故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

楽しいことは苦しい

2014-12-27 05:40:01 | 短編小説

早起きの皆さん、
さなさんを読んでくださりありがとうございました。
舞台は、私が二十歳まで過ごした能美島でした。
広島市宇品港から約18Kmの離島です。
今でこそこの島の魅力が理解できますが、
当時はコンプレックスの塊でした。
何か他にあるはずだと40年間走り続けて来ました。

私の今を育んでくれた「原風景」は、この島にありました。
この島で過ごした幼少年期を面白可笑しく書いているうちに
一つの小説になりました。
私小説でありながら、誰もが共感できる一般性を持たせようと
しました。一般性は、この島を出てからの体験に基づくものです。

主人公のさなさんと伊藤も、時代の波に洗われて力強く生きていきます。
どのように生きたかという足跡を追うような小説ではなく、
一生懸命生きるのは何故か、こういうことだったのかと振り返るような
物語が書けるようになりたいと思います。

「さなさん」を一生懸命書いていたのは、前の会社をリストラされて、
「さてこれからどうやって生きていこうか。」と模索していた時でした。
捨てる神あれば、拾う神ありです。
「生きる」ことは、楽しいことです。苦しいことでもあります。
皆さんの「こういうことだったのか」に気づき、拾えたら幸せです。
次回作をご期待ください。

2014年12月27日

「さなさん」作者
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さなさんー21

2014-12-26 05:54:22 | 短編小説

第二十一話 カラス

翌日、血清が桟橋に届きました。
さなはそれを受け取り、急いで坂道を
登って行くのでした。
途中さなは、血清の壜を落としそうになりました。

「優しかの君 ただ独り 発たせまつりし 旅の空。」
さなは、落としてしまいたいと一瞬思っている自分に驚きを隠せませんでした。
血清がなければ、自分が伊藤を看病できると考えたのでした。
医者が待っていました。血清は、伊藤に打たれました。
二日後、いつもの伊藤に戻りました。
光男をはじめ家族全員が喜びました。
女達は、いつもの笑顔を取り戻しました。

「よかったのお。猫のたまちゃんはいだらけ。」
光男も笑えない冗談を言いました。
光男が顔を上げると、兄貴を心配した忠が軒先に立っていました。
さなには、大きな疑問が残りました。おかめの刺青。
そのことは、家族には黙っていました。

夏の終わり、さなは補習のため家から県女に通いました。
坂道を駆け下りる姿は、白いリボンをしたカラスのようでした。
朝早くから農作業に出ている近所の人たちは、
さなが降りていく姿を見ながら、笑顔になり

「カラスが、はやっていくわい。」
と独り言を言うのでした。
さなは、落下傘のスカートが嫌いでした。
お尻が大きいせいだと思いこんでいました。
江田島湾に白い筋が流れていました。
紫色の古鷹山の向こうには、早くも入道雲が出ていました。
風はなく、くまぜみが鳴いていました。

 いつかよき日

伊藤と光男達島人が造ったこの要塞は、まったく無意味な構築物に
なったのでした。
戦艦大和を造った軍港呉をもち、陸軍の要衝の地でもあった広島は、
終戦の年まで一度も米軍の空爆を受けませんでした。
この要塞の重火器は、時折飛来してくる艦載機グラマンを一度だけ
墜ち落としました。
落下傘で能登呂山に降りた米軍兵を、光男たち島人は、
鎌と竹やりで捕虜にしたのでした。
すべての答えは、昭和20年8月6日に米軍機B29から落とされた
新型爆弾でした。米軍は、新型爆弾の被害状況を知るために
京都、長崎、広島をその候補として、最後まで空爆しなかったのです。


1章終わり。

2013年7月26日。初稿作。
2013年10月1日。故郷バージョンとして改訂。
2013年10月8日。故郷バージョン、会話挿入として改訂。
2013年10月17日。時系列を考慮し、校正。
2013年11月5日。1章の最終校正をし、仕上げとする。
2014年10月24日。友人のアドバイスもあり校正、改訂。

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さなさんー20

2014-12-26 05:46:40 | 短編小説

第二十話 おかめ

さなは、伊藤の額にのっているタオルをたらいの水に浸し絞って
額に戻しました。何度も繰り返しました。
冷たくなった手でほほに触り冷ましてあげました。
布団の周りには、寝巻きと着替えが用意してありました。
蒸して寝苦しい夜でした。
月が昇り始め、明るい夜でした。
伊藤は汗びっしょりでした。
さなは、伊藤の身体の背中に手を回し伊藤の身体を前向きに
位置を変えました。
濡れた寝巻きをはがすようにとりました。

伊藤の背中に、顔が浮かんでいました。
そこには、おかめの刺青がありました。
月明かりのなか、さなはそれをしばらく見つめていました。
さなの知らない、およびもつかない伊藤の人生を見たように思いました。
伊藤が、どんなに暑い日でも行儀よく上着を着ていたことを思い出しました。
伊藤は相変わらず弱い息遣いでした。
さなは、新しい寝巻きをおかめの顔を覆うように着せ掛けてやりました。
 おかめ

「伊藤さん、ほんにありがとう。」
さなは、思わず伊藤のほほに自分の冷たいほほを重ねていました。
そして身体を寄せていました。伊藤は相変わらず苦しんでいました。
そっと伊藤の身体を元に戻しました。
タオルを代えて見つめていました。
母がそっと部屋に入ってきました。

「あとは、うちがやるけえ。」とさなに寝るよう、うながしました。
さなはもっとそばにいたかったのですが、母のいうとおり自分の部屋に
戻りました。胸がどきどきしていました。

(つづく)
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さなさんー19

2014-12-25 05:06:03 | 短編小説

第十九話 生きている 

さなが動き出せたのは夜中でした。長い時間寝ているようでした。
伊藤の連絡で、広島の病院に血清の手配がされていました。
さなは、足の先に多少の痛みと腫れを感じました。恐る恐る
噛まれた足を動かし、指を確かめるように動かしました。
「うちは、生きとる。」
さなは、大事にはいたりませんでした。
自分は助かったと思いました。
伊藤の処置がすばやく正確であったからでした。
さなは、伊藤の処置を思い出し顔が火照るのでした。
そして伊藤に強く感謝の気持ちが沸き起こってくるのでした。
さなは、起きだすことが出来ました。
普段どおり歩けました。
両親にそのことを伝えに居間に向かいました。
二人とも居ませんでした。

  ありがとう

さなは、離れの伊藤の部屋に向かいました。
両親は、伊藤のふとんのまわりに沈んだ顔をして座っていました。
蚊帳が吊ってありました。
さなが現れると両親は驚いたように顔をあげました。
さなが回復していることを伝えると驚き、やがて喜びの目に変わりました。
娘はなんでもなかった。感謝の目を二人は、伊藤に注ぐのでした。
伊藤の顔は普段の2倍にも膨れ上がり紫色に変色していました。
息をするのがつらそうでした。

「顔や首の回りが熱うなってきた。ほっぺたも、ちいとかとうなってきた。」
「大丈夫じゃろう。」
と光男が二人に言いました。
伊藤は、歯の治療ができていなかったのでした。
仕事が終わるのを待って治療をする予定でした。
二人は、さなを残し居間に戻って行きました。

(つづく)
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さなさんー18

2014-12-25 02:35:17 | 短編小説

第十八話 お弁当

「さな。できたけえ。持って行きんさい。」
さなは、農作業の合間をぬって母が作る2人分の弁当とお茶を
毎日山の上まで届けていました。
伊藤は大変だからもう良いと何度もさなに伝えるのですが、
さなは頑として譲りませんでした。
昼間も伊藤に会えるのが楽しみで仕方がなくなっていたのでした。
「花も嵐も乗り越えて。」と二年前に空前のヒットになった
旅の夜風を口ずさみながら、沢伝いに緑の中を登るのでした。
緑の中に、日の光をかすかに通すトーチカが出来るのを見て、
さなはなんと美しいと思ったり、
こんな残酷なものが必要なのだろうかと思ったりしました。
でも決して口にはしませんでした。

事件は突然起こりました。さなが、弁当を届けるために、いつもの
ように頂上への道を急いでいた時です。緑の中から、道一杯になって
トラックが降りてきました。
中には、伊藤と光男が運転手と共に見えました。ゆっくりしたスピードでした。
さなは、よけるために道の端の茂みに降りました。
湧き水がわずかに流れていました。さなは、もんぺに靴を穿いていました。

 お昼だよう

「せまいんじゃけえ。」
さなは、何かちくっとつま先に感じるものがありました。
向かってくるトラックに手を振りました。
さなは崩れるように倒れてしまいました。
トラックは、急ブレーキをかけて止まりました。
中から光男と伊藤が降りてきました。
伊藤は、さなの足元に動くものを発見しました。
蛇です。
頭は三角で、さなの靴に牙が刺さったまま逃げ出せないでいました。
伊藤がはがして、光男が持っていたハンマーで頭をつぶしました。

「さな。たいしたことは、ないけんの。がまんせえよ。」
光男が叫んでいますが、さなにはよく聞こえません。
伊藤は、すぐさま頭に巻いていた手ぬぐいを取って、
さなの腿の内側を縛り上げました。
靴をゆっくり脱がしました。
さなの右足の親指と人差し指にまたがって歯形が上下に4つついていました。
すぐさま、伊藤は足の指を口に含み思いっきり吸い上げました。
何度も吸い出しました。
指にやけ火箸を当てられたような激痛が走りました。
みるみる紫色に変色していきました。
さなは、激痛の中でも、若い男に指を吸われていることで
身体の芯がはじけるような感覚を覚えました。
橙の木で感じたものと同じ感覚であることに気付きました。
意識が失われて行きました。

(つづく)

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