関東在住の悪友たち、加藤啓、辻教雄、吉川能信君と赤坂で一献。みんな元気で何よりだあ!ちょっと酔っぱらったかなあ!

●7月30日(水)

 朝の街宣は、8月8日にアピカルインで開催する市政懇談会に向けて地下鉄松ヶ崎駅と左京総合庁舎前。「妙法」の山が見えている。通勤途上の人が会釈をしてくれたり、わざわざ車を止めて声をかけてくれる人がいて勇気百倍。地元松ヶ崎に体育館ができることなど喋る。今日も元気にがんばらなくっちゃ!

      <立命館大学国際平和ミュージアムでベ平連を語る>

 いちど家に戻り、倉庫に入ってベ平連関係の資料探し。「週刊アンポ」など見つけたよ。いつかきっちり資料の整理はしないとね。
 
 午後は、初めて衣笠の立命館大学国際平和ミュージアムに。10月21日からの特別展「ピース・スタイル」へ向けて、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)運動の京都の様々な活動についての座談会。わが青春時代の仲間がそろい、なんじゃかんじゃと喋る。かれこれもう40年前の話。老いたが、まだまだ元気!これからわれらのパワーが炸裂するぞ!
 反戦脱走米兵ポールのことも思い出した。彼は、わが吉田でうろうろしていた。ぼくが一緒に銭湯にいったりしていた。1969年5月近衛広場で逮捕されて川端署に拘留。徹夜で抗議の座り込みをした中を立川基地に移送された。ぼくが20歳のとき。僕の原点。彼は今頃どうしているんだろう。
 
 わが古川豪は、フェイスブックに次のように書いている。
<ロートルの面々がなんで集まっているかと言うと、 立命館大学国際平和ミュージアムの10月21日からの特別展「ピース・スタイル」へ向けた、準備のための京都ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)関係者座談会。 『週刊アンポ』を持参した鈴木マサホ、米脱走兵のサポートを語る関谷滋、三条河原「橋の下大学」を語る栢下芳朗、
「家の会」「みみずの学校」「自衛隊ホットライン」と長い間いろんなことにかかわってきた高橋幸子、ぼくは市民運動と音楽のかかわりを話したが、 五人の話題は多岐にわたっていた。この座談が、平和ミュージアム特別展に、いかが活かされるやら>

 わが青春のベ平連。ここがぼくの原点。まとまったものを記録に残しておきたいね。

 4時半には、議員団室に。とある問題で、関係部局に集まってもらって今後の対策について協議。悩ましいところ。

 夜は、事務所にてわが後援会の事務局のメンバーに集まってもらって、今後の日程、日帰りバス研修旅行会のことなど協議。9月14日に琵琶湖疏水取水口、近江八幡の八幡堀でボートで遊覧、安土博物館見学など日程を決定。ポスターも来週には刷り上がる。いよいよ来春の8期目当選に向けて本格的に指導しなくっちゃ。

●7月29日(火)

      <京都自治体議員ナットワーク 美山と日吉ダムを視察>

 京北の朝は、気持ちがいい。ゼミナールハウスを出発して南丹市は、美山かやぶきの里「北村」見学。「北村かやぶきの里保存会」の中野貞一会長から、この間の取り組みや当面の課題など語っていただきました。日本の原風景をいつまでも残す。店が立ち並ぶような観光地にはしない、若者が住める集落にする、そして「細く、長く、諦めない」が目指すものということです。左京でいうなら静原です。

 そして最後は、日吉ダム。1961年に計画発表、93年に工事に着手、98年にダム管理が開始。昨年の18号台風の最大のダム流入を記録。日吉ダムがなかったらもっと大きな被害になっていたと思われます。独立行政法人水資源機構のダム管理所長さんから経過をお聞きし、ダムの中も案内していただきました。

 昼食は、ダムサイトに開設されたスプリング日吉で弁当食べてしばし足湯に浸かって疲れをとり、丹波縦貫道路で帰京。八条口で解散。
 明星観光バスの車庫が一乗寺にあるので、近衛まで送ってもらう。近衛中学校の前で京都市学校職員労組の役員さんとばったり。学校管理用務員さんたちの共同作業日ということで猛暑の中での作業。暑い中、ほんまにご苦労様!

 事務所での来客は、白河総合支援学校で生徒たちの農業指導をしている橋本さんが来所。社寺や公園の落ち葉を利用してキノコを栽培生産するプロジェクトの相談ごと。環境問題や福祉就労に取り組める計画。これからできることは協力をしようと思う。

 夜は、8月8日の市政懇談会に向けての葉書案内の発送作業など。

●7月28日(月)

 暑い週明け。わが事務所の一階、カルチャーガーデン「吉田の森」では、朝顔も咲く。経糸の会の友人の杉山千鶴さんの亡きご主人、画家の杉山祐一さんの遺作展が始まる。

      <京都自治体議員ネットワーク 研修会で京北へ>

 昼過ぎ京都駅八条口へ。自治体議員ネットワークの視察研修会で、京北と美山と日吉ダムに。ぼくが代表世話人ということでお土産を購入して、いざ総勢10数人の議員で明星観光バスでいざ京北へ。挨拶した後、車中爆睡寝。

 栗尾トンネルも開通したので1時間ほどで道の駅ウッディ京北で一休みして、木製ペレット工場(森の力京都㈱)を見学。代表の久保和則さんから説明を受けて見学。森に囲まれた京北。京都市に合併して10年近くかな。林業の街でもあり、ペレット工場を京都市も応援して建設された。工場見学の後、暑かったのでバスの中で説明と質疑もしました。ペレットストーブ、ぜひご家庭で利用してくださいね

 4時には京都府立のゼミナールハウス「あうる京北」で研修会。
講師は、右京区副区長・京北地域活性化担当部長、片山博昭さん。「里山資本主義に学ぶ地域活性化~山間地域・京北の魅力と可能性~」と題して、桜などの京北の宝物を紹介しつつ、京北の魅力やこれからの夢を熱く熱く語っていただきました。 KKB48なる「わがまちの営業部長」を結成。ピンク旋風が吹きますよ!ありがとうございました。
北は京丹後、南は木津川市から府市町村議員20名が参加。泉ケンタ会長も多忙な中、来てくれました。

 京北の夜は、涼しい!みんなでBBQ。英気を養いました!ゼミナールハウスのみなさんの心温まるサービスに感謝です。泉ケンタ議員は40歳の誕生日の前夜でした。