京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

国民・みらい京都市会議員団に   5月14日ー17日  

2018年05月26日 | 日記
●5月17日(木)
 
   <5月市会 始まる>

 今日から5月市会。市長と岡田副市長から、SNSを活用したいじめ相談事業と篤志家の基金を活用して養護施設の退所者で大学進学する生徒への支援をする補正予算。
 また各審議会の廃止や設置の条例、タバコ税の税率をあげるなどの京都市市税条例等の一部を改正この間、色々と議論をしてきた民泊問題では適正な運営をさせるための旅館業法の条例改正、京都市空き家等の活用,適正管理等に関する条例の一部を改正、
 北区は楽只小学校が紫野小学校に統合の条例、いつものように市道路線の認定と廃止や八条市営住宅団地再生事業実施契約の締結、第一市場の駐車場整備工事請負契約の変更などが議案。

   <琵琶湖疏水 通船事業のことで>

 午後、議案のタバコ税のことなど担当部長と意見交換したり、水道局の課長とは琵琶湖通船のこと。
 実は、ぼくの友人が大津から乗船したときの三井寺近くの乗船場が分かりにくかったという指摘を受けていたこと、また蹴上のインクラインの上にある発着場の場所を過日ぼくが浄水場のツツジを見に行った時に見たときも案内が不十分であると思っていたので、担当部長に改善を申し入れていたところ、早速、改善をしましたと報告に。うれしいね!

    <田中 直子 展>
 その後、三条寺町上がるの「ヒルゲート」での田中直子さんの個展に。いつもながら彼女描く大樹、カジマルには圧倒されます!彼女と出会ってもう20年は経つのかな、彼女の描く大樹の絵に力強い生命力を感じる。今回は沖縄のカジマルの大木。光の中に、アサギマダラというのか、蝶が飛んでいるのにロマンを感じました。
 
    <吉田消防分団、女性団員のこと>

 夜は、消防分団周りはわが地元の母校、第四錦林小学校での吉田消防分団の操法訓練を激励に。石野分団長が勇退して、坂田新分団長が張り切ってました。がんばってね。なお京都市の消防団でも吉田では早くから確か5人の女性団員が入団して活躍をしていたが、この春、退団されて。25年間、がんばってこられました。お疲れ様でした。

●5月16日(水)

 午前中、事務所の来客はわが鴨沂高校時代の同級生の姉妹。レース&ブルーメという高齢者を中心にとした手芸教室をしていて、この間のその活動について色々と話を聞き、相談ごとひとつ。担当者といちど相談してみようと思う。

    <我が家の隣が民泊に>

 それから、とある行政書士さん。実は我が家の隣の家が売りに出されていたのは知っていたが、なんと今はやりの民泊を開業するとか。えらいことですがな。大正時代に建ったいわゆる京町家なので、その活用ということらしい。 用途市域としては近隣商業地区で、わが家はどうやら住居専用地域なのだが、いやはや頭が痛いね。
 町内会長にも説明をしてほしいこと、また法令や条例を順守して、町内のみなさんに説明をすること、また運営については、今の時点では決まっていないが、問題は、騒音とかゴミ出しとか管理がどうなるのか。まさか我が身に降りかかってくるとは!
 
    <新日本プロレス京都大会 9月12日 ハンナリーズアリーナで開催> 

 午後は、西京極体育館に。今はネーミングライツで「ハンナリーズアリーナ」という名称になっているが、京都市の施設。新日本プロレス共同企画が9月12日(水)に10数年ぶりかな、西京極で興行をする。ぼくはプロレスの味方です。長―い付き合い。
 この間、KBSホールや武道センターで開催されてきたが、オカダ・カズチカらの登場で、新日本プロレスが隆盛になってきて、大きな会場でやることになった。新日本プロレスの営業マンと会場を見せてもらい、控室など見せてもらう。デカい会場だ!がんばってチケット売りもしよう。プロレスファンのみなさん、応援よろしくです!
 
 夜は、消防団の総合査閲に向けて練習に励んでいる養正分団と第三錦林小学校での錦林東山分団を激励に。養正消防団分団、人数が少ないけれど頑張ってます。なお職員室が明るかったので覗いてみたら先生方が、残業中。遅くまでご苦労様です。教員の「働き方改革」を実現が必要です。

●5月15日(火)

 今日はええ天気です。我が家の玄関に金宝樹が咲き始めました。別名ブラシの木というらしいが、まさに真っ赤なブラシです。いつもより、早いな。

    <百万遍 手づくり市 臼井郁司のこと>

 毎月15日は百万遍知恩寺での手づくり市。久しぶりに行くが、葵祭の日でもあり、全国から多くの人が押し寄せてもう雑踏!
 いつもの本部席には主の臼井さんがいない。寂しい。4月に亡くなったのです。
ぼくが百万遍に事務所を構えていた頃、手づくり市が細々と始まったのは1987年かな。主宰者の臼井郁司さんは、鴨沂高校のぼくの2年先輩でした。今では北野の天神さん、東寺の弘法さんの市のようにたくさんの店が出て、近年、各所で開催されているなんとかマルシェの先駆けですよ。
 先月梅小路の手づくり市の準備をされているときに倒れられて先月亡くなられました。心よりご冥福をお祈りいたします。
 知り合いの帽子屋さんなどを冷かして、木陰のマッサージ屋さんで暫し体を解してもらいました。サンキュ!
 
 午後は、議員団室に。
 とある福祉施設のことで担当者から説明を受けて意見交換。

 それから、体操着のリサイクル運動に取り組んでいる岡部達平君とその関係者のみなさんと教育委員会との懇談。思いがけない国際問題が発生したので、その報告と今後の取り組みについて意見交換。いやはや、子供たちの環境問題の学習に役立つ方法の知恵を出したいね。

 夜は、5月20日の左京消防団総合査閲に向けて練習に励んでいる錦林小学校グランドでの聖護院分団と岡崎分団の練習を激励に。それぞれの分団員さん、仕事を終わってからの練習、ほんとうにご苦労様です。頭が下がります。

●5月14日(月)

   <京都市児童相談所を視察>

 昼過ぎ、ママチャリで御所を抜けて二条城近くの京都市児童相談所に議員団の視察。御所は明日の葵祭りで観覧席の椅子も並び準備万端。祭り日和になりそう。

 京都市児童相談所は、児童福祉法に基づき子どもを育てる家庭環境に関すること、こどもの心やからだに関すること、発達の遅れ、きこえやことばの問題、自閉症、てんかん、運動発達の遅れなど。家庭内での暴力、シンナー吸引、盗みなどの社会不適応がある子どものことなど。子どもをよりすこやかに育てるための相談、学校へ行けない子ども、いじめ、しつけ、健康、発達、育児などの相談などを子育てのみなさんの悩みやこどもの健全な成長を願ってスタッフが日夜取り組みを行っている。

 今回は、特に児童の虐待について説明を受ける。
まず子どもの虐待についての相談・通告を24時間 受け付けている。子ども虐待SOS専用電話 TEL 075-801-1919(市内共通)です。何かあれば、まず相談してみてくださいね。

 虐待には、身体的虐待、ネグレクト(養育の拒否や放置)、心理的虐待、性的虐待など保護者や養育者が行い、それに対して児童相談所としての家庭訪問から出頭要求、立ち入り調査、臨検などの手続きを踏みながら、施設入所やなど児童の安全を図る。説明のあと一時保護所も見学させてもらうが、環境の改善に努力されているが、建物が老朽化している。新しくリハビリセンターなどとの合築で新施設の建設計画があるが、早急な完成を望みたい。
 
   <民進党京都市会議員団から国民・みらい京都市会議員団に> 

 視察の後、議員会。民進党から国民民主党の設立を受けて、さて民進党議員団の名称をどうするか。これが問題だ!
 同僚の議員それぞれが自分の思いや考えを述べる。ぼくは、一つの案として提案されていた「都みらい議員団」に賛成をしていたが、議論の末、「国民・みらい京都市会議員団」に落ち着いた。まあ7人がおおらかに仲良く議員団活動をできればいいとぼくは考えている。
 
   <わが議員団の遍歴>

 振り返れば、当選したときは社会党、そして社民党議員団から京都市民クラブ、そして民主党が京都で結成されたのは1998年。旧社民党と民社党の議員団が合流して、「民主・都みらい議員団」が発足したのは1999年でしたか。
 以来、民主・都みらい議員団として長年市民のみなさんとともに歩んできました。しかし2016年に民主党から民進党に名前が変わり、民進党京都市会議員団としてこの2年、7人のメンバーで議会活動を続けてきました。
 
 そしてこのたびの国民民主党の設立を受けて、この5月から「国民・みらい京都市会議員団」に属することになったのですよ。まあ30年も議員をしてたら色々なことがありますよ。
 
   <森村ヒロム君と>

 夜は、民進党時代に公募で衆議院議員候補として、茨木市などの大阪第9区でがんばってきたが、希望の党では比例候補で当選できなかった森村ヒロム君が京都に来てくれて熊野神社の膳洛でわいわいと一献。
 彼は昨年亡くなった茨木市議の田中総司さんに色々と指導をしてもらっていたという。田中さんの思い出話をしつつ彼の近況など聞く。今は衆議院議員の秘書をしているという。政治の道を進むには色々と苦労した方がいいよ。何せ、まだ若い!がんばれよ!
 若者と飲むのは楽しいね!


無情の雨! 剣鉾差せず!       5月12日・13日    

2018年05月26日 | 日記
●5月13日(日)

     <無情の雨 須賀神社は居祭>

 無情の雨です!

 午前中、家でゆっくり。昼過ぎ、雨降る中、近くの須賀神社の神幸祭に。雨で居祭りです。聖護院のお歴々と共にぼくも神事に参列。佐師宮司さんが粛々と祝詞を上げられて、ぼくも玉串奉奠。須賀神社は交通神社としても有名です。着飾った御稚児さんたちは。雨で行列が中止されて残念なこと。ご法蓮も剣鉾も子ども神輿も出ずに残念、10年ぶりぐらいかな、雨で居祭りになったのは!残念!

     <吉田氏子講社大祭も雨 剣鉾差せず!>

 須賀神社の神事の後、吉田氏子講社の春の大祭に。雨で予定されていた近衛中学校の吹奏楽部の演奏や練習を重ねてきたわが剣鉾の披露も中止になって無念!
 抽選会ののみ行われたが、吉田の住民のみなさんも雨で参加者は三々五々来られるだけで商品もだいぶ余った様子。雨の中、理事のお世話役のみなさん、お疲れさま。しかし祭りの後の「直会(なおらい)」はつきもの。参集殿で宮司さんの御挨拶の後、乾杯だけして散会。

 しかし、剣鉾の練習をしてきたメンバーは、大元講社の剣鉾を飾ってある資料館で「直会」。練習に励んできた剣鉾女子に長老に台湾からの学生さんも参加してワイワイ。これまた楽しいね。

      <わが青春の台湾>

 で、台湾からの留学生に、おじさんは50年ほど前に台湾に行ったことがあるよ!と話してFB友達に。
 そこで台湾のことです。1972年かな、ぼくは沖縄で過ごした後、台湾にとある友人と行ったことがあるのですよ。ほぼ台湾を一周して高雄でしばし滞在していたのです。台北では商社マンで「思想の科学」の会員だった柴谷さんという方にお世話になったことを思い出しました。そして田舎では街頭テレビで日本のプロレスの中継がされていたのをみんなが見ているのを思い出しました。
 帰途、基隆から船で沖縄に戻り、それからコザ〈今の沖縄市〉で、PCSというアメリカの平和団体のメンバーと共に米軍の兵士たちにビラを撒いたり、沖縄の島上げてのゼネストの集会で通訳もしたのです。わが青春、ボヘミアン時代!

●5月12日(土)

      <京都市学校職員労働組合 定期大会>

 朝、9時過ぎに御所をママチャリで横切って、ルビノ堀川での毎年この時期、恒例の京都市学校職員労働組合の定期大会。
 いつもながら植田委員長のお話は、学校での管理用務員として、いかに問題を抱えている生徒たちと向き合っているか、生徒の靴を修繕する話をして感動する。執行部は委員長をはじめ女性たち。
 来賓は橋元連合京都会長に高橋直樹自治労府本部委員長に前原、福山議員に在田教育長ら豪華メンバー。来賓の挨拶が10人程続き、最後のぼくもスピーチ。学校の環境整備で、アリや毛虫などの差されて大変でしょうが、がんばってと短くエール!

 昼過ぎ、京都ハラールネットワークのみなさんと打ち合わせ。韓国からの来客も同席して、わいわい。

      <吉田剣鉾保存会のこと>

 それから、吉田神社参道での剣鉾保存会の練習に。この道、20年近いベテランやこの2,3年熱心に練習に励み見事に鈴を鳴らせるようになったメンバーに加えて岩倉の剣鉾を復活させたいと頑張り始めた五代君ら、もちろん、京都造形大学の剣鉾女子も一生懸命で今日は台湾からの日本語学校に通う留学生も来て熱心に練習を見守りトライ。
 明日が氏子講社大祭本番とうことで仕上げの練習。

 どうやら、明日は雨で講社大祭は中止のようです。残念無念!

連休終わってーーー    5月9日ー11日   

2018年05月26日 | 日記
●5月11日(金)

 ぼくは天気が良ければ、家から市役所までママチャリで10分。近衛通を西に荒神橋に出て、そこから鴨川河川敷を鴨川の清流や水鳥たちを見ながら、丸太町橋から二条大橋から市役所に行く。春は桜満開、新緑の5月!紅葉する秋、そして雪景色。四季折々の鴨川!今日は薫風は気持ちいい!

    <5月市会、議案の勉強会>

 昨日、5月市会の議案が発送されたので、今日は議員会を開いて各局から議案の説明を受ける。この4月に人事異動があったので冒頭に各局長や部長の紹介。

 まずは補正予算については、山本ひろふみ議員のFBから引用。
―――補正予算では国の100%補助を受けて、SNSを活用したいじめ相談事業が予算化。京都市においてはこれまで電話、メール、もちろん対面によるいじめ相談を行ってきましたが、SNSの普及を受けて、新たな事業が始まります。先行する、長野県や大津市の取り組みなどを参考にしながら、しっかりと取り組んでいけるようチェックしてまいります。また、篤志家からいただいた寄付を財源に児童養護施設等をでて大学に進学し、勉強意欲のある学生に対する給付も予算化されました。――――
 
 その他の議案では、喫煙派のぼくにとって大きな問題は、地方税法が一部改正されて、市タバコ税が段階的に上がっていくというのが上程されているのですよ。また旅館業法の改正により、構造設備の基準やロビーの設置や玄関帳場のことについて定めようとするのや、消防ヘリコプターのエンジンの交換、北区の楽只小学校を紫野小学校に統合する議案や市道路線の廃止など。

    <議員会 さて議員団の名称をどうするか!>

 各局との議案についての勉強会が終了後、議員会を開催して、「民進党」が「国民民主党」に衣替えしたことで、さて、民進党京都市会議員団の名称をどうするか、これが問題だあ!民進党の前は、民主・都みらい京都市会議員団として10数年やってきたが、民進党になるときも議論があったが、ぼくは「都みらい」を残すように主張していたが、さてどうなるか。

 夜は、剣鉾の練習。京都造形大学の日本語学校の台湾からの留学生が男子学生と女子学生も来て熱心に見守っている。練習終了後、チッパーで軽くビールを飲んでワイワイ。春の大祭の日曜日は雨かな。

●5月10日(木)

    <おふくろのこと>

 朝、末弟の車で月イチのおふくろの定期検診日。いつものように嵯峨から千本丸太町の主治医のところで血圧などの測定。血圧など異常なし。車イスから助手席に乗せて天気が良かったので帰途、西山ドライブウエーに。新緑が綺麗な保津峡など車中から見られて喜んでくれました。大正、昭和、平成を過ごして来年新しい元号になっても大丈夫そう!

 午後、事務所への来客は地域ウエッブサイト「左京ライフ」のことでコムペイジの牧野君と今後の運営のことで協議。
 夕方、二ノ瀬在住の方の奥様のお通夜に。高校時代からの同級生だったという。闘病生活を続けられているのは知っていた。心よりご冥福をお祈りいたします。

 夜は、剣鉾の練習。13日が氏子講社の春の大祭なので追い込みの練習。

     <加計学園問題、再び浮上>

 ニュースは、「加計学園」の獣医学部新設を巡り、予算委員会で柳瀬唯夫元首相秘書官の参考人質疑。柳瀬氏は首相官邸での学園側との3回の面会に応じたのは自身の判断と強調した。ほかに民間との面会はなかったとも説明しており、加計学園への厚遇ぶりが鮮明になった。安倍晋三首相の関与に関しては「いちいち総理に報告することはない」と改めて否定した。
 愛媛県の文書に「首相案件」と発言したとされる点については「首相との言葉は使わないので違和感がある。愛媛県文書の内容は、私の伝えたかった趣旨とは違っている」と否定。安倍晋三首相への報告や首相からの指示は「一切なかった」と述べた。
首相案件に決まってるやろ!
 
 もうひとつのニュースは、米朝会談に向けての様々な動き。金正恩朝鮮労働党委員長はポンペオ米国務長官と会談し「会談は朝鮮半島の肯定的な情勢発展を推進し、素晴らしい未来を建設するための第一歩を踏み出す歴史的な出会いとなるだろう」と意欲を示した、という。長かった休戦状態に終止符が打たれるのか。非核化への道筋が開けるのかな。


5月9日(水)

 連休も終わり、東京での国民民主党の設立大会も自治体議員フォーラムの総会と研修会も終わり、ほっと一息。日常に戻ったのかな。
 
 事務所に溜まった郵便物や様々な会合の案内など点検して、またその他の雑務をして、来客もあり、また隣の隣人のことがちょっと心配になったりで、なんやかんやで過ぎていく。昼ごはんはご近所の「みみお」で中華そば。美味い!

 夜、吉田神社境内で13日の氏子講社大祭に向けて剣鉾の練習。京都造形大学の剣鉾女子もがんばっています!ぼくは彼女たちに交じって練習。一向に上達しません。

    <国民民主党、離合集散!>

 ところで、新党「国民民主党」の所属の国会議員はどうなったのか。大塚耕平、玉木雄一郎共同代表として、民進党と希望の党の所属議員107人のうち、新党参加者は衆院39人、参院23人の計62人にとどまった。民主党と民進党幹部だった岡田克也氏と野田佳彦氏ら衆参計27人は離党届を提出したという。そのうち10人は立憲民主党に入党届を出したという。
 希望の党では、細野豪志元環境相ら13人が新党に参加せず無所属で活動する。党創設メンバーの松沢成文参院議員ら衆参5人は新党「希望の党」の設立を8日にも総務省に届け出る。
 この結果、衆院は54人の立憲民主党が自民党に次ぐ第2会派と野党第一党を維持する。参院は民進党(41人)に代わり公明党(25人)が第2会派に浮上したということです。

国民民主党設立大会と地方自治体議員フォーラム

2018年05月16日 | 日記
●5月8日(火)

   <地方自治体議員フォーラム 研修会 
      井手英策さんの講演>

 10時から研修会。昨年の研修会に続いて、慶応大教授の井手英策教授が「縮減の世紀の社会ビジョンー自由と可能性の王国へ」と題して熱い熱い講演。
 思い返せば、昨年春、2017年3月に蓮舫代表の時の民進党大会で、前原議員が会長の「尊厳ある生活保障総合調査会」のアドバイザーをやっているということで、いわば学者生活をかけて、特定の政党を推すという決意を込めた熱いメッセージが語られたのが、強烈だった。そして5月には自治体議員フォーラムで「尊厳ある生活保障へ――『頼り合える社会』の構想」として講演いただいた。
あれから1年!衆議院選挙の時は前原代表が無所属ということもあり、党首討論もできず、井手先生の掲げた「頼りあえる社会」の政策を訴えることもできなかったのは、さぞ口惜しかったろうと思う。

 今回の講演のテーマは「縮減の世紀の社会ビジョン―自由と可能性の王国へ」。「戦犯です」という言葉も発せられたが、要は、「自己責任社会から頼りあえる社会」、「憎悪と嫉妬の押しつけから痛みの分かち合いへ」、「官対民、公対私から公・共・私のベストミックスへ」。「新自由主義批判から新自由主義無効化へ」と原則を訴え、参加者に向かって「今のみなさんの苦しみを、新しいリベラル誕生の生みの苦しみに変えてみせるという決意」と締めくくられた。
 いつもながら熱い熱い思いを語られた。その彼の思いを我々はどう受け止めるのか。大きな宿題をもらったと思う。ありがとうございました。
 
 こうして、2日間にわたる、ぼくが代表をつとめる地方自治体議員フォーラムの総会と研修会が終わり、また大塚代表の元、新党に向けての協議にそれなりに参加して、見守ってきたが、国民民主党が結成されて、ひとやま越えたと思う。漂流していた船が大塚・玉木の二人の船長の元、船が出港する。もうすこし乗船して、見守ろうと思っている。
 
 赤坂見附で天丼でビールを飲んで、早々に新幹線で帰京。ちょっと疲れました!これで当分、東京へ往復することもないだろう。

●5月7日(月)

   <国民民主党 設立大会> 

 ホテルのレストランでパンとジュースで朝ごはん。その後自治体議員フォーラムのブロック代表の会議。ぼくが挨拶をして、副代表の大渕県議から総会に提出するこの1年間の活動報告と提案など議案を確認。そして、民進党と希望の合流が決まり、急遽、この日に国民民主党の設立大会が開催されることになり、その日程など確認。また総会での議長や研修会の司会者、そして懇親会での乾杯の音頭を宗方福島県議に決める。

 午後1時から、民進党から国民民主党への衣替えの設立大会。テレビカメラが多数陣取り報道関係者もたくさん詰めかけていました。昨年秋以降、大塚代表らとの会議に自治体議員フォーラムの代表としてなんどもぼくも本部に出向き、新党結成までのプロセスを見守ってきた。

 新党設立までの経過を幹事長としてまとめてきた増子輝彦参院議員が報告した。経過について(1)2月4日の民進党大会で、できる限り早期に「中道的な新しい党」を目指すとの方針を決定(2)3月30日の民進党両院議員総会で、志を共有する同志で「中道的な新しい党」「新しい民主党」である新党を結党し、一丸となって政権交代実現を呼びかけるとの方針を承認(3)民進党出身議員を中心に結集を図ることとして、立憲・希望両党へ呼びかけ(4)賛同を得た玉木・希望の党代表と大塚代表との4月9日の党首会談・新党協議会発足(5)「綱領・基本政策に関する検討会」「組織・規約・選挙に関する検討会」を設置しての原案の取りまとめ――等を報告した。そのうえで「国民民主党の設立の目的は、国民を置き去りに暴走する安倍政権を打ち倒し、民主主義を高め、国民生活を向上させる政権の樹立にあることはここに集う者の総意だ」と表明した。

 新党の綱領・基本政策・規約については、希望の党で幹事長を務めた古川元久衆院議員が提案した。綱領については、「基本理念、私たちの立場、私たちの目指すものの三本柱とした」と述べ、「基本理念」は、自由、共生、未来への責任を掲げ、「私たちの立場」では、生活者、納税者、消費者、働く者の立場に立つことを明確にし、「私たちの目指すもの」では、人への投資、安心の社会保障、地域主権改革等8項目を掲げていることを説明した。 基本政策や規約は民進党のものをベースとしており、共同代表制度や総務会を新たに設置することとした。 古川衆院議員の提案を受けて、国民民主党の綱領、基本政策および規約は拍手で承認された。

 そして、国民民主党のスタート時点での代表は民進党の代表を務めた大塚耕平参院議員、希望の党の代表を務めた玉木雄一郎衆院議員による共同代表がふさわしいと考える」と提案し、拍手で承認された。

 大塚代表は、「国民民主党の綱領には「中道」という言葉が盛り込まれた。「中道」とは、単に真ん中とか中間を表す概念ではない。東洋哲学や仏教がルーツの「中道」という概念は、異なる意見を否定せず、熟議を尽くして合意に至る思考論理、思考方法、議論の作法だ。つまり、民主主義そのものだ。古今東西の哲学をルーツとする民主主義と中道を重んじ、国民主権を実践し、国民生活を向上させ、国民経済を発展させ、国民主義の立場から、国民全体の奉仕者として、その使命と職責を果たす。それが、新しい国民政党、国民民主党だ。また、国民民主党の綱領には「改革」という言葉も盛り込まれた。「改革」も避けては通れない。21世紀に入り、内外の変化のスピードは加速している。少子高齢化、地方や地域社会の未来、激変する国際情勢など、山積する課題に対し、20世紀末から21世紀初頭の日本は、必ずしも十分に対応できなかった。様々な分野で改革が広がっている」と綱領に込めた意味を説明した。

 玉木雄一郎共同代表は新党の形について「対決だけではなく物事の解決を導く政党でありたい」と表明。厳しい追及で対決するが政党の原点である政策を磨きしっかり提案する政党として取り組んでいく考えを語った。また「政策集団として新しい時代に備えていく、未来を先取りする政党でありたい」と表明し、(1)AIを中心とした革新的技術が進歩する時代(2)人生100年時代(3)人口減少時代(4)経済や政治の中心が大きくアジアに移っていく時代――の4つに対応しながら生き抜く日本をつくるための政治集団として先頭に立って行くと表明した。そのうえでプロジェクトABCと名付けて、大きな政策の柱を掲げ、磨き上げていく考えを語った。「われわれは堂々たるゼロからの出発。ここからすべてを描き上げる。間違いなく厳しい道のりの第一歩だが、近い将来、政権の中核を担えるのは私たちしかいない、国民生活を守る現実的な政策を提案できるのは自分たちしかいない。そんな矜持(きょうじ)を胸に、共に歩んでいこう。今と未来を生きるすべての国民のために全身全霊で働いて行こう」と出席議員に呼びかけた。

 若手の自治体議員や国会議員が結党宣言を読み上げ、新党のスタートにあたりそれぞれが前向きに歩んでいく旨、決意を表明した。 最後に、国民民主党の門出を祝って、両党の青年局長である城井衆院議員、田辺一城・福岡県議会議員のリードでガンバローコール。

    <地方自治体議員フォーラムの総会と研修会>

 粛々と設立総会は終わり、しばし休憩後、同じ会場で、地方自治体議員フォーラムの総会。代表ということで、ぼくが冒頭に挨拶。
 また副代表の大渕新潟議員がこの1年間の活動報告。また自治体議員の年金問題のプロジェクトの中間報告やこれからの方針を淡々と提案。ひとりの女性議員が年金問題について質問があったが、それぞれ了承してもらった。

    <骨髄ドナーのこと>

 そして、研修会では、「骨髄バンクの現状と課題」として日本骨髄バンクの小島勝さん、移植された池谷有紗さんが「ドナーさんからもらった宝物」と題して、発病から自らの壮絶な闘病生活や、移植を受けて今元気になっていること、ドナー提供者との手紙のやり取りなど語り、会場は静まりかえって聞き入りました。
 最後に、マニフェスト大賞を受賞した青年委員会の平賀網走市議から、名古屋市議だった日比健太郎さんが白血病で亡くなったことを受けて、各自治体で日比健太郎君が提言した「ドナー休暇制度導入」や「勤務先への助成制度導入」を議会での質問や国への意見書などのかたちで取り上げてきた骨髄ドナー登録の運動の取り組みを報告。
意義のある研修会になりました。
 
     <懇親会では>

 6時からは同じ会場で懇会。300人程が集まり、また国民民主党に結集した泉ケンタ議員ら国会議員が壇上で挨拶。ぼくの知らない若手議員がほとんど。まあゼロからのスタートですかね。

  その後、京都から参加したメンバーと泉ケンタ議員、遅れて山井議員に滋賀県の議員のみなさん、大塚共同代表にも来ていただいてワイワイと懇親会。まあ、紆余曲折あったが、元の鞘におさまったということ。
 
 ともあれ、この間、東京往復をなんどもしたが、ひとまず落ち着きました。漂流していた船がようやく港に着いた感じ。でもこの船に乗る人もいれば、降りる人もいるだろうと思うと高揚感がない。そして、今後は来年の統一自治体選挙に向けて各議員がどの道を、どの船を選ぶのかが問われることになるのです。悩みどころはこれからだあ!

お祭りシーズン        5月4日ー6日

2018年05月16日 | 日記
●5月6日(日)

 大型連休の最終日。
昼に八瀬に。管理組合理事長さんに呼ばれてアーバンコンフォートの春の集いに。ちょっとご縁があって水路の改善などの要望を受けて、土木事務所とのやり取りをしたのは3年前かな。マンション住民のみなさんの手づくりの交流の場。ぼくも挨拶をさせていただいて知人の住民らと懇談。ポンプの訓練もあり子供たちは大喜び。比叡山山麓の新緑がまぶしい!
 
   <剣鉾の練習>

 午後2時過ぎには、吉田神社参道で吉田剣鉾保存会の集中練習。風が強くてちょっとたいへん。京都造形大の剣鉾女子や岩倉の五代さんのグループなども参加。13日が吉田氏子講社大祭ということでの集中練習。老骨に鞭打って、ぼくも頑張っていますが、なかなか上達しませんなあ。

   <東京へ>

 剣鉾の練習をしてから午後8時過ぎの新幹線に飛び乗る。デッキまで人が溢れる混雑。そうや連休の最後の日やった。名古屋でなんとか座れたのでほっと一息。ビールを飲みながらカミさん手作りの弁当。
 明日は国民民主党の結成の集いと自治体議員フォーラム。会場の都市センターホテルに着いたのはもう11時を過ぎていた。

●5月5日(土)

   <京都北山 高原の里 百井にて>

 連休もあと一日。好天に恵まれたので京都北山を山岳ドライブ。まず大原は小出石から酷道477号を百井の里に。「ちょっといっぷく」で一休み。そして思子淵神社のお祭りです。大きな杉木立の山裾の小さなお社。京都市の山間部の地域おこしに取り組む「かがやき隊」のメンバーや国本議員は家族で参列。50人程の参列者。地元のみなさんが交代して神主役をされるとのこと。ぼくも玉串奉奠をさせていただきました。

   <百井分校のこと> 

 そして、11月市会で廃校の条例を可決した百井分校跡を見学。かなり老朽化が進むが、相撲の土俵があり子どもの相撲の練習にも使われているとのこと。便所は新しく設置されていたが、建物を整備して、子どもたちや地元の人が使えるように、屋根にペンキを塗るなりしてきれいにしてほしいと地元の方から要望を受けました。教育委員会と話をしてみましょう!

   <大見の思子淵神社と尾見分校のこと>

 百井からさらに北に。大見です。大見にも思子淵神社があります。過日新聞にも記事になったが、台風で流された神社を藤井義昭さんたちが再建されました。お疲れ様でした。実はこの近くで10年ほど前かな、女性の遺体放置事件があったのですよ。ともあれ、大見の自然は豊かで、尾瀬のようですよ。

 そして、11月市会で廃校が決まった尾見分校。30年余前、この地に残土を埋め立て大見総合公園計画が発表され、北山の豊かな自然を守れと大反対運動を展開したのです。尾見分校跡は、解体して地元のみなさんとこれからの活用計画を協議することになります。
 
 帰途、ヒノコというところにも立ち寄り、ここは大見総合公園計画の時にトンネルを掘って道路を建設しようとして橋が建設されたところ。京都がバブル景気で浮かれていた時代の遺物。このことを知っている市会議員は、今やぼくだけかな。
 
 新緑の山を見上げ、藤の花が咲き乱れる北山の自然に触れて英気を養った一日でした。いつか山歩きをゆっくりしたいなあ。

●5月4日(金)

    <大豊神社の神幸祭>

 風薫るお祭りの季節。今日は大豊神社の神幸祭。
 10時過ぎに錦林に。今年は若王子から剣鉾が進み、新緑の綺麗な東山を背景に青空に鉾先が光る。東部いきいき活動センターから、うどん屋ごん太の前では獅子舞がぼくのために舞ってくれました。
 永観堂前、そして南禅寺門前にて4基の剣鉾が差されたのは壮観。つい2日前に異臭騒ぎがあったので心配していたけれど、剣鉾も神輿も順調に巡行。

 永観堂は、青紅葉が見事でした。わがFB友達の小林宮司さんも馬に乗ってかっこ良い。昼ごはんは子ども食堂「夢」のメンバーが大活躍。冷やしぶっかけうどん、美味しかった!北岡府会議員も激励に。桜井元市議も大きくなった子息と一緒。

    <大原 江文神社の春のまつり>

 午後は一路大原に。大原江文神社の春のお祭り。
 一瞬、大雨。テントの露店もずぶ濡れ。鹿の串カツなど食しながら親しい猟師さんと鹿の捕獲の話も。小雨の中、大原の里を巡行した神輿が帰ってきて神事。雨が降りましたが、清めの雨。
 江文神社の奥は、金毘羅山の岩場のあるところ。山岳部の時にロッククライミングの練習によく来たのを思い出した。
 
 帰途、八瀬のマンションに立ち寄り、管理組合の理事長と懇談。
 道路敷きの崖が崩れかかっているとの相談。早速、土木事務所と掛け合ってみよう。
 
 夜は、事務所の隣の弟夫婦宅で会食。愛猫ベンガルキャット、琳太郎君が可愛いね。美味しい手づくり料理と酒で楽しいひと時。

風薫五月!   連休半ば    5月1日ー3日

2018年05月16日 | 日記
●5月3日(木)


     <憲法記念日>

 今日は憲法記念日。ぼくは護憲派です。安倍首相での改憲は断固阻止!
 わが日本の憲法の「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」は断固として守る!

 第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

 わが人生70年。この憲法がぼくに身に沁みついている。断固護憲派です。

 さて、明日4日は哲学の道近くの大豊神社の神幸祭。昼ごはんを錦林のうどん屋「ごん太」でぼくの定番のごん太うどんとコロッケと卵焼きのおにぎり。おかみさんが入院中とか。早く元気になってくださいね。
そして哲学の道にある御旅所で練習に励む大豊神社の剣鉾仲間を激励に。明日4日は大豊神社の神幸祭。地元の長老らが見守る中、わが吉田の剣鉾の鬼、柿阪君らが最後の仕上げ。観光客も興味深く見守ってました。明日、晴れたらいいね。

●5月2日(水)

    <南禅寺で異臭騒ぎ>

 朝から事務所で雑務。
 昼前かな、左京消防署から南禅寺で異臭騒ぎがあり救急搬送された人がいるとの連絡。
約束をしていた来客応対の後、午後、小雨降る中現地に。南禅寺はわが左京区です。
京都新聞のニュースを引用しておきます。

 <京都・南禅寺で刺激臭 観光客らのどの痛み、国宝・方丈近く>2日午前11時半ごろ、京都市左京区の南禅寺で、職員から「薬品のような刺激臭がする」と119番があった。境内にいた観光客や職員ら男女24人がのどの痛みや目まいなどを訴え、このうち20~74歳の女性4人が救急搬送された。いずれも命に別条はないという。
 川端署や市消防局によると、搬送された4人は当時、国宝・方丈の庭園周辺にいた。庭園近くの女子トイレ付近から刺激臭がしたとの情報があるといい、午後1時現在、庭園周辺への立ち入りを禁止している。参拝者の女性は「のどに刺さるような臭いがした。テロかと思って急いでその場から逃げた」と驚いていた。現場近くで剪定(せんてい)作業をしていた造園会社の女性社員は「これまでに嗅いだことのない臭いで、大勢の観光客も一斉にせき込み始めた。何が起きたか分からず、びっくりした」と話した。
―――――――――――
 ぼくが行った時は、テレビ取材班がいたが、落ち着きを取り戻して観光客が雨の新緑を楽しんいでました。4日には、門前を大豊神社の神幸祭で神輿とケンボコが巡行するのだが、大丈夫そう。
 テロかと思ったが、そうではなそう。搬送された人も回復されたようで安心はしたが、原因はなにか。警察の捜査を見守りたい。 
 
     <京都の農林業を語りながら>

 その後、事務所に戻って雑務をして夕方、二条川端東の居酒屋さんで市役所は産業観光局の農林振興室のOBでFB友達の髙木淳さんらと一献。高木さんは退職後、西京区の大原野で野菜作りをしているとのこと。畑で採れた大根とキャベツからできた新しい京野菜「京ラフラン」を頂戴しました。京都の農林業の振興をどうするか、大いに盛り上がりました。散会後、東山二条の58ハンバーガーでラム酒飲んで一息。

●5月1日(火)

   <風薫る5月>

 今日から5月。いいお天気。風薫る5月。ちょっと暑いぐらい。

 朝、カミサンと娘の住む長岡京市に。過日引っ越しをしたので、いらない荷物を取りに行く。いつもだったら長岡天神のツツジが綺麗な時だが、すでに散った後。残念。いらない家財道具を積み込んで長岡京のカレーうどん美味しいところでカミサンと昼ごはん。

 2時前には事務所に戻り、とある人の紹介で地下鉄のトイレや駅構内の清掃がなってない、汚い!という人が来所。この間、こまめに地下鉄の駅を回った写真など見せていただきました。なるほど清掃が行き届いていないところもあるようで、承りました。

 また来客は、京都市で学校の教員試験を受けたいという青年が来所。大学を卒業して社会人の経験を積み、それから教員になるべく勉強をした志のある青年。色々とアドバイスをする。がんばってね。

 夕方は、民進党2区総支部のメンバーと会議。新党の立ち上げの設立大会が来週にでも行われるので経過報告と今後の方向性について意見交換。悩ましいねえ。

 その後、大豊神社の神幸祭に向けての剣鉾の練習を見に行くべく第三錦林小学校グランドに行くと剣鉾の練習は終わっていたが、浄楽消防分団が左京の査閲に向けて練習に励んでいるところ。同世代の友人らもがんばっていました。左京の総合査閲は5月20日。今年の左京代表は川東分団です。
 
 このところ連日ワイドショーをにぎわしていた女子高校生に無理やりキスしたなどとして、強制わいせつ容疑で書類送検された「TOKIO」のメンバー山口達也メンバーが起訴猶予処分となった。日本は平和です。彼はアルコール依存症だったの?

大型連休、始まる!    4月28日ー30日

2018年05月06日 | 日記
●4月30日(月)

    <京都北山 芹生の里に>

 朝、貴船から芹生峠を越えて芹生の里に。芹生の里が「京都丹波高原国定公園」に登録されたことを記念に、芹生の里保存会の人たちの尽力により記念碑が建立されて、その除幕式にちょっとご縁があって参加。ちょうど1年前、祇園ピックアップの佐々木慶子さんに誘われて宇崎竜童さんの野外ライブに行って以来の芹生。

 NPO法人芹生の里保存会理事長の米田豊彦さんを筆頭に芹生に生まれた方々やご縁のある方が集いお祝いの宴。桜が散っていてちょっと残念。ぼくは門川市長のメッセージを代読しました。わが町内に住む藤田さんの司会でライブもあり、楽しいひと時。新緑が綺麗でした。川崎からわざわざ参加した「芹生」さんという京大出身のサラリーマンの人を車に同乗してもらい灰屋から黒田、花背峠を越えて、帰り道、静原のこいのぼりを見て、無事に帰宅。
 
 夜は一乗寺は宮本武蔵にゆかりのある八大神社での剣鉾の練習を激励に。この連休は、大豊神社に八大神社と剣鉾メンバーは大忙し。がんばってください!
かくして、4月は過ぎて、明日から風薫る五月。

●4月29日(日)

     <連合京都中央メーデー>

 連休2日目。連合京都の中央メーデー。最高の天気!いつものようにママチャリで家から梅小路公園まで30分ほど。芝生広場は多くの組合員が和やかに1万5千人(主催者発表)が集ってました。
 今年のスローガンは「クラシノソコアゲ実現でみんな笑顔に!」廣岡事務局長の司会で橋元委員長の挨拶に続いて、この春の知事選挙で当選を果たした西脇知事がデビュー戦。地元の下京区生まれでまさに梅小路公園はホーム。知事選挙のお礼や今後の抱負を語り、市長は近くの中央市場の改築になどにも触れながらの挨拶。挨拶はなかったが、壇上には前原誠司、泉ケンタ、福山哲郎議員が並び、ぼくら自治体議員と民進党京都府連の幹事は下のところで椅子に座っての参加。決議が3本朗読されて、最後は団結ガンバロー。終わってからは大抽選会。
 ぼくは参加者の中をウロウロして親しい組合員と挨拶して、東北大震災の救援物資の販売があったので岩手の地酒を買ってママチャリでぶらぶらと帰る。万国の労働者!団結せよ!
 
 12時にはわが地元の熊野神社の神幸祭。川東学区の人が氏子。
この神社は少年勤皇隊の笛と行列がメイン。聖護院の中での儀式を見守ってから吉田山山頂の竹中稲荷の春の例祭。神事の後は、民謡大会や抽選会があり、吉田の人が散歩がてらに参拝。竹中稲荷は商売繁盛と家内安全の神さん。
 
     <岡部伊都子さんをしのぶコンサート>

 午後3時前には洛陽教会へ。随筆家の岡部伊都子さんが亡くなって10年。思い出語るコンサートが開催されまし た。岡部さんとゆかりのある李広宏さん、李順子さん、海勢頭豊さん、野田淳子さんが思い出を語り歌われました。ぼくも30年ほど前、出雲路橋近くにあった岡部さんのお宅に伺ったこともある。岡部さんは戦時中、婚約者が沖縄で戦死されて、平和と沖縄のことを書き続けてこられた。李広宏さんは、「千の風」を中国語とフランス語で歌い、李さんのアリランも迫力があり、海勢頭さんのチームは「はるか」の時間を心配しながら、また野田淳子さんは「売ったらあかん」を朗読。心に沁みる会でした。

    <ドキュメント「帰ってきた脱走兵ーベトナム反戦運動の真実」> 

 そして深夜、MBS放送「映像18」で、1967年50年前、ベトナム戦争に反対して米空母イントレピッド号から脱走した4人のうちの一人、グレッグ・アンダーソン氏のことを描いたドキュメント「帰ってきた脱走兵ーベトナム反戦運動の真実」が放映。ぼくが18歳?の浪人時代。衝撃でした。今は亡き作家の小田実さんや鶴見俊輔先生が40代の時かな。「これは終わりではなく始まりである」。ぼくにとっても「始まり」でした。
昨年10月に京都は徳正寺での集いにぼくは参加したが、その時の映像がなかったのはちょっと残念でしたよ!


●4月28日(土)

今日から大型連休。遠くへ旅に出たいけれどままならず。

    <福祉作業所「加音」のこと> 

 10時前には西京極の福祉施設「加音」に。総会ということで、この1年の活動や決算の報告。また予算やこれからの一年の活動方針が説明されて意見交換。この「加音」は、もう10年ほどまえに福祉工房P&Pの分室として自閉症などの青年たちの作業所として設立され、その後、紆余曲折あって「加音」として新たに再出発した。
 障がいのある方に、仕事と自己表現の場を提供し、 社会参加を支援する福祉作業所。企業や大学からの依頼を受け、縫製、清掃、箱折、クリップ組立といった仕事を障がい特性を活かしながら日々、北村正樹理事長と雅子さんの夫婦が真摯に取り組んでいる。
利用者が描いた絵がタオルに採用されたりして、音楽の取り組みなど多彩な活動をしている。これからもがんばってくださいね。

  夕方、<未来の京都 公共政策社会問題研究会>の事務局長真下仁志氏来所。昨年秋から「地域に根差した再生可能エネルギー」をテーマに6回の研究会を開催してきたが、立派な報告書ができた!
ご苦労さんでした!
 夜は友人からとある相談ごと。

4月市会 民進党は国民民主党に   4月24日ー27日

2018年05月06日 | 日記
●4月27日(金)

    <市会本会議 市長専決を承認>

 10時から京都市会本会議。付託されていた市税条例の一部改正の議案の審議結果について総務消防委員会の河合よう子委員長が委員長報告して市長専決を承認して散会。わずか5分ほどかな。

 議員団室に戻って韓国と北朝鮮の南北首脳会談の様子をテレビで暫し見てから、とあることでと医療衛生室の室長と懇談してから、烏丸御池のこども若者はぐくみ局の幼保総合支援室の担当者と企業内保育所の設置を考えている知人を会わして面談。内閣府が主導していてその制度や設立する場合のノウハウをアドバイスしてもらう。

    <東京へ 民進党は国民民主党に>

 途中でぼくは退出して新幹線でまたまた東京へ。大型連休の始まりで混雑していたがなんとか座れた。

 そして3時から民進党の本部で会議。5月7日に新党「国民民主党」の結成大会が開かれることになりました。

 以下は、会議の模様について広報局の記事の要旨を引用しておきます。
<中核的な新党をスタートさせていただく」全国幹事会・自治体議員団等役員合同会議で大塚代表>
 民進党は27日、地方組織の幹部や自治体議員フォーラム、全国青年委員会、女性議員ネットワーク会議の幹部らを集めて全国幹事会・自治体議員団等役員合同会議を党本部で開き、新党協議会の取りまとめ事項(綱領・基本政策案、組織・選挙に関する合意事項案、規約案)について報告し、意見交換を行った。
 報告の冒頭で大塚耕平代表は、1週間前のこの会合で新党結成に向けた綱領案・基本政策案・規約案・党名案等に関して代表一任を得て以降も断続的に協議が続き、累次の協議を経て、26日の両院議員総会で新党協議会の取りまとめ事項について提案通り決定した旨を報告。決定後の新党結成文書の調印の前に会議を開いて報告できなかったことに理解を求めるとともに、「一任はいただいているものの重要な案件であるためお集まりいただいた」と、報告の機会を持った理由を語った。
 綱領案、基本政策案、規約等に関しては、これまでの会議等で示された提案や指摘を可能な限り反映してきたと語り、「足らざる点については今後、基本政策等をさらにブラッシュアップしていく時や具体的な政策の検討を行う際にご指摘を反映できる方向で進めさせていただきたい」などと述べた。
 規約に関する大きな変更点としては、常任幹事会に代わり総務会を設置することを報告した。今後党内の意思決定機関は総務会が最終的な仕切りを行うことになり、「重要事項に対する総務会決定などの党議に反する行為・言動に対しては、倫理規則上の措置・処分を行うことを明記する」「われわれがあらためて意識しなくてはいけないのは、決まったことは守っていく。決まったあとは一致結束して国民の皆さんに説明責任を同様に負っていくということなのでこうした変更を行った」と説明した。
 また、今後は党の運営、政策づくりの面でも自治体議員の提言や参画にどう取り込んでいくかが大きな課題だとして、この点に関しても取り組んでいく考えを示した。
 新党名が「国民民主党(略称・国民党)」と内定したことについては、議論の経緯を報告するとともに、来年の参院選の時の比例党名をどうするかといった議論はこれから行うとした。また、英語の略称については「Democratic Party For the People」で議論されていることなどを報告した。
 5月7日午後に設立大会を開くことを報告し、「この半年間、大変いろいろなことがあったが、何はともあれ新しい党として新たなスタートを切る議が整った。われわれが向き合うのは安倍政権であり、民主主義をないがしろにするような政権であれば、いかなる政権であってもしっかりとこれと対峙(たいじ)し、国民生活を向上させ、民主主義を守ることだ。そのための中核的な新しい党をゴールデンウィーク後にスタートさせていただく」と力を込め、ここに至るまでの地方組織幹部や自治体議員団役員らの積極的参画に謝意を表明した。
2時間ほどみっちりと意見交換も行われて、参加者からは「民主、民進党の綱領を引き継いでいるので、原点に戻った。これで戦っていける」「今日まで地方の声を聞く機会を重ねてきた執行部の姿勢にする。今後も引き続き党の運営に参画していきたいのでこの姿勢を続けてほしい」「立憲民主党も国民民主党も同じ民主党ということで統一自治体議員選挙や参院選等でもしっかりと連携を取れる形を目指してほしい」といった意見があった。
ぼくも最後に5月7日8日に自治体議員フォーラムの総会と研修会が実りある総会になるように願っていると意見を述べておいた。
 
 今日はホッピーも飲まずにちゃんぽんとビールを飲んでから新幹線で帰京。
 
   <韓国と北朝鮮の南北首脳会談>

 そしてニュースは、南北会談!新聞によれば「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅大統領は27日、軍事境界線のある板門店で会談し「南北は完全な非核化を通して、核のない朝鮮半島を実現するという共通目標を確認した」とする「板門店宣言」に署名した。年内に朝鮮戦争の終戦を宣言し、休戦協定を平和協定に転換するため米国や中国を交えた会談を推進することで合意。文大統領の今秋の平壌訪問や、共同連絡事務所の北朝鮮・開城への設置、敵対行為の中止でも一致し、一切の武力不行使も確認した。金委員長は全ての合意を「徹底履行する」と約束した。」
 ぼくは、在日のコリアンの友人がたくさんいるが、感慨無量だ。拉致問題とミサイル発射や核実験を繰り返した北朝鮮を支持することはできないが、南北が和解することには東アジアの平和に寄与することになり、喜ばしいことだと思う。板門店の境界を渡り、親しく会談する両首脳には拍手を送りたいが、さてこれからトランプ大統領との金正恩委員長との会談がどうなるのか、見極めたい。

●4月26日(木)

 午前中、芹生の里が国定公園になった記念レリーフの除幕式に市長メッセージをもらうべくウロウロ、何しろ急なお願いで担当者にはご迷惑をかけますが、よろしく。

   <総務消防委員会 討論結了>

 昼過ぎ、市役所に。1時から議員会。今後の日程など意見交換して、4月市会で付託されていた議案。市長専決での地方税条例の改正について総務消防委員会で付託され審議されたので、その報告をぼくがして、市長専決を了承すること、賛成することに。
 予定通りに午後2時から総務消防委員会が開催されて、各会派から市長専決の議案について了承すると態度表明して討論結了。正副委員長会議をして委員長報告の文面など確認して散会。
 
 散会後は、久しぶりに左京区役所に。こどもはぐくみ室にて、以前に市民相談を受けていた案件で懇談。そして、池内新区長に挨拶して、また多田副区長とは、とある施設に自主防災会の器具庫を設置できないかという相談を受けていたので、検討をお願いする。また左京土木事務所に行って、この4月から異動になった新所長に挨拶して、とある案件の報告も。4月の異動人事で左京は区長も消防署長も変わった。浅野区長、村林署長、梅原土木事務所長、お世話になりました。新任のみなさん、よろしく!

 夕方、浄土寺の吉田歯科。この間、治療してきてもらったが、痛みもほぼ引いたし安心。
 
 ニュースは、明日、板門店で南北首脳会談が開かれるということで、その会談がどうなるか、ということを色々とコメンテーターが色々という。緊張していた北朝鮮と韓国が平昌オリンピックを契機にここまで雪解けになるとは。さてどんな映像が送られてくるのだろうか?

●4月25日(水)

    <大阪インターナショナルスクールを視察>

 朝、8時過ぎに京都駅に集合して、京都インターナショナルスクールの理事長のサキさんと校長、そして国際化推進室の課長らと大阪と神戸のインターナショナルスクールの視察。
 
 一緒に行った高木博章君のFBでの記事をまずは引用しておきましょう。
―――百聞は一見に如かず。 とにかく規模が違う。OYIS(大阪YMCAインターナショナルスクール)は敷地面積はKISとさほど変わらずの印象でしたが、各設備が充実していたように思います。特にPCルームは理想的な台数が確保されていました。
そして関西最大カナディアンアカデミーです。600人を超える在校生を抱え、敷地も広い!ライブラリーの本の数4万冊。グリーンバック完備の撮影所や研究用3Dプリンタまで学生達は使うそうです。そして学内には専用シアターもあります!
 これからの学校教育のあり方を国際的な視点から考えるにあたり、枠にとらわれない柔軟な思考での取組みはもちろんですが、その教育環境の土台づくりとして、やはり産官学の連携が必須と感じました。京都もまだまだこれからです。未来を担う子どもたちが、少しでも国際的な感覚を持って活躍していけるように環境整備に微力ながら貢献できたら嬉しく思います。
また以前よりKISにご尽力されている鈴木マサホ市議にも久しぶりにお会いできて良かったです。――――

  大阪は梅田北にある中津南小学校の跡地を活用している。YMCAが母体になっていて、またこれから大阪市は公設で国際学校を作るとか、そんな話も聞きました。
 
     <神戸のカナディアンスクールを視察>

 神戸のカナディアンスクールは六甲アイランドにあり、ポートライナーで往復。いやはや建物の大きさにびっくり。幼稚園から高校まで、学生が自由に学んでいる姿が垣間見られ、日本人生徒も多いらしが、その国際色豊かな雰囲気はいいよ。貴重な視察でした。京都のインターナショナルスクールもこれからがんばってよ!
 
 午後5時前に京都駅に。夜は鴨沂高校同窓会の新校舎建築祝賀会実行委員会。10月27日に新校舎竣工を祝い、上村先生原画の緞帳をみなさんからいただいた寄付で作成して引き渡す式典と見学会。そして夕方からはホテルで祝賀会を開催しようということでアイデアを色々と出された。鴨沂高校卒業生のみなさん、ぜひご参加くださいね。


●4月24日(火)

    <4月市会本会議と総務消防委員会>

 新年度になって初めての市会本会議。平成30年定例会の会期を4月24日から平成31年3月22日までの333日間と決定。すぐに散会。散会後、各常任委員会が開催された。

    <新年度最初の総務消防委員会>

 ぼくはこの1年、総務消防委員会に所属して副委員長という役割。
 この間、教育福祉委員会にこの3年間いたので、久しぶりだな。

 最初の委員会ということで、会計室から理事者紹介と事業概要が説明。選挙管理委員会とは、知事選挙伏見補欠選挙における「お知らせはがき」の投票時間にご記載があったという事案の報告。謝罪から始まる。伏見区の山の方の陀羅谷集会所の投票所を廃止、統合されたことに端を発して、伏見の第49投票所(菱川町北自治会館)の有権者に配られた選挙ハガキに投票時間が、午後8時までのところ、午後6時になっていたという。大きな影響はないもののチョンボや。これからは、選挙事務適正執行会議など対策を練るとのこと

 以下、監査事務局、人事委員会からそれぞれ紹介などがり、行財政局とは、この市会に付託された議案、市長専決された京都市市税条例の一部の改正について説明があり簡単な質疑。
 要は、地方税法が改正されて、固定資産税、都市計画税の負担調整措置の延長がされて、税負担が急激に変動することを抑制されるという。
また理事者報告では、30年度固定資産税・都市計画税に係わる納税通知書の発送日の遅れについて、総合企画局も同席して報告。印刷業者のミスが発覚。47万通の納税通知を作成し直して発送したとのこと。業者がその費用については負担するとのことです。
 また京都市土地開発公社が15年後には解散する予定で、解散に向けた取り組みの進捗状況の報告も、買い戻しやいわゆる塩漬け土地の民間への売却などです。一般質問は3人。

 消防局は、説明の後、一般質問が一人。総合企画局は説明のみで一般質問はなし、その後正副委員長会議を持ち、今後の委員会の運営、特に「働き方改革」に協力して5時過ぎには終わるようにしようということ。委員長は共産の河合陽子さん、副委員長は自民の若手の田中君とそしてぼく。まあ仲良くやりましょう!なんやかんやで6時前までかかりました。
 
 夜は、下鴨の洒落た居酒屋さんで芹生の里保存会の米田豊彦さんと藤田訓男さんと一献。藤田さんはわが中大路町在住の人。昨年4月に京都北山は貴船から峠を越えた芹生の里での宇崎竜童さんのライブに行ったことがきっかけで、親しくなった。このたび丹波高原が国定公園に指定されたのを記念してレリーフを建立、その除幕式にぼくも招かれた。大いに盛り上がり楽しい夜でした。これからもよろしくです!
 
 ニュースは、セクハラ疑惑が報じられた財務省の福田事務次官が辞任。懲戒処分を見送った上で、退職金は5300万円とか。野党は麻生太郎財務相の責任を追及せよ。

4月の週末、岡崎を散策     4月21日ー23日      

2018年05月06日 | 日記
●4月23日(月)
 
 朝は事務所で資料読みなど。

    <学校統廃合 京都方式について>

 午後、事務所への来客は、「学校統廃合過程における京都方式の検証―地域の固有性・多様性に着目して」という共同研究をしている京都精華大学の中島勝佳さんと中島智子さんとぼくの長年の友人の野崎君。中島智子さんとは全国外国人教育研究会で何度かご一緒している。
 京都の学校の統廃合は、今は美術工芸高等学校になっているが、銅駝小学校の統廃合では地元で反対運動が起こり大きな紛争になった記憶がある。以来、京都市は地元の動きを待ちながら、スプロール化する市内の小学校を統廃合してきて、今では小中一貫校として、地元の理解を得て特に凌風小中学校や 開睛小中学校など立派な校舎ができて全国でもモデル校になっている。わが左京では大原学院や花背がそうで、中島さんからは、これらの取り組みについてインタビューをされて意見交換。色々な関係者にインタビューしているようで、その研究成果を楽しみにしていますよ。
 
 午後5時から連合京都の議員フォーラムの幹事会。これからの研修会の持ち方や自治体政策や制度要望をどうするかなど議論。
 
    <アースデーコンサート>

 そして夕方は、自治労京都府本部主催のアースデイコンサート。もう20回以上続いているのかな。藤川剛さんも快復して元気になってよかった。京都市会2月市会の冒頭に本会議場で演奏していただいた福原さんらがメンバー。久しぶりに会う自治労の友人らと合間にはワインを飲みながら懇談も。そして「ルパン三世」など楽しい演奏を堪能。

 コンサートの後、自治労のメンバーと崇仁新町の屋台村に。面白い!京都駅近くで外国人観光客も機嫌良く飲んでいていいねえ!崇仁地区は京都市芸術大学も移転する計画があり、あと7、8年経てば大変貌を遂げることでしょう!楽しみだ。

●4月22日(日)

 手帳を見たら参加する行事など何も空白の日曜日。
 
   <蹴上浄水場のツツジを見に>

 大文字山に登ろうかなと思ったが、蹴上浄水場のツツジが満開近くて一般見学会との新聞に案内が乗っていたので急遽、新緑の岡崎界隈を散策。

 新緑の下を行きかう疏水の十石船を見ながらインクラインから蹴上浄水場に。ハナミズキも咲き、浄水場のツツジが咲き始めています。例年より10日ぐらい早いね。スタッフのみなさん、ご苦労様。5月2日から6日まで一般公開されイベントもいろいろ開催されます が、そのときツツジはどうなっているかな?浄水場の新所長らと挨拶。

    <岡崎ループバス>

 動物園前から以前から一度乗らないといけないなあ、と思っていた岡崎ループバスに乗車。
 3年前、ロームシアター京都の開館前から、三条京阪から岡崎エリアの美術館、動物園などの文化施設,南禅寺や平安神宮などの寺院・神社など,観光スポットを周回して市内中心部の河原町通を結ぶ市バス路線「京都岡崎・都心循環バス 岡崎ループバス」の運行を開始。
 小さな可愛い小型バスが2台、南禅寺や青蓮院や知恩院も経由して循環している。外国人観光客も乗り込んできて、ほぼ満席。新緑が綺麗な岡崎はもちろん青蓮院から知恩院界隈も素敵だし、三条京阪から四条河原町まで行けるのもいいね。ぼくが乗ったバスは女性ドライバーが降車しておっさんの運転手でした。

     <岡崎活性化策のこと>

 岡崎活性化策が策定されたのは、もう7年ほど前か。疏水の十石船の運航、京都会館の建て替えでロームシアタ―の開館、動物園のリニュアル、平安神宮前の道路の歩道化と公園の一体化、そして今は美術館の再整備が始まっているが、共産党はビラを撒いてなんやかんやと難癖をつけたが、地元岡崎学区の協力もあり、見事に活性化の成果が随所に見られるようになった。
 当時、説明会などに何度も参加して、本会議で活性化を訴えてきた地元の議員としてうれしいかぎり。美術館が再整備されたら世界に冠たる文化・交流ゾーンとしてさらに発展することを祈念している。そして岡崎ループバスがもっと利用されることを願っていますよ!

 久しぶりに家でゆっくり晩酌。テレビでは、平昌オリンピックで金メダルを取った羽生選手のふるさと仙台で凱旋パレードの模様、なんと10万人の人が集まったという。まさに国民的なヒーロー。一服の清涼剤!

●4月21日(土)

   <一燈園 春の集い>

 青天の土曜日、山科は四ノ宮の琵琶湖疏水べりの一燈園の「春の集い」に呼ばれました。「一燈園」が西田天香さんと言う方が創設されて便所掃除などの奉仕活動をされていることは知っていたが、園内に入るのは初めて。
 今回は、琵琶湖疏水通船復活を願ってこられた日本画家の鈴木靖将さんの講演もあるということで参加した。最初に講堂で参加者や小学生や中学生も参加しての講話があり、興味深く聞かしてもらいました。

   <琵琶湖疏水通船と画家鈴木靖将さん>

 そして鈴木靖将さんは、琵琶湖疏水通船の夢を抱き始めたマンション建設反対運動の時のことから「琵琶湖疏水とさざなみの道の会」の活動のこと、そして通船が復活した喜びやこれからのさらなるインクラインの復活の夢など、時には涙目で語られました。ぼくが靖将さんに出会ったのは、もう40年ほど前か、「月刊地域闘争」の編集をしていた頃、表紙絵をお願いして好評を博していた。
その後、個展などにも何度も行き、また疏水通船の夢の実現をできるように水道局との橋渡しなどもしたのです。
願い続けて33年。みなさんの夢がかない良かったあ!
 一燈園の香倉院では鈴木靖将さんの展覧会も。万葉風な似顔絵を描いてもらいました。一燈園の資料館では昭和初期、ロシアの文豪、トルストイの娘さんが来園されて、疏水の船に乗船されたときの貴重な映像が流されていてこれまた歴史の勉強にもなりましたよ。
 
 疏水を通船する船には残念ながら遭遇できなかったが、水道局の担当者と近辺を散策して、新たな山科での乗船場や綺麗なトイレが新設されていたのもうれしいことでした。みなさん、ぜひお乗りくださいね。
 
 夜は、1968年度同志社大文学部文化史の同期生や民俗学研究会の後輩と恒例の同窓会。いやはや出会って半世紀や!鍋を囲みながら、思い出話と病気や親の介護話で盛り上がりました。