故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

家が半分片付いた

2019-04-29 08:48:29 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「これが飲まずにおられるか」です。
今日も仕事を終えて、美味しい酒を召し上がってください。
そう、なにもかも忘れて、飲もうではないか。


今日のタイトルは、「家が半分片付いた」です。
連休中に、訪問者が二組あります。
私たちも来訪を楽しみにしています。
冬の間、とりあえずと置いてしまった数々を必要なものと使えないものに仕分けしました。
誰かが来てくれると片付きます。
今回は、一週間かかりました。
来訪者が来てよかったと思ってくれるとよい。

朝早く、たらの芽を採りに山に入りました。
私達には充分な収穫でした。
一緒に行った方たちがお客さんへ食べさせてと分けてくれました。
それでも多いので、カフェの来店者にてんぷらで出させていただきました。
山に登るには、普段使わない筋肉を使います。
山も荒れているので、しっかりと足を上げないと前に進めません。


この地に来て4年目を迎えました。
多くの人に会いました。
お会いした人の10%の似顔絵を描かせていただきました。
やることは山積しています。
悩むことはありません。
少しずつやればよいのです。

なにしろ、「家が半分片付いた」からです。
家が片付くと、外に眼が行き、今度はこちらと元気が湧いてきます。
頑張りましょう。

草を抜き 土を耕し 胸がすく

2019年4月29日
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当事者

2019-04-27 07:10:37 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「嫁に来い、いや婿だ」です。
素敵な女性です。
長男長女の結婚が当然の中国では、どう考えるのでしょう。


タイトルが浮かばないまま、書き始めることになった。
仮のタイトルではあるが、「当事者」とする。
当事者とは、
その事または事件に直接関係をもつ人。
(広辞苑より)
民泊の相談に保健所に行った。
民宿は旅館業に近く、建築基準法や消防法において厳しくなる。
民宿の一つである農家民泊(農泊)は、農業従事者が経営者である。
自治体と協力してお客さんを誘致する。
お客さんを呼ぼうにも地域内に泊まるところがない、
食べるところがないと始めた苦肉の策であった。
近くの村で農泊を営む女将が、保健所にすぐに行けと言われた理由が分かった。
旅館業を選択する能力がないことがわかった。
民泊を選ぶことになるだろう。

テレビを観ても、本を読んでも感じない臨場感があった。
私は、当事者である。
自分がやりたいと思っていることを保健所の方に話した。
地域活性化の一つとして、民泊をしたいと考えた。
都会の人に美味しいものを知っていただくには、来ていただかけなければならない。
美味しいものを介して、六次産業化に替わるアイデアを実現したいと考えている。
カフェの経営方針は、地域の方にアピールしリピーターとして来ていただく考えでやっている。
人口が少なく、経営が成立する顧客数を確保するのは至難の業である。
私の考える民泊は、基本的には素泊まりである。旅客が自分で料理することもできる。
地域の食堂に行ってもよい。カフェで食事をしてもよい。
いずれも、地域の美味しいものを食べることに変わりはない。
私たちは、美味しいものの食材と料理法を紹介するだけである。
食材には、旬がありいつもあるものではない。
温泉もある。面白いものがある。楽しい人がいる。
それぞれ紹介できるのである。
都会から一時間で来られる地の利もある。

関係力が、地域活性化の一つであると言われる。
それぞれの方法で、「関係力」を作るのである。
若いころ、都会に出て成功された人もいる。
故郷会の方々のことである。
その方の話す故郷の物語を子供や孫に体験してもらいたい。
少なくとも父や母の育った故郷に触れていただきたい。
都会ではできないことがある。そんなことが、田舎ではできることもある。
やってみたいことをあきらめなくてよいのだと伝えたい。

イベントではなく、生活に基づいた人間の生業のなかで実現したい。
私たちは、一年目は1500人、二年目は2000人を実現し、
今年は2500人の集客を目指している。
気の長い、生活の匂いがするイベントの一つと考えている。

私たちは、当事者である。
地域活性化を唱える論客ではないのである。
小さな成功を積み重ねているだけである。

こぶし咲く 山川に来て また帰る

2019年4月27日
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たんぽぽハンター

2019-04-26 02:25:02 | よもやま話

絵のタイトルは、「天真爛漫」です。
今が旬でしょうか。
多くの年月を要して気づくのでしょう。


毎日、たんぽぽの花を見つけるや根こそぎ削っています。
なずなも同様です。
はた目には、異常に映るかもしれません。
隣りのばあちゃんの教え「黄色いものをやっつけろ」を守っています。

暖かくなり、万物が動き始めた。
近くでエンジンをふかす車かと思いきや、カメムシの羽音でした。
蜂が、ベランダを物色している。きっと、新しく巣を作るところを探しているのだろう。
耕そうと、耕作放棄地である畑に放置されていたトタンを剥がしたら、蛇が二匹慌てて地中に潜った。
きっと、トタンの下でぬくぬくと惰眠をむさぼっていたのだろう。

冬の遺物の片づけを急いでいます。
伐った枝の片づけ、保管していた野菜を畑に肥料として返しています。
食糧として、新たな種として保管していた豆やエゴマが虫にやられました。
コンポストに生ごみとして捨てています。

ゴールデンウィークに子供や友人が訪ねてきます。
冬の間、とりあえずと平面に置きためた数々の品物を分別しています。
残したいものと決められないものを入れる棚を作って、立体的に保管しています。
快適に寝られるスペースを作る作業と言ってもよい。

やることはいっぱいある。
寒いからと、まだよいだろうと放置していたことばかりです。
一つずつ片づけています。
できなかったことができるようになったと喜んでいる。

大事に育ててきた冬越しのキャベツの苗がどんどん育っている。
端境期に取り入れるつもりで育ててきた。
風により、網が少しめくれていた。さっそく一羽の紋白蝶が入っていた。
慌てて追い出し、網に重しをしたと妻から聞いた。

山の中の道路を車で走っていたら、多くの獣が交通事故にあい、
車道で死んでいるのもこの季節です。
死んでいるのは、決まって雄だと先輩から教わりました。
雌は車をかわしても、雌の姿(けつ)しか見ていないオスはかわし切れない。
哀しいような、可笑しいような。

大変だとは思わない。
草にも生きる権利があると、隣の畑の持ち主が笑っていた。
起こした田んぼに水が入れられた。
今年は雪が少なかった。水が足りなくて、田んぼが割れなければよいのだが。
雨が降っている。天気を見ながらの作業が続く。
自然の恩恵をいただきながら生活が成り立っていると感じる。

伝え聞く 病気知らずな 旬を食え

2019年4月26日
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面白いからやめられない

2019-04-22 03:34:13 | よもやま話

絵のタイトルは、「まだまだお姉さん」です。
いつもに較べて少し元気がありません。
旬なんて決められない。
見る人が勝手に言うのか、本人があきらめるのかわかりません。
私は、「まだまだ」と判断しました。


やらなければならないことをおざなりにして、ひたすら草をむしっています。
夜には筋肉痛でしばらくは動けないほど疲弊してしまいます。
どれくらい疲弊しているかと言うと、
コーヒーが飲みたいけど淹れられない、
寝たいけど布団がひけない、
トイレに行きたいけど動けない。
頭が動くまで、身体が起きるまで待つしかありません。

今日のタイトルは、「面白いからやめられない」です。
草を抜くために、草の上にあるものを片づけています。
過去に伐って放置された枝や竹のことです。
これからは、草との格闘だとこの辺りの方は当然のように声を掛け合います。
草との格闘を放棄したのか、庭をコンクリートで固めた家があります。
緑も欲しいと、申し訳程度に芝を植えています。
そのうち、コンクリートの上にプランターも置くでしょう。
殺風景だからです。

草取りは、取っても取っても草が生えてくるから面白い。
自然の力で草は生えてくる。
残したい花や野菜などの周りの草をとる。

草の背丈が伸びてしまうと、草刈り機で一度刈らなければなりません。
まだ生えかけの頃だと、根こそぎむしり取れます。
私は、カンリキ(耕運機)で根こそぎおこしたいだけなのです。
だから、急いでいます。
畑だって、カンリキが通れるスペースをとって、畝を刻んでいます。

草を取り、土が出てくるとほっとします。
枯らした草を土に戻してやると、土が柔らかくなります。
鍬が入りやすいから、野菜が植えやすくなるのです。
じゃが芋や里芋は、「蒔く」という。
ネギは、「寄せる」という。
この辺りの方に教えていただきました。

昨年の4月にチューリップの球根を植えました。
葉は出てきましたが、花は咲きませんでした。
暖かいだけでは花は咲かないと知りました。
寒い時が必要なのでした。
今年は、昨年の春に蒔いたチューリップが元気に花をつけました。
桜も一緒だそうです。寒い時があるから咲くのです。

草取りは きりがないから 面白い

2019年4月22日
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勢い

2019-04-21 09:05:08 | よもやま話

今日のタイトルは、「勢い」です。
勢いとは、
人・物・事が発動・進行したり、物・事の作用を発動・進行させたりする場合に、
その強さ・速さなどに現れる力。
(活動力。躍動する力。)
(他を圧する力(の現れ)。勢力。)
(物事が進行するはずみ・なりゆき。)
副詞として、その時のなりゆきで。その結果として当然。
(広辞苑より)
段々、無縁となる言葉なのか。
ルーチンワーク(日頃から慣れてる仕事)はこなせるが、
新たなことに挑戦するときの勢いが乏しくなっていると感じます。
楽な方へと気持ちはいく。
かつてのように振りこなせないクラブは捨てていき、勢いよく振れるクラブだけになっていく。
筋肉量は増えているのに、瞬発力が落ちていると感じます。

勢いを削ぐのは、経験値です。
何も考えないで振り抜く。
失敗を恐れて、振り抜けない。
チェックポイントを考えながら振るものだから無心ではない。
同じくゴルフクラブを振る話です。

休みながらならできる。
こつこつと、鍬を打ち込み庭の草をはぎ取る話です。

まずは、強さ・速さを望むことをやめる。
ただ負けるのは悔しいから何かで補うことになる。
先輩のようにフェアウェイに置き続け、相手が崩れるのを待つことになる。
はずみ・なりゆきを保ち続けることも、勢いの一つだから。
勢いのあるリカバリーショットは望めないが、
一打余計に打つことを覚悟することで、自分なりのはずみ・なりゆきをつける。
面白いことに、無いものねだりをやめることで、あるものが出てくるのである。
例えば、身体も暖まってきて、欲張らずにみずからの柔軟性に合った振り角度で振り抜いたとしよう。
あれあれ不思議、体幹を中心にクラブが回り振り抜けた。
これが、テレビで解説していたものなのか。

勢いは、たゆまぬ努力から産まれてくるかもしれない。

行き過ぎた 勢いあまって 減らず口

2019年4月21日
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