豊前善三のつれづれ日記 2011年12月31日 ブログをはじめました

日頃、感ずることについて考える。人間らしさを さまざまな人間模様。


豊前善三つれづれ日記

2018年10月18日 18時41分31秒 | 日記
 ( Vol 2378 ) 相次ぐ 権力者によると思われる ジャーナリストの抹殺 これは 自由世界の終わりを示すものではないか

なぜ 権力者は 批判するものを 弾圧 抹殺しようとするのか

そこには 独裁が存在するからではないか

日本においても 報道の自由を 圧力によって 抑圧が行われている

報道役割が 抑圧されている

これは 言論統制につながる

最近では 安部政権の新閣僚 片山さつき 地方創生相は 週刊文春が報じた 国税庁に対する口利き疑惑に関して 事実誤認かつ不正確 名誉毀損で訴える準備を進めている

という姿勢を見せた

これなどは 権力による 報道への威嚇 圧力である

安部政権 自民党は 報道への 威嚇 圧力を行使している

片山さつき議員の 行動もこの一貫と受けとることができる


報道は 議員の御用聞きでも 擁護する機関でもない

報道は 政治を批判的に見ることによって 政治家の抑制を図ることができる 役割をもっているのではないか

政治家が 報道の伝えることに対して 端から 反応する ということこそ 問題を内在していることを 言っているようなもの


政治家は 後ろ指を指されないよう 気を配った行動をとるべきではないか


報道を 批判する前に 自らを反省する 姿勢を持つことではないか

 

報道の自由 を守ることが 健全な民主主義を 守ることになるのではないか


権力による 報道の自由を制約 忖度させる ことは 独裁政治 である

これは 許されるべきではない

歴史は繰り返す 

という言葉があるが 繰り返さない 努力を 権力を握った人間は心がける 必要があるのではないか





豊前善三つれづれ日記

2018年10月14日 18時59分06秒 | 日記
 ( Vol 2377 ) なぜ 経団連は 新卒の一括採用の時期の撤廃を 言ったのだろうか そこが よくわからない


日本の企業は 新卒一括採用 そして 中途採用 という方法で採用してきた

その中で 新卒一括採用の時期の撤廃 ということは どのような状況ででてきたのだろうか

また どう今後 採用をしていくのだろうか


ここには 経団連に加盟していない 外資系企業 ベンチャー企業 の採用状況が影響しているのではないか

経団連が 掲げてきた 採用時期について 外資系企業 ベンチャー企業 が日本の企業の採用時期よりも 早く採用している 状況がある

このことが 少子化社会において 人材確保に 支障をきたす という考えにいたったのではないか


では 採用時期の撤廃 が日本企業にとって 改革につながるのだろうか

その点は 不明である

企業の 新卒採用者に対する 姿勢が見えてこない


日本企業は 新卒採用にかける姿勢は 企業内で育てるという姿勢を変更するのか


外国における企業の採用は 経験重視の採用 即戦力を採用された者に求める

そこに 日本社会とは違う

その違いを どう 経団連は認識して 新卒一括採用の時期の撤廃 を言ったのか 理解できない

日本企業の体質を どうするのか


日本社会は どちらかというと 哲学の欠如した 場当たり的な対応をしてきた

これからは しっかりと未来を見据えた 考えを持って 改革を進めていく必用があるのではないか

 






豊前善三つれづれ日記

2018年10月13日 06時33分03秒 | 日記
 ( Vol 2376 ) なぜ 電力会社は 好天が続くと 太陽光発電の停止計画をするのか そのところが よくわからない

これは 北海道で起きた 全道停電と関わりがあるのではないか

電力会社の 発電と送電の関係がある

北海道電力は 一部の発電所停止により 電力の需要と供給のバランスが崩れ 周波数が一定に保てなくなり 停電させた
 
電力会社の体制は 電力の供給と需要のバランスがとれなくなると 発電所の周波数低下防止装置が作動して 停電になるようになっている という

このような 電力の供給と需要のバランスは 崩れることはある のは想定できるのに なぜ できないのだろうか

そこには 電力の供給の構造的な問題があるのではないか と思う

発電した電力は 蓄電できない 流すしかない という状況の下において

日本の電力供給は 電力会社の計画的な発電によって 電力の供給を安定させる という 限られた範囲内での 供給計画をしている 

電力の供給の流れが一方通行という 電力会社管内での完結型

電力供給のあり方について 他の方法はないのだろうか

調べてみると あった

電力供給の方法には

放射型と メッシュ.ループ型があるという

日本は 放射型 電力会社の管内での完結

ヨーロッパなどでは メッシュ.ループ型という 融通し合うというやり方

この違いにより 日本の電力会社においては 供給と需要のバランスを 電力会社管内で 調整しなければならない ということになり 電力の過剰な供給となれば 停電や 太陽光などの 再生エネルギーの受け入れを停止 するという 対処がなされる

この事から 日本の電力の供給のあり方に 改善の余地があるといえるのではないか


日本特有の 縦割り型の 供給制度が招いている


このような中で 政府 政治家の大号令の下に 再生エネルギー導入を図られた

再生エネルギーの受け入れ停止は 電力会社の全面的なで電力停止を避ける手段として 再生エネルギー受け入れを停止することによって 簡単に 電力供給の調整する という行動にでる ことになる

あくまでも 電力会社の体制保持が 前提となっている


電力供給のオープン化は 不十分な体制の中で実施された ということがいえるのではないか

今の送電のあり方では 再生エネルギーの推進は 既存の電力会社の裁量次第 ということになりかねない

電力会社による 発電と送電の分離がおこなわれているが 送電の方法を融通できる方法に改善することを考える必要があるのではないか

電力の供給 融通が 計画停電を避けることになり 再生エネルギーの推進 電力の自由化の推進 が可能となるのではないか


将来 どのような 電力供給をしていくのか そのビジョンをしっかりと描くことが 必要なのではないか

場当たり的 受け狙い では 困る


電力の蓄積という ことも技術的な開発も 考えていかなければならない のではないか











豊前善三つれづれ日記

2018年10月11日 06時04分50秒 | 日記
 ( Vol 2375 ) 世の中 過激になり過ぎていないか 欲望と搾取という性とどう付きあうのか それには自制心を持つことが必要ではないか

いまほど 欲望がむきだしになっている 時代はないのではないか

自分の思いを 叶えるためには 手段を選ばず

国家においても 個人においても 団体においても 同じである


国家における トップは自国の利益を最優先

個人は 利益至上主義の流れが強い

団体は 自分達の論理の正当性を 強引な論理で主張


すべてが 過激になり 共存という 考え方を追いやろうとしている


自分の環境さえよければ それで良し



その考えは 非常に危険である

国家においては 国家間の争いを誘発する

国内の政策においては 言論統制を進める

個人においては 欲望を最優先し 倫理観が薄れる

団体においては 主張するあまり 暴力的にはしる


違いを認める ということが 叫ばれて久しいが 

その違いが 違った方向へといっている

自分達の主張という 行動をお越し 違う相手に対して 同調するように強要する 行動にでてきている


何が正しいのか

掘り下げて 主張を検討すると 矛盾している ことが見つかる


すべてが 自分の利益終始した 論理であることがわかる



例えば 動物愛護運動家たちの論理は 一見妥当性がある ように思えるが

では 植物については 別格なのか

動物 植物 すべて生きているもの について 平等に扱った 考えにたっているのだろうか

平等の立場に立っていない

自分の思いをぶつけているだけである


虐待という 観点からの 主張が 過度に拡大した結果が 矛盾を起こしている


国家間においても 同じようなことがいえる

アメリカ大統領 トランプ氏の主張は アメリカ ファースト 

アメリカ国民にとっては 聞こえはいいが そのための 実行内容が問題である

過去のアメリカの主張を省みると

主張は 常に 自国の利益が根底にある

その時その時で 主張はコロコロと変更

自国の産業 利益を あげるために 自由貿易を主張してきた

しかし 台頭してくる国の脅威を感じると 自由貿易の推進を 保護貿易へと変更


すべてが 過度な欲望がなせる ことである



過度にならず できないものか


人間にとって 欲望と付き合うのは なかなか難しい

だから 歴史は繰り返される


経験から何を得るか

ほとんどの経験については 自分の体感したことを経験として 考えている

歴史的な経緯の ことは軽視しされ 自分の都合の良いことだけを 取り上げる



歴史をくり返さないためにも

過度な行動にならないよう 自制する ことが必要なのではないか


違うことを どう認めるか もう一度考える必要があるのではないか


地球上で生きているものの 性なのだろうか

生きているものすべてに 見方のよっては 搾取という 行動がある

その 搾取という 行動をどこまで認めるか

どんなに 科学が発達しても 

どんなに 文明が発達しても


搾取という 性を避けては通れない


真剣に 性と向き合い 欲望と向き合う ことが必要ではないか

活かす 生かす ことを 自然の節度として 考える必要がある のではないか



















豊前善三つれづれ日記

2018年10月09日 17時17分13秒 | 日記
 ( Vol 2374 ) 愛媛県に対する 加計学園理事長 加計氏の会見は 前回と変わらない説明 それでは 愛媛県側の疑問払拭することができていない むしろ 疑惑は一層ますこととなった 

加計学園理事長 加計氏会見に 真相が明らかになるのではないかと 期待した ものは多かったのではないか


しかし 会見は 岡山で行った会見と変わらない内容で 質問にも 同じ論理を繰り返すだけだった

愛媛県文書は見ていない

事務局長が勝手にやったこと

と返答


これを聞いていた人たちは 信用するだろうか


自分への責任追求をかわす 手法を繰り返している としか映らない

加計学園の 大学設置は いままで 自治体の援助を当てにして 来た経緯がある

その影には 大物議員や 自民党がある


今回の 問題も 自民党 安倍晋三総理 との関係が 絡んだものである


そのことかとから 関連して 考えると 安倍総理との関係は大きなものとなる

国会で 安倍総理は 加計氏との関係を認めつつも 学部設置に関して 関係はない と発言

これと 呼応するように 時間が経ってから 加計氏は 姿を現して 記録にない 記憶にない だから 安倍総理とは会っていない と愛媛県文書内容を否定


その論理には 無理がある

何故ならば 腹心である 事務局長が 愛媛県に対して 説明したこと ということが 重要である

それを 事務局長が勝手にやったこと 嘘である ということを言い 事務局長の責任問題としている

このことは 学園トップとして 責任ということから 考えると不自然

また 学園における 加計氏の 掌握は 重大なことには関わっている ということを 学園関係者は 語っている


このことから 考えても 会見は 質問回避のものであるといえる

これは 愛媛県に対して 虚偽を 学園として 行った ということになる

愛媛県民 今治市民の 税金を拠出させた ということを考えると 大きな問題である


また この学部設置に関わった 愛媛県議会 県議会議員 今治市議会 今治市議会議員は 経緯を 詳細に渡って 県民 市民に対して 明らかにすべきである

愛媛県議会議員 今治市議会議員 は責任追求を恐れるあまり 真実を述べようとはしていない これは 県民 市民から 選ばれたということを 軽視していることになる

そうすれば 加計学園の問題は どこにあったのかが 解明され

加計氏責任を 追求できるのではないか


加計氏は 自民党政権である間は 追求を免れることができる と 自民党 安倍総理の 擁護確信しての 行動である 

このような ことがあってよいのだろうか