故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

噂を信じちゃいけないよ

2019-08-31 08:02:06 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「島影に沈む夕日」です。
生きている限り疲れます。
疲れをいやすのも人生の勤めです。


兄の葬儀で帰郷した。
私の兄貴像とは違う印象を受けた。
若い頃の兄は、何をやっても失敗ばかりだった。
家族を初め多くの人に迷惑をかけた。
葬儀に参列くださった皆さんが、世話になった、よくやってくれた。
と話される。

死者を責める人はいない。

私は、人生はバランスがとれていると思った。
負があれば、正もある。
兄は、いただいた恩を返そうと頑張ったに違いない。
今日のタイトルは、「噂を信じちゃいけないよ」です。

家ではくそ親父でも外では神様扱い。
子供が知るのは、葬儀の時に違いない。

私は、精一杯参列者にお礼を言った。
兄は、波乱万丈の人生の幕を引いた。
若い時、悪さをした分だけ、幕を引くのが遅れたようである。
ご苦労様でした。
兄は残された者に宿題を残していった。
先祖代々の土地を受け継ぐものは誰なのか。
私は、次兄と一緒にもうひと働きしなければならない。

彼岸花 すっくと伸びて 散っていく

2019年8月29日
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次世代の力

2019-08-28 05:42:44 | よもやま話

「熊の摩崖仏」が絵のタイトルです。大分県で見ました。
けっして優しくない、かと言って厳しくもない表情でした。
長い年月、私たちを見続けてくれています。


日曜日(25日)は、地区の運動大会があり、ソフトボール会場で写真を撮った。
印刷して、反省会をしている公民館に届けた。
バットを振るなと推測してシャッターを押した。
若い人の気迫あふれるプレーが撮れていた。

同じ日に火防会(小学4-6年生が参加)が消防団の活動に参加した。
カフェで食事会をしてくれた。空いた胃袋を満たそうと頑張った。
中に配膳を手伝ってくれた子どもがいた。きっと、家でもお手伝いをしているんだろうな。

夕方、小学生2人が訪ねてきた。カフェの紹介記事(パンフレットで発行)を載せたいからと
小学6年生からインタビューを受けた。
一番の工夫は何ですか。
注文生産(注文後調理、予約)にこだわっています。
難しいかもしれないけど、わかりやすく話した。

今日のタイトルは、「次世代の力」です。
昨日は、中学生が4人グループで地域の特産品を作るヒントをつかみたいと、夕方やってきた。
じゃがいもパン(じゃがいもを生地に練りこみ、数片のチーズ塊を入れる)と
かぼちゃパン(かぼちゃを練りこんだ生地にかぼちゃ餡を包む)を作った。
お母さんがパン焼き器を持っている子は、手際が良かった。
B級品の桃で作ったジャムと辛子みそ(青唐辛子、シソの葉、味噌)も試食してもらった。
どちらも高い評価であった。辛子味噌が好きな子は、きっと飲兵衛になるだろうな。
市長の前で、プレゼンをすると聞いた。特産品の可能性を発表してくれたらと期待する。
過去(2年前と3年前)に描いた中学生の似顔絵も見てもらった。
誰々ちゃんのお兄ちゃんだ、何々先輩だと声をあげてくれた。
大人の入り口にいる子たちである。どの表情も生き生きしていた。
中学生たちは、自作のパンを持って帰った。
引率ののんびりした先生に辛子味噌をプレゼントした。一番喜んだ。

若い人材にぶっつけ本番の対応は、普段の想いが試された。
おばあちゃんが、幼子を背負っている。
骨粗しょう症の予防になると聞いた。骨に負荷をかけるからである。
私達は、幼子の度肝を抜かれる質問や行動に遭遇する。
両親なら即座に反応するだろう。
責任のない私達世代は、まずは楽しませていただく。
やんわりと、こうだよと語りかける。
ふーん。幼子が爺の真似してかがんで歩く。
いつかは、血になり肉となるであろう。

いつかは来てくれるだろうと、期待していました。
次は、お父さんお母さん世代かな。
サポートする体制は整っています。
けっして巻き込まないし、誘わない。
ちゃんと応えられるよう、日頃から脳と身体を鍛えています。
くそ爺でもよい、力になれるなら。

つかめよと 見守り期待 見とられる

2019年8月28日
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もらうことより、できること

2019-08-27 09:20:05 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「棘もいぼいぼも味」です。
ここで一句。
B級品 香りはいつも 一級品


夏休みも終わりのころ、小学生と中学生から連絡がきた。
小学生は、カフェのことをパンフレットに載せたい。
中学生は、特産品を作るヒントを得るためにカフェでパンづくりを経験したい。
我カフェは、若年層と縁がなかった。
やはり、スタッフと同じような年齢層に利用されることが多いのです。

小学生は、私の顔を恐る恐る見ながらインタビューに入った。
妻が、こんな顔をしているけど怖くはないわよとフォローしてくれる。
子供相手に、「見込み生産」だの「注文生産」だのと話し始める。
分かりやすく説明するのだけど、自宅の店を手伝う子には伝わるもサラリーマンの子には少し難しい。

今日のタイトルは、「もらうことより、できること」です。
旅に行くと、「こんなによいことがあった」と思い出にする。
次の旅でも偶然のよいことを期待する。
私達は、知らずに「もらい慣れ」していることに気づいていない。
気づかぬ誰かの努力で、偶然のごとく恩恵に預かる。
緑を維持するのは、並大抵の努力では叶わない。
そんなことも知らずに、自然はよいと思わず息を吸い込んでしまう。

私にも子供がいます。
下になる子ほど写真の数が少なくなっていきます。
しかし、上の子は下の子に嫉妬するのか、自分は可愛がってもらわなかったと不満をもらす。
初めての子に新米の両親はどれだけ心血をそそいだか知らぬはわが子です。
増えるほど、愛情は分散される。

地域でも初めてのお客さんを迎えるのは、「よく来てくれた」と歓迎ムードです。
二回目はというと、初めての時程ではない。
俺は歓迎されていないのかと誤解をする。
迎える側もいろいろな事情がある。
普通でいいんじゃないと気にかけません。
仲間と思ってもらえているのに気づかない。
「もらうこと」に慣れると、次はさらなる満足を期待する。
ギャップが不満の種になる。

視点を変える。
どこでも経済が優先です。
あなたは、どれだけ自分のお金を使ったか。
感動するのも、「できること」の原点です。
「もらうこと」より、「できること」は何かと探す。
観光地やキャンプ場で、ごみを捨てることも自重するでしょう。
努力の緑の上に美味しいものができることを知るならば、少し多めに土産にするかもしれない。
日焼けのしわにも感謝の言葉で接するでしょう。
都会と違って便利じゃないから嫌いだと感じる。
その土地の人は、便利なことさえ知らない。
わが身に起こっていることこそ、普通の生業です。
理解することも、「できること」の一つです。
固定観念に縛られると、さらなる感動の襞に触れることが遠のいていく。

年老いた両親が施設に入る。
生きていてくれるだけで嬉しいと言ってくれる息子に涙を流す。
こんな姿になって子供に迷惑をかけてしまうと、両親は胸をかきむしっているのです。
あと何年生きられるかと80歳の人が言う。
生れてすぐの赤んぼさえ、あと何年生きられるか。
無常です。

「できること」を探すことで、満足が少しずつ増えていく。
「もらうこと」ばかり探していると、不満が増えていく。
そんなことを考えています。

雨蛙 光求める 虫に窓

2019年8月27日
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リストラ

2019-08-25 05:46:42 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「いろいろとあらあな」です。
そうです。いろいろとあらあな。


今日のタイトルは、「リストラ」です。
いわゆる、人員整理のことです。
私は、大きな会社のある部長から、「リストラ」の対象にしたと言われて会社を去りました。
人事部の方から、1ケ月猶予をあげるから次の会社を探してください。
この会社に入る前にいた会社に拾われた。いわゆる出戻りです。
実績を買われ、リストラにあった会社より給料は上がった。
給料をあげた奴は、お前ひとりだと同じくリストラにあった同僚から冗談を言われた。
10年後にまたリストラにあった会社の子会社に入社することになった。
かつていた本社での実績やリストラ後の仕事ぶりを評価されて子会社に入社した。
大きなプロジェクトのプロジェクトマネージャーとして採用された。
しかし、そのプロジェクトは日の目を見なかった。
私は、会社で唯一の食品担当の営業兼プロジェクトマネージャ―として活動した。
二週間に一回、後進のエンジニアーの教育(少人数でやるプロジェクト)も担当した。
やっと、一年後一件のプロジェクト(研究所のリニューアル)を本社の建築担当と一緒に受注した。

その年に、リストラを言い渡したかつての部長が、子会社の社長として就任した。
カッターが来たと社内では噂になった。
数か月後、多くの古参の仲間と一緒にリストラされた。
同じ人から二度リストラを言い渡されたのです。

一人エンジニアリングが評価されて、数か月後にはまた次の会社に好待遇で採用された。
一人エンジニアリングとは、社内のエンジニアーを使わずに協力会社のエンジニアーと協業することです。

さて、「リストラ」のこと。
私は、二回のリストラを経て現在の生活をしている。
40代以上の引きこもりの数が、200万人とも言われています。
この方たちは、多かれ少なかれ「リストラ」に会っていると推測します。
つまり、「使えないやつ」と会社からはじき出されて、転々と職を変え社会にも順応できなくなった。
定職につけないと、家族からも褒められない。
予兆はあった。学校でも友達がいなかった。休憩時間にはトイレにいたり、図書館で時間を過ごした。
兄弟と比較され、劣るところばかりを注意された。そして家族からも無視された。

多くの会社が、変人(今は使えないやつ)を抱えられない。
号令一下、全速力でスタートできる人ばかりをかわいがる。
全速力でスタートできる人は、学校の成績が良かったりコミュニケーションが取れる人のことです。
10年ぐらいは、その人たちが活躍する。
ナショナルブランドのうち、15-20%が生き残る。あとのブランドは消え去っていく運命にある。
次のブランドを作るとき、活躍するのは変人たちです。
今までの会社の価値観になかった(だから変人扱いされる)ものに注目している人たちだからです。

ニートや引きこもりにもそれぞれ理由がある。
次の世代を作る変人のグループかもしれない。
現社会に適応できないから、ひきこもりになるのです。
この人たちを救えるプログラムがあれば、会社のまた社会の起爆剤になるかもしれない。
地域おこし協力隊員のなかにも、大学生でありながら会社に就職したくない人や、
会社(ブラック企業が多い)のパワハラに耐えれなかった人たちが多くいる。
この人たちに、多くの自治体がチャンスを作っている。
プログラムがある自治体もあれば、隊員の実績と感性に任せたプログラムフリーの場合もある。
活躍の場を与えられ、そのまま移住する人も多くいる。
縁のない地域にきて、生まれて初めて「頼りにされる人」も少なくないであろう。
「ペースは自分で作れる」ことが、大きいことかもしれない。

それぞれの人に生き方がある。
社会は、画一的な生き方を求めてはいないだろうか。
それぞれの人の話を聞く場があるだろうか。
かけっこが遅くても勉強ができる。どちらもできないが、笑顔が素敵な人がいる。
笑顔もないが、夢中になるものを持っている。
大人は耳を傾け、それまでの知見で、それぞれの可能性を一緒に考えられないのだろうか。
その可能性を探ることが、社会の変革になるはずである。

働くお母さんのために、ゼロ歳保育が必要になった。
それまでの常識にはなかったことです。でも、長い年月をかけてできた。
共存から奪われない国造り、そして奪う側になると、富国強兵を進めてきました。
世界中でこの構図です。
日本は負けてよかった。多くの人が真実を知っていく。
では、どうすればよいのか次から次に難題が山積みです。
ほんの一握りのエリート集団では、けっして解決できないのです。
いろんな人が、堂々と生きていける。そんな国が地域が魅力的です。

私は、「リストラ」をされた。
いろんな束縛から逃れることができたと思っている。
いろんな生き方があると、遅かったが学ぶ途中である。
いろんな人を見ることができる。話を面白がることができる。
生きているからできることです。

まだ暗き よく通る声 なぜ今か

2019年8月25日

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できることをやる

2019-08-24 07:02:44 | プロジェクトエンジニアー

山際の草刈をしていると、「へびの姉さま」(絵のタイトル)に出会います。
食虫植物です。不気味な姿と、茎のしましまが蛇を連想させます。
初めは珍しいと残しましたが、あちこちに生えているので、今では構わず刈っています。


今日のタイトルは、「できることをやる」です。
雨が降っても忙しい。
駐車場の草を鍬で抜くことにしました。
たちまち、草の山が二つできました。
一つきれいになると、周りもとなります。
結局、畑と庭の草取りもする。
もやもやとした時は、決まって体を動かします。
考えていても進まない。身体を動かしていても考える。
早かれ遅かれ、やらなければならないことを先にやる。
時間が余れば、次のことをすればよい。

このところの気がかりは、補助金を使って空き家を民泊にするか。
とにかく、空き家を一つ片づけて使えれば、民泊を考えよう。
補助金のことは、ひとまず考えないでおこう。
カフェを快く貸してくれているオーナーへの恩返しが優先です。
カフェの裏にある離れのような家は、持ち主が認知症になり施設に入らざるを得ず空き家になりました。
すさまじいくらいに荒れています。この病気になると、意欲減退で片づけることもできなくなるのです。

若いころ(60歳まで)のように、身体を思うようには動かせない。すぐに疲れてしまう。
妻の口から出てくるのは愚痴であり、私の口からは溜息です。
このままでは、喧嘩になるばかりです。
休めば少しは動けます。その時に、できることをやればよい。

今度の日曜日は、地区の運動会です。
男子はソフトボールで、女子はバレーボールで地区対抗の勝ち抜き戦をします。
私は出ませんが、活躍する隣人たちの写真を撮り、公民館でやる反省会に印刷して届けます。
3年も続ければ、今年もと期待されます。

盆祭り実行委員の役員の反省会をカフェでやる。
地域活性をしたいと、中学生がパンづくりをカフェでやる。
地域との関りが増えています。
それが目標で、カフェを開店しました。
できることを、淡々とやるだけです。

草刈で誤って切った里芋の茎を使って味噌汁を作りました。
チダケ(よい出汁が出る)も入れました。食べられるでしょうか。
柔らかそうなシソの葉を卵焼きに入れてみました。風味は残っているでしょうか。
妻を起こして、朝食です。その前に、洗濯物を干しましょう。
今日は、晴れそうです。

草刈は 汗とくつろぎ 併せくれ

2019年8月24日
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