京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

2月市会定例会始まる

2011年02月27日 | 日記
●2月22日(火)

 2月市会定例会、始まりの冒頭の本会議。恒例によって京都市交響楽団の演奏、4人の管楽器のメンバーでバレエ音楽「ラ・ぺリ」のファンファーレなどの演奏。京都市歌の演奏の時、自民党の某議員が一人だけ声を上げて歌っていたが、シラケムード。
 市長が、予算案の大要について20分ほどの演説。任期4年目ということで、「未来まちづくりプラン」実行に向けて、「生活安心・はばたけ未来予算」と編成したと説明。星川副市長からは、22年度の補正予算やその他の議案について淡々と説明があり、延会。会期は選挙前なので、3月15日までの22日間の短期。

 そして市役所玄関前にて議員全員が集合して記念撮影。正副議長、各会派の団長そして勇退する議員が前列に座って「ハイ、チーズ」。勇退する議員は、5人かな?

 午後は、岩倉を行脚。
 
 夕方、連合京都の関係者と左京の民主党公認3人の現職と新人候補が集まって4人の必勝を目指しての戦略会議。府会は、1減で定数4になった。公明党が擁立を見送り、自民1人、共産2人、民主は現職北岡府議と新人の島内君の激戦。前原大臣のお膝元でいかにして共産党に勝ちきるかの勝負。市会は、定数9人で、自民3人、共産3人、公明1人、京都党1人、みんなの党1人、社民党1人、そして今のところ、民主が2人の合計。12人の激戦区。どんなことがあっても勝ちきるのだ!

 ニュースはニュージーランドで地震。夜になって崩壊したクライストチャーチ市の英語学校で多数の日本人留学生が犠牲になっているとの報道。リビアのカダフィ大佐の断末魔。自国民に爆撃するという暴挙。


●2月21日(月)

 朝8時前から花園橋街頭演説、高野川を吹く風も穏やか。もうすぐ春や。大原や八瀬、また岩倉、上高野方面からのドライバーが手を振ってくれる人も。葬儀場問題など喋る。

 午後は、27日の市政懇談会の案内のビラをもって上高野、岩倉の知人宅を行脚。大学時代の恩師や地域の要望でカーブミラーを設置したところなどを回る。「朝、花園橋で街頭演説をされてましたな」と言ってくれる人も。見てもらっているのやね。頑張らなくちゃ。

 夕方、わがスタッフの選挙対策会議。本番までに必要な選挙葉書や公営掲示板に貼るポスターなど印刷物の点検、また4月1日の告示までのおおまかな日程など打ち合わせ。リビアやチュニジアでは反政府運動が燎原の火のごとく広がってきた。石油の高騰が心配され始めている。


高野で早春市政懇談会 2月19・20日

2011年02月23日 | 日記
●2月20日(日)

 日曜日、11時過ぎ、銀閣寺の新事務所に。今日は、高校駅伝、女子駅伝、小学生の大文字駅伝と続いた京都の駅伝の春を告げるフィナーレ、全国車いす駅伝。ボーイスカウトらのボランティのみなさんが警備。国際会館をスタートした選手たちは銀閣寺前交差点から今出川通りの事務所前をあっという間に駆け抜けて行った。

 午後2時からカナート洛北南側の旧ホリデーイン京都、この1月に名前が変わった、ホテル・アバンシェルに「鈴木マサホ早春の市政懇談会」。この間、周辺の高野や下鴨に集中的にわが応援団が議員レポート号外を撒き、またぼく自身も行脚したが、さて何人の方に来ていただけるだろかと不安だったが、用意していた60席は満杯で、80人の方にご参加いただき感謝。
 司会は近くに住む清水達也氏にお願いした。思えば24年前、社会党土井たか子委員長の時、ぼくは市会に、達ちゃんは、府会議員にアベック当選したのだ!快挙だった!彼は1期だけで2度目は当選できなくて日本語の教師をしていたが、もう今や悠々自適。
 冒頭、府会候補の島内研君を紹介、彼の短い挨拶と決意表明の後、ぼくが京都市の新年度予算や左京区役所のこと、また政策目標などを喋り参加者からご意見を頂く。視覚障害者の辻川氏からは左京総合庁舎移転に関わり、高野川北泉通の新橋の建設について災害弱者の立場から地震対策としても必要だとの意見が披露される。その他、土木事務所のあり方や屋外広告物など景観政策についてもご意見をいただいた。ご参加いただいた皆さんに感謝。およそ2時間、心地よい疲れ。

●2月19日(土)

 午前中はちょっとゆっくり。ええ天気でちょっと春めいてきた。

 午後1時前、犯罪被害者支援京都フォーラムに。自治体との連携による被害者支援―取組みと課題」に行く。カミサンがボランティアでもう10年ほど電話相談をしていて、また理事長の大谷先生が総合政策科学研究科の科長だったこともあって、ぼくも会員だ。ちょうどこの2月市会で京都市も犯罪被害者支援等支援条例の制定をするということで、他都市の取組みなどを聞きたかったのだが、冒頭の太田達也慶応大教授の講演を少しだけ聞いて資料を貰って直ぐに退席。くらし環境委員会で昨年夏に神奈川県のセンターを視察したこともあり、この予算委員会で質疑をするつもり。
 
 吉田神社へ急ぐ。節分の直会がすでに始まっていた。今年の節分は、天気もよくて参拝客も多かった。宮司さんからの労いのご挨拶。お酒を飲むことなく、お弁当を頂いて、高野イズミヤ前とカナート洛北前、そして百万遍交差点で、明日の市政懇談会の案内をしながら、街頭演説。友人が丁寧にビラを撒いてくれる。また久しぶりに会う知人が声をかけてくれるとうれしいものだ。

 夕方は、吉田今宮会による吉田神社の節分の直会(なおらい)。追儺式や火炉式のときの雑踏を警備やお札さんを売っていた神輿の担ぎ手や剣鉾仲間や若い神官とワイワイ。これをしないと、祭りは終わらない。二次会には行かず、明日の市政懇談会のスピーチの内容を考える。

出町柳駅前で朝の街頭演説

2011年02月20日 | 日記

京都市の新年度予算案 2月16日ー18日

2011年02月20日 | 日記
●2月18日(金)

 昨夜は雨だったが、朝、雨も止んでちょっと暖かくなった。出町柳駅でわが応援団が7人ほど朝早いのに結集してくれて朝のビラ撒きとぼくが演説。もう本番気分や。

 10時から議員会。保健福祉局からの説明。子ども手当には303億8500万円を充て、子育て支援、高齢者福祉に手厚くし、また生活保護費は780億円の増大が見込まれた予算。国民健康保険特別会計や「子どもを共に育む京都市民憲章推進条例」案の説明も。

 その後昼食を取りながら議員団で1月に開催した「事業仕分け」の総括や代表質問に立つ小林、藤川、天方議員から質問要旨についての説明。自分の思い込みで質問を作るのはいいが、予算案そのものや新規事業や門川市政の評価などの項目がないので苦言を言う。

 午後は、吉田近辺を行脚。夕方、歯を押さえていたプレートが取れたので久しぶりに浄土寺の吉田デンタルクリニックへ。
 
 国会では解散や内閣総辞職などのニュース。菅政権もいよいよ末期症状か。民主党のことを連合赤軍と揶揄する人もいるようで、ほんまに困ったこっちゃ。
 ぼくは黙々と地域を歩き、京都市政の改革とぼくの思いを区民に伝えることが大事だと思っている。永田町のゴタゴタに巻き込まれてたまるか!

●2月17日(木)

 朝、熊野神社交差点で街頭演説。京都市の新年度予算案や左京区役所のことを喋る。

 10時から議員会。都市計画、建設、上下水道、交通、教育、文化市民局の順で説明と質疑。市バスの経営も黒字になりそう。また地下鉄は、駅チカビジネスも順調のようで乗客も増加するという予算。
 また旧同和地区にあったコミュニティセンターが「いきいき市民活動センター」と名称を変えての指定管理者の選定が議案。地元の団体だけではなくNPO法人など多彩な団体が管理するという。隔世の感がするな。
 
 夕方、ぼくの顔をマンガチックに書いてくれたイラストレーターかみやりょうこさんらと懇談。親父さんが同志社出身で話が盛り上がった。彼女の書いた絵本「ドーナツ コロコロ」はいいよ。コトチカのドーナツ屋で置いてもらったら面白いな。

 永田町のニュースは民主党の小沢派の議員16人が会派を離脱したとのこと。京都の比例区の衆議院議員豊田何某議員も名前を連ねているが、アホかいな。嫌になるね。

●2月16日(水)

 毎月16日は環境にいいことをする日。ノーマイカーデーということで冷たい風を受けながら自転車で市役所へ。

 昨日、2月市会定例会が告示され議案発送されたので、10時から各会派が議員会を開催。わが議員団は、行財政局、選挙管理委員会、人事委員会、監査委員会、総合企画、消防、産業観光、環境政策局の順番で説明を受けて、簡単な質疑。中野洋一君が率先して、色々と質問をするのが印象的。

 この市会は、減額補正を含む26億円の補正予算と、11年度の一般会計7464億円、18特別会計と4公営企業会計を合わせた総額1兆6173億円の予算案が提案。門川市長1期目最後の年の予算。

 歳入は、市税収入は2421億、うち市民税は1009億円。地方交付税は563億円、臨時財政対策債が480億円を合わせると1043億円。市債発行額は915億円で、市債残高は1兆2197億円と過去最高を更新する。

 歳出は、保育園の待機児童ゼロ達成に向けた子育て支援や介護福祉などに重点配分、職員削減や大規模公共事業を抑制した。各局から新規事業を中心に説明があった。なお雇用対策として約1400人分の短期雇用を創出する事業に27億円。

 その他、犯罪被害支援条例制定や「子どもを共に育む京都市民憲章」推進条例案が上程されて、会期末は3月15日。選挙前なので短い会期。議員は半分選挙モードでそわそわ。

 中東では、エジプトの反政府運動が広がってバーレーンでも大規模なデモ。また鳩山前首相の抑止力の方便発言など。嘘も方便か、軽い人やね。

推薦依頼で労組回り  2月14・15日

2011年02月17日 | 日記
●2月15日(火)

 朝、洛北高校前で朝の街頭演説。近くに左京総合庁舎が完成するのでその話が中心。 
 午前中、左京の明星観光労組など組合へ推薦の依頼に回る。そして細い路地もあれば大豪邸もある下鴨周辺を行脚。

 昼飯は下鴨本通、一本松にある九州ラーメン「博多っ子」へ。創業当時からぼくは常連なのだ。というのも最初の選挙に出てあと、ぼくはロシナンテ社が発行している「月刊地域闘争」の編集をしていた時代がある。1980年から2年ほどかな。近くのアパートに事務所があって、よく替え玉を食べた。昨年秋に改装されて、親父さんと一緒に息子さんが頑張っている。「月刊地域闘争」は今も「むすぶ」と名前を変えて発行されている。全国の住民運動のみなさんと交流があった。あれから30年、親父さんと久しぶりに思い出話ができた。

 夕方、選挙葉書の原案が出来てきたので打ち合わせ。オレンジ色をイメージカラーにポスターの写真を大きく載せて政策目標をどう書き込むか悩む。選挙中4千枚の葉書を送ることができるので重要な宣伝グッズ。

 ニュースは、民主党が、小沢一郎氏を党員資格停止処分の方針。菅内閣の支持率は20パーセントぐらいだし、いつまでもゴタゴタが続いて、もういやになるな。

●2月14日(月)

 久しぶりに朝の街頭演説は東山仁王門へ。先日挨拶に伺った人が車から手を振ってくれてうれしいね。近くの喫茶店でモーニング。同級生の友人が声をかけてくれる。

 昼前、議員団室で環境政策局の部長から2月市会の議案について説明。焼却灰溶融炉は減額の補正予算。また環境関係での取り組みが太陽光発電の設置など新規予算で増えている。空き缶持ち去りについては議論、

 昼、とある組合の委員長と左京区の選挙を巡って懇談。また労組へ推薦の依頼に京水労の松田委員長と回る。雪が降り始める。

市民派議員レポートを持っての挨拶行脚は雪で中止。夕方、選挙対策会議。選挙本番中のことも含めて日程やイメージを膨らませる。

ブータン国王女夫妻と

2011年02月14日 | 日記

地球環境の殿堂  2月12・13日

2011年02月14日 | 日記
●2月13日(日)

 10時過ぎに3日連続で国際会館に。KYOTO地球環境の殿堂表彰式。秋篠宮夫妻をゲストに、ブータン王国のワンチュク王女と長年水俣病問題に取り組んでこられた原田正純先生が表彰。原田先生は、水俣病に取り組んでこられた経験を世界の環境問題の解決するために資する「水俣学」として学問体系を構築されてきたことに対する評価。もうひとりの受賞者は、女性の経済学者、エリノア・オストロムさん。ビデオレターでの参加だった。

 その後、大原は雪化粧した三千院へ、「幸せを呼ぶ、初午・大根炊き」。必勝を祈願して護摩木を供え、大鍋に炊かれた大根をいただく。気持ちも体も暖かくなったよ。

 午後は、下鴨界隈の友人宅を行脚。「がんばってくださいよ」と声をかけていただいて元気になる。されど、暗くなると表札が見えなくなるし、体も冷えるし、早く寒波が去ってほしいよ。でもこの3連休、雨も雪も降らずに行脚できてよかった。喉のイガイガもなくなり声もちゃんと出るようになったので、来週から朝の街頭演説も再開しよう。

●2月12日(土)

 銀閣寺の新事務所ではビラ撒きの準備などで活気が出てきた。友人らがいくつかの分担された各区域にポスティングに寒い中、出向いてくれる。感謝、感謝です。

 午後は、昨日に続いて高野界隈を行脚。お留守の所は名刺にメモを書いてニュースを郵便受けに。定年退職でゆっくりしている人もいれば、ご主人が亡くなっていたり、なにしろ久しぶりに会う人がほとんど。手がかじかむ。

 夕方は、国際会館に。KYOTO地球環境の殿堂表彰式の歓迎レセプション。ブータン王国から国王の名代でケセン・チョゼン・ワンチュク王女殿下の一行と水俣から原田正純先生が来られての会。知事、市長も参加。

 ブータン国王は、National Happiness(国民幸福度)という、過度な開発や経済発展よりも文化を尊重し自然と調和した社会を提唱。民族衣装が似合う王女は27歳か、ご主人は29歳で気さくな青年。京都弁の英語で一行と喋る。一緒に参加していた議員の通訳をぼくがしたのだよ。いつの日にかブータンに行きたいな。 ニュースは、エジプトのムバラク大統領、ついに退陣。民衆の怒りが爆発した。民主的に平和に新政権へ移行すればいいのだが。

低炭素都市推進国際会議 2月9日-11日

2011年02月12日 | 日記
●2月11日(金)

 朝小雪舞う国際会館へ。低炭素都市推進国際会議に。内藤正明京大名誉教授の基調講演の後、環境モデル都市として、飯田市の「おひさま進歩エネルギー株式会社」、水俣市の「ゼロ・ウエィスト円卓会議」そして京都からは「KES環境機構」の代表が報告。アメリカのボルダー市、ドイツの環境首都ブライブルグ市、スエーデンのベクショー市の女性市議らも参加。京都弁の英語で喋ったよ。

 午後は、府会の新人候補の島内研と語る会が熊野神社で開催されたのでゲストとして参加。30人ほどの参加者かな。前座で彼との出会いなどを喋る。島内君は、地域主権における議会の役割を訥々と喋ったが、まだまだ表情が硬い。誠実さは伝わったかな。

 4時頃からぼくは友人が運転する車で2月20日の市政懇談会の案内を兼ねて、市民派議員レポートをもって高野界隈を挨拶回り。4年に一度の行脚。寒さが応える。早く暖かくならないかな。

●2月10日(木)

 昼前、議員団室にて大原の有害獣対策と森林の整備の経過と今後の方向について担当者から聞き取り。また文化市民局の部長から2月市会に上程される議案について概略の説明。予算の他は、いきいき活動センターの指定管理者や埋蔵文化財研究所のことが話題になりそう。

 午後、公的文化施設及び支所として現左京区役所の有効活用を願うグループと懇談。この間の左京区役所の移転問題についてぼくの本会議での発言の議事録を示しながら考え方を披露。色々とお話をお聞きする。

 新事務所では、市政懇談会の案内ビラ撒き体制の準備にわが応援団が黙々と作業。感謝です。

●2月9日(水)

 午前中、左京土木事務所へ。とあるところの歩道と駐車問題を巡って、川端署と担当者を交えて協議。過去に調整で苦労したことなど説明をする。

 昼過ぎ、事務所に来客はオンブズマンをしていた女性。市会議員の仕事のことについて議論。

 午後、京都市スポーツ賞表彰式にくらし環境委員長として出席。冒頭に「京都スポーツの殿堂」表彰式があって壇上の上に、元阪神監督の吉田義男さんと鉄人、衣笠祥雄さん、そしてメダリストの朝原宣治さんの3人がぼくの前に座られてちょっと興奮した。展示ホールが西京極総合運動公園にできる。
 テレビの取材もあっていささか緊張。それから昨年活躍した京都のスポーツ選手が一同に集まってフェンシングの太田雄貴選手らが栄誉賞。ネパール登山に成功した同志社山岳部も特別大賞を受賞。おめでとう!そして、ぼくの横に朝原選手が座って表彰された選手たちと記念撮影。役得やね。

 夜は、この2月から奄美大島に赴任することになった愚息とカミさんとで先斗町の「春神」で夕食。店主の北村さんにお世話になった。感謝です。

新年度予算が内示 2月7・8日

2011年02月10日 | 日記
●2月8日(火)

 くらし環境委員会。まずは文化市民局からの報告案件は「生活安全(防犯・事故防止)基本計画」の策定について淡々と説明があり、請願2件、左京区に青少年活動センターと選択的夫婦別姓制度の法制化の要請は留保。
 そして、朝刊に載った京都会館の整備に関わり、ロームがネーミングライツ・命名権として50年、50億円で収得したということについて、賛成の意見もあるが、過程が、議会軽視だと喧々諤々。委員長が発言をするのは異例だが、ぼくも一言物申す。
 また左京体育館のことについては経過について委員会資料が提出されたので、これまた話題に。どこに作るのか、お楽しみに。
 環境政策局からの報告は、地球温暖化対策計画策定への市民意見の結果、バイオマス活用推進計画の中間とりまとめの報告などとともに、焼却灰溶融炉施設において、溶融炉本体の耐火レンガに亀裂が生じていたといこうことで、原因調査をするとことで試運転がまたまた遅れることになったと報告。この溶融炉、タタラレテイルよ。厄払いでもしたらどうや!
 一般質問では青木芳香議員が、4月から施行される空き缶持ち去り禁止の周知方法などの取り組みについて質問。対応はイマイチの感じや。当局は、付帯決議に即してしっかり取り組みをしないとアカンヨ。

 夕方は、市民派議員レポート号外の印刷物の校正で打ち合わせ。

●2月7日(月)
 
 午前11時前、議員団室に。11時から市長応接室にて民主・都みらい京都市会議員団への予算の内示。市長から概略の説明があり星川副市長から主な新規事業などについて淡々と説明。
 財政厳しい状況だが一般会計の当初予算は、10年度当初比2・9%減の7465億円。人件費削減などで176億円の財源不足を補い、保育園の待機児童ゼロに向けた子育て支援の拡充や高齢者福祉に重点配分した予算と説明。「生活安心・はばたけ未来予算」と名付けた。詳細は、15日に発表されることになる。大型公共予算は抑制された。

 午後は、新事務所周辺にご挨拶。
 そして午後7時からわが応援団の後援会の主だったメンバー50人ほどに集まってもらって新事務所開設のお披露目の会。
 本番に向けての事務所開きは3月初旬にする予定だが、松田水道労組委員長や連合副会長の橋元自治労府本部委員長も参加、挨拶してもらう。大物ゲストの某館の館長の音頭で、甘酒で必勝を誓う。

 ニュースはこのところ大相撲の八百長問題。春場所が中止になった。ぼくはプロレスファンだが、かつて北尾が「八百長野郎」リング上で言ったことを思い出した。栃若時代は熱狂したが、最近の大相撲は見たいとも思わないね。

久多へスノーバスターズ 2月4日ー6日

2011年02月08日 | 日記
●2月6日(日)

 朝8時過ぎ、藤田宗先生がリーダーで10台ほどの車に分乗して昨年に続いてスノーバスターズでいざ久多へ。去年は出発する時、雪が降っていたが、今日は快晴、花折トンネルを越えると50センチほどの積雪。道路は除雪されて走れるが、梅ノ木から渓谷沿いに久多へ入ると1メートルほどの積雪。もうびっくりや。「いきいきセンター」で身支度をして3班に分かれて久多の社会福祉協議会の案内で下の町へ。久多は50所帯、人口120人ほどかな。高齢化が進んでいる。昨年も作業をした岡田さん宅に。80歳半ばのおばあさんの家の玄関前に、屋根から落ちた雪で1メートルほどのガチガチの雪。汗が出る。油であげたかき餅がご馳走だった。午前中にもう一軒。

 昼には、女性部隊が作ってくれた豚汁と久多名物栃餅のぜんざいに舌鼓。美味かった!昼からは、自然活用センターの建物の屋根の下に溜まった2メートルほどの雪を掘り出すのに四苦八苦。息が続かないよ。ほんまにクタ!クタ!や。京都市厚生会が管理していたテニスコートは昨年閉鎖されたが、畑に戻すべくブルドーザーが作業中。

 午後3時、作業は終わり、地元のみなさんに見送られて帰途に。途中トンネルを抜けると早春の風景。午後5時に事務所に戻る。

 事務所には高校生の宮本君が来所。インタビューを受ける。ぼくの高校時代や大学時代のこと、市会議員の仕事のこと。京都のこと、もうタジタジ。

 それから着替えする時間もなくジーパン姿で市原野会館へ。島内研と語る会に飛び入り参加。冒頭、前座でこの間の経過と大学院での後輩であることなど喋る。地域での懇談会は初めてとのこと。前原後援会の応援もあって市原野の住民ら40人ほどの参加者。
 関西広域連合のことや地域主権のことなど島内君は唐突と演説。好感が持てるが、緊張しているのか、ちょっと話が硬いなあ。まあ初めてとしては次第点かな。これから勝負だよ!がんばれよ!

●2月5日(土)

 節分の疲れが腰にきた。久しぶりに神楽岡の藤村接骨院に行って電気治療などで体をほぐしてもらう。藤村さんは、節分は、追儺式のときの鬼の役。色々とご苦労さんです。

 午後は、聖護院の伊藤さんの告別式。ジャズが好きだったらしくナット・キング・ゴールの歌が式場に流れていた。ちょっとした相談ごとで出会ったのは5年ほど前か。心よりご冥福をお祈りいたします。

 夕方は、銀閣寺前の新事務所への移転の準備で椅子などを運び込む。広い事務所。お近くに来られたらぜひお越し下さい。夜は、議員レポート号外の原稿作りなどの雑務。

●2月4日(金)

 昨夜、寝たのは2時頃か、朝から晩遅くまで参拝客の前に座っていたので疲れが溜まっている。ピーヒャピーヒャラというお神楽の音が耳に残っている。

 11時には、わが町内の吉田山荘へ。住みよい京都をつくる婦人の会左京支部の新年会。カミサンが昨年秋から支部長。区長らが来賓。東山の借景を眺めながら元気な女性陣にご挨拶。

 昼過ぎには、島内研くんと同志社大学の学長室に。島内君は経済学部出身でゼミの先生が八田学長だった。過日八田学長にお会いしたときに心配されていたので、この間の経過を説明して、同志社出身の先輩後輩として選挙をがんばりますのでよろしくとご挨拶。同志社の卒業生のみなさん、よろしくお願いしますよ!

 午後4時半からは、左京の保育園の園長会と主任保育士会の役員さんと左京選出の市会議員との懇談会。昨年は、保育園連盟の資金流用問題などがあって開催できなかった。色々と調整をぼくが担ってきたが、ようやく開催にこぎつけた。京都の民間の保育行政を支えてきたプール制のあり方が昨年4月から変わったので、保育園の運営もちょっと大変。現場の声をお聞きするが、議員の反応も様々。まあ開催できたことで良しとするか。

 夕方、百万遍の京都大学総合博物館へ。吉田の剣鉾保存会のメンバーとして大野館長と親しくなったので小惑星探査機「はやぶさ」帰還カプセル特別公開の内覧会に呼ばれた。「はやぶさ」の帰還は昨年の明るい話題だった。7年間宇宙を旅していた小さな「はやぶさ」の前にたたずむとなにやら感動するね。たくさんの入場者で博物館も大賑わい。

吉田神社の節分祭 2月1日ー3日

2011年02月06日 | 日記
●2月3日(木)

 今日も吉田神社の節分祭。9時前、昨日に続いて「御神楽・追儺の矢」の受付に座る。今日も小春日和。うつらうつらと居眠りがしたくなるが、そうもいかず。次から次へと地元の吉田の住民を中心に参拝に。
 去年は雨が降り始めて例年に比べて人出が少なかったが、今年は天気も良くて参拝客は多い。とりわけ大元宮は新聞に載ったからか、長蛇の列でびっくりした。夕方には、前原大臣の奥さんの愛里さんも参拝に。
 午後8時には左京消防団と左京消防署長らも激励に。午後11時のお札を燃やす火炉祭も滞りなく挙行された。「仕舞い神楽」は12時前。改めて必勝を祈願!警備に当たっていた今宮会のメンバーの打ち上げを覘いて一献傾けて帰宅したのは午前1時過ぎか。心地よい疲れ。節分も終わって、もうすぐ春だよ!さあ選挙本番に向けて一直線!

●2月2日(水)

 今日と明日は、吉田神社の節分祭。いつものように朝から白袴をはくのに四苦八苦。体にホカロンを貼り付けて羽織を着て9時前に本宮社殿の横の「御神楽・追儺の矢」の受付に座る。
 午前10時前にいつもの可愛い巫女さんや雅楽のメンバーが揃う。地元吉田の人たちを中心に厄払いや家内安全など諸事の願い事を祈願。次々と参拝に来られて、巫女さんがお神楽を舞い、ぼくは受付と時には追儺の矢を渡す役。去年も暖かかったが、今年も小春日和。「選挙頑張ってくださいよ」と声をかけていただく方多数。小学校時代の同級生や久しぶりに会う友人等もたくさん来てくれた。
 夕方6時からの「鬼やらい」といわれる追儺式を目当てに5時過ぎからは境内は人並みで埋まり始める。6時前にはホラ貝が響く中、神楽岡町の保存会の人たちが扮した怒りや悲しみを表現している赤鬼と青鬼と黄鬼が登場。そして松明を持った子供たちを従えた黄金四つ目の仮面を被った方相氏が鬼たちを追い、葦の矢を殿上人が放って鬼を追う払うという、つまり人々の幸福と平和な生活を願うという儀式。
 天気がよくて去年よりは参拝客は多い。夜10時過ぎ仕舞い神楽で一日が無事に終わった。暖かい日でよかった。

●2月1日(火)

 今日から2月。朝刊には小沢一郎氏が政治資金虚偽記載で検察審査会法による弁護士により強制起訴の報道。政治とカネの問題は決着までまだまだかかりそうだ。われわれの選挙にどう影響が及ぶのか、ほんまにたまらんよ!

 朝10時前、左京区役所へ。左京区民ふれあい事業「第20回左京区民作品展」へ。いつものように百万遍保育園の園児たちによる可愛い鼓笛隊でオープニング。手芸品や絵画、写真、書道など子どもから高齢者の作品が500点ほど展示。女性会のお茶の接待もあり和やか。来年は新庁舎で開催されることになるなあ。

 午後は、事務所で市民派議員レポート号外の印刷の相談などでバタバタ。

 夜のニュースでは、エジプトはカイロでムバラク大統領の退陣を求めて100万人の行進の映像。また北陸ではドカ雪で列車やトラックが立ち往生。そしてプロ野球は斎藤祐樹フィーバーのキャンプイン。今年の阪神タイガースはどうやろか?

前原議員後援会新年会 1月30・31日

2011年02月06日 | 日記
●1月31日(月)

 10時から1月臨時市会の会期末の本会議。
 教育福祉委員会で審議された請願、教科書の適切な採択については共産反対、賛成多数で採択。共産党議員が紹介議員の福祉や教育の充実の請願は不採択。

 そして市会議員の定数削減問題については、市会運営委員会で審議された内容と各会派の態度について委員長報告があった後、共産と公明の議員が討論に立ち、各テレビ局のカメラが回っていたが、表決したところ、起立なしで定数削減の請求は否決された。 大山鳴動もせず。某候補の私党で某地域政党を名乗るメンバー等の選挙前のパフォーマンスもこれにて幕が下りた。

 午後1時から京都市青少年活動推進協議会総会に「くらし環境委員長」として正副議長らと出席。「新・京都市ユースアクションプランー第3次京都市青少年育成計画―」の提言案が報告される。こども若者育成支援推進法に関わる京都市版。青少年の自己成長をどう支援するのか、いくつかの提案がなされた。

 午後2時には、松ヶ崎の左京新総合庁舎へ。ほぼ外観は出来上がり竣工間近。左京区選出議員らがヘルメットを被って内装作業中の建物を視察。3階建てで広い空間。保健センターも入り、会議室も大きく、玄関から入る交流スペースも材木が使われて温かみのある庁舎になりそう。
 5月の連休に引越しとのこと。窓口の応対や受付をしっかりしてよ。また市バスの65系統も路線変更して総合庁舎前のバス停ができる。まずはよかった。

 夕方は、不動産鑑定士さんたちの新年会。国会、府市会議員が大挙して参加。民主党が呼ばれたのは昨年からかな。友人の鑑定士さんに挨拶して、地元は聖護院御殿荘での聖護院学区の新年会の終わりがけ。山内区長や錦林小学校の校長先生らも参加。ご挨拶で各テーブルを回って、新年最後の旗開きは連合京都の市内地協に遅れて参加。ようやくこれにて旗開きも目出度くお終い。

●1月30日(日)

 朝11時前、松ヶ崎は北山通に面したところで左京区の府会候補として民主党二人目の新人候補島内研君の事務所開き。昨年11月頃から市会候補から府会候補に変わるということで色々と調整に時間がかかったが1月7日に民主党府連で公認が決定されて以降、ようやく事務所開設の運びとなったのだ。
 好天に恵まれ、広島からご両親も来られ、彼の友人や後援者、松ヶ崎の諸団体の関係者や前原後援会のメンバーらが集まり、清祓式と激励の言葉。本人も力強く決意表明。いよいよスタートだ。現職の北岡府会議員と二人の当選を目指してがんばろう!

 昼過ぎ、民主党京都府連の定期大会。衆議院議員山井和則会長の挨拶。来賓の知事、市長の挨拶の後、幹事長や各委員会の責任者から活動報告と活動方針など。そして泉ケンタ選対委員長から統一自治体選挙の候補者に公認証書が粛々と一人一人に手渡される。前に並んだ候補者の人数は壮観だ。そして必勝の決議を採択。逆風下の選挙になるけれど全員当選目指して頑張るのみ!気合だよ!

 夕方は、ウエスティン都ホテルで恒例の前原誠司議員後援会の新年会。いつもながらの超満員1300人とかの出席者。来賓の方も連合京都をはじめ各種団体の代表の方が多く参加され、会場は人いきれでものすごい熱気。ぼくは、2区総支部幹事長ということで現職の府市会議員と予定候補者を紹介、それぞれが決意表明。
 そして、予定されていた時刻より遅れて大臣が登場。今朝は沖縄に滞在、そしてエジプトのムバラク大統領の退陣を求めたデモの関係で日本人観光客が足止めされているということで、緊急の会議が入ったとのこと、なんとか京都には戻ってこれたというところ。早速、登壇して20分ほど国交大臣のとき実績や政権交代の意義を語って、また官邸で会議ということで、即退席、とんぼ返りで上京。いやはや大変だな。
 ぼくは各テーブルを回って後援会のみなさんへの挨拶もほどほどに、途中退席して、浄楽消防分団の出初式に。ほとんど終わりかけていたが、団員さんらにご挨拶。散会後、都ホテルに引き返して、実行委員会のみなさんにご挨拶。いやはや長い一日でした。