では、知恵はどこに見いだされるのか。
分別はどこにあるのか。
深い淵は言う。
「わたしの中にはない。」
海も言う。
「わたしのところにもない。」
「ナベ」という人がいました。でも「ナベ」は初めから「ナベ」ではありませんでした。努力して、「ナベ」になったのです。世間の役に立つように。そしてお金を稼いで暮らせるようにと。
ところがある日、その「ナベ」に「穴」が開いてしまいました。さあ、たいへん、どうしましょう?
「ナベの穴」は塞がなければなりません。穴が開いていては「ナベ」ではありませんから。問題はその穴を何で塞ぐかです。
「仕事をがんばる」というお札を貼ってみました。これでは弱いので中に「酒」や「お菓子」や「お買い物の品」を入れてみました。それでもまだ「すきま」があるので「愛」を入れ、さらにその上に「宗教」というタイルを貼りました。それでなんとかなりました。ええ、ある時期までは。やがて我慢も限界にきて、「ナベ」さんは困りました。もうちょっとがんばれば… それでなんとかならないことはない。いや、なんとかせねば生きていけぬ。でも…
あーあ、どうせ先は見えている。がんばっても、いつか埋めた「穴」は決壊する。その日を先延ばししているだけだ。「ナベ」さんは気づいてしまったのです。
「や~めた!」
と、とうとう「ナベ」さんは「ナベ」であることをやめました。ですから「ナベ」さんは、もはや「ナベ」ではありませんが、ほかに名前もありません。だからこれからも「ナベ」さんと呼びましょう。
「ああ、せいせいするな」
と、「ナベ」さんはひっくりかえって言ってみました。「穴」はぽっかり開いて空からまるみえです。
「あれは何だろう?」
と、妖怪たちが面白がってやってきました。彼らは、気ままに自由に生きています。彼らのしゃべる話を聞いて「ナベ」さんは思いました。
「こいつら、阿呆だな。」
それに嘘つきでもありました。妖怪たちの話は、なんでもあり、なのでした。信用すると痛い目をみるでしょう。
妖怪のほうでも「ナベ」さんのことを馬鹿にしています。「こいつダメなやつだ」と。でもほめる妖怪もいました。「アンタ、形がおもしろい。」 これは妖怪たちの一致した意見でした。彼らは、こうも言いました。「へえ、『ナベ』だったって? とてもそんなありふれたものには見えない」 「うん、いいよ。なんの役に立たないまぬけな感じがじつにいい!」と神妙に言うのです。
嘘つきで阿呆だけど、こいつら案外おもしろい、と「ナベ」さんは思うようになりました。それに時にはするどくてましなことも言っている、と「ナベ」さんは気づいたのでした。妖怪ならではの視点なのだな、と「ナベ」さんは思いました。だけどやっぱりくだらない、あほだし… そう思いながらも、やっぱり妖怪たちの話は、おもしろいのでした。
それはそうと、わたしはお腹がすきました。夕飯を食べますのでこの話はこれでおしまいです。
では、知恵はどこから来るのか。
分別はどこにあるのか。
すべて命あるものの目にそれは隠されている。
空の鳥にすら、それは姿を隠している。
滅びの国や死は言う。
「それについて耳にしたことはある」
(旧約聖書ヨブ記より)
分別はどこにあるのか。
深い淵は言う。
「わたしの中にはない。」
海も言う。
「わたしのところにもない。」
「ナベ」という人がいました。でも「ナベ」は初めから「ナベ」ではありませんでした。努力して、「ナベ」になったのです。世間の役に立つように。そしてお金を稼いで暮らせるようにと。
ところがある日、その「ナベ」に「穴」が開いてしまいました。さあ、たいへん、どうしましょう?
「ナベの穴」は塞がなければなりません。穴が開いていては「ナベ」ではありませんから。問題はその穴を何で塞ぐかです。
「仕事をがんばる」というお札を貼ってみました。これでは弱いので中に「酒」や「お菓子」や「お買い物の品」を入れてみました。それでもまだ「すきま」があるので「愛」を入れ、さらにその上に「宗教」というタイルを貼りました。それでなんとかなりました。ええ、ある時期までは。やがて我慢も限界にきて、「ナベ」さんは困りました。もうちょっとがんばれば… それでなんとかならないことはない。いや、なんとかせねば生きていけぬ。でも…
あーあ、どうせ先は見えている。がんばっても、いつか埋めた「穴」は決壊する。その日を先延ばししているだけだ。「ナベ」さんは気づいてしまったのです。
「や~めた!」
と、とうとう「ナベ」さんは「ナベ」であることをやめました。ですから「ナベ」さんは、もはや「ナベ」ではありませんが、ほかに名前もありません。だからこれからも「ナベ」さんと呼びましょう。
「ああ、せいせいするな」
と、「ナベ」さんはひっくりかえって言ってみました。「穴」はぽっかり開いて空からまるみえです。
「あれは何だろう?」
と、妖怪たちが面白がってやってきました。彼らは、気ままに自由に生きています。彼らのしゃべる話を聞いて「ナベ」さんは思いました。
「こいつら、阿呆だな。」
それに嘘つきでもありました。妖怪たちの話は、なんでもあり、なのでした。信用すると痛い目をみるでしょう。
妖怪のほうでも「ナベ」さんのことを馬鹿にしています。「こいつダメなやつだ」と。でもほめる妖怪もいました。「アンタ、形がおもしろい。」 これは妖怪たちの一致した意見でした。彼らは、こうも言いました。「へえ、『ナベ』だったって? とてもそんなありふれたものには見えない」 「うん、いいよ。なんの役に立たないまぬけな感じがじつにいい!」と神妙に言うのです。
嘘つきで阿呆だけど、こいつら案外おもしろい、と「ナベ」さんは思うようになりました。それに時にはするどくてましなことも言っている、と「ナベ」さんは気づいたのでした。妖怪ならではの視点なのだな、と「ナベ」さんは思いました。だけどやっぱりくだらない、あほだし… そう思いながらも、やっぱり妖怪たちの話は、おもしろいのでした。
それはそうと、わたしはお腹がすきました。夕飯を食べますのでこの話はこれでおしまいです。
では、知恵はどこから来るのか。
分別はどこにあるのか。
すべて命あるものの目にそれは隠されている。
空の鳥にすら、それは姿を隠している。
滅びの国や死は言う。
「それについて耳にしたことはある」
(旧約聖書ヨブ記より)