豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三つれづれ日記

2018年08月31日 20時00分38秒 | 日記
 ( Vol 2346 ) 公務員は 法律を監視する側にあるのだが 自分達のことでは ずさんである 障害者雇用比率をごまかした のは 良い例である


公務員ほど 信用ならないものは いない


見つからなければいい という行動を平気でする

ただただ 数字合わせ


自治体 国 の非常勤の労働環境は 労働基準法を無視 最悪な状況にある

非常勤労働者は どこにも訴えることはできない 



職場の 上層部へ訴えれば 再雇用はされない という 冷遇



公務員は 自分の立場を 守ることしか 考えていない


見るのは 上司の目 議員の目


自分達の 環境の法律を見ていない 遵守していない


だから こそ 障害者雇用の比率をごまかす


公務員の 法律遵守を 教育する必要がある


国民に 法律を守らせる だけでなく


公務員自ら 職場環境に関する 法律を遵守 する教育が必要ではないか


非常勤として働く 臨時職員 は今も 強いたげられている













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豊前善三つれづれ日記

2018年08月31日 19時38分30秒 | 日記
 ( Vol 2345 ) イジメ パワハラスメント 独裁 をなくすためには NO と言うことである


Noと言わなければ つけあがる

それが 人

特に イジメル人 パワハラスメントをする人 独裁者 にある


Noと 言わなければ 気がつかない

黙っていれば つけあがらせるだけ


どんな体制をつくろうが 苦情の受け入れ側に Noという 言動を起こすことができない かぎり 改善はされない

痛みを抱えているものの 本当の気持ちを 受け止めることはできない


いかに 受けている側が Noと言うか


おかしいことは おかしい と言う

嫌なことは いや と言う


反対であることは 反対であると言う



このことこそ 改善させる 第一歩ではないか



黙ることこそ 

イジメ パワハラスメント 独裁 を放任することになる


声をだそう


受け取り側は しっかりと 受け止めよう


イジメる者は 自分を守ろうと 嘘をつく

パワハラスメントを する側は 自分の立場を守ろうと 嘘をつく

独裁行動に出る者は  自分の立場を守ろうと 嘘をつく




する側は 嘘をつく



その嘘を 明らかにするには 


言うことである


告発することである


勇気をもってすれば 必ず 共鳴する者が出てくる



Noと 言う












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豊前善三つれづれ日記

2018年08月30日 09時09分30秒 | 日記
 ( Vol 2344 ) 体育会系の組織における 体制によるパワハラスメントが たびたび起きている そこには 体育会系の独特な絶対権力に対する 服従 という構図が存在しているからではないか 改革には 選手が 自分の考えを 発言することではないか

今回の 体操協会と 選手の関係は 今までの ボクシング協会 女子アマチュアレスリング協会 日大アメリカンフットボール部の 問題と 同類である


特に 体育会系では 指導者の意見 指示は 絶対 という 空気をつくってきた

その結果 権力の持ったものによる さまざまな形で パワハラスメント が起きている

今 時代は変わってきている


#Me too という行動が 多き波となって 日本にも吹き 選手たちにも 目覚めさせたのではないか


日大アメリカンフットボールの選手の訴え と同じように映る


体操協会の対応は その変化に対して 敏感に対応していない



ここに 協会の体質が問われる


本部長の 選手にいった言葉は パワハラスメントに当たる


その事について どう協会として 対応するのか

本部長の 鶴の一声で すべてが変わる すべてが決まる という 体質は 異常と言えるのではないか



この事は 日本の政治の世界を 映しているいるようにもみえる



組織の改革には 一人一人が 自分の考えを 言う ということが必要である


それが できなければ 独裁社会が できてしまう


体操協会に起きた ことは 独裁組織できている ということを表しているのではないか


時代は変わってきている変わった

#Me too と 声を大にして 自分の考えをいうべきである


今回の体操選手の行動は 勇気ある行動である

おかしいものは おかしい と言える 社会こそ 

組織 社会 環境を 良くするのではないか























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豊前善三つれづれ日記

2018年08月27日 13時31分59秒 | 日記
  ( Vol 2343 ) 政治を是正 監視するためには 国会の仕組み 政策の決定の仕組み 過程を 正しく 詳しく 国民が知る 教育をすべきではないか

今 国民が知っている 国会運営について 知っているのは 憲法で書かれている 程度のうわべだけの ことである

しかし 実際は どうなのだろうか


現実は 与党議員 官僚で ほとんど議論検討をして 決められている

野党は 政策決定については 萱の外 というのが現状である


そのことが 残念ながら 国民に広く周知されていない

もし 国会運営の仕方について 実情に合わせた形で 教育の現場で教えていたら 有権者 国民は 政治に対して 興味を抱くのではないか


先日 その試みとして TBS 「上田晋也サタデージャーナル」ここが変だよ国会 と題して

もと国会議員 元官僚が 出席して 

政府の政策が どのような過程を経て 成立しているのか

また 野党の行動はどこまでできるのか

ということについて 内部の状況を 視聴者にとって分かりやすく 報じていた


このような 試みは とても いいことである


一般国民は 知らないことばかり であった


国民は 国会中継の場面を通して また 国会中継の報道報告を通して 与野党国会議員 政党の 言動を知る という状況である


しかし 現実は 非常に 国民には 閉鎖的な状況の中で 政策が決定されている ということを  今回の特集報道によって 知ることができた 


国会中継から 単純に 野党の弱さを 批判することはできない ことがわかってきた


では どうしたら 正常な形の国会運営ができるようになるのか


そこには 現実の運営を 国民が知ることである

国民に知らされていない 決定過程がある

この部分を 透明化することである


また 絶対安定多数が 国会運営を 無意味なものにする という構造に なっている ということを 知ることである

国会議員 一人一人が 国民の代弁者である はずが 


現実は 絶対多数与党の 政党内によって 決定されている

国会は パフォーマンスの場と 化している ということである


これは 国民にとっても 損害である


国民の知る権利を 侵害されている ともいえるのではないか




政治を監視する それが 国民の義務である

それが出来ない というのは 異常である



正常な形とするには 現実の国会運営の構造を 国民に正しく 周知させることではないか


そのためには 教育現場において 国会における 政策決定の過程を 現実に即した形で 教えるようにすることではないか



いまは あまりにも 国会運営 の現実について 国民は情報を持っていなさすぎる


報道機関も もっと 国会における 政策決定 に ついての仕組み 過程について 取り上げて 政策議題ごとに 報道するように すべきではないか




政治を是正させるには 国民一人一人が 正しい情報をもつことである




いまの日本は 国民を軽視した 扱い方をしている といえるのではないか



国民を 賢くするためにも 報道機関は 今回の TBS 「上田晋也サタデージャーナル」のような 企画を心がけてほしいものである


 






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豊前善三つれづれ日記

2018年08月24日 00時20分06秒 | 日記
 ( Vol 2342 ) 国会議員は 自分の言動に 責任をとる という気概をもってほしい 

日本の歴代の 総理大臣が 責任をとってきただろうか

残念ながら 辞任という形でしか 責任をとっていない

国民に迷惑をかけた という 責任を国民の前に 表していない


戦争責任に対しても 何ら 国民に責任をとる行動をしていない


国会議員は その場しのぎで 言動をしてはならない


自分の言動について 自分が責任をとり 国民に対して 責任を表す 行動をとる という意識をもってほしい



これから 自民党総裁選 はじまる

決めるのは 党員と自民党議員



国会における 勢力図からすると 総裁に選ばれる ということは すなわち 総理大臣になる ということである


全有権者の 数パーセントの 人間たちによって 総理大臣を決定する と言えるのではないか


この重さを しっかりと捉えて 国民生活の 舵取りに 最もふさわしいと思われる人を 選んでもらいたい

国会議員 一人一人が 自分の言動に対して責任をもち 国民に対して 責任をもつ ことを自覚する 必要がある

国民の 生活 人生 に 影響を与える ことになる


その責任は大きい


責任の重さを 国会議員は自覚し 国民に その責任とる 姿勢をもつことである



反省していない 国会議員の 多いことは 残念である


常に 国民に対して 責任を 負っていることを 忘れてはならない 


国民に対する 責任を自覚してほしい


国会議員を辞めたら それまで 後は知らない

総理大臣を 辞めたら 後は知らない

大臣を辞めたら 後は知らないn

そのようなことでは 困る


一度 放たれた 言動に対する 責任は 消えることがない


国会議員は 自分の言動に対する その責任を忘れないでほしい ものである












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