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豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三のつれづれ日記

2012年01月12日 15時02分45秒 | 日記
( Vol 16 ) 見よう 見ようと すればするほど 見えない
見ようとしなければ 見えてくる

見る対象に対して 「こうだろう」という先入観を 持つと
それにとらわれて 真実を 見る 捉えることを 難しくする

無心になったとき すべてを受け入れることができ
その中に存在する 隠れている 真実 本質を 見る 捉えることができる

私たちは 無心になって見ることは あまりしない
むしろ 雑念を抱きながら ものごとに向かうことが 多い
それ故に 見誤ることも多い

固定概念もいいこともある
しかし 考え方が 固定され 
考え方に 臨機応変さがなくなる

やわらか頭が つくれなくなる

ものごとは 一方向だけでは 理解できないことが 多々ある
難局を 乗り越えるときなど やわらか頭が 求められる

なにごとも 無心でいること
無心でいれば 見えないモノが 見えてくる

そう 見えないモノが 浮き上がってくる

これは不思議なこと
その 不思議なことが 無心の力

ものごとに 対処するとき 無心に なってみよう
意外と 自分の力を 発揮できる





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豊前善三のつれづれ日記

2012年01月11日 09時28分59秒 | 日記

( Vol 15 )

真実を 見よう

真実を見抜くには
肩書き などの レッテルは 気にしない
ただの普通の人が 言っていること

余分な 情報を 取り去ることによって
その人が 言いたいことが 見えてくる

真実が 見えてくる

じっくりと 聞いていると
その人の 論理が見えてくる
真実を言っているのか そうでないのか が見えてくる

自分の こころは 静かにして聞くことが 大事

ヒトは 自分を よく見せようと 無意識にする
また 故意にする

世の中 情報があふれている
その情報を どう捉えるか
それも じっくりと 聞いていると 見えてくる

マスメディアの 報道も 何らかのフィルターが かけられている
そのままでは 情報をただしく 掴めない

その情報を なぜ発信したのか 報道したのか を考えてみること

見えない情報が 何となく見えてくる

メディアの情報は まるで世の中が 
すべてがその報道のようになっているかのごとく
受け取り側に 思わせてしまうところがある

こころを 落ち着かせて 受け取ってみたい

意外と 一部の現象であったり 誇張されていたりする

冷静になってみれば 見えてくる

ヒトは 常に冷静さを保っていることは できない

そこが 情報に こころを 揺らされる スキマ
誰にでも この スキマ がある

肝心なときは 冷静になる こころを 持ちたいモノです



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豊前善三のつれづれ日記

2012年01月10日 09時46分38秒 | 日記

( Vol 14 )

人は 謙虚さを すぐ失う

人は 先生 先生 と呼ばれると
どこかいい気持ちになり 
どんどん ふんぞり返る

人は 
自分に 自信がないとき
自分に なにも勲章(賞を得たこと)がないとき
自分に 他の人に 誇れる肩書きがないとき

ちょっと控えめになる

控えめにしているときは
他人には とても人がいいようにさえ見える

しかし
他人に 誇れるようなことがあると  
ヒトは タタえる

人は 一変する

まるで勝ち誇ったかのようにさえ見えるほどに
胸を張り 横柄な態度をとる

その 代表的なのが 会社の代表であり 議員である
特に 国会議員を 見ていると そう感じる

彼らたちは 普段から あー だったのだろうか
あのような 振る舞い 態度で いたののだろうか
それは 否 であろうと思う

皆と同じ とても謙虚な人だったのだろうと思う

だから 推薦されたのだろう

選挙に出て受かるまでは
時間の許す限り 街頭に出て 
自分の日頃感じること 考えていることを
演説していたが

当選したとたん
その街頭演説は なくなってしまう

何かと理由をつけて
有権者 一般市民の前に 生の声を 示さなくなる

示すとすれば 選挙の時だけである
なんと 悲しいことか

人は 他人よりも 優勢でありたい 
自分の有能さを 見せたい
と こころの 奥で思っている

それが 叶うとなると
自分に 自信がでる
すると 他人に対しても その自信を見せつけたくなる
優位性を 見せたくなる

いままで 聞いていた人の声を
受け入れなくなる

どこで変わってしまったのかと 思わすほどに変貌する

ただの人が ただの人でなくなる

他人たちが するのではなく
自分が そうする

自分の中で その肩書き 賞 に ふさわしい態度をしようとする

その態度は 正しいのだろうか
その態度は 何を思って 正しいとしているのだろうか
参考とするものがあるのだろうか

他人から見ていると
人物としては 以前と比べて 何も変わってはいないのだが・・・

歴史を見ても
そのようなことが 何度も繰り返されてきている

理想を掲げ 人からも慕われ 評判が良かった 人間が
強大な権力を持ち 長くその権力の座につくと 保守的になる
その座が とても愛おしくなるらしい

長くその座にいればいるほど 人の声は聞かなくなり
自分本位の 行動をとるようになる

まるで「裸の王様」のようになる
人からも慕われなくなる
利権をむさぼる人間だけが そばに寄り添うようになる

残念だが 人間は 欲には 弱い
自分に 厳しくといいながら
なかなかできない

いま 世界を見ても
裸の王様状態に 陥っているのを 感じる

指導的立場の人間は それを感じない

一般市民の 声を 聞こうともしない
自分の方が 偉い だから 自分の 考えに従えばいいと 
横柄になっているのに 気づかない

肩書きがなくなれば ただの一市民なのだ

市民となんら変わらないのに
自分を 特別に選ばれたモノと 勘違い
あ~ なさけない

それが 人間

でも なさけない

「お前もか」と 言いたくなる

だが このことは 誰にでも 当てはまる
なぜなら 自分を日頃から 批判的に見るという 習慣がないからである

他人を 見ることができる 批判することができる
だが 自分を 見ることはしない 批判することはしない

欲深い自分を 認めようとしない

なんと 人間は 欲深いのか
でも 人間は 大好きである

力を持ったときこそ その人間の 人間性を試される
なんだ ヤッパリ 「ただの人間だったのか」と言われないようにしたいモノである

そう 人間 誰も ただの人間
人間 謙虚さ を 大切に 大事に 扱いたいものである











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豊前善三つれづれ日記 

2012年01月09日 10時13分33秒 | 日記

( Vol 13 )

その 時は 一度しかない
その 時を どう使うか

時の中で 出会う 経験 体験
その中から 何を 学ぶか

学ぶか 学ばないか
で 自分の人生は 変わる
すべての 時は
人生の 分岐点

右を選ぶか 左を選ぶか

わたしたちは なにげなく 時をやり過ごしている

あ、もう一週間が経ってしまった
あ、もう一か月が経ってしまった

と 振り返って 気持ちがアセ(焦)る

アセ(焦)っても アセ(焦)っても
過ぎ去った時は 戻らない

あーしておけばよかった こーしておけばよかった
と思い ただ また 時を 追い過す

なかなか 自分の 癖 性格は
変えられない

何かが起きて 
ハっとして
気づいて

変わろうと 思った時
変わる 変わろうと 行動に出る

変わる
変わる

いままでの自分が 変わる

変わった自分を 見て
また 自分が変わる

自分に対して 
新たな 価値を 見つける

世界が変わる
自分の見えている 世界が変わる
いままで見えていた世界が
違って見える

ちょっとした 勇気と 決断 行動で
見える世界が 違ってくる

周りも 変わってくる

人は 色を 持っている
人それぞれ 微妙に違う

その違いを 
見ることができるときと
見ることができないとき
がある

人の 色は 変わる
気持ちが変わった時に 変わる

そのとき 色の違いを 
感じ取り

人々は 人を 選びなおす

自分の色が 変われば
自分の 周りにくる 人も 変わる

あなたが 変わる勇気をもてるのなら
人生を 変えることができる

時を どうつかむのか
時と どうつきあうのか










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豊前善三のつれづれ日記 

2012年01月08日 08時22分25秒 | 日記

( Vol 12 )

喜怒哀楽の中には すごい力が 内在されている

人間 この感情があって 人間

この感情なくしては 
人間らしさが 失われる

いまの社会
なにもかも 無菌化しようとしている

セイケツ ケンカしない アラソワない イイコでいる
オコらない シカらない
ということを 子どもを育むうえで言う

人間の 大きさは
経験の中から 育まれる

危ない いい影響を与えない 大人の目から
転ばぬ先の杖 を やっていては
経験の幅は 狭くなる

経験ができなくなる
まるで 常識を信奉する大人たちの ロボット

経験をしないで 社会の場で
うまく生きていけるのだろうか

社会を 発展させることができるのか

一般世間で 起きていることに 対応できるのだろうか
疑問である

人間 
良いこと 悪いこと
それは 経験の中から 体感の中から
知る 得る
体得する

人間を 大きく育てるには
冒険を させること
効果ばかりではない 逆効果もある
しかし
プラス面も マイナス面も
すべてが 肥やし

社会にでたとき 判断の基礎になる

その根底に 喜怒哀楽が関わる

人間 この世に オギャーと 生まれてきたときから
生きようと 自分を出してくる

生きようとする 欲を出してくる

その欲を 感情として 現すのが 喜怒哀楽
欲は 悪でもない 
生きるために 必要

この 欲 喜怒哀楽を
どう使うかによって 
その評価は 違ってくる

極度に出すと 問題を 起こす
適度に出せば 生きる力に 連動する

喜怒哀楽 その表現は
親から子へと
伝承される

成長する課程で 育まれる

生活環境で 表現も変わる
社会環境で 表現も変わる

親子でも 兄弟でも
一人一人 それぞれ 欲は 違う

それぞれから 見た 環境は 違って見えることによって
欲は 違ってくる

自分を 見て 
自分を 一番に思って
自分を 認めて
自分を 最優先にして
自分を 一番愛して
自分のことを  聞いて

と 自分を 中心にして 見る

これが 一般的
これが 人間
これが 生きる原点
これが 欲

このことが いろいろと
自分に 刺激を与える

この 刺激を どのように使うか
それは 経験の中から 育まれる

親が 助言を
友人が 助言を
先生が 助言を
先輩が 助言を
大人たちが 助言を

助言は ときには シカリ(叱り)となるが

その助言から なにを 得るのか
その助言から どう成長させるのか

経験から 得ることをしなければ
こころは 成長はしない

経験から 得ることをすれば
こころは 成長する

失敗を 繰り返しながら
その中から 自分を 大きくするモノを つかむ

失敗は マイナスでじゃない
失敗は チャンス
失敗は 先生

大いに失敗を

失敗が これからの成長での 
壁 障害を
乗り越える力 と なる

生きていく上で 障害 壁 は
何回でも 訪れる

幼いときから
この 障害 壁 を 
乗り越える 経験

この経験が 力となる

壁 障害 は 
そのとき そのとき
大きさが違って見える

しかし 違った見方 とらえ方をすると
みな同じ

大きく見るか
同じに見るか
それは 本人

喜怒哀楽は オモシロイ

喜怒哀楽は  力






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