●3月27日(土)
午後、この間降り続いていた春雨も止んで寒いけれど好天だったので自転車で希望の会の事務所に。事務所当番ということで他党の議員らとともに詰める。細田連合京都会長が事務長で民主党の国会議員の秘書団ががんばっているので激励も。テレビで阪神・横浜戦を見ながら随時来客と対応。もうプロ野球が始まっているのだ。城島が入団して阪神タイガース、今年は楽しみだ。期待しよう。
その後、寒空の中、平安女学院の有栖川邸での「花宴」。しだれ桜が見事。バイオリニストの佐藤陽子さんの演奏や門川市長も挨拶。日本ペンクラブの会員さんらと懇談。ちょっと寒かった。
夕方、京都市学校職員労働組合委員長花岡治次委員長を励ます集い。代表発起人は、左京区は地元山端のソフトボール大会で長い付き合いの前原国交大臣。公務多忙な中、駆けつけ挨拶。花岡さんは、長年、京都市学校職員労組の委員長として活躍。場を盛り上げるのが上手な楽しい人だ。教育委員会や民主・都みらい議員団のメンバー、福山参議院議員らも参加。舞台では大倉美子さんのコンサート。大倉さんは、数年前、市役所の2階の市会受付に座っていた素敵な女性。シャンソンを勉強して、祇園のラポーというところで歌っているらしい。コンサートの案内もいただいていた。よかったよ!
帰途、行きつけの「新羅」に顔を出すと藤田敬一さんらが集合中。同和行政のことや「こぺる」の今後のことについて伺う。ぼくが京都市の同和行政のあり方について色々と考え始める契機になった「はこわい考」の著者で人権問題に真っ向から取り組んでいる人。お元気でなにより。
●3月26日(金)
午前中、二条城近くの堀川御池角の元・城巽(じょうそん)小学校跡に建設された京都堀川音楽学校の竣工式。戦後すぐに堀川高校音楽科として発足して、この間、西京区の大枝で京都市立音楽高校として名をなせてきたが、外環状道路の建設で移転されることになった。卒業生では指揮者の佐渡裕さんやバイオリンの葉加瀬太郎さんらが有名かな。立派なホールでの竣工式。卒業生らによる記念コンサートも。和風の雰囲気を取り入れ、ギャラリーなども併設された立派な学校になった。
昼は百万遍のアース食堂で沖縄を出発して核の廃絶を訴えて東京まで歩かれる日本山妙法寺の石橋行受氏らのピースウォークを待ち受ける。宇治の米澤鉄志さんら友人らも参加。民主党京都府連と市役所にも立ち寄ってメッセージを渡してきたとのこと。一緒に歩きたかったが、知事選挙の推薦葉書を事務所に持って行ったりで、残念ながら参加できず。ぼくは1981年から96年まで「核と戦争はごめんだ!市民定例デモ」を毎月一回していたことがある。日本山妙法寺の人もよく参加してくれていたことを思い出した。がんばってください。
夕方は、吉田神社の総代会。講社長の鈴鹿隆男さんも元気になられてよかった。決算や予算の説明の後、直会(なおらい)。少しお神酒をいただく。
夜は、中大路町西部の町内会の役員会がわが事務所で。ほぼ100所帯の人がおられて高齢化が進むがみなさん平穏に暮らしている。井上会長から鈴鹿会長に代わるとのこと。ご苦労さまです。
●3月25日(木)
朝8時30分から、3月末にしては寒い小雨降る中の出陣式。経済界や連合京都の役員、門川市長をはじめ市町村の首長、また諸団体の人たち300人ほどが結集。国会議員の姿はない。「希望の京都をつくる府民の会」立石会長の挨拶から始まって、「希望の京都の扉をみんなで開こう」と候補者が挨拶。自民党の市会議員の姿が少ないかな。2年前の市長選挙のときは仕切る立場にあったので色々と苦労したけれど今回は気楽なもの。されどがんばろう!投票日は4月11日。投票率が心配だね。
次の児童館の竣工式に間に合うように、関係者に挨拶をして、引き上げる。途中、雨の中をポスター貼りをしてくれているわがチームを激励して、修学院第二児童館の竣工式。
かつては、近くの公園で、払い下げられた市電の車両に児童の集まる場所があったが、ようやく立派な児童館が開設されたのだ。指定管理者は、社会福祉法人京都社会福祉協議会。理事長と館長は市役所OBの人。修学院第二学区の河島社会福祉協議会会長が挨拶。この間のご苦労と地域における子育ての拠点になる夢を語られた。
夜は、わが応援団のメンバーに集まってもらって知事選挙のことや今後の活動のことなど議論する。
●3月24日(水)
明日から知事選挙。推薦葉書作成の準備や明日の公営掲示板ポスター貼りの段取りなど事務所で雑務。左京区の掲示板は300箇所余。各議員事務所で分担して貼ることになったが、ぼくの担当は南部地域の40箇所弱。わが応援団のメンバーに助けてもらって二班のグループで貼りに行ってもらうので雨になりそうでカッパなども準備して、一方通行など分かりにくいところもあり、メモを作る。
またマニフェスト、「しあわせ実感―希望の京都をつくる」を読む。福祉安心型社会の再構築、地域共生のまちづくり、人・産業のパワーアップによる未来応援プロジェクトの推進、「みやこ」構想の実現、「府民満足最大化府政」の実現の5項目。大阪の橋元知事のように派手さはないが、堅実な地方自治の手腕には、好感がもてる。ただ政令指定都市、京都市から考えると、京都府の施設では植物園や府立病院などもあるが、京都市内での役割は、警察と高校、鴨川などの河川、労働行政などに限られており、市民生活に係わる直接的な行政窓口は少なく、ぼく自身も府庁に行くことはほとんどないし、二重行政的なものもあるが、イマイチ府行政の姿が見えてこないなあ。
●3月23日(火)
午後、母校の鴨沂高校の評議員会に。次の日程があったので、この春定年退職される桶谷校長先生や大先輩の猪熊先生らにご挨拶だけする。なお鴨沂高校同窓会のホームページが水球部だった太田先輩のご尽力で立ち上がりました。ぜひご高覧ください。
午後2時前、岩倉は、明徳児童館の竣工式に。地下鉄が開通して12年かな。区画整理事業も終わり人口が増えて、児童館の建設は長年の要望だった。学校敷地内に木の香りがする児童館が完成した。指定管理者は、京都福祉サービス協会。館長になる女性は、かつて京都イングリッシュセンターの学生だったらしく「お久しぶりです」と声をかけてくれてびっくり。30年前かな、ぼくがスタッフで仕事をしていたのは。長年の夢が実り、岩倉の坂田自治連会長さんらが喜びのご挨拶をされた。
その後、左京消防署で自主防火・防災表彰式。なんといってもすごいのは左京区の山間部、広河原で5千日、またさらに久多地域においてなんと無火災が6千日を超えたのだ。また昨年左京では火災件数15件という最少記録を達成。自主防災会の地域での活動があってこそ。表彰されたみなさん、ご苦労様です。
夕方、簡単な携帯電話を購入して、ケア付住宅で新居生活を始めたおふくろと親父を訪問。携帯電話の簡単な機能を説明して早速電話をした。どうにか新居での老夫婦二人での第三の人生のスタートを切れたようでほっとした。
午後、この間降り続いていた春雨も止んで寒いけれど好天だったので自転車で希望の会の事務所に。事務所当番ということで他党の議員らとともに詰める。細田連合京都会長が事務長で民主党の国会議員の秘書団ががんばっているので激励も。テレビで阪神・横浜戦を見ながら随時来客と対応。もうプロ野球が始まっているのだ。城島が入団して阪神タイガース、今年は楽しみだ。期待しよう。
その後、寒空の中、平安女学院の有栖川邸での「花宴」。しだれ桜が見事。バイオリニストの佐藤陽子さんの演奏や門川市長も挨拶。日本ペンクラブの会員さんらと懇談。ちょっと寒かった。
夕方、京都市学校職員労働組合委員長花岡治次委員長を励ます集い。代表発起人は、左京区は地元山端のソフトボール大会で長い付き合いの前原国交大臣。公務多忙な中、駆けつけ挨拶。花岡さんは、長年、京都市学校職員労組の委員長として活躍。場を盛り上げるのが上手な楽しい人だ。教育委員会や民主・都みらい議員団のメンバー、福山参議院議員らも参加。舞台では大倉美子さんのコンサート。大倉さんは、数年前、市役所の2階の市会受付に座っていた素敵な女性。シャンソンを勉強して、祇園のラポーというところで歌っているらしい。コンサートの案内もいただいていた。よかったよ!
帰途、行きつけの「新羅」に顔を出すと藤田敬一さんらが集合中。同和行政のことや「こぺる」の今後のことについて伺う。ぼくが京都市の同和行政のあり方について色々と考え始める契機になった「はこわい考」の著者で人権問題に真っ向から取り組んでいる人。お元気でなにより。
●3月26日(金)
午前中、二条城近くの堀川御池角の元・城巽(じょうそん)小学校跡に建設された京都堀川音楽学校の竣工式。戦後すぐに堀川高校音楽科として発足して、この間、西京区の大枝で京都市立音楽高校として名をなせてきたが、外環状道路の建設で移転されることになった。卒業生では指揮者の佐渡裕さんやバイオリンの葉加瀬太郎さんらが有名かな。立派なホールでの竣工式。卒業生らによる記念コンサートも。和風の雰囲気を取り入れ、ギャラリーなども併設された立派な学校になった。
昼は百万遍のアース食堂で沖縄を出発して核の廃絶を訴えて東京まで歩かれる日本山妙法寺の石橋行受氏らのピースウォークを待ち受ける。宇治の米澤鉄志さんら友人らも参加。民主党京都府連と市役所にも立ち寄ってメッセージを渡してきたとのこと。一緒に歩きたかったが、知事選挙の推薦葉書を事務所に持って行ったりで、残念ながら参加できず。ぼくは1981年から96年まで「核と戦争はごめんだ!市民定例デモ」を毎月一回していたことがある。日本山妙法寺の人もよく参加してくれていたことを思い出した。がんばってください。
夕方は、吉田神社の総代会。講社長の鈴鹿隆男さんも元気になられてよかった。決算や予算の説明の後、直会(なおらい)。少しお神酒をいただく。
夜は、中大路町西部の町内会の役員会がわが事務所で。ほぼ100所帯の人がおられて高齢化が進むがみなさん平穏に暮らしている。井上会長から鈴鹿会長に代わるとのこと。ご苦労さまです。
●3月25日(木)
朝8時30分から、3月末にしては寒い小雨降る中の出陣式。経済界や連合京都の役員、門川市長をはじめ市町村の首長、また諸団体の人たち300人ほどが結集。国会議員の姿はない。「希望の京都をつくる府民の会」立石会長の挨拶から始まって、「希望の京都の扉をみんなで開こう」と候補者が挨拶。自民党の市会議員の姿が少ないかな。2年前の市長選挙のときは仕切る立場にあったので色々と苦労したけれど今回は気楽なもの。されどがんばろう!投票日は4月11日。投票率が心配だね。
次の児童館の竣工式に間に合うように、関係者に挨拶をして、引き上げる。途中、雨の中をポスター貼りをしてくれているわがチームを激励して、修学院第二児童館の竣工式。
かつては、近くの公園で、払い下げられた市電の車両に児童の集まる場所があったが、ようやく立派な児童館が開設されたのだ。指定管理者は、社会福祉法人京都社会福祉協議会。理事長と館長は市役所OBの人。修学院第二学区の河島社会福祉協議会会長が挨拶。この間のご苦労と地域における子育ての拠点になる夢を語られた。
夜は、わが応援団のメンバーに集まってもらって知事選挙のことや今後の活動のことなど議論する。
●3月24日(水)
明日から知事選挙。推薦葉書作成の準備や明日の公営掲示板ポスター貼りの段取りなど事務所で雑務。左京区の掲示板は300箇所余。各議員事務所で分担して貼ることになったが、ぼくの担当は南部地域の40箇所弱。わが応援団のメンバーに助けてもらって二班のグループで貼りに行ってもらうので雨になりそうでカッパなども準備して、一方通行など分かりにくいところもあり、メモを作る。
またマニフェスト、「しあわせ実感―希望の京都をつくる」を読む。福祉安心型社会の再構築、地域共生のまちづくり、人・産業のパワーアップによる未来応援プロジェクトの推進、「みやこ」構想の実現、「府民満足最大化府政」の実現の5項目。大阪の橋元知事のように派手さはないが、堅実な地方自治の手腕には、好感がもてる。ただ政令指定都市、京都市から考えると、京都府の施設では植物園や府立病院などもあるが、京都市内での役割は、警察と高校、鴨川などの河川、労働行政などに限られており、市民生活に係わる直接的な行政窓口は少なく、ぼく自身も府庁に行くことはほとんどないし、二重行政的なものもあるが、イマイチ府行政の姿が見えてこないなあ。
●3月23日(火)
午後、母校の鴨沂高校の評議員会に。次の日程があったので、この春定年退職される桶谷校長先生や大先輩の猪熊先生らにご挨拶だけする。なお鴨沂高校同窓会のホームページが水球部だった太田先輩のご尽力で立ち上がりました。ぜひご高覧ください。
午後2時前、岩倉は、明徳児童館の竣工式に。地下鉄が開通して12年かな。区画整理事業も終わり人口が増えて、児童館の建設は長年の要望だった。学校敷地内に木の香りがする児童館が完成した。指定管理者は、京都福祉サービス協会。館長になる女性は、かつて京都イングリッシュセンターの学生だったらしく「お久しぶりです」と声をかけてくれてびっくり。30年前かな、ぼくがスタッフで仕事をしていたのは。長年の夢が実り、岩倉の坂田自治連会長さんらが喜びのご挨拶をされた。
その後、左京消防署で自主防火・防災表彰式。なんといってもすごいのは左京区の山間部、広河原で5千日、またさらに久多地域においてなんと無火災が6千日を超えたのだ。また昨年左京では火災件数15件という最少記録を達成。自主防災会の地域での活動があってこそ。表彰されたみなさん、ご苦労様です。
夕方、簡単な携帯電話を購入して、ケア付住宅で新居生活を始めたおふくろと親父を訪問。携帯電話の簡単な機能を説明して早速電話をした。どうにか新居での老夫婦二人での第三の人生のスタートを切れたようでほっとした。