京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

人権教育について議論 1月20日ー25日

2010年01月26日 | 日記
●1月25日(月)

 昼前、哲学の道は若王寺神社に。春と秋の行楽シースンは多くの観光客が訪れる哲学の道だが、観光トイレの設置が懸案の問題。計画があるのだが、地元の人たちとの意見調整がまだまだ必要な段階。ご意見を伺う。

 午後は、わが民主・都みらい議員団と旅館組合の人たちとの懇談会。予算要望で宿泊税の創設の検討を京都市に要望したこともあり、また入湯税を課すことを京都市が表明していることもあり、理事長さんらが来られて京都の旅館やホテルの現状など説明をされ、観光行政のことなど意見交換。わが下大路町にある吉田山荘の中村英一さんも役員で来られていた。
 
 夕方は、住みよい京都をつくる婦人の会の新年会。会長の内藤しげさんは、なんと今年88歳。今だカクシャクとして、ノー原稿で「人生を振り返りながら「失敗したこともあったが、常に前向きに挑戦する!」と迫力のあるご挨拶。ほんまに頭が下る。市長や各区長等が来賓。
 乾杯の後、自治労清掃支部の旗びらきに駆けつけたらちょうどタイミングよく議員団の紹介のとき。ラッキー。自治労清掃支部が結成されてちょうど20年か。わが盟友の髭の加藤氏が初代書記長で立ち上げに苦労していたことを思い出して挨拶。
 そして、わがカミさんが二部の司会ということもあり、住み京の会に引き返してロシア民謡を左京と中京のメンバーと披露。いやはや行ったり来たりでもうたいへん。

●1月24日(日)

 第7回朝粥の会、わが地元の中大路町の稲田和彦さんが「古今の吉田を語ると」と題して吉田神社の云われ、吉田兼倶の神道のこと、豊臣秀吉が死後、遺体が山麓にあったという説、神楽岡のこと、また細川三斉が茶会を開いたことなど紹介しながらのお話。そして吉田山周辺の古地図や昭和30年代あの写真を見せていただく。昔はまつたけも採れたらしい。古地図には大元宮への階段が当時表参道であったこともわかる。屋敷が並んでいるなつかしい写真もあった。朝粥を食べながら、近くの百歳の中村さんも来ていただいた。

 10時過ぎには、大原へ。里の駅で地元の藤井さんとアミタの熊野さんらと待ち合わせて、小出石から百井へ。いつもの冬だったら積雪でノーマルタイヤでは登れないのに今年は雪がない。百井からは所々影には雪が路面にあったが、京都北山は大見までなんとか無事にたどり着いた。大見は残雪が残る早春の風景。熊野さんの友人等と大見の未来の夢を語りながら安曇川の源流付近まで散策。そして朽ち果てかけた思子渕神社にも。かっての田んぼがススキの原野になっている冬の大見。ここにいつか森の牧場が拓かれることを夢見るのだ。

 夕方は、平安女学院理事長の山岡景一郎先生の叙勲・傘寿をお祝いする会。山岡さんは、1930年(昭和5年)生まれの80歳か。ダンスは上手だし髪の毛は黒々としているしとても若々しい。私学振興や京都府生活衛生業界の発展に寄与され、秋の叙勲で旭日中綬賞を授賞されたということでのお祝いの会。知事、市長、伊吹衆議院議員、野中広務元官房長官などお歴々の来賓。大学や各業界、行政関係者、ペンクラブ、左京区の社会福祉協議会の役員でもあるので左京の各種団体長さんら多彩な顔ぶれ。バイオリニストの佐藤陽子さんの演奏や寺田バレエのプリマドンナの可憐な踊りも。いやはやたくさんの人たちでした。

●1月23日(土)

 朝、西京極運動公園横のNPO法人「加音」西京極作業所の開所式。アンサンブルクローバーのみなさんによる室内楽の演奏と利用者のバッヘルベルの演奏で幕開け。施設長の北村さんとはもう10年を超える付き合いかな。このたび福祉工房P&Pから独立して再出発をすることになった。家主さんの京都プリント染色協同組合のご理解も得て2階も借りることになって広くなった。京都光華女子学園の学生さんなどの応援、また箱折の仕事を回していただいている企業や総合支援学校の先生方や行政関係者や他の共同作業所のメンバー等も来ていただいての賑やかな開所式。ぼくも理事ということでお礼を述べる。家族会のみなさんの料理をご馳走になり、利用者の青年たちの懇談。持続可能な作業所として利用者が社会参加できるようになればいいなあ。  
 
 昼から、民主党京都府連へ。知事選挙が近づいてきたので新聞記者諸氏が待ち受ける。まずは選挙対策委員会。参議院選挙の複数擁立問題や統一地方自治体選挙の第一次公認問題を巡って議論。色々と複雑やな。
 その後、府連の常任幹事会。小沢幹事長の政治とカネ問題でちょっと重苦しい雰囲気。諸般の報告など。知事選挙については、山田知事の4年間の実績を概ね評価するということで、いよいよ4月の選挙に向けて色々と民主党本部や自民・公明との駆け引きが始まるのだろう。出馬表明はいつになるのかな。そしてどんな選挙体制ができるのかな。
 
 夕方は鴨沂高校同窓会の新年の理事会。ホームページの本格的立ち上げとニュース発行のことなど今後の作業日程など協議。大先輩の一期生の木村要さんや4期生の藤野さんもお元気です。ぼくは会長で19期生だが、若い世代の理事も増えてきてよかった。二次会にも参加してワイワイ。テレビニュースでは小沢幹事長東京地検の事情聴取に応じての記者会見。さてこれからどういう展開になるのか。一寸先は闇や。なにが起こるかわからんよ。

●1月22日(金)

 午前10時から岡崎中学校の校長だった稲冨哲哉先生の告別式。退職後体調を崩されていたことを聞いていたがーー。長年人権教育に尽くされてきた人。享年63歳。心よりご冥福をお祈りいたします。

 昼前、体操服のリサイクルに取組んでいる岡部達平君を教育委員会と大島地球環境政策監に紹介、懇談。岡部君はわが母校鴨沂高校の後輩で写真家。「体操服!いってらっしゃい、おかえりなさい」運動に取組んでいるエコ活動家。ポリエステルで作られた児童の体操服を回収してリサイクル、また体操服として活用してもらおうというもの。御所南小学校などでこの春から取組まれるとのこと。エコサークルのマークが付いている体操服があることを初めて知った。みなさん、ご協力のほどよろしく!

 昼、京都アースライド2010を企画しているマルチスポーツインターナショナルの坂口弥寿久君とランチ。彼は、京都精華大学の卒業生で当時ラグビーをやっていて、職員だった今は亡き田所伴樹さんに可愛がってもらっていたとのこと。田所さんは、ぼくの同志社の先輩で精華大学の創設時の職員で親しかった人だ。いささかなつかしく思う。
 
 午後は、京都大学や北白川の友人等を尋ねて、それぞれ四方山話。
 そして夕方は、またまたロイヤルホテルへ。自治労公室支部の旗びらき。行財政局、総合企画局、選挙管理委員会、監査委員会、市会事務局の職員や理事者が揃う。
 足早に各テーブルの挨拶を済ませて、部落解放同盟田中支部の荊冠旗びらきに走る。学生時代に今の高層住宅が建つ前に近くの大丸配達所でアルバイトで地域を回っていたことを今年も披露。もう40年前の話。部落問題に出会ったぼくの原点。
 それから、東山の安井金比羅神社横の風の倶楽部に。第四錦林小学校の校長だった海原清子さんが立ち上げたギャラリーの新春懇談会。わが地元吉田の面々が何人か集う。器や絵の展示やちょっとした会議も出来るええスペースですよ。帰宅は深夜。我ながら毎晩よう続くよ。 

●1月21日(木)

 午前中、民主党京都府連で選挙対策委員会。府連の定期大会を控えて、11年の統一自治体選挙の候補者の公認問題について各総支部の決定状況の報告と議論。総支部によっては温度差があり、現職の市会議員を公認しない総支部もあって、ちょっと問題やないか。また知事選挙と同時に行われる亀岡の府会議員補欠選挙に同志社出身で高島屋のアジア地域の支配人をされて現在亀岡市観光協会の事務局長の藤村公平さんを候補者とすることを確認。がんばってよ。

 午後は、大島地球環境政策監らに京大化学研究所の名誉教授の中原勝教授を紹介。京都市の環境モデル都市としての様々な取り組みの説明などの後、石油代替エネルギーとしてのギ酸水素エネルギーの可能性について講義?を受ける。文科系のぼくには全く持ってチンプンカンプンの話。クリーンセンターなどのごみの焼却で出る熱を利用して低炭素社会をつくろうということかな?熱い想いをお持ちの先生ですよ。

 夕方、事務所には市立看護短大の同窓会「あかね会」の方が来所。看護短大が佛教大学の4年生の看護学科に新設統合されるということで、十分な論議をするようにと要望に。卒業した学校がなくなるというのは寂しいものだというその心情は十分理解できるが、京都市立として老朽化した学校の立替など無理でしょうね。

 夕方は、まずは今年3回目の聖護院御殿荘に。聖護院学区の自治連の新年会に。来賓は、左京区長、錦林小学校や近衛中学校校長らに、川端警察署長さんら。そして各種団体長さんらが参加。乾杯で退席して、ロイヤルホテルでの自治労衛生支部の旗びらき。今年ロイヤルホテルは5回目かな。保健所の保健師や薬剤師さんたち女性職員が多くて華やかや。保健所のセンター化を巡って今後の課題はあるよ。で、各テーブルを挨拶して聖護院御殿荘に引き返して、わが地元のみなさんと一献を傾けながら、道路の舗装のことなど要望を聞く。

●1月20日(水)
 
 今年初めての教育福祉委員会が開催される。まずは教育委員会との質疑。君が代や京都市歌のこと、電子黒板の入札状況、高校無償化、成人式のことなどが議論されたが、ぼくも久しぶりに「学校における人権教育を進めるにあたって(案)」を巡って、法的なことなど状況が変わったこともあり2002年に策定された指針を改定することになったのだが、ぼく自身の全国在日外国人教育研究協議会での活動等に触れながら、この案が、ページ数からして分量が少ないこともあるが、中味が薄い、熱が入っていないと感想を述べ、わが同世代の教員たちが人権教育に取り組んできた成果などを忘れてはならない、若い教員に伝えなければならないと人権教育の大切さについてウンチクを傾けた。

 昼から保健福祉局。まずは、昨年来の大きな宿題であった「京都市民間保育園職員給与等運用事業(プール制)のあり方」について検討委員会からようやく答申が出た。京都独自の民間保育園の職員の給与を一定にするべき相互扶助を目的としたこのプール制に40億円補助されているが、保育園連盟の不正流用が昨年発覚して見直しが検討されてきたのだ。「子どもの最善の利益」を図るという視点を忘れることなく、この指摘を受けて、どう改善するのか、今後どう予算措置されるのか、見守りたい。
 また報告案件は、京都市立病院の5年前の医療事故関わる損害賠償請求事件について、京都地方裁判所の判決が出されたということ。医療事故の起こらない文化を創りたい、と院長の答弁。その後、市立看護短大のことなど、共産党の議員を中心に次々に質疑がされて、終わったのは5時を回っていた。

 夕方は、部落解放同盟錦林支部の荊冠旗びらき。昨年はこの時期に同和行政終結後の在り方検討委員会のことやかっての隣保館であるコミュニティセンターの職員の引き上げ問題などが話題になっていたが、熱は冷めたのかな。地域に根ざした活動をしてほしい、と挨拶。

神戸で近畿政令指定都市政策勉強会 1月17日ー19日

2010年01月21日 | 日記
●1月19日(火)

午前中、地元をウロウロ。午後、神戸へ。民主党政令指定都市近畿4都市政策協議会に出席。神戸市、大阪市、堺市の議員の研修会。三ノ宮からポートライナーに乗って、会場は、JAL問題などで話題の神戸空港は直ぐ近くの南国情緒溢れる結婚式場?のラビィマーナというところ。
神戸市は国際文化観光局長大森伸一観光監の「神戸市の観光交流都市の実現に向けて」と題した基調講演。15年前の阪神大震災以前は2400万人だった観光客が震災で1000万人に落ち込み、その後復興とともに2800万人に回復したそうだ。観光交流都市推進プランを策定して、東アジアに重点をおいてオンリーワンを目指しておもてなし戦略を展開中。ルミナリエは有名だが、鉄人28号モニュメントの作成や夏場には動物園など無料開放もしているという。京阪神堺のビジットジャパンキャンペーンも展開中。近畿4大都市の連携を模索して関西の底上げをしようということだ。
その後、各都市の議員団が市会報告。久しぶりに会う同世代の議員や元気な若い議員と交流できてよかった。次回は堺市で開催されることになる。

帰京したのは午後10時過ぎ。事務所近くで救急車のサイレン。何事かいなと行けば、犬の散歩中の老人が倒れられていた。通りかかった京大の学生たちが手際よく救急車を呼び家族の人も駆けつけて病院へ搬送されて事なきを得た。お大事に。

●1月18日(月)

昼前、京都府美容業生活衛生同業組合の新年会に。府内の美容室の方々の集まり。我が家の近くの美容室の方に誘われて2年ぶりの出席かな。府会議員や市会議員も党派を超えて多く参加して壇上でそれぞれが挨拶。組合の顧問は前原大臣なので、美人の奥さんの愛里さんがお礼を兼ねて挨拶。色々なところへ代理で挨拶に行ったり、東京へ行ったり来たりでたいへんやろな。不景気や若い人向けの新しい店がたくさんできて業界はちょっとたいへんみたやな。

 午後、議員団室には、全日本建設運輸連帯労組の関西地区生コン支部の役員が来所。京都のとある公共事業で水増しした生コンを注入した業者がいたということで、情報提供に。色々とお話を伺う。調査をしてみよう。

 夕方は、自治労現業評議会の旗びらき。土木事務所やまち美化事務所、また動物園の職員等、現業職員の組合員と当局の労務担当の理事者らが参加。各テーブルに挨拶をする。

途中で抜けて三条ラジオカフェでの京都メディアフォーラムに。左京区は一乗寺の恵文社の堀部篤史さんと北白川のガケ書房の山下賢二さんの「本と本屋の未来を語ろう」という対談。近年、目が悪くなって根気もなくなり、ぼくは本をほとんど読まなくなったが、また読みたくなりました。出版社勤務や大学生など若いメンバーと久しぶりに話して楽しかったよ。
夜のテレビでは国会の代表質問の光景。カネを巡っての攻防やな。

●1月17日(日)

ちょっとダウン気味。毎日、毎晩、旗びらきや新年会に行っていたら疲れるよね。
昼前、消防分団の出初式はすでに終わっていたが、大原は大原記念病院の地域交流スペースでの大原各種団体新年交礼会に。いつものように邦楽廣山会の中川廣山師範と景子ご夫妻ら尺八とお琴と三味線での春の海や桜の演奏。今回は楽器の説明もあり勉強になった。そして大原学院の音楽の先生の美声に感心。みんなで「手のひらを太陽に」を元気に唄って開幕。公務多忙なとき前原国交大臣も寸暇を惜しんで挨拶に。
この間、小中一貫校の大原学院の開設や大原は里づくり協会の設立や里の駅のオープンなど様々な地域力を背景に取り組みが進められている。消防出張所の移転新築や公共下水道の整備なども順調に進むだろう。そして観光立国の拠点として、世界の大原になることを期待したい。
 この日に、女子駅伝で交通制限があり移動に苦労。静原の市を覘いたらもう終わっていたし、聖護院の餅つきも終わった後だった。女子駅伝は岡山チームが優勝。京都は最後に追い上げて3位だった。
疲れもピークなので夕方から久しぶりに爆睡。休肝日でした。

映画「月下の侵略者」上映大成功 1月14日ー16日 

2010年01月19日 | 日記
●1月16日(土)

 昼前、国際交流会館へ。昨年来準備を進めてきた映画「月下の侵略者」の上映会。問い合わせや前売チケットの販売状況など反応はよくて、満員になるかな、と予想していたが、なんと行列が出来る。いや、これは大変ですよ。受付はごった返して、開場を早めて、座席に誘導するもあっという間に満席に。もう超満員だ。上映開始時間に遅れた人には、せっかく来てもらったのに申し訳なかったが、返金をさせていただくことに。
上田正昭先生のご挨拶で始まって、映画は前田憲二監督、渾身の2時間40分を超える長編のドキュメンタリー。途中で退席する人も多いかなと思っていたらそうでもなかった。夜の部は、午後5時30分からだったが、ほぼ満席。用意していた仲尾宏さんの「耳塚」の解説パンフレットもすべて無くなってしまった。ハヌルハウス作成の映画パンフレットも完売した。文禄・慶長の役の歴史的事実を直視して、これからの日本と韓国・朝鮮との市民レベルの交流にこの映画上映が寄与できたとしたら事務局を担った意味があった。みなさん、ありがとう。

 夜は、地元の吉田学区民の新春懇親会。第四錦林小学校、近衛中学校の先生方をはじめ、自治連、消防団、体育振興会、女性会、民生委員、少年補導委員会、社会福祉協議会、そして町内会の会長さんら60人ほどが集まり懇親を深める。ご挨拶回り。それから例年のように左京クリーニング組合の新年会にもご挨拶に伺い、さらに二次会にも行ってもうクタクタ。

●1月15日(金)

 昼過ぎ、民主党京都府連へ。在日外国人「障害者」の年金訴訟を支える会と在日韓国・朝鮮人高齢者の年金訴訟を支える会の仲尾宏代表らが、高齢者や障害者に対する早急な救済を求めると、民主党へ政策要望。宇都宮事務長とともに対応する。1959年に国民年金法が施行されているが在日外国人は排除されて、以降、訴訟など様々な取り組みが行われてきたが、政権が替わったことで改めて政府に要望しようということ。山井政務官、がんばってよ!

 その後、公認候補者になるべく書類の提出も。1月31日の京都府連の大会で第一次公認として発表される予定。来年の今頃、民主党はどうなってるのかな、とちょっと不安やな。

夕方、事務所では、パソコンの調子がイマイチでビジューさんに来てもらって右往左往。

 ニュースでは、小沢幹事長の資金問題で遂に石川知裕議員らが逮捕の報道。
自殺の恐れもあるということらしい。そしてカリブ海のハイチでは大地震で壊滅状態。

●1月14日(木)

昨夕、小沢民主党幹事長事務所や陸山会や大手ゼネコン鹿島などに東京地検が土地購入の資金問題を巡って強制捜査。朝からワイドショーではこの話で大騒ぎ。過去の田中角栄や金丸事件のときのことなども当時の画面が流れる。民主党、風雲急を告げるやな。さてどういう展開になるのか。えらいこっちゃがな。

 昼、友人の教員と懇談。京都市教育委員会が検討している「学校における人権教育を進めるにあたって」(案)を巡って、日頃は温厚な友人が、その方針や現状と課題に対する認識が過去に示された文書より中味が薄いということで、いささか憂慮しているのだ。関係者から策定の過程など情報を集めて委員会で質疑をしようと思っている。

 午後、久しぶりに同志社今出川キャンパスは総合政策科学研究科の事務室に。来春の市会議員選挙に民主党の公認候補となるための修了証明書をもらう。過去に候補者の経歴や学歴詐称事件などがあり、書類の提出が必要になったのだ。振り返れば、同志社文学部に入学したのは1968年、卒業が1977年。キューバにサトウキビ刈りに行った年は休学したが、なんせ卒業に9年かかったのだ。そして総合政策科学研究科が開講した1995年に入学して京都自治体論を書いて修了したのが98年。授業料をたくさん払ったなあ。

夕方は、自治労京都府本部の旗びらきを兼ねた再建20周年記念式典。京都は共産党系の自治労連が強いところだが、連合の発足を機に、1990年3月、自治労京都市職員労組など、14単組3280人で再建された。当時の委員長は井ノ口登、2代目羽室武、3代目は木村幹雄、そして現委員長はラガーマンの橋元信一氏。府内各市町村の自治体職員を中心に埋蔵文化財研究所や京都市交響楽団の組合員もその傘下にある。結成20年を経て民主党が政権交代を成し遂げたことで意気上がる。夏の参議院選挙を闘う江崎孝さんも駆けつけ必勝を誓う。

 その後、夜は、下鴨の割烹「彦次郎」で京都北山は大見地区の再生について店主の地元大見出身の藤井さんらと夢を語る。

61歳の誕生日 1月10日ー13日

2010年01月16日 | 日記
●1月13日(水)

 61歳の誕生日。還暦を迎えた去年は、なにかしら感慨無量なる気分であったが、今年は特に思いもないが、無事に元気でいられることに感謝だな。そして、まだまだこれから、「ぼくたちの世代」は、がんばるのだよ。これからもボチボチともうちょっと遠くまで行くかな。
 閑話休題。インターネットで1949年(昭和24年)1月生まれを見ていたらフォークシンガーの高田渡、女優の沢田亜矢子、歌手の小川知子、歌手のさとう宗幸、作家の村上春樹さんら。プロレスラーのスタン・ハンセン、リック・フレアーも1949年生まれだって。
 
 午後、とある人に何回も誘われていたので、エコなんとかという会に参加。水に関するネットワークビジネスなるものだった。みんな熱が入っている感じ。みなさんお話が上手ですよ。なんとなく場違いかなと思いながら最後までお付き合いしました。
 夕方は、「みやこめっせ」での自治労京都市職建設支部の旗びらき。この2月に結成40周年記念を迎えるという。篠原支部長の下、土木事務所や公園管理事務所の職員ら建設局、都市計画局の関係者が一同に集まる。山崎建設局長は、堀川の水辺環境整備事業や八瀬の高野川沿いの国道367号の拡幅工事など昨年の長年の事業も完成したことを披露した後、参加していた民主党の我々議員の方をちらっと見ながら、道路工事や道路維持などの公共工事の予算の削減はせずに、なんとか確保してもらいたいという「陳情」。前原国交大臣に伝えないかんな!そして国会休会中でありとあらゆる新年会に顔を出している平智之衆議院議員は、堀川水辺環境事業の言い出したのは、我々だったと報告。完成してよかったね。でも、立食での挨拶は短く頼みますよ。
 夜は友人と誕生祝いということでシャンパンで乾杯。

●1月12日(火)
 
 午前10時から韓国民団京都府地方本部の新春年賀交歓会。李周煕さんの迫力ある3面太鼓でオープニング。民主党新政権になって地方参政権法案がいよいよ提出されるということで王清一団長の挨拶にも熱が入る。総領事や麻生副知事、細見副市長らの挨拶の後、党派を超えて国会議員、府会議員、市会議員が壇上に上がり「あけましておめでとう」と挨拶。ぼくは例によって、「セヘ ポンマーニ パドゥセヨ」とひとこと。上田正昭先生もお元気な姿で来られていた。日韓親善議員連盟も1昨年、再発足して一段と友好が深められてきた。今年は日韓併合100年か。新しい未来への市民交流の道が開かれんことを。
 
 午後、地下鉄に乗って太秦天神川駅のサンサ右京に。新年の挨拶がてら交通局の葛西管理者を尋ねて四方山話。地下鉄建設時の多額の借金を抱えて財政健全化団体に陥っているが、国の支援を受けることもできて、なんとか今年の運賃改定は避けることができそう。オール京都市として乗客増の取り組みを進め、駅中ビジネスの新規展開などで、京都のまちづくりの軸となる地下鉄をなんとか経営を改善しようと努力中。左京区役所の移転による交通アクセスの改善など色々と喋る。
 
 夜は、わが事務所で、後援会の主だったメンバーに集まってもらってこれからの1年間の戦略をどうするかの会議。なんといっても来年春が選挙だ!必死でがんばらんとね。

●1月11日(月)

 朝10時から吉田神社の成人式。吉田学区から8人の成人が着飾って参列。本殿で祝詞が上げられて氏子講社の役員さんらとお祝い。

 ぼくが二十歳のときは、1969年。全共闘大学闘争の真っ盛り。京大時計台にはゲバラの絵が描かれ火炎瓶が飛び交っていた。ぼくはベ平連でデモばかりしていて、わが家の近くに下宿していた反戦脱走米兵ポールことダニエル・デニスと生活をともにしていた。彼は、5月に近くの近衛広場で逮捕、川端署に拘留、抗議の座り込みの中をポールは立川基地に送還される。彼はその後どうしたのだろうか。夏には、復帰前のオキナワを旅した年だった。「思想の科学」に書いた「20歳・夏・沖縄紀行」は、我ながら、みずみずしい文章だったよ。人生が変わった年。あれから41年。思えば遠くまで来たものだ。

 昼前、モラロジーの会の新年会に。近藤さんと言う方が講演したあと、男性会員の手作り料理での新年の懇談会。前原誠司事務所の和田秘書や地元の知人たちも数人。カラオケタイムもあって楽しいひと時を過ごす。

 午後は、明徳小学校での岩倉北、南、明徳消防分団の合同出初式。岩倉各町内会長さんらも多く来られていて各団員さんたちが紹介されたのはよかった。随分前は、校庭で開催されていたが、2,3年前から体育館での表彰式でストーブもあり寒くなくてよかった。後は昆布茶で乾杯。

 夕方は、京都サイクリング協会の新年会。昨年5月にデンマーク大使とエコサイクリングを開催して成功裡に終えることができて、その時のメンバーが揃う。守時会長、井原理事長の名コンビ。この5月にはアースライドを京都でまた開催されるが、みんなで協力することになった。ぼくもママチャリに変えてサイクリング車を手に入れようかな。

●1月10日(日)

 朝10時から岡崎公園で恒例の京都市消防出初式。寒いよう!ホカロンを貼り付けていざ出陣。昨年の京都市の火災件数は前年度比マイナス12件でなんと186件という京都市消防始まって以来の最少件数。大都市の火災件数が一万人当たり3・7件ほどあるなかで1・2件。これはスゴイことなのだ。左京区はなんと15件。これは京都が誇るべきことだ。消防職員、消防分団、自主防災会を中心とした地域力なのだ。
 市長、知事、議長、副議長等がオープンカーに乗って先頭を行き消防車両や2機のヘリコプターも飛来し、消防職員、消防団員、自主防災会、事業所の自衛消防隊、学生消防サポーター、小学生児童の少年消防クラブ、そして可愛い幼稚園児らのパレード。消火訓練の後は一斉放水。寒風吹きすさぶでことなく、京都の防災力の心意気を示した初出式でした。
 
 終了後、美術館で日展を鑑賞。たまに美術館を覘くのもいいな。芸術の冬。何人かの友人の作品を見る。昨年秋のルーブル展はたくさんの入館者があって盛況に終わった。文化・観光ゾーンとして岡崎公園一帯の再整備も計画されているし、動物園や京都会館のリニュアルも計画されている。ぜひ美術館もがんばってほしい。

 夕方は、わが地元の聖護院消防分団の初出式。吉川文一分団長は同級生。永年勤続の分団員さんらの表彰式。聖護院では無火災がまる3年続いている。地元の自治連や各種団体の役員さんらも参加して懇親会。二次会にも参加。

連日の新年交歓会と旗びらき 1月6日ー10日

2010年01月12日 | 日記
●1月9日(土)

朝早起きして7時過ぎに吉田神社へ。京都掃除に学ぶ会の恒例の吉田神社の掃除。門川市長はいつものように作務衣を着て便所掃除に向かう。ぼくは班長の山岸議員の指示に従って菓祖神社の参道などを箒で掃除する。思い出すのは2年前、小雪が待っていたが、ちょうど市長選の直前の掃除の会で山岸君は神社の階段で捻挫してギブス生活がその後続いたなあ。ぼくはこの正月の会だけには地元でもあるので行くことにしているが、ほんまにみんな熱心やね。子どもたちも数人参加してした。豚汁をご馳走になってみんなで記念写真をとる。ええ汗を流したよ。

昼前は、事務所にて16日の上映会を控えて映画「月下の侵略者」上映実行委員会の最終の打ち合わせ。仲尾宏さんによる「耳塚」の解説書のパンフレットも出来上がったし、チケットの売れ行きもまあまあ。ひょっとして満員になってたいへんかも。

昼過ぎ「きょうと教組」の会議室での全国在日外国人教育研究協議会の世話人会に呼ばれて、外国籍教員の処遇の問題で、政府に対してどう要望活動をするのか、民主党が政権与党になって、都道府県連を窓口にして本部の幹事長室に集約されて政府に伝わるという、手法についてなど説明する。日教組出身の議員に働きかけることも大事だよ。

それから前原国交大臣を囲んで、民主党2区総支部の議員会。まずは来年の統一地方選挙に向けての現職の府市会議員、左京区は府会に北岡、市会に鈴木、隠塚、山科は府会に豊田、市会に藤川、東山の市会は中野を、さらに前回左京区で公認候補だった島内君も市会候補に公認を決定して、31日の府連の大会で発表されることになる。また空白の東山区の府会には候補者を探し、さらに左京区の府会と山科区の市会は複数擁立する方向。そして、前原議員に、国交大臣としての色々な苦労や今後の政策展開についての考え方を聞く。とりわけ京都に関係する観光政策や道路、住宅政策など色々と意見交換。

午後3時過ぎから部落解放同盟京都市協議会の荊冠旗びらき。今年初めて解放センターからホテルに場所が変わった。かっては副市長以下大勢の行政関係者が来ていたが、2、3年前から少なくなった。また昨年は、コミセン廃止問題や検討委員会のことでギスギスしていたが、今年は民主党政権になり人権侵害救済法制定の可能性もあり、だいぶ雰囲気は和らいでいるかな。

 夜は、一乗寺の喫茶「のん」での恒例のわが友人、フォークシンガー豊田勇造の「湯たんぽコンサート」。昨年、円山音楽堂で還暦になって6時間60曲のコンサートをして益々元気だ。リクエストに応えて名曲の「大文字」などを熱唱。

●1月8日(金)

午後、京都市社会福祉大会に教育福祉委員会委員として出席。民生委員、老人福祉委員、また地域で様々な福祉活動に取組んでおられる方々の表彰式。
記念講演は、毎日新聞の野沢和弘氏。ご自分の子息が障がい者で、親としてまた新聞記者としての経験や、千葉県の「障害のある人もない人もともに暮らしやすい千葉県条例」制定に向けての研究会の座長としての様々な経験を肩肘張らずにユーモアを交えながら、障がい者問題について話された。

夜は、連合京都の旗びらき。細田新会長は気合の入った挨拶。多くの新聞記者とテレビカメラも入っている。焦点は知事選。連合京都は昨年すでに山田知事へ出馬要請を行っているが、その早い決断を促した。山田知事がその声に応えて、どう挨拶されるかと注目していたが、明確には言明せずに肩透し。しかし流れは、もう決まっているよ。選挙は4月。
また参議院選挙については、複数擁立も視野に入れた発言やったな、と思う。京都市長はじめ府内の多くの自治体首長も参加し、もちろん民主党の国会、府市会議員も勢揃い。なにしろ長年の夢であった政権奪取したことで、熱気に溢れた旗びらきでした。

●1月7日(木)

昼前、京都府宅地建物取引業協会の新春賀詞交歓会に初めて参加。これも政権交代がなったことで民主党の府市会議員も招かれるようになったのだ。公務多忙な前原国交大臣も参加して冒頭に挨拶。住宅減税や姉歯事件で建築基準法の改正があり、耐震強度計算など厳しくなったが、この見直しなどの取り組みについて考え方を披露。業界関係者の知人らと懇談。今までは自民党一本の応援団体も民主党にエールを送り始めたのだな。

昼は、恒例のライオンズクラブの新春例会。わが高野川ライオンズクラブは少数だけれど、ぼくもメンバーになって13年かな。虎にちなんだマルペケクイズで勝ち残って賞品をゲット!正月からええぞ!

午後、ボーイスカウト24団でお世話になっていた小林迪夫さんの告別式。享年73歳。心よりご冥福をお祈りいたします。

夕方は、京都水道労組と京都交通労組の旗びらきを掛け持ち。ロイヤルホテルは2日連続。松田、瀬戸両委員長の挨拶も堂々たるもの。国会議員1年生の平智之議員と夏の参議院選挙を控えた福山外務副大臣は大忙しや。

●1月6日(水)

昼前、岩倉は国際会館駅近くの大木工務店に。住宅建設業界が冷え込んでいるとき、「やる気、元気」をモットーにがんばっている会社。社長の大木さんは、上高野の葬儀場建設問題のリーダーの一人でエネルギッシュに運動の先頭に立ってがんばって来られた。社員や関連会社の人たちと餅つき。今年も元気でがんばろう!

午後、恒例の京都府歯科医師連盟の新春御礼会。わが主治医の吉田民夫先生や左京支部の木村先生らにご挨拶。今までは自民党の国会、府市会議員が圧倒的に多く、民主党は少数であったが、政権交代なってわが民主党の国会議員も多く参加。政権の交代とはこういうことかと、実感する。

午後、わが地元の吉田自治連会長の山田栄一さんらと左京区役所移転問題について懇談。左京区役所が吉田にできて80年。松ヶ崎に2011年に移転するが、南部住民の市民サービスを維持する為にどうするか、交通アクセスをどうするのか。そして京都市は跡地の原則売却を予定しているが、公共的な施設の誘致の可能性など、地元の要望活動を展開するのか協議。2月市会で代表質疑に立つが、左京区役所移転問題については真っ向から論陣を張るつもり。ご意見をお寄せください。
 
 夕方は、ロイヤルホテルで自治労京都市職の旗びらき。いよいよ今年も旗びらき、新年会シーズンの幕開け。この20年余、毎年1月はアチコチのホテルのパーティ食に耐える季節。肝臓をいたわりながら走り回る日々。政権交代なって、組合もちょっと元気になってきたかな。ラガーマンの橋元委員長のもと団結がんばろう!福山議員、挨拶の中で、藤井財務大臣の辞任表明を受けて後任に菅直人さんが財務大臣に就任すると報告。菅さん、たのみますよ。

 夜は、高野の「みのり」というラーメン屋に。この正月にアメリカのローズパレードに参加した吹奏楽部の大学生達のお疲れさん会を激励に。成功してよかったね。帰途、叡電元田中近くの「さかな屋のあと」の串かつ屋さんにご挨拶。

仕事始め、1月4日5日

2010年01月06日 | 日記
●1月5日(火)

 午前9時30分から恒例の「左京区新春文化の集い」。区役所の3階に左京区の市政協力委員や社会福祉協議会のメンバー、そして各種団体長さんに国会府市会議員が勢揃い。例によって、明徳小学校児童のお琴の演奏と中川廣山・景子夫妻らの尺八とお琴での「春の海」の演奏。門川市長も年始の挨拶に駆けつけて、未生流の笹岡勲甫家元の新春生け花と「陰陽往来図」に基づいた説明。十二支の七つ目ごとに新しい兆しが(変化)が生まれるということらしい。いつも含蓄のあるお話で勉強になる。どうかお元気で。今年は左京区創立80周年ということで福引もあり盛り上がった。
 散会後、わが母校第四錦林小学校の中島校長に、また吉田で地酒を醸造し始めた松井酒造さんにご挨拶に。新しい酒蔵を見学させていただく。純米大吟醸酒「神蔵(かぐら)」は絶品だ。
 
 昼、寒風吹きすさぶ三条京阪でダッシュ号による民主党2区総支部街頭演説。
鴨川にはユリカモメが乱舞し、いやあ、寒い寒い!凍えそう。前原誠司総支部長はもちろん参加できなかったが、左京の北岡府議、隠塚市議、山科の豊田府議、藤川市議、東山の中野市議らと街頭演説。特別ゲストは、細田連合京都会長。それぞれが新年の決意を語る。今年は民主党の真価が問われる年。がんばらなくっちゃ!
 
 午後、市役所に初出勤。自治労京都市職など組合や市会事務局に挨拶に。昨年末、市労連の委員長に就任した松田京水労委員長にも会えてよかった。
 また昨年来、夢を見始めた北山は大見地区の再生のことで関係者と懇談。色々と知恵を出したいね。夢を実現したいものだ。

 夜、事務所で雑務をしていると左京区役所横で火災の発生と左京消防署から電話。吉田では千日を越える無火災が続いていたので喜んでいたところに、今年初めての火事か。残念!急いで走る。消防車が数台。これはたいへんやな、と現場を見るが、ボヤ程度で事なきを得た様子。煮炊きをされていて壁に熱が回ったらしい。大きな火災にならなくてよかった。器具庫で消防団のみなさんと話をして引き上げる。
 
 夜のテレビニュースでは、藤井財務大臣、辞意を表明、また献金問題を巡って東京地検が小沢幹事長を任意聴取するとかの報道。いやはや前途多難やぞ。

●1月4日(月)

 今日から仕事始め。さあ今年も気力と体力充実、元気に仕事にがんばろう!

 午前中、事務所への年始のお客さん第一号は、自閉症の青年たちの作業所を運営しているNPO法人「加音」の北村夫妻。色々なことを乗り越えて、再出発することになり、この1月末にはお披露目の会を開催することに。今後の運営にがんばってください。
 またインターネットを活用して全国の高校の過去の入学試験問題をオープンにして、またリスニングの練習ができるようにして中学生の英語力をつけようと試みている「英語広場自習ネット」の主宰者の阪東君が久しぶりに訪ねてくる。ゼスト御池の活性化など色々なアイデアの持ち主。また左京区役所の区長、副区長や、さらに何人かの友人等も事務所に立ち寄ってくれる。なんとなくバタバタする。

 さて、鳩山政権が発足して、初めての年頭の記者会見の模様がテレビで流れる。普天間基地問題や献金問題を抱えつつ、まさに「正念場の一年」になりそうや。京都では知事選挙が4月に行われるが、その選挙母体の図式はどうなるのか。注目のところ。また7月には参議院選挙。新政権の審判を仰ぎ、民主党は過半数を確保できるのか、京都では外務副大臣福山哲郎参議院議員が3期目の当選を目指すことになるが、さて複数擁立はどうなるのか。本部から落下傘候補が来るのかなあ。
 
 門川市長も就任丸2年になる。年頭訓示で、新年度予算で110億円の財源不足になるとして、職員に市民目線、コスト意識、未来志向を掲げたということだが、地下鉄の値上げは見送るとのこと。2月の予算市会でぼくは2年ぶりに代表質疑に立つ。市民のみなさんの声を反映させたいと思う。政策提言があれば、お寄せください。

わが正月3ケ日 

2010年01月04日 | 日記
●1月3日(日)

 午前中、吉田神社へ。氏子講社の理事会。本殿、神楽岡社、今宮社を参拝した後、参集殿で初会合。今年は福井晟副講社長がご挨拶。阪神大震災のときにその惨状を伝えた宮田さんというアナウンサーが退職後、神職をされているというお話でした。そして今年の予算案や講社大祭や秋の神幸祭の日程などの提案を了承。来月は節分だ。今年も2月2日と3日、ぼくは追儺の矢を渡すお神楽のところに座っているのでぜひご参拝ください。祈願成就、厄除けをしますよ。なお2日の午後6時には鬼が出る追儺式(鬼やらい神事)が、また3日午後11時には火炉祭(古神札焼納神事)が行われる。たくさんの露店が出るしぜひお越しください。なお福豆で色々と賞品が当たりますよ。
 
 昼、地元の須賀神社、熊野神社そして平安神宮にも家内安全のお参りに。
 午後、叔母一家がいつものように墓参りに。近くの吉田神葬墓地に増次郎じいさん、つねばあさんら先祖が祀ってある。墓碑を見ると昭和34年に亡くなった増次郎さんが亡くなっているが、第12代と刻んである。親父が13代ということになり、ぼくは14代目なんだよ。そして叔母や従姉夫妻や両親を囲んで夕方わいわい。昔の話で華が咲く。両親や叔母が一緒に集まれるのは後何年かな。ところで親父が剣鉾の話をしてびっくり。増次郎じいさんの代まで剣鉾を管理・維持する頭屋だったらしいことが判明。ぼくが60歳にして、剣鉾を指し始めたのも宿命!だったのかな
 夜は、昨夜に続いて映画「レッド・クリフⅡ」を見る。壮絶な映画だったよ。
 こうして今年の正月3が日はいつもの正月のようにつつがなく終わった。明日から仕事始め。さて、気合を入れて今年も歩み始めようか。

●1月2日(土)

 朝、嵯峨の親戚に愚息を送りがてら新年のご挨拶をした後、一路、カミさんと娘とで奈良へ。去年に続いて薬師寺に。近くの茅葺の「草の戸」という料理店で食事のあと、多くの参拝客で賑わう金堂に。東塔は囲いに囲まれて修理中だったのが残念。そして昨年亡くなった平山郁夫画伯の大唐西域壁画の「西方浄土須弥山」の青い空と雪の山に感動する。穏やかな日和。夕暮れ 間近、奈良公園で鹿を見て春日大社にも足を運ぶ。何年ぶりだろうか。初詣を兼ねて、年に一回あるかないかの家族サービス。今年も家内安全、平穏無事に過ごせることを。来年は選挙前だから、ゆっくりできないやろな。
 帰宅して酒を飲みつつ、転寝しながら三国志を描いた「レッド・クリフ」を見ながらぼんやり過ごす。これもわが正月の風景。

●1月元旦

 冷え込んだ元旦の朝、ホカロンを貼り付けて礼服を着て吉田神社へ。元旦恒例の歳旦祭。冷たい空気が新年を迎えるに相応しい。吉田のみなさんと本殿での祭事に臨む。雅楽が流れて澤井宮司さんの厳粛なる祝詞に今年も平安であることを祈る。風はないが手が冷たい。参集殿で「歳の初め」を歌う。澤井宮司さんの新年のご挨拶は、今年は庚寅(かなえのとら)の歳で草木が芽生える歳というような説明をされた。
 乾杯して、帰宅していつものように家族で白味噌雑煮でお祝い。もちろんお酒は地元吉田の松井酒造さんの「神蔵」。絶品ですぞ。そして今年もたくさんいただいた年賀状を拝読。ありがとうございます。初笑いは、わが剣鉾仲間の某郵便局長さん。珍獣ハンターの姿をした姿に大笑い。毎年初笑い。「福来る!」やな。ちょっとショックだったのは長年の友人が脳梗塞で倒れてリハビリ中だとか。早い快復を祈る。
 ひと寝入りして午後遅く大文字山に。鹿ケ谷から大の字の火床の右下のところに出る。体がなまっていて喘ぎ喘ぎ。ちょっとサボっていたらあかんな。火床で京都盆地を望む。吉田山や御所、船岡山、二条城など緑の島が街に浮いている感じやな。今回は日暮れも近く天気がイマイチなので頂上までは無理をせずに銀閣寺に下山。今年も体力をつけるために時間を作って歩こう。
 夜は、両親や弟の家族らも揃っていつもの正月の団欒。親父は今年91歳、母親は83歳か。まあ元気で何より。さて、ぼくはいつまで元気に生きられるのかな。 
 今年も元気に気合を入れてがんばろう!