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元京都市会議員鈴木マサホ「ひとくち日記-日々是好日」

鈴木正穂の身辺雑記として「ひとくち日記」を復活。人生100歳時代。コロナに負けないでどこまで書き続けられるか。

上高野で市政報告会 4月21日ー24日

2010年04月25日 | 日記
●4月24日(土)

 朝、西京極の作業所「加音」の総会に。保護者会のみなさんや理事などが集まり、活動報告や今後の運営について協議。自閉症の青年たちが利用する施設だが、10数人の利用者ががんばって作業を日々している。職員のメンタルヘルスのことも話題になったが、福祉の現場の苦労を知る機会。地域との連携もうまく行き始めているようで、これからもがんばって!
 
 夕方は、一乗寺の「喫茶のん」で和田公一君を偲ぶ会。彼が京大の学生の頃、今は亡き藤本敏夫さんが代表だった「水と土の会」で加藤登紀子さんのコンサートを手伝ってもらったのは、1981年だったか、卒業後、朝日新聞の記者として特に医療の関係の取材をしていたらしいが、2月に脳卒中で急逝した。数年前に会ったときは、まるまると肥っていたので、肥りすぎやと冷やかしたのを記憶しているが、ほんまに早すぎる。享年47歳。「くちこみ舎」の仲間らが集い、思い出話。心よりご冥福をお祈りいたします。
 
 そして夜は、前原誠司事務所の若き所長、斉藤博史君の結婚披露パーティ。新婦の有佳さんも京大出身で長い付き合いだったらしい。彼らの友人らと前原後援会のメンバーや斉藤君と親しい府市会議員が揃って、楽しくにぎやかなパーティ。末永くお幸せに。

 それから、同志社時代の竹田ゼミ恒例の同窓会の二次会に。いつものメンバーが10人ほど集まって、わいわい。会場の錦水館の館主田村精太郎君とももう40年の付き合いかな。

●4月23日(金)

 昼過ぎ、議員団室に。空間創研の吉田昌弘さんと街の公園のリノベーションについて、保健福祉局の高齢者福祉の担当者と都市計画局の緑政課の担当者と懇談。介護予防のためにも高齢者も使いやすい「すこやか公園」とでも名づけて公園をリニュアルしてみたらいいのではないかという提案。公園と福祉が融合した政策立案がこれから必要なのだと思う。

 また大男の米国人マイケルさん。小学校の英語学習について、英語の苦手な教員が、いかに楽しく子供たちに英語を学ばすことができるのか、いずれ教育委員会の関係者と話したいと思うが、色々とアイデアを聞く。

 夜は、宝ヶ池子供の楽園前の上高野防災会館で鈴木マサホ市政報告会。4月末だというのに寒くて暖房を入れる。上高野で開催するのは初めてにも関わらず40人ほどの参加者で満員。先の本会議での質疑の内容を冊子にしたので、それをテキストに京都市財政のことを喋り、区役所問題やその他の左京の事業のこと、そしてもちろん葬儀場建設問題ついても熱弁を振るう。参加者からは、地元の要望として、歩道の設置などお聞きする。ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました。

●4月22日(木)

 午前中、北山の大見地区のことで基本計画を策定された検討委員会のメンバーらと協議。この間の経過を報告しながら、法的な制約のなかで、いかに地元や関係者の理解と協力を得て市民参加で何が可能か、大胆な発想の転換が必要なときかな。今後もコンセンサスを得る努力をしようと思っている。

 午後は、2区総支部の議員会。民主党本部からの通達で参議院選挙に向けてタウンミーティングを開催せよとのこと。4月29日(木・休日)に「みやこめっせ」で福山外務副大臣を招いて、開催することを決定して、当日の進行や宣伝のことを議論。午後4時から5時までの短時間だけれどぜひご参加ください。まあ色々な意見が出るやろな。

 東京地検は、鳩山首相の元秘書に母親からの資金提供を巡って有罪判決。また高速道路の新料金問題を巡って小沢幹事長とわが前原国交大臣の間で鞘当。大臣、がんばってよ!

 舛添新党は「新党改革」らしい。乱立や。プロレスの業界には山ほど弱小の独立団体があるが、同じようなものだね。

●4月21日(水)
 
 朝、天気もいいので久しぶりに熊野神社交差点で街頭演説。京都市の予算のことや左京区役所移転問題などを喋るが、民主党のことになると歯切れが悪い。出勤途中の友人らが手を振ってくれると元気が出るよ。

 10時過ぎ、鞍馬に。増田前消防分団長の告別式。消防団や鞍馬学区の人がたくさんご参列されて見送られた。58歳の若さだった。心よりご冥福をお祈りいたします。

 午後、議員団室に。京都北山は大見地区のことについて担当者と現状と今後の見通しなど懇談。大見総合公園計画発表以来、もう30年ほどになるが、検討委員会から答申された基本計画を大事にして今後どのように進められるのか、色々な可能性について議論。

 テレビでは、舛添議員が新党結成の動きや、前原国交大臣が提示した高速料金のことでなにやら、小沢幹事長との間が、きな臭いなあ。

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くらし環境委員会 4月17日ー20日

2010年04月21日 | 日記
●4月20日(火)

 10時から新年度になって初めての「くらし環境委員会」が開催。ぼくが委員長ということで進行役。昔取った杵柄、久しぶりの委員長ということでそれなりの緊張感はある。アドリブを入れて挨拶。
 環境政策局の理事者紹介と事業概要の説明。その後で、まずは「環境にやさしいライフスタイルを考える市民会議」の提言についての説明と質疑。コンビニの24時間営業についてのことが当初話題になったが、いささか理念的な答申というのがぼくの印象。また地球温暖化対策条例の改正及び地球温暖化対策計画の策定に向けた中間とりまとめの報告と質疑。そして数人の委員が生ゴミ処理機の助成のことなどで一般質問。
 ぼくの役割は、「○○委員」、そして挙手して答弁する理事者の「○○部長」とイチイチ指名する役。ボーとしてられへんのですよ。一般質問でわが議員団の某委員がトリウムのことについて質疑をし始めたのだが、訳が分からんこと喋り始めたので「質問は簡潔にしてください」と一喝。他会派の委員にも言いたかったときがあったがそれは自制したのだ。

 そして文化市民局も同様に理事者紹介と事業概要説明の後、青少年意識行動調査の集計結果、生活安全基本計画策定のためのアンケート調査、さらに地域コミュニティ活性化に関する懇話会からの報告書についてそれぞれ説明があり簡単な質疑。それから岩倉出張所の存続を求める請願についての質疑があり、初めてのことでもあり留保。その後、一般質問に移り、11年に予定されているフルマラソンのことやわが議員団の青木芳香議員が路上喫煙地域の拡大について質疑。喫煙出来る場所も必要ではないですか、とええ質問をしてくれた。もめることなく終わったのはちょうど5時でした。ちょっと疲れたね。

●4月19日(月)

 久しぶりにいい天気なった。昼過ぎから友人とポスターの張替えなどでウロウロ。また上高野で予定している市政報告会の打ち合わせ。そして、市民派議員レポートの発送作業を黙々とする。

 夜は、養正コミュニティセンターで、京都市コミュニティセンター転用計画素案についての「ご意見・ご提案を直接いただく会」の傍聴に。かつて同和問題の解決を図るために建設されてきた隣保館が、数年前にコミュニティーセンターと名称を変え、一昨年設置された「同和行政終結後の行政のあり方総点検委員会」からの報告を受けて、昨年からは市職員が引き上げて、養正の場合は、経過措置として2年間は、貸館として市民に利用されてきた。今後、本館は、貸館として市民活動を支援する施設として活用を図り、別館である旧学習センターは、昨年から白川総合支援学校のサテライト教室として試行的に活用されてきたが、今後はさらに拡充するという方針が示されて、懇談会が開催されたのだ。

 人権文化推進課と教育委員会の担当者が前に座り、色々とやり取りがあった。二つの団体の関係者を中心に40人ほどの参加者かな。共産党の加藤議員やその支持者たちらしき人たちも傍聴に来ていた。その穏やかなやり取りを見ていると、かつての「交渉」なるものを体験、知っているぼくにとっては隔世の感やね。冊子「同和行政」をぜひご笑覧ください。昨年の予算市会では、コミュニティセンターからの職員の引き上げは、いささか拙速過ぎないかと思っていたが、そうでもなかった。課題は、行政に依存するのではなくて、いかに「自治・自立・協働のまちづくり」を地域住民の力で展開できるかなどだ。養正自治連の会長さんが、区役所移転に伴い、証明書発行センターの設置を要望したのが、タイムリーであった。

●4月18日(日)
 午前中、吉田神社の例祭。本殿において、吉田神社創建に由来する祭事、南都楽所による倭舞(やまとまい)の奉納や御棚神饌(みたなしんせん)と言う特殊な御供えを供すなど、厳かに祭事が執り行われる。4月だというのに寒いよ。鈴鹿隆男講社長が吉田神社の由来などのお話も。

 昼過ぎ、市原野の知的障がい者の施設「わかば会」の理事会と評議員会。オープンしてちょうど3年。利用者も20人を越えて、さらなる夢の実現に向けて色々と協議。
 それから民主党京都府連の常任幹事会。知事選挙も終わったが、次はなんといっても参議院選挙。山井会長から、二人目の擁立劇について小沢幹事長らとのやり取りなどリアルに経過報告。われわれ京都の意向を無視しての擁立劇で釈然としないよ。ほんまに!で、まずは福山哲郎外務副大臣の必勝を期して、全力でがんばることを確認。

 夜は、北白川小倉町のマンション建設問題について地元住民から要請があり、相談会に参加。御影通と疏水のところのかつては俳優の高田浩吉邸に学生マンションの建設計画が浮上。つい10日ほど前に説明会があり、地元では対策協議会が結成されて色々と相談が始まった。要望事項など色々とお聞きしてアドバイスをする。

 夜のニュースでは、阪神の金本選手、連続フル出場1492試合でストップ。ほんまに凄い選手や。まあちょっと休むのもいいのでは。そして山田杉並区長ら首長らが「日本創新党」。なにやら新党乱立や。普天間基地移転問題で徳乃島では大規模な反対集会。さて鳩山政権、どうするの!

●4月17日(土)
 
 東京では春の雪。わが母校の第四錦林小学校創立80周年記念事業の実行委員会。ぼくが卒業したのは、1961年(昭和36年)かな。大先輩の卒業生や地元吉田の各種団体の人が集まって、名簿の整理のことなど相談。来年の6月に記念式典が開催されるのだ。卒業生にはノーベル賞受賞の江崎玲於奈さんもおられるよ。

 昼前から、社団法人京都鴨沂会の理事会と評議員会。事業や決算報告、また予算などが承認される。

 途中で抜けて、昼は、東九条の特別養護老人ホーム「故郷の家・京都」にて第一回のコリアンデー。オープンしてちょうど1年。韓国物産の模擬店も並びホールでは伝統舞踊の踊りなど。美味しいビビンパなどご馳走になり尹基理事長や韓国民団のみなさんと懇談。

 午後は自治労京都府本部主催の「良い社会をつくる政策学習会と国政報告会」。公共サービスの現状について全国を駆け回っている江崎孝さんが講演して福山外務副大臣が外交のリアルな話。いわば参議院選挙に向けての学習会。

 夕方は、サワダ音楽院、澤田和也友の会の懇親会。左京ふれあいまつりなどでご尽力いただいていることもあって左京区長と忙しい中、門川市長も来賓で挨拶。俳優の品川隆二さんらもおられた。北岡府会議員は、この音楽院の生徒で歌がうまいのだ。

 その後、京都新聞社の記者、吉澤健吉さんの前途を祝す会。1979年のぼくの初めての選挙に取材に来てくれて以来の付き合い。ぼくの選挙ドキュメント「猫とねずみも怒っている!」を編集してくれたのが彼でした。そしてその時出会った女子大生と結婚したのだ。もう30年になるのだ。定年退職と還暦を祝う会ということで、後輩の新聞記者をはじめ、宗教者や伝統工芸の作家や音楽家たちなど多彩な顔ぶれ。赤いチャンチャコを着てご機嫌でした。とあるお寺の住職がロックを熱唱してえらく盛り上がった。

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知事選挙も終わった。寒いよ。4月12日ー16日

2010年04月18日 | 日記
●4月16日(金)

 寒い朝!朝からの来客は、ぼくが「くらし環境委員会」委員長ということで12年の春に予定されている京都マラソンの開催について担当者が今後のスケジュールなどの説明に。長年続いてきたハーフマラソンを中止にして、都小路を駆け抜けるフルマラソンにグレードアップ。交通規制の問題もあり、市民や京都府警の協力が必要だ。準備を慎重に進めて欲しいね。

 また養正学区の自治連の会長さんが来所。出町柳駅近くにあるコミュニティセンターを証明書発行センターにという要望を持って来られる。ぼくの2月市会本会議での市長とのやり取りを説明。左京区役所移転に関わり、南部住民の大きな願いであることを改めて思う。

午後は、市民派議員レポート10年春号の発送作業を友人に手伝ってもらって黙々とする。

夕方、東京で昨年末から法曹の仕事を始めた愚息が久しぶりに帰京。嵯峨の湯豆腐屋さんで91歳になった親父の誕生日祝いを兼ねて会食。いくつになったんかいな、1919年生まれやなという親父はかろうじて、マダラが現象があっても、孫である愚息の記憶はあるようだ。
 「どこ悪い、手術したんか聞く父に、月越え入院の母は応える」、「還暦前、バイクで通いし亀岡へ記憶の道なぞる九十の父」「広島の爆風に倒れし瞬間を母の病室へ送る父に聞く」と弟は詠んでいる。
 親父もまあ元気だし、母は元気になってきたので、とりあえずはメデタイ誕生日であった。
 
 その後、「ヒューマンふれあいコンサート」の実行委員会に遅ればせながら参加。ボランティアのメンバーなどが参加して「手のひらに太陽」を手話で練習。みなさん、楽しくやりましょう。チケット販売に協力をよろしく。
 
 ところで、金曜日の夜は「探偵!ナイトスクープ」を見るのが、ぼくの定番。西田局長の隣に座っている秘書の岡部まりさんがいないやないか。大阪から参議院選挙に民主党から立候補するとのこと。彼女の環境問題について講演を聞いたことがある、しっかりした人だと思うが、番組を降板するのはちょっと残念。50歳だったとはちょっと驚きでした。

●4月15日(木)

 昼前、メキシコはグアダハラ市との姉妹都市交流のことでマリアッチ楽団を率いる三品さんに同行して細見副市長と懇談。お二人は同志社の先輩になる。日本で数少ないマリアッチバンドと姉妹都市交流にかける熱い思いをお聞きする。

 午後からは、この4月から団長に就任した小林あきろう議員の進行で久しぶりに議員会。冒頭、この4月の人事異動で市会事務局から異動、また新任の職員の紹介。そして星川副市長から市立看護短期大学廃止条例が否決され、佛教大学との連携が白紙になったことで今後の見通しなどについて説明があり質疑。また議員団の今後の日程などを決める。5月市会は山岸議員と山本ひろふみ議員が代表質疑をすることになった。

 その後、民主党本部が要請している各選挙区でのタウンミーティングの開催について2区総支部としての取り組みを前原事務所の斉藤所長らと協議。どうするかな。

 それから昨年、改築されて新装オープン右京区は宇多野ユースホステルに議員団で視察。館内視察の後、ユースホステル協会の事務局スタッフから説明を受ける。正面の桜が見事。国際ユースホステル連盟から「世界で最も居心地のよいユースホステル」に認定されたとのこと。外国から旅行者も増えて修学旅行生も活用しているという。テニスコートもあるし、老若男女問わず、京都市民も利用できますよ。大いに活用してください。美味しい夕食でした。

●4月14日(水)

 午前中、梅小路公園などを設計された空間創研の吉田昌弘さんが、同志社大学院時代の友人橘俊光さんの紹介で来所。これからの都市公園をいかに活性化、リノベーションするか、アイデアを提案に来られて話が弾む。東京足立区では、高齢者が介護予防のために大いに公園を活用しているという。面白い提案。ぼくも勉強してみたい。

 昼、川端署に宣伝カーの道路使用許可の申請に行く。これから気候も良くなって来たので街頭に立とうと思っている。ほんまにやるで。

 昼過ぎ、経糸の会の鶴山さんが議員団室に。6月6日に予定している「ヒューマンふれあいコンサート」の協力のお願いに保健福祉局や星川副市長さらに高桑教育長を表敬訪問。養護学校のPTAの会長をされて以降、障がい者とともに楽しめるコンサートを企画、実施されてきた。今年が第13回目。
 
 その後、連合京都議員フォーラムの幹事会に。知事選挙も勝利して選対事務長を務めた細田連合会長もほっと一息や。今年の日程をみんなで協議。

 夜は、わが事務所で地元は吉田の大元講社の役員会。宗教法人化の見通しも立ち、吉田神葬墓地の管理のことや今後の運営のことについて長老からこの間の経過の説明や課題について説明を受ける。

●4月13日(火)

 4月だというのに寒い朝、北海道では雪景色らしい。変な天気が続く。
 昼、吉田デンタルクリニックで今日は麻酔を打って虫歯の治療。治療後1時間ほど口の中がもぞもぞして気分悪し。

 来客は、京都との姉妹都市、メキシコはグアダハラ市との30周年記念事業のことでメキシコ音楽マリアッチ楽団を率いる同志社の先輩、三品國男さんが来所。ぼくがグアダハラを訪問したのは1996年だったかな、いい街だった。この8月に市長らが訪問する予定。また8月には国際交流会館でメキシコ音楽の夕べが開催されるとのこと。1970年キューバに行ったときにメキシコシティに滞在したこともあるが、マリアッチが街角で演奏されていたのが記憶に残る。がんばってください。

 夕方、知人から南区東九条の整備計画の今後の方向性についての相談ごと。近いうちに都市計画局の担当者に聞いてみよう。
 阪神・巨人戦、6点差のゲームをなんと5本のホームランで大逆転。溜飲を下げる。

●4月12日(月)

 新聞は休刊日だが、京都新聞だけは知事選挙の結果を報道。まあ順当なところ。山田知事さん、3期目でもあるので総仕上げのつもりで全力投球でがんばってよ。
 
 小雨模様の朝、桜は散っていたが、午前10時から吉田幼稚園の入園式。可愛い80人ほどの新園児たちと着飾ったヤングママたちとデジカメ片手のパパたちで会場は熱気ムンムン。最初は神妙にしていた幼児たちも何人かは泣いたり駄々をこねたりでざわつく中での入園式。エネルギーに圧倒された。理事長の澤井宮司さんのご挨拶や担任の先生から一人一人の名前が呼ばれた後、来賓ということで、節分の鬼の話と子育てで悩むことがあれば、相談をしてくださいね、と挨拶。彼らが二十歳になったとき、さてどんな社会になっているかな。

 午後は、事務所で雑務。知事選挙が終わったので、一気に「ひとくち日記」の更新。そして2月市会報告を中心にした市民派議員レポート春号の発送の準備作業。また4月末に提出する政務調査費の報告書づくりも。来客もありなんやかんやバタバタする。

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入学式と知事選挙 4月5日ー11日

2010年04月12日 | 日記
●4月11日(日)

 昼頃まで久しぶりの爆睡。どんよりした曇り空。投票日にはちょうどいい天気だが、それにしても投票率は上がらんやろね。

 昼食の後、近くの近衛中学校にかみさんと投票に。近所の人が受付。ご苦労さんですね、と声をかけて山田啓二と書いて投票箱に。

 その後、事務所で追い出しの電話。そして雑務。

 夜、KBS京都放送の知事選挙特番を見ながら、わが家で久しぶりに夕食。出口調査結果により8時過ぎには山田知事当選確実が打たれる。テレビ中継で万歳のシーンを見る。9時過ぎに「希望の会」の選挙事務所に。はやテレビ中継陣は撤収の作業中。テレビ局に向かう3期目の当選を果たした山田知事や民主党や連合京都の関係者と握手。おめでとうございます。投票率は、41.09パーセントで山田啓二52万9千票、相手候補は、30万7千票。左京では、山田候補が27000票、相手が25000票で勝って、よかった、よかった!これからも更なる府市協調で、市民生活の向上に向けてがんばってや!

●4月10日(土)

 知事選挙、明日が投票日。電話作戦で追い込みだ。

 午後は、社団法人鴨沂会の監事として事業監査。事業報告などきっちりしたものでした。高野川の桜はちょっと散り始めたかな。午後3時に高野イズミヤ前に。近所をメガホンを持って「知事には山田、山田啓二をよろしく」と声を上げながら桃太郎作戦。そして民主、公明、自民の左京の府市会議員と後援会のメンバーと連合京都の組合員が結集しているところに、山田候補の選挙カーをヤマダコールで迎える。候補者自ら熱い最後の訴え。

 また5時からは四条河原町で恒例のラスト・サタデーのフィナーレ街頭演説会。「希望の会」の細田事務局長の司会で立石義雄本部長と門川市長の挨拶、そして、山田候補が、「みんなの力で希望の扉を開けよう!」と自信に満ちた演説。ボイストレーニングをされとか、ほんまに演説が上手にならはりました。

 明日が投票日、天気次第で投票率は、多少変化するだろうが、4年前は有権者206万、投票者80万、投票率38・44パーセント。山田51万、成宮27万だった。投票率はどうなるか。山田圧勝は間違いないが、左京区は、しんどいやろなあ。

 ところで、自民党のシルバー世代が離党、新党「立ちあがれ日本」結党した。石原都知事が名付け親だというだが、「たそがれ日本」やな。

●4月9日(金)

 朝9時過ぎ、わが母校の鴨沂高校の入学式に同窓会長として出席。今年の新入生は234人の6クラス。副校長だった山岸先生が校長に。クラーク博士の「Boys Be Ambitious’(少年よ、大志をいだけ)」を引用しながら、自由でありながら、自己の責任があるという趣旨の式辞であった。自由の学園鴨沂高校だが、新入生諸君、勉強もしないかんよ。

 10時から正午までの2時間、候補者の選挙車に乗り込み、左京の南部を北岡、隠塚議員と最後の訴え。候補者は元気一杯。街を行く人やわざわざ家から出てきて手を振ってくれる人も。やっと選挙も盛り上がってきたかな。候補者、商店街やスーパーの前で、自分でマイクを握って弁舌さわやかに辻説法。明後日の11日が投票日。ぼくもマイクを握って、「知事には府市協調のできる山田候補をよろしく」と訴える。

 昼過ぎ、第50回記念日本南画院展祝賀懇親会に。かつてのぼくの事務所は聖護院のメタボ岡崎というマンションにあったが、わが事務所の前の部屋が社団法人南画院の事務局だった。町田泰宣理事長と親しくなって副議長のときに呼んでいただいた。鴨沂高校の同窓会長もされていた上村淳之先生らそそうたるメンバーも来られていて、門川市長も来賓挨拶に。隣に座られたのは、四方前綾部市長さん、若かりし頃の労働争議のことなど思い出話。50年欠かさず出展されてきた作家さんもおられてびっくりした。

 午後は、5月30日に開催される<京都アースライドー「古都京都」世界文化遺産を巡るバイコロジーの旅>の実行委員会。とある縁でぼくは顧問。昨年5月デンマーク大使のエコサイクリングのときのメンバーなどが集まって協議。すでに全国から500人近い申込者があるという。ぜひご参加を!

 午後5時半には市役所前に山田知事候補が参上。自民や公明、民主の市会議員に退庁時ということで市職員や自治労の組合員らが結集。門川市長が久しぶりに背広姿で、今後も府市協調でがんばろうと応援弁士。

●4月8日(木)

 昼、久しぶりに浄土寺の吉田デンタルクリニックへ。このところサボってばかり。ゴリゴリと歯石を取ってもらう。
 
 そして午後は「希望の会」の宣伝カーに北岡、隠塚議員と乗り込む。知事選挙もいよいよ終盤。桜満開の蹴上から下鴨を経て幡枝から市原野、静原から江文峠を越えて大原へ。春爛漫、桜も満開、菜の花畑も見事で空も真っ青。のどかな春の大原を宣伝カーで知事にはやっぱり山田啓二さんをと訴える。ぽかぽか陽気で、気持ちいいよ。鈴木さんの声を聞いたよ、と友人からメール。うれしいね。
 
 来客は、「環境にやさしいライフスタイルを考える市民会議」から提言が出されということで、ぼくが「くらし環境委員会」委員長ということで担当者が説明に。コンビニの24時間営業のことが大きな話題になっていたが、結局そのことについては、触れられていないが、地球温暖化問題に向き合うために、市民の意見も多く取り入れて「エコを楽しむ」「地域のことは地域で考えたい」など12の視点での提言がされた。いささか抽象的なところもあるが、いかに市民にその思いを共有化してもらえるかが、今後の課題だな。

 夜は、とある友人と知事選挙のこと、民主党のことや統一地方選挙に向けてのことなど懇談。来年春に向けて気合を入れてがんばろう!

●4月7日(水)

 午前中は事務所で雑務。今後の市会報告会の日程のことなど相談も。

 午後、伏見は大手筋のお鮨やさんの「うを弥」さんに創業100周年の記念ということでお祝いの花を持っていく。わが議員団スタッフの中野君の実家。親父さんはぼくと同世代。そして、すぐ近くの共同作業所・福祉工房P&Pを訪問。ちょうど休憩時間でみんなとワイワイ。パソコンでアニメーションの原画の色を塗ったり、原稿を打ち込んだりしている授産施設。みんながんばってるよ。帰途、東九条の「故郷の家」や「エルファ」、そして知事選挙の「希望の会」の事務所に立ち寄りスタッフに栄養ドリンクを差し入れ。

 その後、忙中閑あり、ちょっと時間が空いたのでパチンコ「明日のジョー」で遊んだら久しぶりの10連チャン。久しぶりの快挙だよ。

 夜は、この6月6日に上条恒彦さんと野田淳子さんのコンサートを企画している「経糸の会」の運営委員会。準備状況や当日の役割分担など諸々のことを決める。チケットは三千円。ぜひ来てくださいね。

●4月6日(火)

 桜満開、わが母校、地元の第四錦林小学校の入学式。ピカピカの一年生、男子31人、女子17人が6年生に連れられて入場。「如意を登りて朝日かげ」の校歌を一緒に歌う。中島校長は、「話す。聞く。自分のことを自分でする」と式辞。大人でもなかなかできることではないですよ、と後で冷やかした。担任の先生から一人づつ名前が読み上げられて、可愛い声で返事。在校生がピアニカで歓迎の演奏。ええ式でした。みなさんおめでとう!ぼくらのときは確か7クラスだった。

 午後は、わが母校の近衛中学校の入学式。吹奏楽部の演奏で入場する生徒は100人余。市内で制服がない唯一の公立中学。校歌は「静かなる森のこだま返りて」が出だし。ぼくも一緒に歌ったよ。大津校長が式辞。「自主・自律」が校風。ぼくの入学したのは、1961年(昭和36年)だったかな。夏は暑い暑いプレハブ教室だった。クラス数はなんと17クラス。そして東京オリンピックの年が卒業。あれから50年だ。その後、事務所で電話作戦と雑務。

 夜は、今年初めての剣鉾の練習。粟田神社のメンバーらも駆けつけて合同練習。夜空に向かって、気合入れて扇鉾を差すが、何しろ久しぶりで感触も掴めないし、何よりも日頃の運動不足が致命的。膝がガクガク。あかん!

 夜のスポーツニュースで阪神・巨人戦、金本選手が444号のホームラン。すごいね。松井選手もエンゼルスでホームラン。

●4月5日(月)

 午前中、来客はNPO法人あったかサポートの笹尾さん。年金問題や社会保障のこと、高校生や大学生にキャリア教育の必要性を説く出前講座などを精力的に行っている。今後の展開について色々と知恵を出す。

 午後は、「新今電会―京都今出川通にLRTの実現を推進する会」の解散総会。会長は、自民党の市会議員だった国枝克一郎さん。この間、夢を見て協力してきた交通政策の大学の先生方や関係自治連の会長さんらが出席。この10年近く、LRTを走らせようと様々な提言と実践をされてきたが、残念ながら京都市の今後の取り組みの進捗が想定できない。そして、運動にも限界があり、「置石となって道を閉ざしている」のではないか、また「継続期間は3年間とする」と規約に従って発展的に解散すると決定された。国枝さんの目には涙が浮かんでいた。その引き際の潔さにぼくは敬意を表する。夢の実現は遠くなったが、ぼくも色々と勉強をさせていただいた。ありがとうございました。そしてご苦労さんでした。

 その後、事務所で知事選挙のことで電話作戦や雑務。テレビニュースでは、自民党の平沼、与謝野氏らが新党を結党するとか、なんとかのニュース。民主も支持率が下落しているが、天下の自民党もお家騒動や。

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春爛漫  4月2日ー4日

2010年04月05日 | 日記
●4月4日(日)

 春爛漫。哲学の道・散策の集い。今年で37回目になるという。春うらら、桜は満開。昨日、鳩山総理と小沢幹事長が京都に来て京セラの稲盛会長と食事をしたという別荘隣の大豊神社のお旅所で開会式。昨年は異動したところでメモを読んで挨拶をしていた山内左京区長も今年は堂々たるメモなしで立派な挨拶。女性会がお世話いただいている弥勒院のお茶席で一服。日頃は静寂な散歩コースの哲学の道は花見客でごった返す。風情も何もないよ。
 
 昼前、車で市原へ。川島織物の前の広場は花桃が満開。洛北の文化振興を目指している「玄武の会」の春の集い。市原野の自治連の関係者とお弁当をいただきながら猿や鹿の害についてお話を伺う。農作物が根こそぎ食べられるという。いい策はないのかな。舞台では、和太鼓演奏やフラダンスなど、のどかな春を満喫した。

 午後は、哲学の道に戻って、大豊神社の剣鉾を見学に。わが吉田の剣鉾仲間らが、桜満開の下で剣先が揺れて鈴が鳴り、観光客から拍手喝采。いよいよ剣鉾のシーズン到来だ。ぼくもがんばろう!

 そして午後3時前、哲学の道は弥勒院のお茶席に滋賀県の嘉田知事と京都府知事が登場。絵になるなあ。嘉田知事とは3年ぶりぐらいかな。同志社の総合政策科学研究科の同窓会で講演をお願いして以来のこと。またぼくが初当選したときのことを覚えていただいているのだ。

 その後、桜満開の銀閣寺前交差点と出町柳駅前と高野イズミヤ前で知事候補が演説するのを応援して、イズミヤ前から選挙カーに北岡、隠塚議員と初めて乗り込み、「知事選挙、マルマル候補をよろしく!」と久しぶりにマイクを持つ。候補者は下車していたので、街の反応はイマイチやね。

 夜は、梅小路小学校での個人演説会に。枯れ木も山の賑わい。今枝議員が司会。わが同輩の山本恵議員や平智之議員に福山議員にいつも着物姿の門川市長、そして西川一誠福井県知事も応援に。自治省で一緒だったという。候補者、明日が56歳の誕生日。ゴーゴー○○と、応援に来ていた藤川、中野議員らと一緒に前に立って会場みんなで激励のエールを送る。世論調査ではわが応援している候補が優勢とのこと。引き締めていかないかんよ。

●4月3日(土)

 昼前から今夕の知事選挙の修学院小学校での個人演説会のご参加をお願いする電話作戦。

 午後は三条河原町へ。久しぶりの好天気。春爛漫。鴨川の桜は見事に満開だ!車の渋滞が凄い。連合の古賀会長と増田元総務大臣、そして希望の会の副会長、西陣織物組合の渡邊理事長がユニークな挨拶の後、新京極を桃太郎作戦を展開していた候補者が演説。連合京都傘下の組合員などが多数動員されてそれなりの選挙の雰囲気。

 夕方、修学院小学校に。前原、北岡、隠穏、鈴木後援会のメンバーなどが中心になって会場設営。ちょっと寒いな。谷本石川県知事、公務多忙な福山外務副大臣、松井孝治内閣副官房長官が応援の弁。昨年夏の前原議員の演説会のときは熱気に溢れていたが、今回は300人ぐらいの人か。候補者は、府民の絆で希望の扉を開けたいと、気合の入った演説。最後にぼくがガンバローを三唱。来週の日曜日が投票日。みんな投票に行ってくださいよ。

●4月2日(金)

 昼前から、事務所で電話作戦。随時、人事異動で新任の校長先生や区役所の課長さんらが挨拶に。これからよろしくね。

 午後、民主党京都府連で幹事長会議。1区から6区までの幹事長が集まり、山本正府連幹事長から民主党議員の知事選挙ネットワークの取り組みのことなど選挙状況のこと。また小沢幹事長が入洛して河上みつえ衆議院議員を参議院選挙に複数擁立ということで二人目の候補者として発表したときの記者会見の模様などを報告してくれる。また、来年の統一自治体選挙に向けての各総支部の候補者擁立状況に向けての状況のことを説明。2区総支部としては、東山区の府会候補者などに公募をすることを提案。候補者擁立に向けて公募の方法などを議論。来年の今頃は、ぼくらの選挙の真っ最中だな。

 夕方は、北区のギャラリー「感」にて韓国の陶芸作家の李昌洙さんの個展のオープニングパーティに。清水焼の陶芸作家近藤潤氏らの仲間が集まられていた。ぼくは、かつて有田焼の李参平を描いた「白神渡海」という映画の上映に関わったことがあったのでそのことをスピーチした。伝統的な韓国の青磁を技術を生かしたオリジナルな作品。緊張していたのか、寡黙な作家さんでした。

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今日から四月 3月28日ー4月1日

2010年04月01日 | 日記
●4月1日(木)
 今日からもう4月。小雨模様のどんよりした肌寒い天気。
 過日購入した宝くじが、なんと!当たっていた!こいつは春から縁起がいいぞう!

 事務所では数日前から知事選挙のことで友人が電話作戦をしてくれているが、選挙カーの音も聞こえないし、選挙ムードも盛り上がらなくて反応はイマイチや。ぼくも演説会に来てもらうように色々と連絡をする。投票日に雨でも降ったら投票率は下がるやろうな。

 午後、議員団室に。人事異動が発表されて、発令式。市職員のみなさん辞令をもって廊下をうろうろ。昨年は、門川市政の2年目ということで大幅な機構改革も行われ人事も大きく変わったが、今年は大きな機構改革もなく、サプライズ人事もないようだ。また団塊の世代の退職が過ぎて、今年の退職者は比較的少ないようだ。広報に目を通すが、親しい人が退職者の欄にあるとさみしいね。ご苦労さんでした。夕方、事務所には異動や退職した職員さんが挨拶に。夜は事務所で雑務。
 
●3月31日(水)
 
 朝、新聞で小沢幹事長が入洛して、参議院選挙の二人目の候補者擁立を発表するということで、どないなっているのかなと、民主党京都府連に電話。曰く、午後記者会見があるらしい。候補者の名前は今になってもわからないよ、ということ。午後、新聞記者から、「河上みつえ衆議院議員ですよ、どう思いますか」と電話。「へえー、びっくりやね、頭ごなしか。小沢ガールズのひとりやな。選挙になるのかな。なんやようわからんね」とコメントしておいた。支持率が下落しているときに何を考えているのだろうか。

 夕方、吉田神社前にあるイタリア料理店チェルキオの若きシェフらと中尾写真館の人ら近所の人たちと懇談した後、山科は、鏡山小学校での知事選挙の演説会に。豊田府議や藤川市議の担当なので、賑やかしに。寒い夜にも係わらず200人ほどの参加者かな。候補者は、この間の実績と希望の扉をみなさんと開けたいと、熱のこもった演説。演説がほんまに上手にならはりましたよ。そやけど京都市内は盛り上がらんね。

●3月30日(火)

 もうすぐ4月だというのに、朝、目覚めたらなんと屋根に雪や!大文字山も比叡山も雪化粧。
 9時前に第四錦林小学校の先生方の離任式。在校生や地域の人や保護者や卒業生が見守るなか、今年退職されたり、異動になる先生方が講堂の壇上に。中島校長から一人一人の紹介のあと、ひとりづつご挨拶。手話で歌を歌った先生もおられた。なんといっても地域の十二提灯こども神輿の巡行や子ども剣鉾を指導されていた先生方と親しくなってご苦労さんと言いたかった。また卒業して今は高校生になっている生徒も来ていて、心和む離任式でした。講堂でこどもたちが花道を作ってお別れ。ご苦労さんでした。

 その後、左京区役所に立ち寄って、区長らと左京区内の新年度予算がついた事業のことなど四方山話。岩倉南児童館・錦林児童館の整備、北白川丸山町緑地整備、二の瀬バイパス・トンネル工事、川端通街路樹整備、八瀬小学校移転整備、動物園の再整備、岡崎地域活性化基本計画策定、大原消防出張所移転救急救命体制の充実、北部山間地域の地上デジタル放送受信対策とブロードバンドゼロ地域の解消、大原・鞍馬・静原地域の公共下水道整備などの事業が進みます。関係者の長年の要望が実りました。

 午後は、一年半ほど前、聖護院から西大路に移転された皮膚科の任医院を訪ねて診察をお願いする。ちょっと湿疹が手に出ているので久しぶりの診療。
 また西院の近くのわが主治医の「ゆうクリニック」にて検査。血圧や尿検査は異常なし。血液検査の結果は後日判明するが、さて中性脂肪の数値がちょっと心配や。

 夕方、転倒して鎖骨骨折で入院している叔母を見舞い。口は達者で元気になっていて安心した。その足でおふくろと親父の新居を訪ねる。まあまあ元気そうで、少し慣れたかな。今日は、病院周りの半日でした。


●3月29日(月)

 午前中、事務所には京都世界人権問題研究センターの方が来所。ぼくが京都市会の「くらし環境委員会」の委員長に就任したことで、その財団の評議員になるということで説明に。書類を書く。世界人権問題研究センターは、建都1200年の記念事業として京都府や商工会議所の協力で設立された。理事長は京大名誉教授の歴史学者の上田正昭先生。この設立を巡って、本会議でその設立意義について熱く訴えたのは、もう20年近く前かな。この秋には移転をするという。人権の世紀といわれた21世紀においてこのセンターの役割は大きい。

 午後の来客は、北山大見で昨年秋に映画を撮影していた大阪ビジュアルアーツ専門学校の長井裕太君と大原の藤井君が来所。ちょっとした縁で撮影現場にも足を運んだ。出来上がった映画のDVDを持参してくれた。最近の映画作りは昔に比べてたいそうな機器も要らないようだ。大見を架空の舞台にして製作された映像を見たいね。

 その後、上高野での4月末に市政報告会を予定しているので会場のことで打ち合わせに。車で走ったら小雪が舞っていた。弥生三月、もうすぐ4月だというのに雪ですよ。
夜は、事務所でなんやかんやの雑務。外に出たら冷たい夜空に満月が浮かび、小雪が舞っていた。桜もチラホラ咲き始めているのに、まさに「月雪花」や。
沖縄の普天間基地の移転問題や郵政問題で鳩山政権、色々とたいへんやね。

●3月28日(日)

 わが事務所にて毎月最終日曜日に開催している第9回朝粥の会。久しぶりにぼくが「京都市政あれこれ」と題して話題提供。本会議で示した財政状況のグラフを示しながら京都市の10年度予算や左京区役所の移転問題について話す。近所にお住まいの101歳の方も朝粥の会の常連さんになっていただいている。
 お粥を頂いた後は、わが応援団の柿阪正夫さんが吉田神社の大元宮前の枝垂れ桜、幽斎桜のいわれについてお話もしてもらう。舞鶴の瑠璃寺の枝垂れ桜の苗を里帰り、移植して6年、綺麗に咲き誇るようになった。ぜひご覧ください。

 散会後、希望の会のポスター貼りをして、忙中閑あり、午後は友人と大文字山に登る。銀閣寺前からエッチラオッチラ、友人のペースに合わして休み休み登る。初めての大文字山ということで友人はちょっとしんどそうだったが、なんとか火床まで登りきって喜んでいた。天気が悪くてちょっと残念、鹿ケ谷へ降りる。哲学の道の桜が綺麗だった。ぼくも久しぶりだったので膝が笑ったよ。運動をしないとあかんよね。

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