豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。

豊前善三のつれづれ日記

2022年12月31日 06時58分57秒 | 日記

( Vol   3167 )  常識を疑う 思考をもつことこそ 重要である

 

今 常識だから これが 基準だ これが 当たり前だ 

という論理は 正しいのか

多くは 政治によって 権力によって 常識が作為的につくられている

それを 忘れている

常識がつくられた その過程を実感していながら 力に屈服して受け入れた 常識

 

常識には 時代にそぐわない ものもある

 

基本的に 間違った対応の常識もある

 

常識は 本当に 正しいのか 

常識を 検証する 思考が大事である

 

例えば

赤字国債を 発行するのは 正しいことなのか

増税しないのは 正しいことなのか

住宅の環境は 建築基準法に準拠しているから 正しいのか

社会保障は この状態が 正しい状態なのか

社会インフラ整備は この状態でいいのか

 

など など

 

日本の常識は 世界の常識でもなく 理想社会の常識でもない

 

世界各国の常識も 同じように言える

 

常識とは 何か

 

常識だから と言って そのままうのみにしていいのか

 

社会も 人も 生きている

自然も 生きている

宇宙も 生きている

ということを 考えなければならない

 

常識は 供給側 発信する側 がつくっている

 

常識 を疑え

 

自分の常識も 疑え

 

 

 

 

 

 

 

 


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豊前善三のつれづれ日記

2022年12月31日 05時49分14秒 | 日記

( Vol  3166   )  私たち人間は 勘違いの連続の中で 生きている

こうだと 思い考えた ことが 思うようにいかない それが常である

それを 勘違い と捉えずに 予想外 想定外 という 自分を守る表現をする 

そこが 問題を起こす

誤りを認め 謝る ということへの 恐れ

こころへの 作用が 起きる

 

素直に 誤りを認めることができない

 

素直に なれば 問題は起きない

 

いつも いつも 人間は 勘違いの連続の中に生きている

 

それを自覚することが 大事である

 

なぜ いろいろな学説が出てくるのか

なぜ いろいろな 考えが出てくるのか

 

それは 視点が違ったり データの捉え方が違ったりする からである

 

考えが 上手く通ったとき それが正解 と思うのもの 勘違いである

すべてが動いている 

合致するのは ほんの一瞬

 

経済について見ると 経済は生き物のように 変化している

普遍の経済の対策は 見つからない

だからこそ 完璧な対応はできない

 

わからない と 渾沌 という都合の良い表現をして ごまかす

 

人間社会は ある意味 勘違い と ごまかし 社会ともいえる

 

完璧な人間はいない

 

どう勘違いしたのか 自分の優位性を示そうと 自分を完璧と装う

そこにも 大きな問題を起こす 要素が潜んでいる

 

社会の 問題は ごまかし 勘違い を認めない ことが起こしている

 

素直になれない

 

素直になれば 問題は起きない

 

意地を張り 素直になれず

 

問題を起こす

 

ああ 勘違い と言えば済むことも 

ああ 勘違い と言えない

 

屁理屈を言って ごまかす

 

自分の考えが 間違っていたと 認めない

 

問題を起こすことを 考えていない

自分の欲求を満たすことしか 考えない 行動

 

すべてが 素直になれば 問題が起きない

 

自分の欲望を満たすことだけ を考えた行動は 他者へ配慮が欠ける

人間社会は 他者への配慮なしに 安定した社会生活を送ることができない

そこを 忘れている

他者への 配慮に 多くの気を配る 必要がある

 

いろいろな軋轢も この 他者への配慮 が足りないから起きる

 

他者の話す言葉も 完璧に理解することは できない

自分流の解釈をして 他者の考えを理解した これこそ勘違いなのだが 

 

小説を読んで 小説家の考えを 理解したとは言えない

絵画を鑑賞して 画家の描こうとしたことを 理解したとは言えない

詩を読んで 詩人の考えを 理解したとはいえない

 

そこには 受けて側の自分なりの 生活の中で養われた視点が加味されて 理解しようとする行為が潜んでいる

勘違いを生んでいる ことに気かない 

勘違いばかり である

 

 

人間は 勘違いの天才 である

だからこそ 素直 他者への配慮 が欠かせない

 

社会は 常に変化している

自然は 常に変化している

宇宙は 常に変化している

止まる ということをしない

 

この動きを 常に 的確に捉える 対処することは難しい

だからこそ 勘違い を起こす

 

考えの及ばないこと が起きるのは 常である

勘違い が起きるのも常である

 

 

 

 

 


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豊前善三のつれづれ日記

2022年12月28日 07時46分59秒 | 日記

(  Vol  3165   )   岸田政権における 相次ぐ閣僚の交代劇は 自民党の体質の現れである 自民党議員の特権的な貴族化にある

 

なぜ 交代をせざるを得なくなったのか

そこには 安倍政権から続く 独裁的な自民党体質がある

 

金銭感覚の欠如

驕り

自民党議員辞以外は 雑魚(ざこ)扱い

 

これは 国会議員だけではなく 

地方議員の自民党議員にも 現れている

自民党議員の貴族化 

何を勘違いさせたのか

 

ここには 自民党政権の長期政権化 と 傲慢な政治姿勢がある

 

代表格は 安倍政権時における 

森友学園の問題 加計学園の問題 財務省における公文書の改竄 の隠蔽

ということが 大きな影響を 自民党体質に及ぼした

その結果 

安倍政権以前の 自民党の体質とは 大きく変化

この変化の首謀者は 安倍 麻生 の安倍政権の中心人物によってつくられた といってもいい

安倍氏がいなくなっても 麻生氏の影響は強く 自民党内部を腐敗させ 

自民党議員の体質を 傲慢で 金銭感覚のない 流用 ごまかし の横行 がまかり通る 体質にしてしまった

残念なことである

 

知られなければ 何をやってもいい

これを 示したのが 財務省の公文書の改竄 隠蔽

それを統括しているのが 麻生

 

首謀者が いまだに 自民党内で君臨し 岸田政権でも君臨している

 

麻生に逆らえば 都合の悪いことが 暴露され 閣僚から下ろされる

これが 岸田政権における 相次ぐ閣僚の交代劇 なのではないか

閣僚の交代劇は 自民党内部からの 内部告発劇 とも見える

 

自民党内における 岸田政権潰し と見ることができる

 

自民党議員による 貴族化 がもたらしたといえる

 

自民党よ 奢るなかれ といいたい

 

議員は 市民の代弁者である ということを忘れてはならない

議員は 先生ではない

先生 と呼ばれて勘違い している

 

 

 

 

 


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豊前善三のつれづれ日記

2022年12月22日 05時31分16秒 | 日記

( Vol  3164  )  原子力発電の基準は本当に安全なのか 再稼働ありきを前提に考えていないか

 

今 日本を取り巻く世界情勢は 防衛という面で 不安定な状況にある

その中 ウクライナへのロシアの侵略戦争での 原子力発電所への攻撃 があり

原子力発電所の持つ 危険性が問題になった

原子力発電所の安全基準は 稼働という面だけでなく 戦争に巻き込まれる という可能性も考えなければならない

 

特に 日本は 周囲を海に囲まれた 国である

これは 隣国と陸続きのヨーロッパの原子力発電所の立地環境とは 異なる

 

原子力発電所が 攻撃された場合の 影響は 福島原子力発電所の事故でも分かるように 他国への影響は小さい

このことにより ヨーロッパの原子力発電所よりも 攻撃される可能性は大きい

戦争は 理性を失う行為

もし 戦争になった場合 原子力発電所が攻撃されたら

 

原子力発電所の安全性は どう確保するのか

現状では 安全性は保証できない 

 

今 原子力発電所の 再稼働 原子力発電所の建設推進 を図ろうとしているが

防衛力の増強を 策定している 政権は 防衛と原子力発電所の安全とを 切り離している

 

このような 個別対応は 問題である

 

原子力発電所の安全は 

現在の世界情勢を 考えなければならない

 

原子力発電所の安全は 兵器による攻撃に対して どうなのか

エネルギー問題に関連した 電力供給の危機から 早急な対策として 安易に 原子力発電所の安全基準を 設定するのは 政権の無責任である

いつも 権力者は 大義名分を掲げて 矛盾した行動をする

国民無視 の思考では困る

 

 

 

 


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豊前善三のつれづれ日記

2022年12月16日 07時35分50秒 | 日記

(  Vol  3163  )  誰もが 過去の栄光を取り戻そうと思う しかし これは 大きな過ちを犯すことになる その代表が ロシア プーチン大統領の ウクライナ侵略の基本的な考えである

すべて 過去は 過去 として捉えること大事である

どんな栄光にも 栄枯盛衰は訪れる

栄華に憧れるのは 誰も同じように抱く

これは 人間の欲望の一つである

 

しかし 

平等という観点から見ると 支配というかたちの栄光は 平等 人権ということでは 問題がある

 

優勢の論理は 生きるものの持っている 自然のものではあるが

それが 過度になっては 大きな問題を生じさせる

 

支配 という 行動は 支配されるものは 迫害を受けやすい

これは 人間社会にとって 深刻な問題である

 

支配者は 冷静にはなれない

欲望を満たす だけに終始

 

人権 平等 という 言葉は 支配者にはない

あるのは 強さを示す ことだけである

 

今 ロシアが ウクライナへの 侵略は 人権 平等ということは存在しない

すべてを焼き尽くす 破壊尽くす という ウクライナの存在 歴史すら 消滅させようとしている

侵略される側の 民の自尊心を ことごとく傷つけている

 

栄光とは 何か

 

国家における栄光は 侵略 という支配でしかない

 

栄光を求める ことよりも 共存共栄 を求める という行動を 重要視することである

 

過去の栄光は 過去のこととして 捉える ことが大事

今を生きる

ということを 考えてほしい

 

栄光 栄華 を求める 

ということは 社会にとって マイナスに働き 

平等に 共存共栄 して生きる ということを難しくすることである

 

共存共栄 とは 同じ色になるということではない

相手を認める

ことである

 

違いを 認め 存在を認める

ことである

 

 

 

 

 

 


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