●5月28日(水)
<議員会>
10時から議員会。昨夕、各会派から自民から2本、共産から3本、公明から4本、決議案は共産から一本の意見書案や決議案が提出されてきたので、まずは熟読。議員団として、どう対応するか、方向性を決めて調整役の片桐、天方議員に他会派との折衝を任せて、随時、報告を受けて議論。断続的に議員会。対案を出しながら様子を見るものもある。国会では野党でもあるので、色々と知恵をしぼらないと、特に集団的自衛権行使容認の解釈変更について、どうするか悩みどころ。また付帯決議も出す議案もあり各担当者が起草。
忙中閑あり。その1。昼休みは寺町三条の「サンシャインカフェ」に。玄米ライスコロッケでランチ。東一条の日伊会館にあったころからの知り合いのオーナーの山本ニックさんは宮古島へ出張中。ええなあ!
忙中閑あり その2
ランチの後は、ギャラリーヒルゲートでの甲斐扶佐義君の写真展。ヒルゲートの人見じゅん子さんは同志社の同世代。ほんやら洞と八文字屋のマスターで写真家のカイさんとは学生時代の悪友。ぜひ見に行ってね。彼のエネルギーには脱帽!
夕方、左京の有志の議員が集まって、宝ヶ池に建設計画が進み始めた地域体育館のことについて、担当者から施設の規模や今後の予定などについて説明を受ける。現在ある宝ヶ池の球技場の南側に予定されている。左京区民の念願が、ようやく実現に向けて動き出しているのです。
で、議員会の散会後、久しぶりに「ひげ床」へ。夏用に少ない髪をカット。いつかは、丸坊主にしたいね。体も解してもらってええ気分。疲れがたまり切っていたよ。店主の佐藤さんは、ぼくと同世代、仕事終わってから、ほな飲みに行きましょう、と近くに開店したばかりの「TON FUU とんふう」に。彼の中学校時代は、なんとクラスが20クラスのマンモス校だった。わが近衛は17クラスだったかな?修業時代のことなど面白おかしい、話で盛り上がり、近所に引っ越してきた共通の友人も呼びだして遅くまで痛飲。楽しいひと時。
●5月27日(火)
<議員会>
5月市会の本会議を30日に控えて10時から各会派議員会を開催。
それに先立ち、くらし環境委員会の正副委員長会議を開催して、市内視察や他都市調査の日程などを協議。
議員会では、今後の日程などの報告の後、付託されていた議案について、各担当の議員から審議状況や課題などの報告を聞いて、賛成か反対かの態度を決めて行く議論。
大きく議論になったのは、伏見工業高校と洛陽工業高校の再編に向けて伏見にある立命館中高校の敷地の購入に際して、一部借地があり、その賃借料の妥当性について。
また福知山の花火事故を受けて、露店など並ぶ大規模な催しについて(具体的には露店数が概ね100以上の催しや、文化財社寺等で露店数が概ね50以上の催しにおいて、火器器具等を使用する全ての露店に講習の受講を義務付ける、火災予防条例の改正について。わが地元の吉田神社の節分祭のときはどうなるのか、安全対策上、必要な条例改正であることは理解できるが、さてどのように講習会の参加をしてもらうのか。大学の学園祭もしかり、課題はあるなあ。
意見書については、松下議員が案を作って色々と意見交換。ちょっと違和感があるが、反対するほどのことでもないか。
また付帯決議についても議論。
なお、昼休み、京都のプロバスケチーム・ハンナリーズの選手たちがシーズンを終えて市長表敬訪問にこられました。みんなデカイ!来シーズンはてっぺん目指してがんばってください!
議員会、散会後、夕方は、とある団地の知人を訪ねて、パチンコ店出店の計画の状況を、また哲学の道の宅地開発問題で苦労されている方も訪問して、最近の動向など意見交換。関西テレビのニュースで流れたこともあり、バッファゾーンの在り方が話題に。
忙中閑あり、友人の子息が北海道大学の学園祭で京都府民会(県人会)を結成してブースで京都をアピールしたいという相談。わが左京の北岡ちはる議員が京都府広報監「まゆまろ」グッズを集めてくれました。北岡さん、ありがとう!たくさんあるんやね!柿阪圭太君、がんばって!
夜は事務所で雑務。深夜、ふとCSテレビを見ていたら、レッスルワンの録画中継。藤波辰爾選手と子息のレオナ君が船木選手と組んで試合をしているではないか?親子でリングに上がるというのもええもんだね。
●5月26日(月)
<福山議員と京都市身体障害者リハビリテーションセンターに>
10時前、四条御前の京都市身体障害者リハビリテーションセンターに。福山哲郎参議院議員が、京都府身体障害者団体連合会の会長をしている所以もあり、利用者の皆さんからの要請もあり、いちど視察をしたいということで同行。
昨年の今頃から、とある縁があり、この施設の利用者のみなさんのバリアフリーの会のメンバーと懇談を重ねて、唯一、ぼくだけが請願紹介議員になり、病院施設の廃止問題や今後の運営について議論をしてきた。2月市会で病院部門の廃止は決まったが、利用者の不安を解消するためにどうフォローするのか、或いは在宅ケアをどう展開するのかなど課題も多い。
設立されたのは、昭和53年で当時はまだまだ民間で請け負える施設が少ない中、身体に障害のある市民を対象に、相談•医療•訓練•支援という一貫した流れを経て在宅復帰を目指す施設として開設されました。あれから30数年の間で、民間で病院が受け入れていて、診療報酬のことなど、京都市では、公として一定の役割は果たす期間は終了したとして、今後の在り方を検討されてきた。色々と議論してきたが、今後は、総合相談業務とリハビリテーション推進機能•高次脳機能障害に特化した障害福祉サービスの提供にシフトしていく方向。 ぼくも今後の運営については見守りたいと思う。
正午には、市会の理事会室で委員長会議。ぼくはくらし環境委員会委員長ということで出席。各常任委員会と予算委員会の各委員長が付託されている議案の審議について報告。29日の午後に討論結了の委員会を開くことを決定。
午後は、議員団室に来客が多数。一つは、教育委員会のメンバーととある中学生の今後の進むべき道について提案があり懇談。その他、雑務をして午後4時過ぎには、人権擁護委員の方と高野中学を訪問。夏休みの課題として、人権作文の応募を要請に。校長先生から、戦後直後の高野中学校のことが記事になった新聞の切り抜きのスクラップを見せてもらう。貴重な記録です。ぜひ残して公開して欲しいね。
夕方は、京都自治体議員ネットワークの幹事会。遠くは京丹後市の谷口議員も参加。この7月に開催する京北のゼミナールハウスで開催する研修会の打ち合わせ。茅葺の里、美山町と日吉ダムの視察なども検討することに。会議の後は、韓国料理の店「しるら」で懇親会。
<議員会>
10時から議員会。昨夕、各会派から自民から2本、共産から3本、公明から4本、決議案は共産から一本の意見書案や決議案が提出されてきたので、まずは熟読。議員団として、どう対応するか、方向性を決めて調整役の片桐、天方議員に他会派との折衝を任せて、随時、報告を受けて議論。断続的に議員会。対案を出しながら様子を見るものもある。国会では野党でもあるので、色々と知恵をしぼらないと、特に集団的自衛権行使容認の解釈変更について、どうするか悩みどころ。また付帯決議も出す議案もあり各担当者が起草。
忙中閑あり。その1。昼休みは寺町三条の「サンシャインカフェ」に。玄米ライスコロッケでランチ。東一条の日伊会館にあったころからの知り合いのオーナーの山本ニックさんは宮古島へ出張中。ええなあ!
忙中閑あり その2
ランチの後は、ギャラリーヒルゲートでの甲斐扶佐義君の写真展。ヒルゲートの人見じゅん子さんは同志社の同世代。ほんやら洞と八文字屋のマスターで写真家のカイさんとは学生時代の悪友。ぜひ見に行ってね。彼のエネルギーには脱帽!
夕方、左京の有志の議員が集まって、宝ヶ池に建設計画が進み始めた地域体育館のことについて、担当者から施設の規模や今後の予定などについて説明を受ける。現在ある宝ヶ池の球技場の南側に予定されている。左京区民の念願が、ようやく実現に向けて動き出しているのです。
で、議員会の散会後、久しぶりに「ひげ床」へ。夏用に少ない髪をカット。いつかは、丸坊主にしたいね。体も解してもらってええ気分。疲れがたまり切っていたよ。店主の佐藤さんは、ぼくと同世代、仕事終わってから、ほな飲みに行きましょう、と近くに開店したばかりの「TON FUU とんふう」に。彼の中学校時代は、なんとクラスが20クラスのマンモス校だった。わが近衛は17クラスだったかな?修業時代のことなど面白おかしい、話で盛り上がり、近所に引っ越してきた共通の友人も呼びだして遅くまで痛飲。楽しいひと時。
●5月27日(火)
<議員会>
5月市会の本会議を30日に控えて10時から各会派議員会を開催。
それに先立ち、くらし環境委員会の正副委員長会議を開催して、市内視察や他都市調査の日程などを協議。
議員会では、今後の日程などの報告の後、付託されていた議案について、各担当の議員から審議状況や課題などの報告を聞いて、賛成か反対かの態度を決めて行く議論。
大きく議論になったのは、伏見工業高校と洛陽工業高校の再編に向けて伏見にある立命館中高校の敷地の購入に際して、一部借地があり、その賃借料の妥当性について。
また福知山の花火事故を受けて、露店など並ぶ大規模な催しについて(具体的には露店数が概ね100以上の催しや、文化財社寺等で露店数が概ね50以上の催しにおいて、火器器具等を使用する全ての露店に講習の受講を義務付ける、火災予防条例の改正について。わが地元の吉田神社の節分祭のときはどうなるのか、安全対策上、必要な条例改正であることは理解できるが、さてどのように講習会の参加をしてもらうのか。大学の学園祭もしかり、課題はあるなあ。
意見書については、松下議員が案を作って色々と意見交換。ちょっと違和感があるが、反対するほどのことでもないか。
また付帯決議についても議論。
なお、昼休み、京都のプロバスケチーム・ハンナリーズの選手たちがシーズンを終えて市長表敬訪問にこられました。みんなデカイ!来シーズンはてっぺん目指してがんばってください!
議員会、散会後、夕方は、とある団地の知人を訪ねて、パチンコ店出店の計画の状況を、また哲学の道の宅地開発問題で苦労されている方も訪問して、最近の動向など意見交換。関西テレビのニュースで流れたこともあり、バッファゾーンの在り方が話題に。
忙中閑あり、友人の子息が北海道大学の学園祭で京都府民会(県人会)を結成してブースで京都をアピールしたいという相談。わが左京の北岡ちはる議員が京都府広報監「まゆまろ」グッズを集めてくれました。北岡さん、ありがとう!たくさんあるんやね!柿阪圭太君、がんばって!
夜は事務所で雑務。深夜、ふとCSテレビを見ていたら、レッスルワンの録画中継。藤波辰爾選手と子息のレオナ君が船木選手と組んで試合をしているではないか?親子でリングに上がるというのもええもんだね。
●5月26日(月)
<福山議員と京都市身体障害者リハビリテーションセンターに>
10時前、四条御前の京都市身体障害者リハビリテーションセンターに。福山哲郎参議院議員が、京都府身体障害者団体連合会の会長をしている所以もあり、利用者の皆さんからの要請もあり、いちど視察をしたいということで同行。
昨年の今頃から、とある縁があり、この施設の利用者のみなさんのバリアフリーの会のメンバーと懇談を重ねて、唯一、ぼくだけが請願紹介議員になり、病院施設の廃止問題や今後の運営について議論をしてきた。2月市会で病院部門の廃止は決まったが、利用者の不安を解消するためにどうフォローするのか、或いは在宅ケアをどう展開するのかなど課題も多い。
設立されたのは、昭和53年で当時はまだまだ民間で請け負える施設が少ない中、身体に障害のある市民を対象に、相談•医療•訓練•支援という一貫した流れを経て在宅復帰を目指す施設として開設されました。あれから30数年の間で、民間で病院が受け入れていて、診療報酬のことなど、京都市では、公として一定の役割は果たす期間は終了したとして、今後の在り方を検討されてきた。色々と議論してきたが、今後は、総合相談業務とリハビリテーション推進機能•高次脳機能障害に特化した障害福祉サービスの提供にシフトしていく方向。 ぼくも今後の運営については見守りたいと思う。
正午には、市会の理事会室で委員長会議。ぼくはくらし環境委員会委員長ということで出席。各常任委員会と予算委員会の各委員長が付託されている議案の審議について報告。29日の午後に討論結了の委員会を開くことを決定。
午後は、議員団室に来客が多数。一つは、教育委員会のメンバーととある中学生の今後の進むべき道について提案があり懇談。その他、雑務をして午後4時過ぎには、人権擁護委員の方と高野中学を訪問。夏休みの課題として、人権作文の応募を要請に。校長先生から、戦後直後の高野中学校のことが記事になった新聞の切り抜きのスクラップを見せてもらう。貴重な記録です。ぜひ残して公開して欲しいね。
夕方は、京都自治体議員ネットワークの幹事会。遠くは京丹後市の谷口議員も参加。この7月に開催する京北のゼミナールハウスで開催する研修会の打ち合わせ。茅葺の里、美山町と日吉ダムの視察なども検討することに。会議の後は、韓国料理の店「しるら」で懇親会。