故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

わがやの守り神

2016-03-31 05:35:57 | よもやま話


わがやの守り神です。
ジージこれ誰と問われそうな出来栄えです。
勝手に描いたりして。もっと可愛いのに。
と孫娘から文句の一つも言われそうです。


清々しい朝です。
やっと、想いがかないました。
新しい恋人ができたのではありません。

仕事が見つかりました。
自分にピッタリの仕事です。
想いは通じるものです。
よくぞ、見つけてくれました。
これで、イチローと同じ立場です。

使ってもらってなんぼ。

ことの他、妻が喜んでくれました。
やっと、念願がかなって畑仕事ができる。それもドーム一個分の畑。
本当のところ、これからどうやって食べていくんだろうと真剣に心配していたことでしょう。
野菜を作って食べさせてあげる。心配しないで。
良かったね仕事が見つかってとおまけです。

ブログは、引っ越しの合間を縫って書くことになります。

末娘が、仕事が見つかったのを喜ぶ前に、ごめんねと言いました。
私達が、結婚を反対しているから、いっしょに住むのを嫌がっているから、
無理をして仕事を見つけたんじゃないかと。

ノー、ノー。それは違います。私、好きな仕事見つけました。喜んでください。
急に覚えたての日本語で話す外人になりました。良い娘じゃないか。
もっと早く気づいてくれよ。は言えませんでした。ごめんね、心配かけて。
もう、お前たちは大人です。立派にやっているよ。安心です。

思ってもいないくせに。と返されました。

へえ、へえ。

プロジェクトに入る前は、いつも逃げ出したい気持ちとの葛藤です。
やれるかな。いや、やってやる。
最後の仕事は、とってもやりがいがあります。途方もないほど遠い道(未知)になりそうです。
使ってもらってなんぼ。と喜んでいます。

あさやけに 透明空気 はやりたつ

2016年3月31日



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めんそーれ

2016-03-30 10:22:33 | よもやま話


沖縄県那覇市の路地裏で、この凛々しいシーサーに会いました。
馬の骨にもあいさつしてくれたような。
そりゃ、どうも。こんにちは。


山形県酒田市出身の友人に、
「すし」と「すす」の発音を実演してもらったことがありました。
すしが「すす」に聞こえ、すすが「すし」に聞こえました。
違いを分かるように説明しながら、発音してもらって何とかわかったかな。
と記憶しています。
寒いから、あまり口を大きく開けないで喋るとそうなると聞きました。

沖縄では、「ん」から始まる言葉が多いと知りました。
沖縄に何度か行くようになって、そうだろうなと思うようになりました。
芋のことを「んむ」、澱粉のことを「うむくじ」と言うそうです。
午後1時になると、「方言で話すニュース」をやっていました。
沖縄言葉は、優しい感じがしました。
飲み屋さんに毎日行って、カウンターに座り、次から次に来る独り者に話しかけられ少しずつ覚えました。

結婚式には本土の人も来るんだから、「じっちゃく」と言っちゃいかんぞと精米工場の偉いさんが言われていました。
「勢理客」と書いて、「じっちゃく」と読むのです。
バスの中の停留所案内でも、「じっちゃく」と言ってるし、いいんじゃないと思っていました。

外国に行くと、フランス語、イタリア語とスペイン語は似たように聞こえます。
ドイツ語とオランダ語も似たように聞こえます。
ケパブを食べにトルコ料理店に入りました。英語で注文しようと試みました。
トルコ人のような顔をしたドイツ人が「ここはドイツなんだから、ドイツ語で注文しろ」と英語で言いました。
お客のフランス人が、私の希望を英語で聞いてドイツ語で注文してくれました。
訳がわかりませんでした。やっとケパブを手にして、私はいくぶんふくれて店の人にありがとうとドイツ語で言いました。
店の人も、お客も私も大笑いしました。

どこに行っても、言葉で困ります。
でも慣れっこです。身振り手振りでなんとかなりますから。ただ、笑顔は絶やしません。
スイスのチューリッヒ駅の地下道で、強盗に会いました。
彼の武器は、「エイズ菌の入った注射器」でした。
英語で脅されました。私は、いつまでも「なんのことか、わからなーい」と身振り手振りで応対しました。
そのうち、通行人が来て彼は立ち去りました。

今日のタイトルは、「めんそーれ」です。
沖縄言葉で、「いらっしゃい」という意味です。
ただそれだけのことです。

英会話 ただひたすらに 笑顔だけ

2016年3月30日

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娘を嫁に出す

2016-03-29 06:51:56 | よもやま話


我が家のおひな様です。
ベランダにひそと生きています。
「これからぞ」とタイトルをつけました。
寒い冬をじっと耐えています。



今日のタイトルは、「娘を嫁に出す」です。
私には、娘が3人います。
どの子も個性豊かです。
それは、親だからいえることです。
人から見れば、どの子も似たような女の子として育ちました。

長女は、パイオニアでした。先頭をきって、親と葛藤を繰り返してくれました。
一番かわいがったと思います。なにしろ初めての子で手をかけました。
いじくりまわしたとも言えます。良い子でいなくてはとプレッシャーを感じていたと思います。
いろいろとやってくれました。嫁に出した時は、ほっとしたものでした。
旦那を連れて我が家に帰ってきた時は、心底がっかりしました。
この子にとって、親が反面教師でした。多くのことを親から学んだことでしょう。

次女は、石橋をたたいて渡るような子でした。
長女の奔放は、彼女の生きる教科書でした。
これをしたら、親に怒られる、褒められる。を感じる子でした。
出かける時、いつも洋服が決まりませんでした。
完璧主義者として育ちました。
一つ躓くと、それが命取りになるような性格でした。
この子は、大人になってから初めて自分の足で歩くようになりました。
当然、失敗を繰り返しました。今でも世間知らずです。
唯我独尊とも言えます。失敗を繰り返したことが、この子の厚みを増しました。
やっと、石橋もすすっと渡れる子になりました。

長男は、今日のタイトルの主旨から外れます。飛ばします。

三女は、良くできた子になりました。
おまけに生まれて来たような子でした。
学校で、「思い出づくり」の宿題が出ました。
載せる写真が本当に少なかった。誰かと映った写真を使っていました。
親もほったらかしでした。一人で育ってくれました。
いや、上の三人が育ててくれたとも言えます。
家族の和を大事にする子になってくれました。
長男のお姉ちゃんのようです。
長男は、この子に頭があがりません。

次女が嫁に行きます。
そんな時があの子にも来たかというのが、実感です。
素直に良かったと思います。
幸せになるんだよと応援したくなります。
段々、子どもにしてやれなくなりました。
一人で、段取りをしています。
男親一人では、限界があります。
細やかさにかけるのです。
しかりながら、ごめんねと心の中で話しています。

今日は、次女の婿さんの家族と「顔あわせ」です。
あの子に迷惑をかけないよう、慎みながら堂々としていましょう。

娘を嫁に出す。
亡きかみさんに報告してやらなければなりません。
あの子もやっと嫁に行きますよ。
婿さんに会ったけど、素晴らしい男だったよ。と。

冒頭の絵は、娘へのはなむけです。


頑張れよ 帰って来るな いちご雛

2016年3月29日


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特別扱い(Part2)

2016-03-28 05:49:50 | よもやま話

雪深い山里は、一時に花が咲きます。
アスパラガスのような不思議な植物を見つけました。
蜘蛛の巣のように枝を伸ばし、花を咲かせていました。



一本の草の自由奔放な枝ぶりが気に入って絵にしました。
この植物は、インパクトがありました。

今日のテーマは、「特別扱い Part2」です。
自分の中のこだわりのような「特別扱い」について書きます。

かつて可愛がってくれた先輩がいます。
「こいつは素晴らしい男だ」と出会う皆さんに紹介してくれました。
自分が嫌いな真っ最中でしたから、面食らいました。
私は、くっついて酒を飲んだり麻雀をしていました。
おおらかな性格の先輩でした。

特別扱いの延長に親友がいるのでしょう。
妻を特別扱いすることができません。
少し照れくさいからです。
たまには喧嘩もするでしょう。

特別扱いの延長に趣味があり、高じてオタクとなるかもしれません。
その人にとっては、とっても大事なことなのです。

譲れない。こんな気持ちになることがあります。
自分のなかにあるこだわりです。
損も得もないような境地です。
「気に入った。できるだけのことをさせていただきます」となります。
長い人生ですが、そんなにあるものではありません。
貴重な出会いです。
自分の中で大事にしていることの具現化です。
この人とならやれる。
例え裏切られても、事情があるのだろうと許せます。

特別扱いは、自分へのこだわりです。
恋とは少し違うようです。人間の尊厳にかかわることです。
頭があがらない人がいます。特別扱いを受けた人のことです。
その人は誰にもそうなのかもしれませんが、自分には特別だったのです。

こだわりには、嘘がありません。
その人らしさです。
どこまで応えられるかは、自分次第です。
自分だって、日々変わります。
体調だって、万全とはいきません。
できることをできる時にとなります。明日はわからない。
そんなときでも優先順位があります。何がなんでもとなります。
そうして両親は育ててくれました。

こだわりは、多くの場合「小さいことに執着して融通がきかないこと:広辞苑より」になりがちです。
これでは、解放されません。
特別扱いはこだわりであってはならない。
もっと、大きな世界観のようです。世界観と言っても自分のなかでのことです。
器(人物の大きさ)といっても良いかもしれません。
ここまで来ると、自分では致し方ないものとなります。

特別扱いは、できるようでできないとなります。
やはり精一杯のことです。いつもはできない。
「特別扱い」を感じたら、感謝の念でいっぱいになります。
それが当たり前のことです。
自分が、この人を特別扱いしていると自ら思うことは傲慢とも言えます。
できることではないからです。

心のどこかでスイッチが入ることがあります。
気まぐれのようでもあり、普遍の気持ちのようでもあります。
人それぞれが大事にしていることとしか、言いようがありません。
大事にすることが多いほど良い。
人の価値観にも寛容になれます。

染まるようで、染まらない距離感が求められます。
長続きする特別な想いでしょう。
温かい気持ちです。

特別扱いは、その人が持っている人生観そのものです。
大事にしながら、冷めた目も持ち合わせるのがよいでしょう。
もっと、大きな特別扱いのために。

おにぎりを 分け与えても 明日はどう

2016年3月28日

2015年9月24日投稿記事「特別扱い」を参照ください。

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状況判断

2016-03-27 18:21:53 | よもやま話

白鵬が変化によって、勝ち優勝しました。
ぶつかり合って、勝負を決めてほしかった。という声もあります。
変化した白鵬は、インタビューで「反省」という言葉になりました。
まともにやっても、今場所の日馬富士だったら、白鵬が勝ったんじゃないかと思われます。

今日のテーマは、状況判断です。
広辞苑によると、
「ある目的を達成するために、諸種の状況を判断する」と説明されていました。

ある目的が、ピンポイントだとプレッシャーを感じます。
上手く行かなかった場合を心配します。
目的に幅があると、楽しめます。

目的に幅を持たせるには、どうするか。
私は、まず動き始めるタイプです。
動くことによって、目的の困難さがより鮮明に見えてきます。
動かないで考えていると、できることが見えてこないからです。
できることが見えることで、困難さの幅が狭まります。
つまり、プレッシャーが少し軽くなってきます。
気持ちの持ち方に余裕が出てきます。
上手く行ったら、ラッキーとなります。

困難さによっては、目的を変更せざるを得なくなります。
その目的は、元々無理があったと気づきます。
潔く、脱帽します。

たまたま上手く行った時のことを考えてしまいます。
同じような困難さに出会ったとき、次はきっと上手く行かないでしょう。
困難さを知ることは、次に同じようなことがあった時の「状況判断」につながります。

ごまかさないで困難さにぶつかれば、真の目的に気付くかもしれません。
一生懸命やることが楽しくなるかもしれません。
状況判断は、目的を達成するためにあるだけじゃないと考えます。
目的を定める時の心の変化を高めることにもなるでしょう。

初め定めた目的よりさらに高い目的を見つけることになるかもしれない。
これがやりたかったんじゃないかとなります。
この状況判断は、目的達成のための状況判断よりもっと役に立つことだと考えます。

いずれにしても、ごまかさないでぶつかることです。
白鵬は、何を考えたのでしょう。今でも偉大な横綱です。
来場所が楽しみです。

ルーチンが 大事とばかり シャンクかな

2016年3月27日

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