京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

京都府知事選挙始まる 3月23日ー27日

2010年03月28日 | 日記
●3月27日(土)
 
 午後、この間降り続いていた春雨も止んで寒いけれど好天だったので自転車で希望の会の事務所に。事務所当番ということで他党の議員らとともに詰める。細田連合京都会長が事務長で民主党の国会議員の秘書団ががんばっているので激励も。テレビで阪神・横浜戦を見ながら随時来客と対応。もうプロ野球が始まっているのだ。城島が入団して阪神タイガース、今年は楽しみだ。期待しよう。

 その後、寒空の中、平安女学院の有栖川邸での「花宴」。しだれ桜が見事。バイオリニストの佐藤陽子さんの演奏や門川市長も挨拶。日本ペンクラブの会員さんらと懇談。ちょっと寒かった。
 
 夕方、京都市学校職員労働組合委員長花岡治次委員長を励ます集い。代表発起人は、左京区は地元山端のソフトボール大会で長い付き合いの前原国交大臣。公務多忙な中、駆けつけ挨拶。花岡さんは、長年、京都市学校職員労組の委員長として活躍。場を盛り上げるのが上手な楽しい人だ。教育委員会や民主・都みらい議員団のメンバー、福山参議院議員らも参加。舞台では大倉美子さんのコンサート。大倉さんは、数年前、市役所の2階の市会受付に座っていた素敵な女性。シャンソンを勉強して、祇園のラポーというところで歌っているらしい。コンサートの案内もいただいていた。よかったよ!

 帰途、行きつけの「新羅」に顔を出すと藤田敬一さんらが集合中。同和行政のことや「こぺる」の今後のことについて伺う。ぼくが京都市の同和行政のあり方について色々と考え始める契機になった「同和はこわい考」の著者で人権問題に真っ向から取り組んでいる人。お元気でなにより。


●3月26日(金)

 午前中、二条城近くの堀川御池角の元・城巽(じょうそん)小学校跡に建設された京都堀川音楽学校の竣工式。戦後すぐに堀川高校音楽科として発足して、この間、西京区の大枝で京都市立音楽高校として名をなせてきたが、外環状道路の建設で移転されることになった。卒業生では指揮者の佐渡裕さんやバイオリンの葉加瀬太郎さんらが有名かな。立派なホールでの竣工式。卒業生らによる記念コンサートも。和風の雰囲気を取り入れ、ギャラリーなども併設された立派な学校になった。

 昼は百万遍のアース食堂で沖縄を出発して核の廃絶を訴えて東京まで歩かれる日本山妙法寺の石橋行受氏らのピースウォークを待ち受ける。宇治の米澤鉄志さんら友人らも参加。民主党京都府連と市役所にも立ち寄ってメッセージを渡してきたとのこと。一緒に歩きたかったが、知事選挙の推薦葉書を事務所に持って行ったりで、残念ながら参加できず。ぼくは1981年から96年まで「核と戦争はごめんだ!市民定例デモ」を毎月一回していたことがある。日本山妙法寺の人もよく参加してくれていたことを思い出した。がんばってください。

 夕方は、吉田神社の総代会。講社長の鈴鹿隆男さんも元気になられてよかった。決算や予算の説明の後、直会(なおらい)。少しお神酒をいただく。
 夜は、中大路町西部の町内会の役員会がわが事務所で。ほぼ100所帯の人がおられて高齢化が進むがみなさん平穏に暮らしている。井上会長から鈴鹿会長に代わるとのこと。ご苦労さまです。

●3月25日(木)

 朝8時30分から、3月末にしては寒い小雨降る中の出陣式。経済界や連合京都の役員、門川市長をはじめ市町村の首長、また諸団体の人たち300人ほどが結集。国会議員の姿はない。「希望の京都をつくる府民の会」立石会長の挨拶から始まって、「希望の京都の扉をみんなで開こう」と候補者が挨拶。自民党の市会議員の姿が少ないかな。2年前の市長選挙のときは仕切る立場にあったので色々と苦労したけれど今回は気楽なもの。されどがんばろう!投票日は4月11日。投票率が心配だね。

 次の児童館の竣工式に間に合うように、関係者に挨拶をして、引き上げる。途中、雨の中をポスター貼りをしてくれているわがチームを激励して、修学院第二児童館の竣工式。
 かつては、近くの公園で、払い下げられた市電の車両に児童の集まる場所があったが、ようやく立派な児童館が開設されたのだ。指定管理者は、社会福祉法人京都社会福祉協議会。理事長と館長は市役所OBの人。修学院第二学区の河島社会福祉協議会会長が挨拶。この間のご苦労と地域における子育ての拠点になる夢を語られた。

 夜は、わが応援団のメンバーに集まってもらって知事選挙のことや今後の活動のことなど議論する。

●3月24日(水)
 
 明日から知事選挙。推薦葉書作成の準備や明日の公営掲示板ポスター貼りの段取りなど事務所で雑務。左京区の掲示板は300箇所余。各議員事務所で分担して貼ることになったが、ぼくの担当は南部地域の40箇所弱。わが応援団のメンバーに助けてもらって二班のグループで貼りに行ってもらうので雨になりそうでカッパなども準備して、一方通行など分かりにくいところもあり、メモを作る。

 またマニフェスト、「しあわせ実感―希望の京都をつくる」を読む。福祉安心型社会の再構築、地域共生のまちづくり、人・産業のパワーアップによる未来応援プロジェクトの推進、「みやこ」構想の実現、「府民満足最大化府政」の実現の5項目。大阪の橋元知事のように派手さはないが、堅実な地方自治の手腕には、好感がもてる。ただ政令指定都市、京都市から考えると、京都府の施設では植物園や府立病院などもあるが、京都市内での役割は、警察と高校、鴨川などの河川、労働行政などに限られており、市民生活に係わる直接的な行政窓口は少なく、ぼく自身も府庁に行くことはほとんどないし、二重行政的なものもあるが、イマイチ府行政の姿が見えてこないなあ。

●3月23日(火)

 午後、母校の鴨沂高校の評議員会に。次の日程があったので、この春定年退職される桶谷校長先生や大先輩の猪熊先生らにご挨拶だけする。なお鴨沂高校同窓会のホームページが水球部だった太田先輩のご尽力で立ち上がりました。ぜひご高覧ください。
 
 午後2時前、岩倉は、明徳児童館の竣工式に。地下鉄が開通して12年かな。区画整理事業も終わり人口が増えて、児童館の建設は長年の要望だった。学校敷地内に木の香りがする児童館が完成した。指定管理者は、京都福祉サービス協会。館長になる女性は、かつて京都イングリッシュセンターの学生だったらしく「お久しぶりです」と声をかけてくれてびっくり。30年前かな、ぼくがスタッフで仕事をしていたのは。長年の夢が実り、岩倉の坂田自治連会長さんらが喜びのご挨拶をされた。
 
 その後、左京消防署で自主防火・防災表彰式。なんといってもすごいのは左京区の山間部、広河原で5千日、またさらに久多地域においてなんと無火災が6千日を超えたのだ。また昨年左京では火災件数15件という最少記録を達成。自主防災会の地域での活動があってこそ。表彰されたみなさん、ご苦労様です。

 夕方、簡単な携帯電話を購入して、ケア付住宅で新居生活を始めたおふくろと親父を訪問。携帯電話の簡単な機能を説明して早速電話をした。どうにか新居での老夫婦二人での第三の人生のスタートを切れたようでほっとした。

波乱の2月市会終わる!3月15日ー22日

2010年03月23日 | 日記
●3月22日(月)

 連休だというのに、朝10時前から民主党京都府連の常任幹事会。課題は、知事選挙のことと参議院選挙のこと。知事選挙は、民主党の議員らで山田啓二知事を支援する議員ネットワークを作ってがんばるのだが、自民との調整で府会議員の担当者のみなさんはたいへんだろうなあ。
 参議院選挙は、複数擁立ということで、過日、民主党京都府連として猪奥美里さんを公認することで本部に上申したが、本部が難色を占めている。とある女性議員にも本部が声を掛けたらしく混沌としているのだ。さてどうなることやら、泉ケンタ議員が選対委員長で苦悩しているなあ。そもそも複数擁立という本部の方針が間違っているのや。

 午後、わが友人とポスター貼り。希望の会の大きなポスターとぼくのポスターを貼りに回る。「鈴木さん、えらい早いことポスター作ってどないしはりましたんや」と冷やかされる。来年の春を目指して気合十分なのです。ポスター掲示のご協力のほどよろしく。

 夕方、吉田剣鉾保存会の集まり。長老から色々と剣鉾の由来などお話を聞く。ケルンと京都市は姉妹都市だが、剣鉾仲間のケルンから来ている京大のトラウデントさんが故郷で錦を飾りたいと夢を抱く。ぜひ実現したいな。今から積立貯金をしようかな。
 みんなと酒を飲むのも控えて、夜は、事務所で雑務。

●3月21日(日)
 
 夜半、春一番か、風雨が強かったが、朝になって晴れたが、猛烈な黄砂現象。近衛中学校での吉田体育振興会のソフトボール大会の開会式を見た後、吉田神社前の祖霊社に。大元講社・春の大祭の準備のために黒幕やテントを張ったりの作業。

 午後から、講社員である吉田神葬墓地に先祖が祀られている家族が集う祭事。神官の祝詞のあと玉ぐし奉てんの儀式で榊を献ずる。100人ほどの参列者。風が強くてちょっと寒い。されど暑さ寒さも彼岸まで。山桜も咲いたし、もう春や。

 夕方、鈴木金雪さんの「樹影の中の鳩笛」の出版記念会。金雪さんとは同世代。「二流文学」という読書サークルの同人で、「思想の科学」の読者などが寄っていた「家の会」の会員?でもあった。職業は旋盤工。そして詩人。彼の生まれ育った長屋での生活やシベリア抑留から帰還した親父さんのことなどが描かれている。久しぶりに会う「家の会」のメンバーらと再会できたのも楽しかった。ぼくも「思想の科学」に寄稿したり、文学少年を気取っていたこともあったが、20代前半のこと。今では文章を書くことも読むことを忘れてしまった。あかんなあ。
 夜は事務所で2月市会のレポート書き。

●3月20日(土)

 午前中、社団法人鴨沂会の理事会。公益法人化を巡って京都府との懇談のことなどの報告。評議員会の持ち方や5月の総会に向けてのことなど協議。
 午後は教養講座として、気候ネットワーク代表の浅岡美恵弁護士が、「地球温暖化防止、世界の取り組み、私たちの取り組み」と題して講演されたが、ご挨拶だけする。

 高野の障害者スポーツセンターへ。京都電動蹴球団ソニックと「奈良クラブ・ビクトリーロード」との一部二部リーグの入れ替え戦の応援に。ボーイスカウト京都24団の吉村君や第四錦林小学校出身の河前君らが選手。電動車椅子でコート狭しと自在にボールを追いかける。奈良のチームは強豪で、健闘むなしく残念ながら敗戦。去年の秋に観戦したが、そのときよりも動きがよかったと思うよ。応援も見事でした。みんながんばってね。

 夕方、親父とおふくろの日常用具を車に積み込んで右京区のケア付住宅に。冷蔵庫や洗濯機なども業者が運び込んでくれる。おふくろの手術後の快復も順調で、この4月に91歳になる親父の認知症のことが多少心配だが、老夫婦二人の新居での生活が始まることになる。おふくろの入院からほぼ7週間、我が家にとっては一大事だったが、なんとか乗り切れたかな。
 
 夜は、伏見区の大手筋にある「うを弥」にて波乱の2月定例市会も終わったので議員団の打ち上げ。「うを弥」は、わが議員団スタッフの中野君の実家。親父さんの包丁による美味しい和食を堪能。ご馳走さんでした。小林あきろう議員が団長に就任。ぼくと同期で、昭和16年だったかな、老け込むのはまだ早いよ。しっかり頼みまっせ!

 帰途、熊野神社交差点西入るの焼き鳥屋に久しぶりに立ち寄る。店主の木村君は同じ町内でぼくの1年下で、子息はぼくの愚息と同級生。美味しい焼き鳥やで。

●3月19日(金)

 朝10時前、眠たいけれど、わが母校の第四錦林小学校の第79回卒業式。「如意を登りて朝日かげ」の歌詞は今でも歌えたよ。中島校長先生から一人一人の卒業生に卒業番号1万800何番と卒業証書の授与式。男子20人、女子21人が卒業。おめでとう!卒業生の言葉は、詩人の谷川俊太郎さんの詩「生きる」を「生きているということ、いま生きているということ、それはのどがかわくということ、木もれ陽がまぶしいということ、ふっと或るメロディを思い出すということ、くしゃみすること、あなたと手をつなぐこと」を素材にして、自分たちで考えたフレーズで一人一人がシュプレヒコール。感動したよ。

 午後1時から、京都市会2月市会定例会の会期末の波乱含みの本会議。自民、共産のタッグで市立看護短期大学の廃止が反対で否決されるということでテレビカメラも入り、記者たちも固唾を呑んで見守る中、普通予算特別委員会の委員長報告から本会議が始まる。一般会計予算などについて、自民、わが民主からは天方浩之議員、公明がそれぞれ賛成の立場で討論、共産は反対討論。

 そして議第47号、市立看護短期大学の廃止を巡って、自民の橋村議員が反対討論に立った後、採決に移る。議場の右側に陣取る民主・公明の議員26人が起立。真ん中から左の席の自民、共産は座ったまま。賛成少数、自共タッグの反対多数でなんと否決されたのだ。共産党からは拍手。自民からは拍手も起こらず、ちょっと異様な沈黙。

 その後、予算関連で付帯決議が全会派で可決されたものもあるが、「自民・共産」、「自民・共産・公明」、「自民・共産・民主」、「共産・民主・公明」のパズルのような組み合わせで可決された付帯決議もあって、座ったり立ったりで、ほんまにややこしいこと。なんでもありや。

 その後、公営企業予算、食品の安心・安全条例などその他の議案で各常任委員会に付託されていた審議結果について各委員長報告があり、全会派賛成で簡易表決された議案もあれば、「自民・民主・公明」のいつものような組み合わせで可決された議案もあった。
 
 意見書を巡っては、全会派賛成して可決されたのが、
「京町家再生等を可能とする建築基準法の整備」、
「児童虐待を防止するための親権制限を求める」
「介護保険制度の改善」
「若者の雇用創出と新卒者支援の充実」の意見書。
 わが議員団が提出した「政治への信頼回復に向けた政治資金規正法の改正を求める意見書」は否決されて、自民・共産・公明の意見書が可決。
「幼児教育の無償化と保育サービスの充実」、
「国民健康保険制度の抜本的改革と財政措置の拡充」、
「子ども手当て財源の地方負担」は自民・民主・公明で可決。
「教員免許更新制の存続」と「新成長戦略とその展望の明示」は、民主・共産反対、自民・公明賛成の同数で議長裁定により可決された。
また「永住外国人の地方参政権付与反対」と「選択的夫婦別姓法案提出についての慎重な対応」については、自民党だけが賛成、少数で否決された。

 また決議では。「歩くまち・京都」憲章を積極的に推進する決議は、全会派で。共産党提出の民間保育園プール制の4月実施見送りを求める意見書は否決されて、「保育関係者と今後も十分に協議しながら円滑な施行と制度の充実に努める」という趣旨の決議を、自民・民主・公明で可決した。立ったり座ったりで、いやはやほんまにややこしいこと。これも政権交代がもたらした影響だよ。

3時過ぎに一度休憩があったが、なんと本会議が散会宣言されたのは、午後5時を過ぎていた。いやはや波乱多き2月市会定例会もようやく幕が下りた。看護短期大学問題、さて、市長は自民党との関係などこれからどうするのかな?

 ぼくは、新年度からは「くらし環境委員会」の委員長に就任することになった。で、早速理事会に出席し今後の常任委員会の開催方法などを協議し、また正副委員長会議をもち日程調整。
 
 夜は、浄楽学区は錦林車庫の西側にある日吉神社で久しぶりの鈴木マサホ市政報告会を開催。市立看護短期大学廃止を巡っての攻防やぼくの代表質疑の時に示したグラフを使って京都市の財政問題や質問要旨の原稿を配布して、左京区役所移転問題などを話し、また参加者のみなさんから水族館のこと、地下鉄乗客増対策、放置自転車対策などご意見を伺う。春とはいえ寒い中、30人ほど方にご参加者いただきました。ありがとうございました。

●3月18日(木)

 京都市会2月市会定例会もいよいよ大詰めだ。果たして今夜は何時に帰れるかな。10時から各会派議員会、意見書や決議の刷り合わせに藤川議員が奮闘。
 
 昼、知事選挙のことで民主党2区総支部、左京・東山・山科の6人の議員が集まって北岡府会議員から個人演説会や日程などについて説明を受ける。左京区では4月3日に個人演説会を開催することや推薦葉書の取り扱いなどを決める。選挙車に乗る時間などは、もう少し調整が必要みたい。

 午後、意見書の調整が行われ、夕方にはほぼまとまってきたようだが、自民党議員団は、賛否を投票して市立看護短期大学の廃止条例に断固反対だということらしい。ちょっと信じられんね。共産党は、もちろん反対だから、否決されることになる。門川市長与党の天下の自民党も何を考えているのか、理事らがその真意を探りに行ったり、また保健福祉局長らを呼び込んでその状況の説明を聞く。否決された場合、連携先の佛教大学との関係はどうなるのかなどを質す。否決されたら市長には政治的にも大きな打撃になると予想されるが、どうやら門川市長のトップダウンのやり方についても不満が充満しているようや。まとめ役の古参議員もいなくて、若手が突っ張ったかんじやね。市長サイドもお手上げか。異例な事態や。新聞記者もびっくり仰天といったところ。

 で、結局なんやかんやで、待機が続き、議案について態度表明をする討論結了の常任委員会が開催されたのは、午後11時過ぎ。ぼくは教育福祉委員会で、ぼくが原案を作った食品等の安全性及び安心な食生活の確保に関する条例の制定に関わる付帯決議について他会派との調整をする。そして、深夜も12時を過ぎて討論結了の普通予算特別委員会が開催された。共産党は一般会計予算などには反対して、自民、公明、民主は賛成の態度表明。ここまではいつもどおり。
 そして市立看護短期大学の廃止条例については、自民反対、共産反対、民主賛成、公明賛成ということで委員会においてカメラの音が響く中、挙手で採決がされる。自民、共産多数で否決されたのだ。あっと驚くタメゴロー!(古いな、このギャグは)。
 明日の本会議、意見書の賛否についても各会派入り乱れて、起立したり座っていたりで、えらいこっちゃ。それに、市会運営委員会の開催は午前3時を回りそうで、本会議は午後1時から始まることに決まった。左京区創立80周年記念式典に行けなくなったのが残念や。 その代わりに第四錦林小学校の卒業式には出席できるな、とふと思う。
 合間を見て進めてきた議員団としての予算案など賛成討論の原稿を各委員会の担当者で割り振りして書いて、まとまったのが未明の3時前。疲れたよ!もうぐったり。缶ビールを飲んで寝たのは4時前だった。市会事務局は本会議の準備で徹夜やな。ご苦労さん。

●3月17日(水)

 朝、左京区役所に。日本女子大学の住澤教授ら一行が左京区における大学と地域の連携の実例を調査するべく担当者と懇談の場に行き、冒頭挨拶。わが吉田剣鉾保存会の守時さんも説明要員。京大時計台前での剣鉾や神輿の巡行の記録など見せるという。ぼくの晴れ姿も見てほしいな。

 10時には、議員団室に。山本、中小路の二人の府会議員が来室。山田知事を支援する議員ネットワークとして、何をするのか説明に。選挙母体になる「希望の会」の内情なども聞くが、各会派との調整もなかなか大変みたい。知事選挙のことは市会が終わってから、来週からがんばろう!

 議員会では、予算案や付託されていた条例や議案について議員団として吟味しながら賛成の方向に態度を決めていく。また自民党から9本、共産党から3本、公明党から4本の意見書と、自民からは「歩くまち・京都」憲章を積極的に推進する決議、共産党から「民間保育園プール制・新制度の4月実施見送りを求める決議」が昨夕提出されているので、調整役の藤川議員が中心になって、随時調整の模様が報告される。賛成できるものや反対の意見書、また文言修正など求めるものなどややこしいよ。また付帯決議など協議。
 自民党からは予算に関わりたくさんの付帯決議が出されている。市長与党として天下の自民党議員団が、なにやら、ちょっときな臭いな。

 夕方、事務所で左京区の保育園園長有志のみなさんとプール制の見直し案を巡って懇談。保育園連盟の不正な資金流用などから特別監査、検討委員会の答申、そして見直し案が提案されて、関係者は今後の保育園運営に不安を抱かれている。市会での議論やぼくが原案を作った付帯決議などについて説明。

 西村兄弟印刷さんから「市民パワーで京都の未来を」とキャッチフレーズをつけたポスターが納品。ぼくの顔が大きく写り、オレンジ色をバックにブルーで名前が入ったポスター。貼りまくるぞ。ご協力のほどよろしく。

●3月16日(火)

 2月市会定例会もいよいよ終盤。各会派が朝10時から議員会。山岸理事から今後の日程などの報告。各委員会に付託されていた予算や条例などの審議状況について、所属している議員から報告があり、問題点を洗い出す作業。また意見書と決議の提出がこの日の午後5時までということで、どうするか議論。
 わが議員団としては政権与党になっているので、意見書もそう簡単に出せないなあ。ぼくは、保育園のプール制の見直し、保健所の機構改革、食の安全・安心条例について付帯決議をつけるべく関係者と調整を始める。

 夕方、京都市の大学政策について視察に来た日本女子大学家政学部の住澤博紀教授ら一行と懇談。朝からキャンパスプラザやマンガミュージアム、市民活動センターを精力的に視察してきたという。住澤教授とは同世代で自治体学会で一緒したこともあり、もちろん学生時代は旗を振ってた人。報告書ができたら見せてよ。京都市の大学政策は特筆ものだ。

●3月15日(月)

 10時から本会議。市長から国の「地域活性化・きめ細かな臨時交付金」で1億2千万円の補正予算の提案。市長から簡単な提案説明がすぐに本会議は終わる。
 
 終了後、即、普通予算特別委員会が開催される。第二分科会では、教育委員会の補正予算、5千万円が学校維持修繕費に当てられることになっている。ぼくは、旧政権また新政権における近年の教育費の補正予算について問い、また今後の各学校へ配分などを質疑した。

 他会派は、昼から議員会を開催していたが、わが議員団は、各自、各議案について再度勉強するということで、議員会はなし。ぼくは保健福祉局から提案されていた議案や予算について改めて関係者と議論。夕方、家賃の滞納について地元の知人から相談ごと。

 ニュースでは、民主党、鳩山内閣への支持率が低下、不支持率が上昇。小沢幹事長や小林議員の北教組への家宅捜査や逮捕など、政治とカネの問題や普天間基地問題で右往左往している指導力のなさがあかんのや、ということ。弟の鳩山邦夫衆議院議員が自民党を離党するとのこと。自民党もお家騒動。

知事選決起集会 3月12日ー14日

2010年03月15日 | 日記
●3月14日(日)
 午前中、19日に予定している日吉神社での市政報告会の案内葉書の発送準備。

 昼過ぎ、昨年11月に亡くなった金森昂作さんを偲ぶ会。金森さんは、活動略年譜によると、1933年生まれ、鷹司学園で中学生たちを教え、三井三池闘争や三井CO裁判に関わり、丸木夫妻の「原爆の図」を見る会や「抱きしめて琵琶湖」などに参画した社会運動の活動家で、とりわけもうひとつの生協エルコープの創設に尽力されて、協同組合運動の理論的柱になった人だ。エルコープのメンバーや生産者に加えて市民運動で出会った友人らが偲ぶ。
 1987年から4年間、わが一期目の事務所「市民センター・左京」が協同組合運動研究会の溜まり場になっていた時代もある。当時の白塚さんや奥田さん、またキリストこと黒岩卓美らが、エルコープを作ったのだ。素敵な笑顔の遺影が飾ってあった。ご冥福をお祈りします。

 夜は、鬼才・高間響が率いる第10次笑いの内閣「THE SCHOOL OF RINGS」のプロレス芝居をプロレス美術館館長の湯沢君と見に行く。
 かつて毎日新聞京都支局だったアートコンプレックスは熱気溢れるプロレス会場になった。ストーリーは、美唄水産高校の演劇部が北海道大会に出るべく芝居にプロレスをやるという荒唐無稽なお話。可愛いお嬢さんたちもあられもない姿でリングで奮闘。タイガー・ジェット・シンや巨漢のブッチャーも出てきて抱腹絶倒。面白かったよ。
 ちょうど1年前、青少年活動センターの有料化問題が起きたとき、ぼくはラッシャー鈴木と名乗って、彼らとディート芝居をしてMVPを獲得したのだよ。笑いの内閣の社会派芝居も毒があって凄いよ。諸君!がんばれよ!

●3月13日(土)

 朝、吉田幼稚園の卒園式に。新しい園舎になって2回目の卒園式かな。愚息も吉田幼稚園でお世話になった。60人を超える卒園児に金桝純子園長から卒園証書の授与式。若い保護者の皆さんはビデオ撮りで一生懸命。
 理事長の吉田神社の澤井宮司さんのお話は、ちょっと園児には難しかったけれど、1871年に岩倉具視の一行と共に渡米した津田塾大学の創設者の津田梅子が、6歳だったというお話。法人の監事であるぼくは、来賓ということで、節分の鬼の話をさせていただいた。吉田幼稚園は、吉田山の自然に恵まれて、送迎バスも出されて近年人気が高い。ぜひ入園くださいね。

 午後は、京都国際会館へ。3月25日が告示、4月11日が投票になる京都府知事選に向けて、現職の山田啓二知事を応援する「希望の京都をつくる府民の会」の総決起集会。
 壇上には、京都府議会各会派の代表の府会議員や国会議員も並ぶが、民主党の国会議員が数では圧倒して壮観だ。主催者発表2500人の参加者。空席もあり熱気はイマイチかな。 会長の立石義雄さんが「府民一丸で支援する選挙は首長選のあり方に一石を投じる」とご挨拶。門川市長は、府市協調を訴える。そして山田啓二候補は、この8年間の実績を訴え、明日の京都のためにがんばると決意表明。えらく抑揚のある演説で、自信に溢れて、随分と演説がうまくならはりました。最初のころは下手やったよ。
 今回の知事選挙は、政党推薦を求めないで、連合京都や経済界などが表に出て、府会議員団を中心に調整会議が持たれて、各国会議員事務所の秘書団が事務局に入って選挙体制が作られるとのこと。共産党候補はすでに準備万端か。さて、がんばらないと。
 夜は、松ヶ崎自治連会長の岩崎純一さんの通夜に参列。たくさんの参列者がご焼香をされた。ご冥福をお祈りいたします。

●3月12日(金)

 春眠暁を覚えず。ちょっと花粉症かな、鼻がむずむず。ぼーとしている。
 今日は交通水道とまちづくり消防の常任委員会が開催されたが、ぼくはオフ。
 昼には、市原野在住の知人のご母堂の告別式に参列。心よりお悔やみ申し上げます。

 午後、親父とおふくろを伴って、ケアつき住宅の契約に。担当者から細かい契約書の条項を説明してもらって、確認しながら連帯保証人として契約書に判子を押す。来週末には、引越しをすることになる。
 2月初旬におふくろの入院、そして手術と退院。この間、おふくろの見舞いと90歳になる親父の世話で、まさに介護問題に直面した。日頃は食事を共にしたこともない両親と向き合い、「わけがわからん」と呟く認知の進む親父の若いときの話を繰り返し聞きながら、これからの生活のことを相談しながらの日々であった。術後のおふくろの快復は順調のようで執刀医に感謝している。
 そしてカミさんや弟らとも相談しながら、とりわけおふくろの気持ちを大切にして、年金で賃貸料を払える範囲内でのケア付住宅での生活を選ぶことになった。「二人で第三の人生」やね、と励ましながら、見守るしかないようだ。
 帰途、新しい住居の近くに住む親父の妹にあたる叔母の家を訪問して、従妹夫婦に見舞いの礼とこれからのことなど話す。

連日の委員会質疑 3月7日ー11日

2010年03月12日 | 日記
●3月11日(木)

 今日と明日は常任委員会が開催される日で教育福祉委員会。
 まずは保健福祉局とに付託されていた議案について審議。
 障害者の施設、醍醐和光寮が京都市の直営から社会福祉法人に移管されることでの廃止条例など淡々と質疑がされたが、ぼくが本会議でも質疑した「京都市食品等の安全性及び安心な食生活の確保に関する条例」については、自主回収に係わる項目などもあるが、骨子案には書かれていた条項が削除されているところもあり、なぜかという質問が多い。その理由が、食品衛生法と消費者条例と重なるといことで答弁があったが、ぼくも手を上げて、せっかくの条例案にあった項目が削除されたのは納得がいかない、と主張する。
また長年、衛生公害研究所が衛生環境研究所と名前を変える条例なども上程されている。

 午後になって、理事者から「きょう いのち ほっとプランー京都市自殺総合対策推進計画」(仮称)案」が説明される。京都市では毎年300人の方が自殺されている。平成18年に「自殺対策基本法」が制定されて、ちょうど昨日のテレビニュースでは泉ケンタ政務官が「不眠はウツのサイン、眠れないときはお医者さんへ」という自殺対策強化月間のキャンペーンを紹介し、また心の悩みの相談窓口になってきた「いのちの電話」の活動などを紹介して、対策の充実を求めた。

 その後、請願審議があり、この日の常任委員会が今年度の最後ということで結論をだすということで、審議がそれぞれされたが、敬老乗車証の使用区間の拡大、保健所体制の維持充実の請願など審議未了ということで決着。
 市立病院内保育所職員の雇用継続の陳情については、ヒートアップしたので、議事進行をぼくがかけて冷静になるように苦言。
  それから一般質問ということになったが、国民健康保険資格証や新型インフルエンザ対策、京都市立病院の独立法人化、ホームレス対策など、特に共産党がハッスル。なんと午後6時までかかった。
 
 外は真っ暗になっているというのに、午後6時過ぎから教育委員会との質疑が始まる。付託されている議案は、南区は陶化小、東和小、山王小学校の3校が凌風小学校に、陶化中学校が凌風中学校に、小中一貫教育校として24年に開校することになる。小中一貫教育の是非の論議などもあり、 教育条件の改善の請願や一般質問でも共産党の議員が延々と演説をぶったのでなんと終わったのは午後8時。座りっぱなしで腰は痛いし、エコノミー症候群や。まいった!

●3月10日(水)

 2月定例市会もいよいよ終盤。普通予算特別委員会が開催されて市長総括質疑。市長と3人の副市長が正面に座り、囲むように委員が座る。質問者は市長の前の席に移動して対面式に質問をする。インターネットで中継、録画配信もされるようにるようになっている。持ち時間は答弁を入れて20分。自民の田中セツ子議員、共産の倉林議員に続いて、民主・都みらい議員団のトップバッターでぼくが市長の前で質疑に。事前に質問項目を通告しているが緊張感はある。

 まずは、冒頭に都市計画局の職員が贈収賄事件で逮捕されたこと。せっかくの信頼回復の取り組みが一瞬にして失われる。無念でならない。不祥事の連鎖反応が起こった悪夢の06年のことを思い出す。公益通報制度や職員倫理条例などもあるが、ほんまに残念。21年には、公務外で買春、公然わいせつ、器物破損で逮捕された職員もいて、ほんまにケシカラン。
 続いて、保育園の職員処遇改善のため京都特有のプール制の見直しについて質疑。昨年来の5億円削減問題と市会決議、さらに保育園連盟における不正な流用が発覚、特別監査、プール制の見直し検討委員会が答申を出し、見直し案が出された。この1年の動きを抑えて、さて、4月から円滑に実施できるのか、安心して預けられる保育園、安心して働ける保育園が求められるが、保育園連盟など関係者と協議することが必要で、拙速に実施するのではなくて、試行期間など設けるべきではないか、と質す。
 また保健所の機構改革について、市民の健康づくりの拠点であり、1保健所11保健センターになることで、機能の低下をさせてはならない、充実させることだ大事で、また公害対策については新設される環境共生センターが対処することになるが、その意図はどうかなどやりとり。
 そして最後に、左京区役所移転に伴い証明書発行センターの出町柳駅での設置を訴えるが愛想のない答弁。あっと言う間の20分。ベルが鳴っておしまいだ。

 各会派の委員は、京都市政や予算に係わる福祉や「歩くまち」などあらゆる課題について質疑をしたが、市長与党である自民党が、予算の議決前に実行委員会を開催しようとした七夕事業のことや交通局の地下鉄キャラクター人形の製作予算や市立看護短期大学の仏教大学への移管に係わる看護士養成のための奨学金の利子補給のことなど市長に対してかなり厳しい質疑をした。共産党が批判するのはいつものことだが、天下の自民党が市長野党になった感じや。
 21人の委員が質疑に立ち、終わったのは午後6時を過ぎていた。答弁する市長らもお疲れだが、いやはや座っているだけでも疲れました。

●3月9日(火)

 今日は明日の総括質疑に向けて市長らが勉強会をするということで委員会はなし。
 午前中、わが応援団の奥村氏が作ってくれた3月19日に予定している市政報告会のビラの原案ができてきたので打ち合わせ。

 午後、おふくろとおやじを連れて、ケアつき住宅を見学に。雨に煙った愛宕山と嵐山の山並みが見渡せるところ。担当者に色々と説明を聞く。色々と心配はあるけれど、おふくろも気に入ったようで、親父も納得した様子。ふたりの第三の人生を送る場所にはいいのかな。
 この日は、カミさんの誕生日とおふくろの退院を祝って、久しぶりにささやかにファミリーレストランで外食。
 
 夜、この間、2月24日の本会議でのぼくの発言と答弁の要旨をパンフレット化するべく小見出し付けなど作業を続けてきたが、福祉工房に原稿を手渡す。
 それから明日の委員会での総括質疑をするべくメモ作り。冒頭は、やはり過日の贈収賄事件で逮捕された職員のことを取り上げることになるなあ。

●3月8日(月)

 朝久しぶりに7時起床。昨年夏の衆議院選挙以来、熊野神社交差点で街頭演説。それほど寒くなくてよかった。ヨシタカ君が心配して、横に付いてくれる。京都市の予算や左京区役所移転問題など先日の本会議での質疑などを中心に淡々と訴える。これから月に何回か朝の街頭演説を始めようと思う。

 市会は、公営企業予算特別委員会の総括質疑の日で、普通予算委員会はなし。午前中、事務所でつもりつもった雑務。色々な施設の竣工式の案内が多くて手帳を見ながら出欠の返事書き。

 午後、議員団室にて、明後日の普通予算特別委員会の総括質疑のための質問項目について担当者とやりとりする。持ち時間が答弁込みで20分は余りに少ないよ。
 夕方、娘が世話になったペスタロッチ保育園で昨年4月に園長に赴任した明石牧師と保育園のプール制の見直しについて懇談。現場は大変や。

 夕方、手術からちょうと1ヶ月、退院してきたおふくろとおやじとカミさんと4人で食卓を囲む。大正8年生まれの90歳の親父と大正15年生まれの83歳のふたり、今後の介護のことも考えて、これからどのように暮らすのか相談。

●3月7日(日)

 朝、養正学区の自主防災訓練の見学に。小雨模様で養正小学校の体育館での訓練。地元の自主防災委員さんをリーダーに住民160人が参加。消防団と消防職員の指導で三角巾を使っての救急止血やAEDの講習など。チリ地震の後でもあり、みなさん真剣に取組んでおられました。

 昼前、高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の会場である明徳小学校体育館での4年生の決勝リーグを見る。可愛い4年生の児童がコートで一生懸命ボールを追う姿に感動。午後は、松ヶ崎こども体育館での多くの保護者の応援団が見守る中で4年生、5年生、6年生の決勝戦。6年生にもなるとブロックやアタックなど大人なみのプレー。4年生は、わが地元の4年生では吉田プチが男子チームに勝って優勝。5年と6年はいずれも松ヶ崎と明徳チームが決勝選で明徳チームが優勝。勝っても涙、負けても涙。閉会式では実行委員会副委員長として閉会の辞を述べさせていただく。子どもたちの笑顔がうれしい。修ニ小学校金管ドリームバンドの楽器などの搬送など後始末。第13回大会も無事に終了だ。

 その後、遅ればせながら、山科のホテルでの、わが同僚藤川剛市会議員の後援会発足のパーティに。200人の参加者で前原国交大臣も参加して会場は満員で盛り上がっていた。藤川君、これからやで。お互いにがんばろう!

予算審議とおふくろの退院 3月3日ー6日

2010年03月07日 | 日記
●3月6日(土)

 朝、松ヶ崎のこども体育館に。高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の開会式。今年で13回目。左京区の17の小学校やスポーツ少年団の39チーム。371人の選手が、修学院第二小学校のドリームバンドが演奏する中、入場行進。小さなラインズクラブだが応援しているのだ。
 
 入場式終了後、民主党京都府連の常任幹事会に。参議院選挙のこと、そして知事選挙のことなどが話題。過日の会議で京都府連として参議院選挙に2人目の候補者を擁立したが、民主党本部が保留ということでさてどうなるのか。ともかくまずは福山議員の必勝を目指した取り組みを進めることになる。また知事選挙は、府会議員団が中心に調整を図っているが、色々と大変そうや。また内閣副官房長官松井孝治参議院議員が久しぶりに上洛。元気そうな様子。政府と与党・民主党との関係などについて報告。毎晩寝るのは2時ごろ、朝は6時ごろから会議があるそうだ。体力勝負やね。

 午後は、明徳小学校で小学生バレーボール大会を観戦。小学生4年生の児童が一生懸命にプレー。

 夜、親父とおふくろと退院後初めて夕食を共にする。今までは2所帯同居で台所は別々で食事をしていたが、カミさんが作った料理で一緒にテーブルを囲むのだ。手術は成功して食事もできるおふくろだが、やや耳が遠くなって難聴で、昔の話をよくするが、最近のことがよく理解できていない親父との会話は漫才や。

 深夜の東京行きのバスに乗る姪っ子を京都駅に送る。携帯電話で予約して、新宿まで6千円とか。今度いちど乗ってみようかな?

●3月5日(金)

 朝、議員団室に「今日の委員会は遅参するよ。介護休暇だ」と電話。烏丸紫明通の社会保険京都病院へ。この2月9日に手術をして順調に快復したおふくろの退院の日。おやじと弟夫婦らと迎えに行く。執刀医の谷岡保彦先生らにご挨拶。さて問題は、認知が進む親父と病み上がりのおふくろをどう世話するかが、大きな問題。色々と悩むよ。

 昼から委員会に出席。当初の予定では今日は委員会が予定されていなかったが、先週の金曜日の委員会が「七夕事業」の実行委員会の開催問題で天下の自民党がクレームをつけて昼から流会したので、いわば一日延長になったのだ。建設局との質疑。ぼくは先の委員会で質疑をしたので、メモを取りながら質疑を聞く。放置自転車対策や緑化推進、道路維持管理などが話題になった。

 夕方、三条河原町で連合京都の春季生活闘争の円山音楽堂での集会後のデモの隊列を民主党の府市会議員が揃って激励。厳しい経済情勢の中で、春闘もたいへんや。その後、とある障害者のグループホームのことで関係者から将来の夢を聞き語る。  

●3月4日(木)

 普通予算特別委員会第二分科会は、教育委員会との質疑。予算の概要の説明があった後、各委員から質疑。ぼくは民主の最後のバッターとして質問を準備していたが、天方、中野、山岸議員が終わったら7分の時間しか残っていなかったので、結局質疑をしなかった。
 学校耐震化、副読本の活用、総合支援教育、道徳教育、図書館、生涯教育、定時制高校、長期宿泊体験、高校無償化、小中一貫教育、食育、発達障害児支援対策、「子どもを共に育む市民憲章」のことなど各委員が質疑。教員出身の議員が自民と共産に二人いて、時には火花を散らすのが興味深い。左京の八瀬小学校の体育館建設と校舎移転についてようやく調査費がついた。またこの3月に京都堀川音楽学校が竣工式を迎える。色々と竣工を記念してイベントが計画されているようだ。
 
 夕方、とある居酒屋で同志社神学部の原誠教授らと一献を傾ける。中川六平君が書いた「ほびっとー戦争を止めた喫茶店」に出てくるハラさんが彼。東京の大学で学生運動をして同志社神学部に来てから知り合ったのは40年前や。神学部を卒業した後、色々と職歴を経た後、霊南坂教会の牧師になって新島学園の教師を経て同志社に戻ってきた人。長年タイへゼミ生を連れて行っているという。久しぶりに思い出話や自治体や地域と宗教の関わりについても話が盛り上がる。彼が2005年同志社のスピリットウイークでぼくと六平君のことを話したのが活字になっていてhttp://www.doshisha.ac.jp/academics/institute/christ/dsw/05sp/t_0415_2.html
見れますよ。


●3月3日(水)

 市役所に出勤する前に川端署に行き、宣伝カーの道路使用許可の申請に行く。暖かくなってきたのでぼちぼち街頭での演説を始めようかなと思っている。

 普通予算特別委員会第二分科会は保健福祉局との質疑が2日目。新年度予算に関わり各委員が、国民健康保険 看護師確保策としての融資策や、敬老乗車証 自殺対策、子育ての諸施策、福祉サービス協会のことなど、ひとりの質疑時間が30分、会派の持ち時間は自民135分、共産103分、民主88分、公明72分で質疑。
 ぼくは昨日に続いて、保育園のプール制の見直しに関する事務的なこと、保険医協会の意見を紹介しながら、保健所の機構改革と保健所長の権限と役割、また新型インフルエンザ対策の総括とワクチン接種状況のことなど質疑。流行期は昨年の10月11月がピークで、結局ぼく自身はワクチン接種をしていないのだが、12パーセントの接種率にとどまっているとのこと。それから時間がなくてゆっくり質疑できなかったが、特例子会社の設置など障害者就労支援推進事業と職域開発推進事業など障害者の雇用問題について質疑もした。この春定年退職する浅野局長と今井子育て支援政策監、お疲れさんでした。

 夜、広島から就職活動で大阪の会社回りをしている姪っ子が我が家に泊まっていて夕飯。来春が卒業だが、超氷河期で就職活動もたいへんだね。

弥生3月  3月1日2日

2010年03月03日 | 日記
●3月2日(火)

 朝、左京区役所に立ち寄って左京区民作品展をのぞいて市役所に。普通予算特別委員会第二分科会は保健福祉局との審議。一般会計や国民健康保険特別会計などの歳入・歳出予算の説明の後、各委員から質疑。
 ぼくは、保健所の機構改革について質疑。現在各行政区に保健所があるが、名古屋市と京都市だけがこの体制にある。この間、地域保健法の改正もあり他都市では各保健所は保健センターなどに名称変更し市内一保健所になっている。京都市でも、市役所内の保健衛生推進室に保健所の看板があがり、保健所は保健センターと名前を変える。危機管理体制を強固にするためにこの措置が提案されているのだが、市民の健康づくりの拠点となる各保健センターの機能が低下するようなことがあってはならないのだ。諸問題について質疑。さらに老人日常生活用具給付事業としての火災報知機屋外ブザーの廃止についても簡単に質疑。      
 他の委員は、がん検診、市立看護短期大学のこと、子育て支援、児童手当、こども手当て、地方負担のこと、児童虐待、家庭内暴力、新生児訪問指導、国民健康保険、保育行政とプール制のことなど様々な視点で質疑がされた。

 夕方、中尾写真館でポスター作成のことでデザイナーの岡部達平君の提案してくれたラフ案を元に写真の検討など。ええポスターができるで。その後、隣のイタリア料理店チェルキオで中尾写真館の会長と若きオーナーシェフや近所の人と懇談。美味しい料理とワイン。パンも美味しいよ。

●3月1日(月)

 今日から弥生3月。わが母校の鴨沂高校の第62回卒業式に同窓会長と社団法人京都鴨沂会監事して出席。御所の東にある古風な門構えがわが鴨沂高校。今年は157人5クラス。男子生徒はスーツ姿や袴姿、女子は実にカラフルで着物、袴、ドレス姿あり、さすが京都で唯一制服のない公立高校。
 卒業証書授与式は、各担任の先生から粛々と全員の名前が呼ばれて、代表の生徒が 登壇して校長から卒業証書を授与。とある男子生徒、マルマルちゃん結婚しよう!幸せにするぞ!と叫んだことは、まあ愛嬌があっていいけどちょっとやりすぎや。パワーポイントを使って、沖縄への研修旅行、演劇コンクール、「あおげば尊し」の行事など3年間の思い出の写真を示しながらの答辞。
 一端 閉式のあと、式後の行事としてPTA会長に続いて、同窓会と社団法人京都鴨沂会を代表してぼくが挨拶。京都市市民栄誉賞を授賞された女優の森光子さんが鴨沂高校の前身である府立第一高女を中退されているが先輩であるので、この校舎で学ばれていたことを紹介して、友達を大切に、チバリヨーと祝辞を述べる。皆勤賞の生徒が24人いたことに驚いた。ぼくはよくサボった。卒業してもう43年か。
 
 昼から普通予算特別委員会に出席。消防局との質疑。各委員は、消防団の充実や住宅火災警報器、防災対策のことなど質疑。
 ぼくは最後の質問者として、わが左京区は大原で、地元のみなさんの請願を採択して、救急救命体制の充実を図るために消防出張所の移転整備事業が現在進んでいるが、その進捗状況と救急隊の配置方針、また跡地の活用について。
 さらにILO(国際労働機関)87号条約について、新政権になって公務員の労働基本権を巡って「消防職員の団結のあり方に関する検討会」が開催され始めたが、三浦消防局長がその委員になっているので質疑。職員の処遇改善等を図る消防職員委員会制度があるが、現場からすれば色々と課題があるのだ。

 夕方は、左京区の福祉保育労働組合左京支部の保育士さんらとプール制の見直しのことで現場の声をお聞きする。保育園連盟の不祥事問題に端を発して、プール制の検討委員会が設置されて答申が出され、さらに見直し案が保健福祉局から提示された。保育士の処遇について各園での基準が変わることになるのでどうなるか不安なのだ。
 夜は、明日の委員会での質問に対して議案など資料を読みながらメモ作り

チリ地震と津波 2月27・28日

2010年03月02日 | 日記
●2月28日(日)

 朝9時から、わがカルチャーガーデン「吉田の森」にて毎月最終日日曜日に開催している朝粥の会。今日は、吉田神社の節分での「追儺式」のことについて神楽岡町の藤村さんにもご一緒いただいて杉原義治さんに話していただく。杉原さんは第四錦林小学校の総合学習で2年生に吉田神社の節分のことを教えていることなど立春のこと、2月2日の吉田神社に出現する鬼と法相氏のことなど「追儺式」のことについてお話いただいた後、粥を食べながら教育談義も。赤鬼は怒り、青鬼は悲しみ、黄鬼は苦しみを表しているという。
郷土史としても興味あるお話でした。

 午後、おふくろの見舞いで病院へ、入院してほぼ1ヶ月。術後の快復も順調で初めての外出。親父の認知症とのこともあり、今後どういう暮らし方をするのか、今後の介護のことを考えてとある施設を見学。ファミレスで美味しそうにケーキを食べる。ともかく元気になってよかった。

 夕方、わざわざ長野から来た信濃毎日新聞記者の西島拓也記者の取材を受ける。中川六平君の書いた「ほびっとー戦争を止めた喫茶店」を読んで、信州のスキー場に反戦脱走米兵を連れて「マサホさん」が行っていたことが書かれてあり、ベトナム戦争と長野とでもいうべき、取材なのだ。もう40年前の話。ユニークな記者さんだ。当時ぼくが編集していた「ベトナム通信」の復刻版など見せながら当時の話。

 朝からラジオやテレビで津波のニュースを聞きながらの一日。大きな被害はなくてよかったが、それにしても地球の反対側のチリ地震が日本に津波として及ぶそのことをいまいちど考えた一日。

●2月27日(土)

 午前中、久しぶりにゆっくり。ちょっと疲れ気味かな。
 
 昼過ぎ、おふくろの見舞い。病室から見える比叡山と大文字山の山並みもなんとなく春の雰囲気。

 夕方、民主党2区総支部の常任幹事会。総支部長の前原国交大臣が久しぶりに帰洛中でもあり、とあるホテルでの会議。警護のSPさんたちが部屋の前で待機。知事選挙のことや来春の統一自治体選挙に向けての候補者擁立についてがテーマ。候補者がいない選挙区で、公募も含めて候補者の発掘のことなど議論。国会の予算委員会で国交大臣としての答弁のことなど色々と話もする。ほんまにたいへんやね。前原大臣、がんばってよ。

 夜は、京都府広告美術協同組合の懇談会。新景観条例が可決されて3年。京都のまちなみを彩る屋外広告もそれなりに落ち着いてきたが、関連業者のみなさんの悩みなどお聞きする。
 
 ニュースは南米チリでマグニチュード8・8の大地震。明日の昼ごろに日本に津波が来る可能性があるという。心配やね。