かの子には雪之介という兄がいた。この兄妹は、文学、という面において結びつきの強い兄妹だった。
その兄雪之介の中学時代の友人に谷崎潤一郎がいる。潤一郎は後に小説家になるが、その才能を雪之介は畏敬していた。それが伝播して、かの子は生涯、谷崎潤一郎を、すぐれた小説家として慕い続ける。ところが___。
かの子は1939年、50歳で他界する。それから17年後、座談会で__。
谷崎「ぼくはあそこの家へも泊まったり何かしたんだけれども、嫌いでしてね、かの子が。(笑) お給仕に出た時も、ひと言も口きかなかった。(笑)」
武田「だから向こうはよけい好きになったのかな」
(中略)
武田「岡本かの子の文学というものは、やっぱりこれからいろいろと研究する余地があると思うんだ」
谷崎「学校は跡見女学校でね、その時分に跡見女学校第一の醜婦という評判でしてね。(笑)」
武田「ひどいことになったな」
谷崎「実に醜婦でしたよ。それも普通にしていればいいのに、非常に白粉デコデコでね。(笑) だから一平と一緒になってからもね、デコデコの風、してましたよ。着物の好みやなんかもね、実に悪くて…」
(中略)
谷崎「一平はチャキチャキの江戸ッ子で、大貫(かの子)のほうは田舎ですからね、一平がなぜこんなものを貰ったんだろうってね、陰で悪口を言ってたんですよ。」
『生きてかの子が読めば悶死しかねない座談会である』と瀬戸内寂聴は書いている。武田泰淳はかの子の文学に触れようとしているのに、谷崎は顔のことばかり…。ひどい座談会だ。
こんな話もある。
「あの美男子の一平さんがどうしてかの子のような不器用な女をお嫁にしてくれたんだろうって、その当時から不思議がったものですよ」
と、これは二子玉川のかの子の生家大貫家で、寂聴が聞いた話。
一平の母は、凡庸な人柄ながら相当の美貌であったという。その眉目を一平は受け継いでおり、その下の三人の妹達も同様だった。一平とかの子の結婚が決まった後、妹たちも二子の大貫家を訪問したが、彼女らの美しさに、町の人が往来へ出てきて見とれたことが語り草になったという。
そういう美人一家に育った一平には、世間でいう「美人」は、平凡で価値のないものに見えたのだろうか。それならば一平は、かの子の何に惚れたのだろう。瀬戸内寂聴は、一平のかの子との出会いを次のように表現している。
『一平は一目みて、深い衝撃に打たれた。眼窩より外に大きくにじみ出た油煙のような黒々の瞳の、異様な美しさに魅せられてしまったのだ。』
油煙のような黒々の瞳? 油煙? なにがにじみ出たって?
…どんなんだ? どんなのかわからんが…、瞳が大きいことはわかった。その瞳の中に、何があったのか?
小さい時かの子は、「蛙」と呼ばれていたという。無口で、のろまで、目が大きいから。
その兄雪之介の中学時代の友人に谷崎潤一郎がいる。潤一郎は後に小説家になるが、その才能を雪之介は畏敬していた。それが伝播して、かの子は生涯、谷崎潤一郎を、すぐれた小説家として慕い続ける。ところが___。
かの子は1939年、50歳で他界する。それから17年後、座談会で__。
谷崎「ぼくはあそこの家へも泊まったり何かしたんだけれども、嫌いでしてね、かの子が。(笑) お給仕に出た時も、ひと言も口きかなかった。(笑)」
武田「だから向こうはよけい好きになったのかな」
(中略)
武田「岡本かの子の文学というものは、やっぱりこれからいろいろと研究する余地があると思うんだ」
谷崎「学校は跡見女学校でね、その時分に跡見女学校第一の醜婦という評判でしてね。(笑)」
武田「ひどいことになったな」
谷崎「実に醜婦でしたよ。それも普通にしていればいいのに、非常に白粉デコデコでね。(笑) だから一平と一緒になってからもね、デコデコの風、してましたよ。着物の好みやなんかもね、実に悪くて…」
(中略)
谷崎「一平はチャキチャキの江戸ッ子で、大貫(かの子)のほうは田舎ですからね、一平がなぜこんなものを貰ったんだろうってね、陰で悪口を言ってたんですよ。」
『生きてかの子が読めば悶死しかねない座談会である』と瀬戸内寂聴は書いている。武田泰淳はかの子の文学に触れようとしているのに、谷崎は顔のことばかり…。ひどい座談会だ。
こんな話もある。
「あの美男子の一平さんがどうしてかの子のような不器用な女をお嫁にしてくれたんだろうって、その当時から不思議がったものですよ」
と、これは二子玉川のかの子の生家大貫家で、寂聴が聞いた話。
一平の母は、凡庸な人柄ながら相当の美貌であったという。その眉目を一平は受け継いでおり、その下の三人の妹達も同様だった。一平とかの子の結婚が決まった後、妹たちも二子の大貫家を訪問したが、彼女らの美しさに、町の人が往来へ出てきて見とれたことが語り草になったという。
そういう美人一家に育った一平には、世間でいう「美人」は、平凡で価値のないものに見えたのだろうか。それならば一平は、かの子の何に惚れたのだろう。瀬戸内寂聴は、一平のかの子との出会いを次のように表現している。
『一平は一目みて、深い衝撃に打たれた。眼窩より外に大きくにじみ出た油煙のような黒々の瞳の、異様な美しさに魅せられてしまったのだ。』
油煙のような黒々の瞳? 油煙? なにがにじみ出たって?
…どんなんだ? どんなのかわからんが…、瞳が大きいことはわかった。その瞳の中に、何があったのか?
小さい時かの子は、「蛙」と呼ばれていたという。無口で、のろまで、目が大きいから。