京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

マサホのひとくち日記 12月20日ー31日

2009年12月31日 | 日記
●12月31日(木)

 急に寒くなった。2009年の大晦日。午後、吉田神社での大祓式に。この1年を無事に過ごせたことに感謝。わが還暦に甦った年。今年は歴史的な政権交代の年であった。もうこれにつきる。この1年を振り返っておく。
 
 京都市会は、門川市政2年目の2月予算市会では、「未来まちづくりプラン」による予算編成がされた。同和行政終結後の行政の在り方総点検委員会の報告書も出されたのを機に、この間ぼくが本会議で同和行政について代表質問をした議事録を冊子にした。かっての隣保館であったコミュニティセンターは、職員の引き上げがあり大きく転換した。また保育園連盟の補助金の使途を巡って不明瞭さが浮き彫りになりプール制を巡っての特別監査請求も行われた。
 5月の連休前にメキシコで発生した新型インフルエンザは、日本にも及び空港での検疫など物々しい体制がとられて異様なマスク社会が出現し、修学旅行生など相次ぐキャンセルで、100年に一度といわれる世界同時不況の影響と重なって京都経済も疲弊。5月市会では繁議員が議長に、わが民主からは安孫子和子さんが副議長に就任。休む間もなく、麻生政権による緊急経済対策の補正予算を巡って6月臨時市会が50年余ぶりに開会。
 
 そして風雲急を告げて、7月21日に麻生総理は錆びた天下の宝刀を抜いて解散総選挙に。歴史的な第45回衆議院選挙が8月18日に公示。暑い!熱い!夏の選挙だった。なんと民主党は308議席を獲得して政権交代を、前原誠司議員はなんと10万票で圧勝。1区では平智之候補が伊吹文明氏に勝ち、3区泉ケンタ、4区北神圭郎、5区の小原舞さんも比例復活、そして6区山井和則議員の全員当選の快挙!いやはやこの地殻変動には我ながら驚きました。
 そして鳩山総理が誕生したのは9月16日。前原国交大臣、山井厚生労働政務官、福山哲郎外務副大臣、松井孝治内閣副官房長官、泉ケンタ内閣府政務官とそれぞれが新政権の重要ポストに就任。「平成維新」「未知との遭遇」が始まったのだ。「事業仕分け」は活気的だったが、生みの苦しみか、多少右往左往しながら12月末には予算編成もなった。政治献金の問題や普天間基地問題など抱えながら、年が明けて本格的な国会での論戦が始まるのだろう。見守りたい。
 
 9月市会定例会は、今年から緊急経済対策の補正予算とともに財政財政健全化法の施行により公営企業会計と平行して普通会計決算も審議することになり、9月15日から10月28日までの長丁場。新政権が発足して、与野党攻守を変え、意見書を巡って自民・公明と民主・共産のつばぜり合いが始まる。賛否同数で議長裁定による採決という事態が生じるようになったのだ。
いやはや今まで考えられなかった構図になったよ。
 11月市会定例会は、11月25日から12月10日までで補正予算や補助金に関わる条例制定が審議された。この市会でも意見書を巡って自民、共産、民主、公明が入り組んだパズルのような組み合わせの複雑な構図が出来た。政権交代は、京都市会にも実に大きな変化をもたらしたのだ。さて来年はどうなるかな?

 個人的なことを少し。還暦を迎えて甦りを図ろうと大文字山には4回ほど登ったし、なんと言っても昨年始めた吉田剣鉾を差すのも2回目で「扇鉾」を京大正門前などで差して今年も天空から神が降臨した。中性脂肪の数値はちょっと高いが、血圧や心電図やコレステロールなど問題もなく体調も良くて、アルコールもタバコも美味い。風邪一つひかなかった。年末のホームページのウイルス攻撃には多少参ったが、なんとかリニュアルもできた。
 
 そして12月になって愚息、穂人が東京の法律事務所で就職も決まり弁護士の道を歩み始めてほっとした。またわが青春の反戦喫茶「ほびっと」のことを初代マスター中川六平君が「ほびっとー戦争を止めた喫茶店」を講談社から刊行してくれたのも嬉しかったこと。出版記念会には鶴見俊輔先生も元気な姿を見せていただきました。本には若かりし「マサホ」のエピソードが満載だよ。
 
 さらに、5月30日のデンマーク大使とエコサイクリングは好天に恵まれて市長や知事と一緒に走れてよかった。鈴木マサホ市政懇談会は、4月に京大会館で、9月に平安の森で、12月に熊野神社で開催。教育福祉委員会での他都市調査は、鹿児島、福岡、広島に。自治体議員フォーラムなどでも東京には秋に3回行ったか。

 政権が交代して、民主党の議員として責任重大であることを痛感。2月予算市会では、門川市政も満2年になり久しぶりに代表質問に立つ予定。そして11年4月の市会議員選挙7期目の挑戦に向けて、市民派の初心に戻って、「自治・共生のまちづくり」を目指して、もうひとがんばりするぞ!来年の今頃はゆっくりしてられないやろな。
 みなさん、良いお年をお迎えください。

●12月30日(水)
 
 2009年も残すところあと2日。事務所で雑務。夕方いきつけの「ひげ床」で散髪とマッサージをしてもらい一年の疲れを癒してもらう。この1年お世話になりました。
 そして夜8時から吉田自主防災会と吉田消防分団のメンバーと一緒に2班に分かれて歳末特別警戒のパトロール。自主防災会の赤いジャンパーを着込んで「マッチ一本、火事の元。お休みになる前に戸締りと火の元の確認してください。火の用心!火のよーじん!」とマイクを持ちながら夜の地元吉田は中大路から下大路、近衛町を巡回。拍子木の音が静かな町に響き渡る。吉田学区は無火災記録が1079日目。この間、京大でも火災がなくてよかった。
 それから10時過ぎに聖護院分団の消防器具庫に立ち寄ってお疲れさん会。聖護院では無火災記録が1377日目。4年近く火災がない。ほんまにご苦労さんです。

●12月29日(火)

 昼過ぎ、経糸の会の鶴山さん宅で餅つき。ノンアルコールビールで静岡名産の鰹のたたきをとつきたての餅を食しながら、来年6月に企画している野田淳子さんのコンサートについて打ち合わせ。歌手生活40年という彼女のプロデユースで上條恒彦さんや作業所「あおい苑」の仲間のハンドベルの演奏などでヒューマンふれあいコンサートを開催することになった。お楽しみにね。
 その後、梶宏さん・寿美子さん夫妻と介護や福祉の四方山話をして、

 夜は、消防分団まわりの3日目。修学院第二分団、修学院分団から子どもの楽園横に新しい器具庫ができた上高野分団、風の冷たい八瀬から大原、そして江文峠を越えて静原分団へ。もう20年近く前、路肩にぼくの車が落ちかけてちょっと騒動になりかけたことがあるのだが、今もそのことを知っている古参の団員から冷やかされるのだ。今年は雪もないし凍てついていなし安心。
 それから鞍馬へ。この初夏の京都市消防総合査閲で優勝を果たした鞍馬分団は25年前にも優勝していて器具庫の正面にはガラスケースの中に二本の優勝旗が誇らしく飾ってある。汗と涙の結晶や。おめでとうございます!鞍馬のあとは市原野消防団。黒瀬分団長は京都市の職員。仕事と消防団活動を両立させてこられた。ほんまにご苦労さまです。帰宅は11時前。
 今年は、久多、広河原、花背にも行ったので、これにて27分団すべて回ったぞ!今のところ左京の火災件数は昨年より2件少ない15件をキープ。すごいね。そして京都市内は昨年より11件少ない182件でこれまた記録更新中!この火災件数の少なさは誇るべきことだ。

●12月28日(月)

 仕事納めの日。昼前、議員団室へ。机の上の資料を整理して庁内の自治労市職などの組合、また秘書課などご挨拶に慌ただしく回る。午後は、事務所にNTTコミュニケーションの人とパソコンの家庭教師!のビジューさんに来てもらってインターネットのプロバイダーの変更やホームページのリニュアルについて打ち合わせ。ウイルス攻撃にあって3週間ほどか、ようやく終戦を迎えた。ホームページもリニュアルされて再スタート。ほっとした。
 
 今夜は消防団周りを休憩。1949年に日本に来たという80歳を超えてのお元気な在日韓国人の方と懇談。「志は高く、愛は深く、友情は広く」という乾杯のときの言葉が印象に残った。朝鮮戦争やフリーメーソンや宗教やご家族のことや今は亡き飯沼二郎先生のことのことなど多岐にわたるお話を聞く。帰途、熊野のジャズ喫茶「やまとや」でほっこりとしてジャズを聴いて帰宅。

●12月27日(日)
 
 昼、出町柳駅近くにこの春オープンした「かぜのね」に。喫茶店かな。夜はお酒もおいている。奥の部屋にフリースペースがあってその場所で、山口県は上関の原発建設問題についてびわ茶をいただきながら話し合う「祝島茶会」。冨田貴史君という青年が報告。「みどり未来」の環境グループの女性らが参加。
 アメリカはスリーマイルの事故があったのは1976年だったか、或いはぼくが「月刊地域闘争」の取材で敦賀に行ったのは1980年だったか、原発問題についての第一世代や。そしてチェルノブイリの大事故の後、伊方原発問題の脱原発のニューウエーブが第2世代とすると、今の世代は第3世代になるということかな。上関の漁民等の運動やそれを応援?しているカヤック部隊の話、また生物多様性のことや民主党の環境問題政策などが話題になった。
 ぼくが京都市会で原子力防災について提起したのは90年代だったかな。現在日本には確か53基の原発が稼動している。ほんまに安全・安心かいなというとやっぱ不安だよね。

 夜は9時前に地元吉田の消防分団に左京消防署長、分団長、区長が来るということで区役所横の吉田消防分団の器具庫に走る。自主防災会の委員さんらも赤いジャンパーを着て参加。ほんまにご苦労さん。吉田学区では無火災が千日を越えたという。素晴らしいこと。これも学区民の防火・防災の意識の高まりがあるからかな。激励の後、例によって4人の女性団員さんたち手づくりの温かいにゅう麺をいただいて温まった。女性団員さんが分団員になっても15年近いかな。ほんまにようがんばらはります。

●12月26日(土)
 
 土曜日の朝はゆっくりしたかったが、在日無年金高齢者と障害者の救済を求める政策要望について友人が来所。NPOなど各種市民団体などの要望活動についての新政権になってからのやり方について説明。民主党京都府連が窓口になって民主党本部にあげて集約して政府に伝えるという制度について説明。上手く機能したらええのだが、いづれにせよ年明けになるなあ。
 午後は事務所で資料の整理など雑務。
 そして夜は、消防分団回りの2日目。今夜は、梅景団長と荒木署長、そして山内左京区長に同行。まずは北白川、養徳、松ヶ崎を回る。この3団では、少年消防クラブの児童たちも寒さにもめげず参加。いい経験やな。以降、岩倉南、明徳、岩倉北と回るがやっぱり寒い。前原事務所の斎藤君や自民党の大西議員も呉越同舟。葵、下鴨と回って散会した後、例によって養徳分団で美味しい名物のスタミナうどんとおでんをご馳走になって体が温まる。もう20年ほどになるかな、ぼくの毎年の恒例の歳末の夜。昔はみかん箱を持って回ったなあ。

●12月25日(金)

 午後、左京区役所に。山内左京区長等と区役所の移転問題で懇談。松ヶ崎に新総合庁舎の建設が進み11年には移転することに決まっているが、交通アクセスのことや現在の区役所の跡地活用をどうするのか、南部に住む区民にとってはサービスが低下するし、新区役所までの交通の便も悪い。単純に民間に売却することがいいとは思わない。今後、地元吉田の要望などをまとめることが大事だし、議論し、また提案したいと思っている。
 その後、この間ウイルス攻撃を受けていたホームページについて色々と相談。この際、プロバイダーも変えてリニュアルすることにした。
 
 夕方、保育園に働く保育士のグループ、福祉保育労働組合左京支部のみなさんが10人ほどが来所。プール制の検討委員会が明日答申を出すことになっていて、交渉も行われるとか。保育園連盟へのプール制やその他の補助金の使途について、不適切な流用が行われていて、プール制のあり方そのものの見直しがされるところだが、現場で働く保育士さんたちの思いを聞く。検討委員会の答申を受けて予算編成がどうされるのか、注目をしたい。
 
 そして夜は年末恒例の歳末特別警戒にがんばっている左京消防分団の激励に回り始める。今日が初日、まずは西川、辻川の2人の副分団長と予防課長らに同行して地元の吉田から、新洞、川東、聖護院、岡崎、錦林東山、淨楽、養正の南部の8分団を回る。ホカロンを貼ることもない暖かさ。寒さに震えることなく各分団を回って帰宅したのは10時前。今年の左京の火災件数は15件とのこと。昨年より2件少ない驚異的な少なさ。これも消防団や自主防災会の活動のお陰ですよ。それにしても毎年、毎年ご苦労さんです。

●12月24日(木)

 今年最後の教育福祉委員会が開催。保健福祉局からは、「京都市未来こどもプラン(仮称)」(原案)について報告。「京(みやこ)・こどもいきいきプラン」の後継プランとして「こどもに笑顔、みんなではぐくみ、子育て“きょうかん”都市・京都を目指して」児童虐待対策、子育て支援の待機児の解消、延長・一時・休日保育の拡充や仕事と子育ての両立支援など施策数210項目を網羅。
 ぼくも子育て支援政策監に、いきいきプランの総括と当事者である子どもの意見を聞く場づくりや数値目標の設定、また「こどもを共に育む市民憲章を推進する条例」の制定、OK(おやじの子育て参加に理解がある)企業認定制度について質疑。 
 請願については、生活保護の母子加算復活の要請など取り下げや留保。その他一般質問では、障害児の学童保育や保育園プール制のことについて共産党議員が次から次に質疑。3時ごろに終わるかと予想していたが、なんのことはない教育委員会との質疑が終わったのは午後5時前だった。
 急いで四条京阪でのクリスマスイブだというのに民主党2区総支部として今年最後のビラ撒き。寒いし、ビラは受け取ってもらえないし気合が入らない。久しぶりに家で晩飯。

●12月23日(水)
 
 昼、銀閣寺前町の大文字保存会の前会長井上さんの告別式。ミレニアムを記念して2000年の大晦日に大文字の送り火をするのにご尽力もされた。当時の京都市のスタッフ等も参列。心よりご冥福をお祈りいたします。
 午後、映画「月下の侵略者」の事務局会議。チケットの配布状況や仲尾宏さんの耳塚に関する解説書のパンフレットの最終校正など。

 夜は、大木工務店のお客さん感謝のクリスマスパーティ。寺田バレエのプリマドンナたちによる「くるみ割り人形」や江藤ゆう子さんと沖縄は宮古出身の瑞慶覧さんのオールデイズでダンスタイム。そしてサンタ姿の社員さんが子どもたちにプレゼント。この不景気な時代にすごくがんばっている会社だな。住宅の新築、改装は大木工務店に。
 帰途、叡電元田中の立ち呑み処「串かつ さかな屋のあと」で友人等と飲む。末の弟の常連の店。ええ店でっせ!

●12月22日(火)

 午前中、衆議院第一会館に。山井厚生労働政務官の事務所にて政策秘書の近澤君と懇談。近澤君は、かっては大津市役所の職員で同志社の総合政策科学研究科のわが同窓生。
 山井政務官の仕事ぶりや官僚との微妙な関係を話してくれたり、障害者自立支援法の問題や後期高齢者医療制度の廃止の問題、また雇用問題やテント村のこと、そして子ども手当てのことなど色々と今後の見通しについて懇談。
 なによりも嬉しいのは、年金のこと、雇用貧困対策、医療、介護、子育て支援、障害者雇用・福祉など厚生労働委員会の質問研究会の厚生労働省の予算編成に関わる各行政分野の資料を準備しておいてくれたことだ。新政権が福祉分野でどいう制度改革を行っていくのか、予算編成をするのか大いに参考になる。2月予算市会での代表質問や教育福祉委員会での質疑に活用しよう。山井政務官の益々の活躍と彼を支える近澤秘書の奮闘を期待しよう。
 昼食をみんなで議員食堂で食べていたら偶然、この夏まで民主党京都府連のスタッフだった藤田君と出会う。某衆議院議員のスタッフとして手伝っているという。元気で何より。
 
 午後、全農林労働組合の専従として東京で仕事をしている粂山隆志君と久しぶりに会う。彼はかって「核と戦争はごめんだ!市民定例デモ」を歩いていた時のメンバーでプロレス仲間。えらく痩せて精悍な体格になっていてびっくり、今ではフルマラソンに挑戦をしているという。いやはや人は変わるものだ。ちょっと時間があったので新橋でパチンコしたら久方ぶりの大勝利!
 新橋名物?立ち飲み屋で串かつでホッピー飲んで機嫌よく帰途につく。

●12月21日

 朝、議員団の山岸、中野、青木、山本ひろふみ議員と新幹線で新横浜経由、東急東横線に乗って川崎市は元住吉駅へ。モトスミ・ブレーメン通り商店街を視察。商店街組合の事務局長の吉川能信君は、鴨沂高校の同級生。彼の案内で商店街を歩く。
 商店街のモール化事業をする際、「中世ヨーロッパ風の商店街にしよう」とドイツはグリム童話のブレーメンの音楽隊で有名なブレーメンに決定したという。赤御影石の混じったアスファルトの升目の入った道路は中世風の石畳風で素晴らしい。アーケードはなく青空が見えるのも気持ちがいいし、街灯やサインゲートなどもブレーメン風で洒落ていてええ感じ。そして何よりも車は通らず買い物客で賑わっているのだ。
 伊藤理事長さんから説明を受ける。ブレーメンとの国際交流はもちろんのこと、空き缶回収機の設置などペットボトルなどのリサイクル、1店1エコ運動、エコバッグキャンペーンなどの取り組みで環境大臣表彰も。街角コンサート、地域ふれあいテント村などイベントの開催、ポイントカードでの環境促進、さらにこれからは景観形成や福祉に力を入れると熱い想いを語っていただいた。

 視察の後、民主党政令指定都市政策協議会に。高島副幹事長から地方分権制度と自治体要望の制度化の課題などの説明の後、総務省の担当者から議員年金検討会の最終報告書ついての説明もあり、議論も行われた。名古屋市の河村市長の諸施策についての報告やこの春政令指定都市になった岡山市議会からも初参加もあり、今後、政令指定都市の政策協議の充実と交流を深めること確認できた。
 散会後、議員になる前に労組の専従として東京生活の長かった山岸議員に彼の思い出の地を案内してもらう東京散策。最後は後楽園のラーメン屋で〆。

ホームページのリニュアルなりました。ひとくち日記を更新

2009年12月28日 | 日記
新型ウイルスに攻撃されていたわがホームページ。
ようやく戦争が終わりました。
新たにリニュアルして、新年を迎えることが出来て
喜んでいます。
そして12月1日から20日までの
「ひとくち日記」を一気に更新しました。
ご笑覧ください。
よろしくお願いします。
     
     12月28日
      鈴木 正穂
 

12月11日から20日 「ひとくち日記」

2009年12月28日 | 日記
●12月20日(日)
 第6回の朝粥の会は、タケさんこと河村武明さんのお話。パワーポイントを使ってマネージャーの小牧さんがト書きを朗読しての、日本一無口なタケさんの講演「ありがとう」。脳梗塞で倒れて、言語障害、聴覚障害、失語症というタケさんが、「ありがとう」という気持ちと宇宙学!で学んだ神秘的な話?を交えながらの講演。101歳のご長命の中村さんらご近所の方や常連さんが20人ほどタケさんのお話に聞き入る。中学生等にも聞いてほしいね。個展は26日まで。ぜひお越しください。
 昼過ぎ、京都駅前のタワーホテルに。民主党京都府連の会議。まずは、選挙対策委員会。新聞記者諸君がおそらく知事選挙がらみで待ち受けているが、参議院選挙のこと。福山議員の3選に向けてがんばろうということを確認。
 1時過ぎからは常任幹事会。公務多忙な厚労政務官の山井会長の挨拶で開会。諸般の報告や知事選候補の推薦に向けて実績の評価の検証や期待する知事像のあり方についてプロジェクトチームで検討中とのこと。山田知事への出馬要請がすでに連合京都などから提出されているが、民主党として候補者を決定するのは年明けになりそうやな。
 常任幹事会も淡々と終わり、続いて、今年の流行語にもなった「事業仕分け」に取組んだ行政刷新会議事務局長の「構想日本」代表の加藤秀樹さん「国の事業仕分けとこれからの地方議会」の講演。事業仕分けの目的や原則などその意義と反響など生々しい話を聞く。各都道府県市町村でもこの事業仕分けが進んでいるが、各自治体でどう取組むかが今後の課題。
 その後、京都自治体議員ネットワークの総会。事務局長ということでぼくがこの1年間の活動報告や今後の方針、また役員人事など提案。了承してもらう。それから今年締めくくりの幹事総会と懇談会。政権交代後3ヶ月、鳩山政権生みの苦しみ真っ只中。コペンハーゲンから帰国したところの福山外務副大臣も登場して、徹夜徹夜で各国首脳が丁々発止の模様を時差ボケをものともせずに報告。来年は参議院選挙もある。みんなでがんばろう!

●12月19日(土)
 朝、吉田神社の祖霊社に。天皇陛下ご即位20年奉祝京都大会にて式典の前に剣鉾を差すことになったわが吉田剣鉾保存会のメンバーと準備に国際会館に。しばし剣鉾の運び込みを手伝った後、
 ウエスティン都ホテルでの民主党2区幹事会と総支部の定期大会に。中野洋一君の司会で開会。公務多忙な中、2区総支部長の前原国交大臣が新聞記者もいなかったので多少リラックススしての挨拶。衆議院選挙の総括や決算報告と監査、役員人事の後、幹事長に就任したぼくがこれからの活動、来年4月の知事選挙、7月の参議院選挙の奮闘を誓い、そして11年、再来年の統一自治体選挙に向けての現職の公認決定や空白区での候補者擁立を急いで府市会第一党を目指そうと方針を提起。豊田府会議員のがんばろうー!で円滑に大会は終わった。前原大臣が総支部長の2区総支部幹事長ということで責任重大やな。気負わずにマイペースでがんばろう。 
 大会は円滑に終了して直ぐに国際会館に走る。奉祝の式典前のわが吉田の剣鉾保存会のメンバーが緊張した面持ちで舞台横から剣鉾を三本差して歩き始めるのに辛うじて間に合った。長老の鈴庄さんが先頭で、福井、辻村、柿阪の3人が差す唐車鉾、高校生の月原、高校生の月原君、中学生の日和、菊池君が差す扇鉾、そして小学生の女子児童が差す菊鉾の3本が、国際会館の大ホールの舞台前に勇壮に無事に巡幸した。式典が始まった頃、剣鉾保存会のメンバーと吉田に引き返して、早速の直会。緊張感が解けてみんなほっこり。
 
 夕方は、また国際会館に戻って日韓親善協会の講演会と交流会。社会福祉法人「こころの家族」の尹基理事長が「多文化共生の福祉」と題して講演。この春、東九条に特別養護老人ホーム「故郷の家」がオープンしたが、福祉に賭ける尹理事長の思いと、ご自身の生い立ちのことや日韓の架け橋にならんとする夢を語られる。チョゴリを着飾ったオモニたちが華やかだった。ぼくは映画「月下の侵略者」の宣伝アピールをさせていただき感謝。
 その後、聖護院の行き付けの居酒屋「炎の火」にて、1年間の研修の結果、弁護士の資格を無事に取得できた愚息の祝い。週明けから東京の弁護士事務所でお世話になる。ほんまにほっとしたよ。

●12月18日(金)
 午前中、事務所の来客は日中交流サロン「岩茶房」の人。来年6月に企画されている「吉田山大茶会」のこと。日本や中国や韓国、紅茶や珈琲など世界のお茶の野点をして環境を考えて市民の交流を図ろうというイベント。面白そうですよ。ぼくも応援します。
 午後、福山哲郎参議院議員事務所の美人スタッフの山本さんのご尊父の告別式に。こころよりご冥福をお祈りいたします。
 その後、事務所にて映画「月下の侵略者」の解説パンフレットの賛助広告のことや、前原誠司衆議院議員の斎藤所長と明日に予定している2区総支部大会の議案や次第について最終の打ち合わせなど。また、ウイルスに攻撃されたわがホームページの改善とセキュリティーの確保の為にパソコンの購入に走る。100円パソコンが販売されているのだな。びっくりしたよ。
 夜は、連合京都の会長をこの秋に勇退した木村幹雄さんを励ます会。連合京都や自治労府本部が中心になって来賓には山田知事ら。わが同世代の木村幹さんは、挨拶のときに、かっては市役所の反戦青年委員会の活動だったことを披露してぼくはびっくり。記念品は奥さんとの旅行券。そしてこれまた同世代の京都が生んだフォークシンガーばんばひろふみさんのなつかしのフォークソングのミニコンサート。「戦争を知らない子どもたち」など大いに盛り上がる。みんな「アラカン」や。まだまだこれからやで!

●12月17日(木)
 昼、民主党京都府連に。昨日の自治体議員ネットワークの幹事会での決定を受けて総会の議案書の打ち合わせ。宇都宮壮一元議員が事務局長としてカムバック。よかった!また新しいメンバーも入ってスタッフも充実した。日々の電話応対もたいへんらしいし、また各団体から寄せられる要望・陳情などの処理も対応できるだろう。 
 夕方、自治労京都市職現業評議会の第19回総会に。土木事務所やまち美化事務所で働く職員の各支部の横断的な会。来賓として各局の課長らも。「考える仕事人、地域の安心安全を見守る仕事人」という文言が議案書にあり、それを引用して連帯の挨拶。公共サービスの向上のためにも市民に信頼される組合運動をして欲しいね。
 夜は、高野川ライオンズクラブ杯左京小学生バレーボール大会の第2回実行委員会。各小学校の先生やスポーツ少年団の指導者が集まり、また今回は組み合わせの抽選ということで代表の児童たちも参加。毎年やっているので打ち合わせなど手馴れたもの。3月の6日7日が大会。40チーム、400人近い児童が参加して盛り上がるだろう。

●12月16日(水)
 昼前、久しぶりに府議会の民主党議員団室に。京都自治体議員ネットワークの総会を20日に開くことになっているので幹事会。田渕幹事長が代表幹事でぼくが事務局長。副事務局長を田中府議になってもらうための規約改正や総会の次第を決める。
 また副議長室を訪ねて角替府会議員に面会。映画「月下の侵略者」の上映実行委員会の呼びかけ人になってくれているのでチケットを持参。党派は違えど、角替議員とは同志社大学時代からの長―い付き合い。彼は確か法学部だった。たまに飲む機会があるが、よう食べるし、よう喋る、元気な団塊の世代。お互い体に気をつけてまだまだがんばろうぜ!

 午後は、映画「月下の侵略者」の京都上映のときに、仲尾宏さんが書いた力作の「耳塚」の解説書をパンフレットにして配布するのだが、その賛助広告をお願いに在日の友人を訪ねる。感謝。
 夜は、友人と忘年会。久しぶりにくつろぐ。

●12月15日(火)
 久しぶりに吉田デンタルクリニックに。ちょっとサボっていたが、診察室が改装されてきれいになっていてびっくり。ゴリゴリと歯石を取ってもらう。
 事務所では、前原誠司事務所の斎藤君に来てもらって、19日に予定している民主党2区総支部の定期大会に向けての議案書や次第について打ち合わせ。総支部長の前原議員の総選挙と大臣就任で日程が取れなくて延び延びになっていた。幹事長になるのでぼくが知事選挙や参議院選挙、また統一自治体選挙に向けての活動方針を書く。
 午後、市役所でマンションや大きな建物の配水管に生じる赤錆を排除する技術を開発した事業者と懇談。老朽化したマンションなどの配管の改善には巨額なお金が必要だが、環境的にも効果があり資金的にも安価で出来るそうだ。建物の長寿化、アセットマネージメントにも役立ちそうやね。色々と勉強になります。

 夕方、同志社校友会京都支部のクリスマスパーティに先立ち、同志社出身の井上与一郎議員と細見副市長の呼びかけで京都市役所クローバー会の発足の集い。「学閥」などというのではなくて、いわば同窓会的なもの。議員もぼくを入れて4人かな。職員は50人ほど。みんなぼくより後輩だ。ただし卒業はぼくが遅い。何しろ学部の卒業に9年かかっているよ。
 クリスマスパーティに参加するのは3年ぶりぐらいかな。体育会のクラブで全国優勝した学生らが表彰式。大谷総長や八田学長ら来られて同志社出身の府市会議員が党派を超えて壇上で挨拶。久しぶりに元参議院議員の笹野貞子さんに会ってびっくり。彼女の選挙をしたのははるか20年前やった。民主党とは色々とあったけれど、お元気で何より。そしてバンド演奏あり恒例のお楽しみ福引抽選会あり。抽選でカタログ商品が当たった!

●12月14日(月)
 午前中、事務所で雑務。「京都市未来こどもプラン(仮称)」(原案)を保健福祉局の課長が持参。説明を受ける。新「京(みやこ)子どもいきいきプラン」の後継プランとして策定されるのだが、児童虐待対策など今までになかった施策も盛り込まれて、パブリックコメントをすることになる。委員会で改めて議論をしよう。
 
 午後、環境に優しいタクシー会社エコロ・タクシーの方と歩くまち京都推進室のメンバーとの懇談に同席。エコロタクシーは自転車の搬送をしたり車体の上に風車?を付けて走っているので有名だが、環境モデル都市京都での公共交通としてのタクシーの役割について熱い議論。ちょうどタクシーの規制緩和で噴出した諸問題について解決を図る為に「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法」の制定がされて協議会が発足。京都市も参加していることもあって、その背景や協議会の目的などについても話題になり、また京都のタクシー業界の現況、さらに京都市が進めている「歩くまち京都の戦略」のことについて談義。タクシー運転手は薄給だし、また経営もたいへんみたい。されど志は高くがんばってください。
 夜は、京都市交響楽団音楽家労働組合の大会後の懇親会に。京都市交響楽団はこの春から京都市の直営から財団に移管されたが、なんとか運営も軌道に乗った様子。営業活動もがんばって、文化首都京都の京響ここにありの気概でがんばって欲しい。また市民のみなさん応援してよ。

●12月13日(日)
 朝、第四錦林小学校での「吉田ふれあいまつり」。左京社会福祉協議会15周年記念事業として「平和・希望の火」がトーチに掲げられて入場。子どもたちが焚き火に点火して暖かくなった。もちつきや自主防災会のメンバーによる豚汁が振舞われ、また起震車での地震体験なども。わが地元の人たちと親交を深める。関係者のみなさん、ご苦労さんです。
 午後、吉田神社参道で、昨日に続いて天皇陛下ご即位二十年奉祝京都大会の剣鉾のための練習。会場の国際会館の舞台の大きさが地面に書かれて、そこをどのくらいの時間で進めるか、本番に向けてのリハーサル。ぼくはタイムキーパー。わずか5分足らずのこと。子どもたちも緊張気味。落ち着いてやろう。
 その後、事務所で前原衆議院議員の事務所所長の斎藤君と来週19日に開催する民主党2区総支部大会の次第や議案書について打ち合わせ。幹事長として新年度の方針などぼくが書き上げるのだ。
 夕方は、「みんなの思いを語ろう!新羅で出会う人々の集い」。毎日新聞記者の中村一成君が「思想としての朝鮮籍」と題して、在日コリアンの社会保障や教育問題の歴史と現状について話題提供。また京都府立医大のドクター金郁(キム ウッチョリ)さんが「命について思うこと」と題して、患者である子どもたちの治療に当たって日頃から思っていることや在日としての国籍条項の問題、また阪神大震災に医療救援団としての経験など語りながら命の大切さを語る。ちょっと堅い話しだったっが、どう共生社会をつくるのか、色々と考えさせられた夜だった。

●12月12日(土)
 朝、近くの近衛広場の清掃活動の日で出かけるが、小雨模様。風邪をひいてはいけないということで延期に。
 昼前、伏見は大手筋近くの福祉工房P&Pの作業所に。利用者がパソコンに向かって黙々と作業中。今日は近くの京料理「うお弥」さんが、魚菜鮓組合として、利用者に激励と地域交流のためにお弁当を差し入れていただける日。感謝状が手渡されて、京都新聞記者の取材も。利用者のみなさんもいささか緊張気味だったが、忘年会を兼ねて和気あいあいと美味しい幕の内弁当を一緒にご馳走になる。
 午後1時から「みやこめっせ」にて障がい者の色々な団体が集まっての「ふくふくフェスタ」に。12月上旬は「障害者週間」という。自立した人や相談員の人たち、心の輪を広げる体験作文やポスターを書いた児童らの表彰式。会場には作業所などのブースがあり授産製品などの販売コーナーやバザーで賑わう。在日外国人障害者の年金訴訟を支える会の知人等に声をかける。
 その後、吉田神社の祖霊社で来週19日に開催される天皇陛下ご即位二十年奉祝京都大会で吉田剣鉾保存会が式典に先立ち、剣鉾を差すことになったので、長老等からその説明。えらい晴れがましいことや。ぼくは民主党2区総支部大会があるので、時間に間に合うか心配だが、色々と注意事項など協議。
 そして夜は、剣鉾保存会の直会が、近くのお好み焼屋の「ひとはな」で牡丹鍋。今年初めての猪肉。中学生と高校生は見事な食べっぷり。彼らに刺激されて昨年から練習を始めた剣鉾。なんとか差せるようになった。神が降臨して甦ったぞ。

●12月11日(金)
 昨日11月市会が終わってほっと一息。わがホームページが数日前にウイルスに攻撃されいるのが発覚して、午前中、わがパソコン相談役のビジューさんに色々とウイルス駆逐の作業をしてもらうが、ゲノウイルスというのが侵略してきているらしい。えらいコッチャ。
 午後、議員団室に。京都府バス協会の谷口さんらが来所。都市計画局の「歩くまち京都推進室」の担当者と、京都駅八条口の貸切バスの乗降場の改善について懇談。多くの観光の団体客や修学旅行生を運ぶ貸し切りバスの駐車場が手狭で色々と苦労されている話を伺う。ガードマンを置き、また発着時間の調整などし、事前の申し込みなど事務的にも煩雑で、事故の危険性もあり白ナンバーバスのルール違反などたいへんみたい。京都駅の南の玄関口として色々とデッキ化など計画があったが、なかなか実現しない。観光都市として恥ずかしくないようになんとか整備計画を進めないかんね。しっかり頼むで。
 
 夕方、事務所への来客は、生活クラブ生協エルコープの人。昨日の本会議で全会派賛成して可決、採択された「食品表示制度の抜本的改正についての意見書」の可決までの経緯を説明。「請願」ではなくて「陳情」になった経過や文面が一部修正、変わった経緯、また食品の安全・安心の条例案が提案されてパブリックコメントをすることなど報告。意見書が提出されて喜んでもらった。よかった。
夜は、映画「月下の侵略者」の「耳塚」についての仲尾宏さんの解説をパンフレットの校正が出来てきたので、打ち合わせ。賛助広告を集めないかんな。

12月1日から12月10日までひとくち日記

2009年12月28日 | 日記
●12月10日(木)
 11月市会定例会の会期末の本会議。始まる前に議員会。理事から昨日の市会運営委員会で決まった今日の本会議の順序について説明がある。表決のときに起立したりしなかったりで、えらいややこしくなりそう。
 冒頭中京区のマンション建設に関する請願が採択された後、中小企業金融対策や緊急雇用対策の一般会計補正予算については全会派賛成で起立なしで原案可決。補助金等の交付等に関する条例の制定は共産党が市長の権限で各種団体への補助金カットなどができるという条例項目の削除を求めた修正案を提出。起立は共産党はだけで、原案と条例施行前でも公正性の確保を求める付帯決議を、自、民、公が起立して賛成多数で可決。教育福祉委員会で審議された条例などについては委員長報告の後、共産党の赤坂議員が討論に立ち、東九条地域の小中学校の新築工事について賛成するものの、教育上問題があると討論に立つ。賛成はしているもののその演説の中味がまるで反対のように聞こえる議場の一部が騒然となり、自民の議員が動議を出すか、どうかで相談を始める。おお、これは揉めるぞ。
 さてそれで、工事契約議案や音楽高校の名称変更、児童館の指定管理者の選定については、原案それぞれ各会派賛成で簡易表決されたのだが、東九条小中学校の工事契約について、民主が提出した11月に羽田空港工事で警視庁の家宅捜査を受けた鹿島建設がからんでいたことに関する付帯決議については、共産と民主が起立。1人長期欠席で共産19、民主14で33人、反対の自民21、公明12で33人の可否同数。議長裁定で否決に。さあ、ややこしいよ。児童館の指定管理者についての付帯決議は、自民、民主、公明で可決。まちづくり消防委員会での審議された駐輪場条例などすべて全会派賛成で簡易表決。
 以降、意見書を巡る採決。弁護士会から出されていた「改正貸金業法の早期完全施行」「地方交付税などの総額の大幅な増額」「子どもたちの生命を守るためヒブワクチン及び肺炎球菌ワクチンの定期義務化」「緊急経済・雇用対策の早期実施」「保育制度に関する意見書」、「子ども手当て創設に関する意見書」、そしてぼくも関わった「食品表示制度の抜本的改正」についての意見書7件については、すべての会派の賛成で可決。
 ここからがややこしい。まず「国として直接地方の声を聞く仕組みを保障することを求める意見書」、「高速道路原則無料化の撤回を求める意見書」「鳩山総理の政治資金偽装献金疑惑の徹底解明を求める意見書」については、自民党の議員が討論に立ち、民主批判の演説。自民、共産、公明の国政野党の「新三派連合」で可決。国政与党の民主は立つわけにいかんよね。
 さて、これからまだある。「地方議会議員年金制度に関する意見書」は、自民、民主、公明で可決。「失業給付の全国延長給付の発動を求める意見書」は、なんと自民と共産で可決。そしてさらに「平成22年度予算の年内編成を求める意見書」と「第一次補正予算の凍結解除を求める意見書」は、自民と公明が賛成起立して、共産、民主が起立せずで、はたまた可否同数で議長裁定で可決。いやはやに立ったり座ったりで、ややこしいこと!
 そして11月市会の幕が下りるかなと思っていたら、自民党の富議員が先の赤坂議員の討論が問題だということで動議を提出。共産党の理事の井坂議員も直後に登壇して応酬。最後に大波乱。そこで繁議長が休憩を宣言。さてどういう決着が付けられるか、5、6年前にもこの種のことがあった。その経験があったからか、自民と共産で話が付いたようで、1時間ほどして本会議が再開、議長が議事録を精査するということで、問題解決は議長に一任されることになり、無事にお開き。   2009年、最後の京都市会も閉会宣告。やっと幕が降りたのだ。
 終了後、民主・都みらい京都市会議員団が揃って「京都市予算編成に対する要望書」を第一応接室での3人の副市長らも揃う中で市長に手渡す。
 予算編成の過程の可視化、地球温暖化対策、事業仕分けの導入、観光振興策など政策要望に15項目。区政策予算の充実、経済の活性化、学校施設の改修、留学生1万人構想、保育の拡充など35項目の予算要望ということで、アレモコレモという要望ではなくなったのだ。まあこれも一つの形かな。それぞれの政策・施策の実現に向けて努力してよ!

 午後、国際交流会館の映画「月下の侵略者―文禄・慶長の役と耳塚」の監督前田憲二監督の記者会見。京都上映実行委員会の仲尾宏さんも同席して、地元京都新聞と毎日新聞の記者さんらが取材に。韓国のテレビ会社の京都の駐在員?の女性記者さんも熱心にカメラを回していた。

 夕方、事務所にて、この市会で全会派賛成して可決した意見書「食品表示制度の抜本的改正」の可決までの経緯について、生活クラブ生協エルコープのメンバーと懇談。また「食の安心・安全に関する条例制定」について今後の日程やパブリックコメントのことなど説明。夜は久しぶりにぼーとしてた。 

●12月9日(水)
 明日の会期末の本会議を控えて各会派議員会。とりわけ意見書の調整の調整に手間取りそう。断続的に議員会が開かれて、意見書調整役の藤川議員から報告があり、対処を決めていく。
 自民、共産、民主、公明の4派共同で提出されるもの、或いは取り下げられるものもあれば、自民、共産、公明で可決される意見書もあれば、自民、公明賛成で、民主、共産が反対のものもあれば、自民、民主、公明賛成の意見書もあり、さらに自民、共産賛成の意見書もあり、もう色々な組み合わせがあって、パズルみたい。政権交代がなり、国会の与野党が逆転するとこうなるのか。
 そして京都市会は、現在68人で自民22人、共産20(ひとり欠席で19人)、民主14、公明10人でこれまた微妙。共産、民主が賛成すると議長裁定になるのだ。補正予算や他の議案については、付帯決議も付けられるものもあるが、最後まで意見書の調整が難航。ぼくは7時から熊野神社で市政懇談会を予定していたので気が気やない。ようやく討論結了の各常任委員会と普通予算特別委員会が開催されたのは、午後6時過ぎ。早く終わるであろうと予想していたが、、もうまいった!
 午後7時前、あわてて熊野神社に走る。熊野神社での市政懇談会は久しぶり。近くの聖護院界隈の人やわが応援団の人たち40人ほどが寒い中、来ていただく。まずは、政権交代がなって京都市会がどう変わったのか、今まさにまとまった意見書のことから始まって、補正予算のこと、11月市会のこと、門川市政の課題や左京区役所の移転問題、また「事業仕分け」のことや「分権型陳情」など民主党が目指していることなど、40分ほど喋って、その後みなさんからご意見を伺う。地下鉄のこと、財政問題、外郭団体のこと、知事選挙のことなど多岐にわたる質問とご意見をいただきました。

●12月8日(火)
 朝から議員会。昨夕に自民、共産、公明から提出された意見書案が提出されたが、民主が提案した食品表示制度の抜本改正を求める意見書案入れるとなんと17本。政権交代して攻守入れ替わり、鳩山総理の献金問題などたいへん。民主としては賛成できないものが多いぞ。各意見書案に対して議員団としての方向性を決め、また議案についての態度や付帯決議をどうするか、協議。そして意見書の調整は藤川議員を中心にされて、随時その議論の過程が報告。こら時間がかかるぞ。断続的に議員団会議。
 途中、庁内をウロウロしていたら京都市民栄誉賞を授与された女優の森光子さんが市長応接室から出てこられたところエレベーター前でバッタリ遭遇。ぼくはミーハーなので、「あのお、お写真撮らしてもらってよろしいでしょうか」と話しかけて携帯電話でパチリ。そして「ぼくは鴨沂高校で母が府一でした。どうぞお元気で」と声をかけたら、にこやかな笑顔。嬉しかったね。小柄な人やね。そして元気そう。
 都市計画局の部長から、「京都市葬祭場の建築等に関する指導要綱」の改正について説明を受ける。この間、上高野の葬儀場建設を巡って、請願が採択されたこともあり、改正の手続きが進められてきた。今回の改正は100㎡以下でも周辺への説明会の義務付けと外壁までの2メートル以上離すこと、また緑化を求めることを規定した。一歩前進かな。議員会は午後5時過ぎ散会。明日は意見書の調整を巡ってどうなるかな。
 夕方、過日不慮の死を遂げられた、長年、養護育成教育に携われてきた永井實先生の偲ぶ会の打ち合わせを会場のルビノ堀川で。経糸の会が中心となって2月8日に同会場ですることに。呼びかけ人や会費などを決める。

●12月7日(月)
 11月市会もいよいよ10日が会期末ということで、各会派、議員会を開催。
 わが議員団も山岸理事から今後の日程などの説明を受けた後、普通予算特別委員会の二つの分科会からは補正予算について、また付託されていた工事契約の議案などの審議をした各常任委員会の審議状況や課題についてそれぞれ所属している議員から報告。また毎年この時期は、市長に「京都市予算編成に対する要望書」を提出することになるのだが、その案について報告があり議論。「あれもこれも」という方式を変えて絞り込んだ項目になる。多少の意見が出されて、修正されるところもあるが、10日に提出の予定。
 また意見書については、生活協同組合生活クラブ京都エルコープのみなさんが「食料の自給力向上と、食の安全・安心の回復に向けて食品表示制度の抜本的改正について」国への意見書提出を求めて集めた請願署名は、紆余曲折「陳情」として提出されたが、その意見書を民主が提出するということで、ぼくが案を書く。加工食品の原料トレーサビリイティ原産地の表示、遺伝子組み換え食品とクローン家畜由来食品の表示の義務化を求める、という意見書。議員団としては、意見書提出はこれ一本のみ。
 合間を見て、この間、色々と市民相談を受けていた案件について、担当者と日程調整などで一日過ぎる。夕方は、9日(水)に予定している熊野神社での市政懇談会の案内の作業など。

●12月6日(日)
 朝10時過ぎ、市原野は川島織物前での「第11回バザールいちはら」へ。前原国交大臣も久しぶりに地元に帰っていて、にこやかに地元のみなさんと携帯での写真撮影と握手攻め。ぼくも自治連の役員さんや知人に挨拶。色々と東北部クリーンセンター建設時には色々とあったが、環境政策局、クリーンセンターの職員もブースを出して環境問題をアピールできるようになったのはよかった。
 昼、府会議員豊田貴志君の結婚式。新婦は同志社ビジネススクール在学中の恵美さん。なんと来賓挨拶は、前原国交大臣、山田知事、松井官房副長官で、福山外務副大臣は遅れてきたが、豪華ゲスト。乾杯は細田連合京都会長。豊田君、満面の笑み。7月に出会って9月には入籍という速攻技。特技はポスター貼りと書いてあったが、衆議院選挙のときにデートしてたのかいな。けしからんな!まあいい嫁さんをもらえてよかった。自称「未来のエース」になるのなら謙虚になりや。お幸せに。
 お色直しが3回あったが、3回目に退席しているときに抜けて、地元は、京大時計台ホールにて「大学生・留学生と共に暮らす左京のまちづくりの実現に向けて」の講演会。「多文化共生と新時代」と題して、スリランカ出身で日本国籍を取得したJ.A.T.Dにしゃんた君が、「世界まるごと21世紀日本の常識、世界の常識」と題して、ジェフ・バークランド氏が講演して、その後、鼎談。にしゃんた君、着物がよく似合うがな。ジェフさんはぼくと同年代。留学生として日本に来たときからの人々との出会いやお辞儀や挨拶の仕方など日本の文化を観察、比較しながらユーモアたっぷりの京都弁で会場を沸かした。京大では、今では千人を超える留学生が在籍とのこと、京都では4千人。30年前に留学生問題を調査したことがあるが、隔世の感やね。でも日本社会は、多文化共生社会にはまだ課題があるよね。

 夜は、門川市長も発起人の寺田バレエスクールの高尾美智子さんが、永年のバレエ教育と通じてウクライナとキエフ市との交流に貢献されたということで、日本人として始めて、ウクライナ国立プリンセス・オリガ勲章を受章されてその授与式とお祝いの会。ミコラ・クリニチ駐日ウクライナ大使から授与。30年を超える交流をキエフとされてまたバレエ芸術の振興に尽くされて今年古希を迎えられたというが、まだ40歳代に見えますよ。若々しい。大津での公演を終えたキエフバレエ団や寺田バレエスクールの卒業生たちがお祝いに。天江国際会館館長の達者なロシア語の閉会の辞には脱帽。

●12月5日(土)
 午後、京大時計台ホールで世界人権問題研究センター創立15周年記念で大江健三郎さんの講演会に。「危機を乗り越える文化」と題して、文化人類学者の山口昌男さんやハワイ生まれのテツオ・ナジタ氏の著書を紹介し、またエコロジーや憲法、平和などについて朴訥とした話しぶり。最近は本を読まなくなったが、初期の作品「セブンテーィン」や「個人的な体験」や「ヒロシマ・ノート」は高校時代に読んで影響を受けた。世界人権問題研究センターは上田正昭先生らのご尽力で建都1200年を記念して1994年に開設されたが、当時、ぼくは市会議員として上田先生に薫陶を受けて人権センター設立のことについて論陣を張ったことを思い出していた。21世紀が人権の世紀になりその拠点として、このセンターの発展を願っているひとり。
 
 それから、大津市はびわ湖ホールでのキエフバレエ団の「白鳥の湖」の公演に。ウクライナ国立歌劇場管弦楽団による演奏と舞台で躍動するダンサーたちの踊りに、バレエ芸術がこれほど素晴らしいものだと改めて知った。とりわけ会場が沸いたのは、高尾美智子さんのご子息、11歳でキエフにバレエ留学した寺田宜弘さんの「ベニスの踊り」には万来の拍手。いやはや感動しました。寺田バレエアートスクールはわが地元の吉田山山麓、未来のプリマドンナたちが通っているよ。
 
 夕方、その足で堅田、途中、花折峠経由で安曇川は梅ノ木から久多へ。左京消防団団長、区長らの歳末警戒の激励に同行。久多は12月になっても暖かく気温は9度。いわゆる限界集落とでも言われる左京区の山間部の過疎地だが、5900日を越える無火災地区。団員さん手づくりの美味しい栃餅の  ぜんざいをご馳走になる。携帯が使えるようになった。そして夜の山岳ドライブ。能見峠を越えて左京区最北の広河原消防分団を激励し、さらに「ふるさと森都市交流の森」での花背消防分団を激励して帰宅したら夜の10時。

●12月4日(金)
 今日は市会会期中だが、常任委員会は交通水道とまちづくり消防委員会が開催されていたが、ぼくは委員会なし。事務所で雑務するも、パソコンの調子がイマイチ悪く友人の高橋美充さんに色々と点検してもらう。買い替えの時期みたいやね。
 
 午後は、韓国民団京都府本部主催の「民族文化大学」に参加。「地方参政権獲得運動の根本問題」として希望の家保育園の園長で東九条マダンの実施などに努力されてきた崔忠植さんの司会で、桃山学院大学名誉教授の徐龍達さんの講演を聞く。崔忠植さんとも長い付き合いになった。徐先生とは飯沼二郎先生を偲ぶ会以来の再会。「在大阪韓国人の生活を守る会」で公営住宅入居資格や児童手当の受給資格など在日の権利保障や、こころのカベと国籍のカベを克服するべく人権擁護運動に取り組み、また地方参政権獲得への運動の経過について、また地方参政権が日本の国際化と「近代市民社会」を実現できると力説。
 ぼくが市会議員として国籍条項の撤廃や民族教育の保障など在日の人権問題について本会議で言及したのは、1990年のこと、そして京都市会が「定住外国人に地方参政権を付与する特別立法の制定に関する意見書」を採択したのは1996年の2月市会のこと。今では約千の自治体で決議や意見書が出されているが、講演会の後の懇談会には、福山外務副大臣も飛び入りで参加、前向きに検討をしていると表明。ようやく民主党政権になって、実現の可能性が出てきた。「定住外国人の地方参政権が認められるならば、日本社会は国際国家としての発展の基盤を強めるにちがいない」という徐龍達氏の言葉を心に刻んでおきたい。

●12月3日(水)
 11月市会も会期末を迎えて付託された議案や請願を審議する常任委員会がそれぞれ開催される。10時から教育福祉委員会。まずは教育委員会の付託された議案、京都市立音楽学校の名称を二条城近くの元・城巽中学校跡に移転するのを機会にホリオンという伝統名で親しまれてきたこともあり、京都堀川音楽高校に名称を替えるという条例とPFI方式で小中学校の耐震化事業の工事契約、また東九条地域の小中学校の新築工事請負契約について審議。その後、過日、中学校教員が買春容疑で逮捕されたことについて報告。
 保健福祉局は、付託された議案は、市内32箇所の児童館の指定管理者の指定について。株式会社なども応募しているが、概ね京都の地域に根ざした、社会福祉協会や社会福祉協議会など選定されているので妥当かな。また市職員が公用車で自動車事故を起こしたので、その損害賠償の額の決定も。任意保険には入ってないからかなり高額になるのだ。
 理事者報告は、この春不正流用が発覚した保育連盟に対する援護費の支出に関する調査報告書が提出されて返還額の説明など。これで一件落着かな。そしてプール制の検討委員会の答申も12月末には出そうだが、京都の保育の質をどのように守るのか、議論は続く。そして予算措置がどうなるのか、今後見守りたい。またぼくの委員会で昨年来議論してきた「京都市食の安全安心に関する条例(仮称)」骨子案が示された。1月4日までパブリックコメントを受付中。どんどん意見を送ってください。
 
 3時の休憩前に前から招待を受けていた友人の松本曜一君の娘さん、あゆみちゃんの結婚式に走る。新郎は、元会社員で31歳のときに仏門に入り現在は根室の真宗大谷派の別院の勤め、いずれは下京区の圓徳寺に入寺する佐藤邦敬君。松本曜一君とは「あらくさ」という福祉施設を立ち上げたあと、京都の岡崎別院で暮らしているときからだから、もう30年を超える付き合い。すでにあゆみちゃんは昨年春に入籍して長男も誕生しての披露宴。お祝いのスピーチをして乾杯をした後、4時前、委員会に引き返す。
 
 委員会では、共産党の議員が紹介議員の、生活保護の母子加算復活や敬老乗車証使用区間の拡大などの請願が審議されていて、それぞれ理事者から説明があり審議するが、すべて留保ということに。そして最後に生活クラブ生協京都エルコープから出されていた食品表示制度の抜本改正の意見書の提出の陳情について説明があり、ぼくは資料要求をして、各会派の委員に意見書採択への協力をお願いする。終わったらなんと6時前。外は真っ暗。

 夜、事務所では、遅くなったが、この10月に巡幸した「十二提灯子ども神輿保存会」の直会。簡単に会計報告をして反省会。12月19日に予定されている神社庁主催の天皇在位20周年の奉祝記念で吉田の剣鉾を差すことになったのでそのことで大いに盛り上がるが、ぼくは昨夜の痛飲でダウン気味。早々に帰宅して寝る。

●12月2日(火)
 補正予算を審議する普通予算特別委員会が二つの分科会に分かれて開催。ぼくは第2分科会。保健福祉局の補正予算は、13億5千万円。そのうち新型インフルエンザ対策としてワクチンの優先接種者の対象者約62万人のうち、低所得所帯に対するワクチン接種費用の無料化に12億8千万円。内訳は、生活保護所帯1万8千人、市民税非課税所帯19万人、2回分で6150円を免除するという予算。また保育園などに空気清浄機や消毒器の設置で一箇所25万円、雇用対策として1億円余、インフルエンザ相談窓口業務などや保育料納入勧奨業務として民間会社に委託して電話するという。140人ほどが3ヶ月ほどの雇用を生むという。中野洋一君が、質疑に立つ予定だったがダウンして欠席したので急遽質疑に。この間の流行状況、10月から始まった優先予防の接種状況、また非課税所帯者の接種の広報や児童館・学童クラブへ消毒器の設置への補助について質疑をする。
 都市計画局は雇用対策で、市営住宅家賃滞納整理強化に140万円。2人で一日8千円、法的には12か月を超えると明け渡し請求が提起されるが、電話や各戸訪問をして相談や指導をするというもの。アルバイト職員の権限の問題と、以前は市会で訴えの提起の議決を行われてきたが、市長専決事項になったその効果について質疑をする。また教育委員会は、雇用対策で給食調理員の募集に2400万円、日給8千円で40人。学校図書館運営支援事業として、司書の資格のある人5人を雇用、日給6千円で200万円。学校図書館ボランティアを巡回指導、図書の整備などもする。また学校施設の補修事業ペンキ塗りなど30人。1500万円、一校当たり15万円で100校の計算。5人グループで材料費5万円で30人を雇用。緊急雇用対策としていづれも3ヶ月ほどの短期雇用でハローワークなので募集するそうだ。
 
 夜は、鴨沂高校卒業の市役所の退職した親しい先輩や、同世代、後輩の職員らとの飲み会。ちょっと飲みすぎた。

●12月1日(火)
 もう今日から師走。暖かい師走の入り。朝、自転車で市役所へ。鴨川沿いに走るのも気持ちがいい。
 10時からKBS京都放送局のテレビ中継のある本会議。自民党は加藤、田中英之議員、昼から共産党の倉林議員に、とがし議員が質問に。それぞれ予算編成に向けての取り組みや財政、少子化対策、雇用、インフルエンザ、地球温暖化対策などについて質問と答弁。
 そして3時の休憩の後、わが議員団を代表して山本恵と青木芳香議員が登壇。わが学生時代からの悪友の山本恵は、代表質疑2回目か。昼休みに別室で読み上げ練習をするのにも付き合いアドバイス。地域主権時代における行政経営のあり方として、京都市人材活性化プランに関して、人材育成と市政経営の在り方について質問した後、南区の東九条地域をモデル地区にして、多文化共生のまちづくりを目指そうと熱弁をふるう。東九条の歴史と現状、そして留学生が居住する今後のまちづくりについて真正面から政策提言したええ質問だったと思うよ。最後に彼の友人が書いたという南欧の雰囲気の漂う京都駅南口周辺の絵を紹介したのも愛嬌。
 芳香議員も2回目の代表質疑。お母さんも心配そうに傍聴に来ていた。彼女は、鳩山政権にとっても「一丁目一番地」の政策である地域主権をテーマに地方交付金や税源移譲のこと、事業仕分けのこと、または地球環境問題にける「鳩山イニシアチブ」の実現に向けての温室効果ガスの削減の取り組み、有料指定ごみ袋制度の導入と財源の活用、また児童ファミリーホーム事業や里親制度、さらに企業の社会貢献活動CSRとの協働政策について落ち着いて質問に立った。よく勉強したね。答弁は、それぞれイマイチだったかな。
 その後、公明党は日置、曽我議員がそれぞれ質問に。全般的に政権交代を巡る野次合戦もそれほど激しくはなく、睡魔との闘いだった。散会したのは5時前。長時間にわたる本会議だった。腰が痛いよ。

 夕方、事務所にてこの間サボっていたひとくち日記の打ち込みや議案の資料を読んだり。

師走ですね

2009年12月25日 | 日記
 京都市会議員の鈴木マサホです。
 一年は早いものですね。
 もう師走です。
 この3週間ほどウイルスに攻撃されて
 更新をサボっていました。
 なんとか友達に助けてもらって
 ホームページをリニュアルしました。
 また、このブログでひとくち日記を再開します。
 今後とも、よろしく。
     
    京都市会議員 鈴木マサホ

ひとくち日記 再開します。

2009年12月25日 | 日記
 ウイルスにアタックされて、いささか消耗していました。
 ようやく再開します。