桜木町散策の最終回であります
皆さん 初代横浜駅は 高島町付近にあったの知っていますか
ここからは またまた無断転載オンパレードです
< 明治中期の横浜駅です。アメリカ人建築家ブリジェンス設計により、
新橋駅とともに明治4年(1871)に建設された
横浜駅は長らく横浜の陸の玄関口でしたが、関東大震災で倒壊してしまった>
へ~と 毎度感心しているはげまるである
またまたまたまた 無断転載写真
初代横浜駅の写真
<新橋-横浜間の鉄道 品川-横浜間は
1872(明治5)年の5月には開通した>
明治初期の西洋建築
ほんと 美しいな~ と改めて感心する
その当時 歩いて一日 馬車で半日の距離(新橋~横浜)が
わずか53分で行けたのであるから 当時の人達は
文明開化の素晴らしさを きっと満喫していたんだろうな~
なんて思ったりしてしまう
この写真は現在の 高島町ガード付近
横浜駅は右方面にある
この写真の左側奥付近に 初代横浜駅があったのであり
近年 マンション建築の折 その跡がはっきりと
発見確認されたそうである
ところで ガードの下あたりに 白くペイントされたところがある
この写真は5年ほど前のモノ
5年前には 白くペイントされた辺りには
コカコーラの赤い看板があった
改めて 5年の歳月が感じられるのである
<リコーGRD>
そのあたりにあった 渋い~店
<リコーGRD>
これが現在の姿である
こうして前の写真と比較してみると
写真の記憶する力には 毎回 感服せざるをえないのである
高島町駅跡 桜木町駅方面を望む
2004年までは しっかりと稼働していた高島町駅
この駅跡も しばらくすると激変するビルの雑踏に紛れ込み
残るのは 思いでノミとなって行くのだろうな
(少し感傷的になる)
今度は 横浜駅方面を望む
JR京浜東北線が走っているのが見える
コノ写真は 付近の古いビルの屋上付近で撮った
当然無断侵入である 短い足で一階階段の柵を乗り越えて
屋上方位面に上がった
(いい年こいでよくやるな~)
高島町駅跡方面から 横浜方面を撮った写真
<キャノンS90>
この写真は こうして見てみると ず~っとガード線路下を
歩けていけるみたいであるが
ところがどっこいよっこらしょ
中に入れない様に 鉄格子 おまけに頑強な鍵が
では どのようにしてコノ写真を撮ったのかと言うと
狭い鉄格子の隙間から コンパクトデジカメを斜めにして
まず先に入れ
そこから手の先端だけをなんとか入れて撮ったのである
(う~ん 異常性欲者に負けず劣らず 異常な執念)
さらに 横浜方面に歩いてみる
この写真は 前回のモノクローム写真と同じモノ
暇な人は 比較して見てくださいね
またまた踏切
これは京浜急行の踏切である
前回 みなとみらい地区の踏切には 隠れた路線であったので驚いたが
今回は 「あ~ あったあった」程度で 鬼平 (長谷川平蔵)も出る幕もなく
事なきをえたのである
横須賀方面(三浦海岸でもなんでもいいが) を望む
先の方が高架線化していく様子が見てとれる
チンチンカンカン ゴ~ツ グエア~~ キンカン ゴワ~
(うるせいぞ)
この後 踏切を越えて 侵入禁止の策を 乗り越えて
運河の先端まで行ったのである。
(一意専心苦難連続いったれいったれ話は
前回書いたのでそちらを見てね)
皆さん 初代横浜駅は 高島町付近にあったの知っていますか
ここからは またまた無断転載オンパレードです
< 明治中期の横浜駅です。アメリカ人建築家ブリジェンス設計により、
新橋駅とともに明治4年(1871)に建設された
横浜駅は長らく横浜の陸の玄関口でしたが、関東大震災で倒壊してしまった>
へ~と 毎度感心しているはげまるである
またまたまたまた 無断転載写真
初代横浜駅の写真
<新橋-横浜間の鉄道 品川-横浜間は
1872(明治5)年の5月には開通した>
明治初期の西洋建築
ほんと 美しいな~ と改めて感心する
その当時 歩いて一日 馬車で半日の距離(新橋~横浜)が
わずか53分で行けたのであるから 当時の人達は
文明開化の素晴らしさを きっと満喫していたんだろうな~
なんて思ったりしてしまう
この写真は現在の 高島町ガード付近
横浜駅は右方面にある
この写真の左側奥付近に 初代横浜駅があったのであり
近年 マンション建築の折 その跡がはっきりと
発見確認されたそうである
ところで ガードの下あたりに 白くペイントされたところがある
この写真は5年ほど前のモノ
5年前には 白くペイントされた辺りには
コカコーラの赤い看板があった
改めて 5年の歳月が感じられるのである
<リコーGRD>
そのあたりにあった 渋い~店
<リコーGRD>
これが現在の姿である
こうして前の写真と比較してみると
写真の記憶する力には 毎回 感服せざるをえないのである
高島町駅跡 桜木町駅方面を望む
2004年までは しっかりと稼働していた高島町駅
この駅跡も しばらくすると激変するビルの雑踏に紛れ込み
残るのは 思いでノミとなって行くのだろうな
(少し感傷的になる)
今度は 横浜駅方面を望む
JR京浜東北線が走っているのが見える
コノ写真は 付近の古いビルの屋上付近で撮った
当然無断侵入である 短い足で一階階段の柵を乗り越えて
屋上方位面に上がった
(いい年こいでよくやるな~)
高島町駅跡方面から 横浜方面を撮った写真
<キャノンS90>
この写真は こうして見てみると ず~っとガード線路下を
歩けていけるみたいであるが
ところがどっこいよっこらしょ
中に入れない様に 鉄格子 おまけに頑強な鍵が
では どのようにしてコノ写真を撮ったのかと言うと
狭い鉄格子の隙間から コンパクトデジカメを斜めにして
まず先に入れ
そこから手の先端だけをなんとか入れて撮ったのである
(う~ん 異常性欲者に負けず劣らず 異常な執念)
さらに 横浜方面に歩いてみる
この写真は 前回のモノクローム写真と同じモノ
暇な人は 比較して見てくださいね
またまた踏切
これは京浜急行の踏切である
前回 みなとみらい地区の踏切には 隠れた路線であったので驚いたが
今回は 「あ~ あったあった」程度で 鬼平 (長谷川平蔵)も出る幕もなく
事なきをえたのである
横須賀方面(三浦海岸でもなんでもいいが) を望む
先の方が高架線化していく様子が見てとれる
チンチンカンカン ゴ~ツ グエア~~ キンカン ゴワ~
(うるせいぞ)
この後 踏切を越えて 侵入禁止の策を 乗り越えて
運河の先端まで行ったのである。
(一意専心苦難連続いったれいったれ話は
前回書いたのでそちらを見てね)